LONG

□ep5
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約束の土曜日。

課題をしっかりと終わらせて、仙台市民体育館を訪れる。
たくさんの人でごった返す館内で、トビオくんは意外にもすんなりと見つかった。



「おはよ」
「なまえさん」
「調子はどーですか」
「バッチリです!」



初めて見た烏野高校の黒地にオレンジと白のラインの入ったユニフォームは、トビオくんにとても似合っていた。



「ケガしないでね」
「はい」
「あと、これ…サンドイッチなんだけど、良かったら食べて」



手ぶらで応援に行くのも何だか気が引けて、朝から作ったサンドイッチ。
きっとお弁当を持参しているだろうと思ったけれど、男子校高校生の食欲を考えればサンドイッチくらい余裕だろうと高を括って差し入れた。



「あ、あざっす!」



嬉しそうに受け取ってくれた姿に安心し、ふーっと息をもらす。



「じゃあ、上で見てるね。がんばって!」



青城との練習試合は、徹がいなかったこともあり、正直あまり集中して観戦していなかったが、烏野高校バレー部の攻撃は相当のものだ。
素人目に見ても、トビオくんたちはとてつもないことをやってのけているのだとわかる。
1戦目は快勝、2戦目も苦戦したものの、しっかりと勝利へと繋いだ。
烏野高校の隣りのコートでは見慣れた白いユニフォームが試合をしており、トビオくんの応援に来ているのだと言い聞かせながらも、やはり徹のことが気になりチラチラと視線をずらして観戦してしまった。



「おめでとー!お疲れ様!!」



ダウン中のトビオくんに声をかけると、落ち着いた声で返事が返ってきた。



「今日、ありがとうございました。なまえさんがいてくれたから…俺…」



いつもと違うトビオくんの少し大人びた表情に心臓が跳ねる。
トビオくんがどうして試合に呼んでくれたのか、考えなかったわけではない。
もしかしたら…なんて少し期待もしたけれど、彼を弟のように思っている自分も確かにいて気恥しくなり、考えることを放棄してしまっていた。



「トビオくん…」
「あれ、なまえ…?」



名前を呼ばれ視線をずらすと、トビオくんの向こうに、大好きな人がいた。



「と、おる…」
「来てたんだ。」



ああ、今日わたしを呼ばなかった理由がわかったよ。



「徹のお友達?」



彼の隣りに綺麗な女性が立っていたから。
彼のことを及川さんと呼ぶファンの子たちとは違う。
きっと、この人が徹の彼女。



「トビオくんに呼ばれて観に来たの」



徹にそう告げてから、彼女に視線を移す。




「及川くんのクラスメイトのみょうじです」
「田所エリカです。いいな、わたしも徹とクラスメイトになってみたかったなあ。羨ましい」



綺麗に笑うその人は誰が見ても完璧で、徹の隣りにいるべき人なのだと感じた。
『羨ましい』なんて。
それなら、わたしだって徹の彼女になりたかったよ。
徹が少し戸惑った表情でわたしを見ている。
浮気相手だもん、鉢合わせしたら困るに決まってる。



「じゃあ、わたし…この後行くところあるんで…失礼します」
「これからも徹と仲良くしてね」
「はい」


これ以上、エリカさんと話をするのは限界だった。
徹の隣りで笑っている彼女に醜い嫉妬をぶつけてしまいたくなるから。
目の奥が熱くなるのを感じ、人気のない通路を探して必死に走る。
彼女に会ってしまったら、徹との関係を続けることはできないことなど、とっくの昔に悟っていた。
わたしは徹の顔を見る度、罪悪感に襲われるに決まっている。
もう無理だ…。



「なまえさん!」



追いかけてきてくれたトビオくんが、わたしのすぐ後ろで立ち止まる。



「ごめ、今は…一人にしてくれないかな…」
「なまえさん、俺言いましたよね」



そっと肩を引かれ、彼の腕の中にすっぽりと収められてしまう。



「何かあったら、俺を呼んでくださいって…」
「…ッ」



弟のように思っていた男の子の腕は、好きな人のそれより少しだけ細かったけれど、男の人の腕だった。
彼の身体にくっついた額から伝わる心音と熱が心地良くて、我慢していた涙が自然と溢れる。



「わかってたの…こんなのいけないことだって」
「はい」
「でも徹のこと好きだったから、離れられなくて…後で傷つくこと、わかりきってたのに」
「はい」
「彼女に会っちゃったら、もう…徹とは一緒にいられないよぉ」



誰か来てしまうかもしれないと思ったが、涙も声も抑えることはできなかった。
トビオくんの腕の中で子供みたいに泣きじゃくって、どのくらい時間が経っただろうか。
これでもかと、今まで我慢していた分の涙も流した。



「ごめんね…」
「気にしないでください」
「…ありがと」



いい加減枯れたと思っていた涙は、今度はトビオくんの優しさを感じて溢れ出てくる。
肩にかけたタオルでわたしの涙を拭ってくれるトビオくん。



「俺も、元々長期戦は覚悟してたんで」
「え?」
「及川さんのことが好きなのは知ってました。でも、絶対に諦めません」



真っ直ぐな目に見つめられ、目を逸らせない。



「なまえさんのことが好きです」



(2014.12.11.)

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