LONG

□ep6
1ページ/1ページ


明日のIH予選一日目。
例のごとく、なまえに応援に来てもらおうと携帯を開くと、タイミング良く鳴り響いた着信音。
画面に映し出されたのは、彼女の名前だった。



「もしもーし」
「徹?今電話して大丈夫?」
「うん。お疲れ」



仕事終わりであろう彼女に労いの言葉をひとつ。
だけど、エリカはそんなことよりといった雰囲気で要件を伝えた。



「明日、休みになったんだ!」
「え、ほんと?」
「というより、有給溜まってたから休み取っちゃった。」



電話の向こうで、いつもより少しテンションの高いエリカ。



「明日、応援に行くね!」
「あ、うん!ありがとう」



彼女が応援に来てくれるというのに、この胸に残るモヤモヤはなんだろう。
ここ最近の試合はなまえが来てくれていたし、ちょっと調子が狂っただけだよね。
エリカが来るなら、なまえは呼べない。
その日、なまえに連絡はしなかった。



「あれ、なまえ…?」



だけど、予定とは反してなまえは試合会場にいた。



「と、おる…」
「来てたんだ」



なまえの視線は、俺の隣りの存在にすでに移っている。
そして、少し悲しげな表情をしたのを見逃さなかった。



「徹のお友達?」



何も知らないエリカはなまえに声をかける。
どうしてなまえが…。
いつも俺が呼ばないと来なかったのに、どうして今日に限って…。
自分が思いのほか戸惑っていることに気付く。



「トビオくんに呼ばれて観に来たの。及川くんのクラスメイトのみょうじです」



なまえが俺のことを及川くんと呼んだのは、エリカへの配慮だろうか。
それとも、変に関係を疑われないため?



「田所エリカです。いいな、わたしも徹とクラスメイトになってみたかったなあ。羨ましい」



無邪気に俺を見上げるエリカ。
だけど、どうしても意識がなまえに集中してしまう。
飛雄に呼ばれたって…いつの間にそんなに親しくなったの?
飛雄はなまえのこと…好きなの?
エリカが隣りにいるのに、平静を装うことなど到底できなかった。



「じゃあ、わたし…この後行くところあるんで…失礼します」
「これからも徹と仲良くしてね」
「はい」



なまえは一瞬笑顔を浮かべた後、すぐに背中を向けて足早に去っていった。
今までエリカとなまえを鉢合わせさせることなんか無かったのに。
いや、今まで無かったことが上手く行き過ぎだったのかな。
なまえの後を追って、飛雄が走っていくのを見つめることしかできない自分が腹立たしかった。
俺だって、本当は追いかけたい。
だけど、エリカが…。



「徹〜、クラスにあんな美人な子いるなんて聞いてないよー。」
「え、あ、そうだっけ?」
「浮気してないでしょうねー?」
「しない、しない。」



笑顔を浮かべて、平気でウソをつく自分。
今まで散々浮気しておいて何だけど、今日の自分は最高に胸糞悪い。



「ごめん、俺ちょっと監督に話があったんだ」
「あ、そうなの?」
「ごめんね」



やっぱり飛雄に任せておくのは嫌だ。
気が付けば、二人が消えた方へと足を進めていた。
何度も訪れた市民体育館はほぼホーム。
よく見知った通路をずんずんと進むと、通路の奥、人気のない所でなまえは泣いていた。
飛雄の腕の中で。



「わかってたの…こんなのいけないことだって」
「はい」
「でも徹のこと好きだったから、離れられなくて…後で傷つくこと、わかりきってたのに」



ああ、今まで何をしてたんだろ。
なまえの何を見てたんだろ。



「彼女に会っちゃったら、もう…徹とはいっしょにいられないよお」



壁に背中をつけてもたれかかる。
泣きじゃくるなまえがすぐそこにいるのに、何もできない自分が腹立たしくて唇を噛む。
エリカが俺から離れることはないと高を括っていたから、俺のことを好きな雰囲気のなまえに近づいた。
始めは他の女の子たちといっしょだったんだ。

何度か遊んだら、おしまい。

そう思っていたはずなのに、気付けば何度もなまえに連絡をしている自分がいて。
戸惑いながらも、その気持ちを深く考えることはせずに関係を続けた。
本当は気付いてたんだ。
なまえのことが好きだって。



「俺も、元々長期戦は覚悟してたんで」
「え?」
「及川さんのことが好きなのは知ってました。でも、絶対に諦めません。」



ああ、やっぱり…。
飛雄がこの後続ける言葉は安易に想像できた。
俺は音を立てないように、その場を去ることしかできなかった。



(2014.12.11.)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ