LONG
□ep3
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月曜日。
毎週のように届いていた徹からのお誘いメールは来ず、今日は彼女と会うのだろうと安易に想像ができた。
自室のベッドに寝転がり、窓から空を見る。
オレンジ色に染まった雲がゆっくりと流れて行くのを目で追うと、しばらくして雲は窓枠から外れて見えなくなってしまった。
徹は雲みたいだ。
絶対に掴めない、いつかはいなくなってしまう。
ボーっとしているうちに空は徐々に暗くなり、気が付けば時計は20時を指している。
今日は両親が不在のため、夕食を自分で用意しなければならないのを思い出すと、階下へ。
冷蔵庫の中身を確認してみたが、ガラリとして夕飯に使えそうな物は見つからない。
そんな冷蔵庫の有様に、なんだか料理する気を削がれてしまい、コンビニで済ませることに決めた。
「何にしよう…」
コンビニの明るすぎるくらいの光が、なんだか余計にわたしを惨めな気持ちにさせた。
わたしはお弁当を一つと、ゼリーを購入。
コンビニを出て、ゆっくりと歩き始めた。
「ね、お姉さん一人?買い物?」
「…」
こんな時間に、こんな場所でナンパ?
コンビニを出たときから後をつけてきていることに気づいてはいたものの、気にしないフリをすることしかできずにいたのだ。
無視を決め込もうと、歩くスピードを速めた。
「無視しないでよー。暇ならさ、遊ばない?」
鬱陶しいな。
思ったことが顔に出てしまい、それが相手を刺激してしまったようだった。
腕を思い切り掴まれる。
「なんとか言えよ」
手にもったコンビニの袋がガサリと擦れる音が、暗い夜道に響いた。
「ちょ…離して!」
徹っ…!
ポケットにある携帯に掴まれていない方の手を伸ばしたけれど、彼女といるかもしれない徹に連絡などできるはずはなかった。
どうして、こんなときにまで惨めな思いをしないといけないんだろう。
もうやだ…。
「なまえさん?」
抵抗する気も起きずに諦めかけたとき、少し遠くからわたしの名前を呼ぶ聞きなれない声。
誰…?
「なまえさん!」
なんとか身体を捻り、声のする方向を見やる。
「トビオくん…?」
「あ?なんだよ?」
トビオくんはズンズンとこちらに近づいてきたかと思うと、男の手を掴み、関節とは反対の方向に捻りあげてしまった。
あまりの激痛に男はすぐに観念したようで、足早に立ち去っていく。
「あ、ありがとう。助かった」
「なんでこんな時間に一人で…」
及川さんはどうしたんですか、とでも言いたげな表情を向けられてしまい言葉が出ない。
「…家、どっちですか」
「え?」
「送ります」
どう見ても部活帰りのトビオくんに送らせるなど気が引けてしまい断ったが、何も言わずに歩き出す彼に従うことにした。
「この辺なんですよね?」
「うん…」
「この間のお返しなんで」
自動販売機まで案内したときのことだ。
「わたし、名前教えた?」
「いえ。でも、及川さんがそう呼んでたから」
「徹とは知り合いなの?」
「中学の先輩です」
ああ。
だから、この辺りを歩いていたのか…。
北川第一中とは学区が隣同士だ。
「今日は一緒じゃないんですね、及川さんと」
「いつも一緒にいるわけじゃないよ」
「でも、及川さんのことだから彼女とはベタベタしそうな感じですけど…」
「…彼女じゃないよ」
徹に彼女だと紹介されて、嫌な気はしなかった。
だけど、それを許せないと思う気持ちも心のどこかにあった。
なけなしのわたしのプライド。
「え?」
トビオくんの頭上にはいくつものクエスチョンマークが見える。
「あれ、徹の冗談だから」
「…ったく、あの人は」
「徹には、ちゃんと彼女が別にいるよ」
自分で言っておいて、目の奥が熱くなる。
トビオくんの前で泣きたくないのに。
バレないように、俯いて顔を隠した。
「じゃあ、なんかあったら俺を呼んでください」
「え?」
「さっきみたいなときとか」
そっぽを向いているけれど、心配してくれている。
「ありがとう」
純粋に嬉しかった。
これはわたしだけに向けられた優しさだから。
徹はいつだって優しいけれど、それは女の子全員に同じように向ける優しさ。
胸の奥につかえたものが、少し取り除かれた気がした。
わたし、そんなことを望んでたんだ。
(2014.12.11.)