LONG

□ep2
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徹からの連絡はいつも突然。



(明日の練習試合、見に来てよ)
(青城であるの?)
(第3体育館だよ)
(わかったー)



約束通り、HRを終えた後体育館へと向かうと、どこから情報を仕入れているのか、徹のファンが2階を陣取っている。
彼女たちがこちらを見ながら、ヒソヒソと言葉を交わしている姿が目に入った。
学校ではよく一緒にいるせいか、わたしのことを彼女だと思っている人も少なくない。
もちろん、バレー部員は彼女が別にいることを知っているはずで、彼女でもないわたしが何をのこのこ応援に来ているのだと思われてるかな。
徹のことを好きな気持ちは同じはずなのに、彼女認定されたかどうかでこんなにも違うなんて。
徹とのおかしな関係が始まってからというもの、こうして気分が落ち込みがちだ。



「はあ…」



わたし、前からこんなに暗かったかな。



「ていうか、徹いないし…」



いくら探しても、肝心の試合が始まってからも、体育館に徹は現れない。
隣にいる女子集団もお目当ての人物がいないことにご不満な様子。
誘っておいていないとは、まったく…。
体育館の2階の窓は開かれ、心地よい風が通り抜ける。
風に吹かれているのも悪くはなかったので、そのまま試合を観戦することに決めると、皆と同じように手摺に身体を預けた。

対戦相手と青城が1セットずつ取ったところで、ようやく女子の声援とともに徹は現れた。



「及川さーん!」



にこやかに手を振り返す徹の相変わらずの様子にため息しか出ない。
結局、徹は相手のマッチポイントというタイミングで交代し、ギリギリまで追い詰めるも負けてしまった。



「帰ろ…」



目的の試合も終わったため、体育館の重い扉を開けて外に出ると、真っ黒なジャージを着た長身の男子がキョロキョロとしながら歩いている。



「あの、すみません…」
「はい?」
「自動販売機、どこにありますか?」



ああ、この子。



「売店のとこが一番近いかも。一緒に行こうか?」
「あ、あざす」



青城の練習試合の相手・烏野高校のセッター。
ポケットに両手を突っ込んで、わたしの後について歩き始める。



「君、何年?」
「1年です」
「それでスタメンなんだ。すごいね」
「今の試合、見てたんですか」



バレーの話題に入りかけたところで、わたしの隣りまで追いついてきた彼を見上げる。
徹より少し背は低いけど、それでも180cmはあるかな…。



「どうかしました?」
「え、あ、背高いね」
「バレーやってる人の中じゃ、普通じゃないっすかね」



言われてみれば、青城のレギュラー陣もほとんど180cmはあるもんな。



「あ、自販機ここだよ」
「あざす!」



2台並ぶ自動販売機の内、迷いもなく左の1台に近づくとお金を投入。
スッと伸びた綺麗な指が2本、2つ並んだヨーグルトのボタンを押す。
左側のボタンが反応したようで、商品が1つがこんと取り出し口に落ちてきた。



「変わった買い方するね」
「クセです」
「ねえ、名前なんて…」
「なまえ」



彼に名前を尋ねかけたところで、背後からわたしの名前を呼ぶ声。
私が振り向くよりも先に、隣りの男の子の表情が硬くなる。



「及川さん」
「ちょっと、徹。呼んでおいて試合出てないってどういうこと」
「ごめんごめん。捻挫しちゃってさ」
「大丈夫なの?一応キャプテンなんだし、気をつけなよ」



ふと思い切りジャンプサーブを決めていたことを思い出し、ジト目で徹を見ればニコリと爽やかに返されてしまう。
バレーに関しては、無理ばかりする徹。
それを諭したい気持ちは大いにあるけれど、偉そうに言える立場ではないことを思い出し控えた。



「あの…及川さんの彼女、ですか?」
「ち、ちが…」
「そうだけど。なんでそんなこと訊くの?飛雄。その前に、なんでなまえといるの?」
「自販機まで案内しただけだよ」



トビオくんっていうんだ。



「俺着替えてくるから、一緒に帰ろう」



スッとトビオくんとの間に身体を滑り込ませる徹。



「うん」
「飛雄、おまえ一人で体育館戻れるよね?」
「はい」



徹は半ば強引にわたしの腕を引っ張って歩き出した。



「トビオくん、またね」
「ウス」



部室棟の傍まで来たところで、ようやく手を離してくれた徹。



「どうかしたの…?」
「ん?なにが?」
「彼女、とか…トビオくんにウソついて」
「彼女って紹介しちゃ、都合悪いことでもあるの?」



なんだか、今日の徹は少し怖い。
無意識のうちに後ずさりをしていたようで、ローファーの底がジャリっと鳴った。



「…着替えてくる」
「うん」



徹はわたしをなんだと思ってるんだろう。
都合のいい遊び相手?
数番目の彼女?
ただの同級生?
最近はこうして悶々と考えることも増えた。
いくら考えても、答えなんか見つからないのに。



「みょうじ」



ローファーを見つめていると頭上で名前を呼ぶ声。



「岩泉くん…おつかれ」



既に帰宅の様相をしている岩泉くんは、徹より先に部室を出てきたのだろう。



「何してんだ?」
「あ、徹が…待ってろって」
「もうそろそろ出てくると思うぜ」



徹の話になると、いつも少し申し訳なさそうな顔をする岩泉くん。
徹と小学生の頃から幼なじみだという彼は、いつも世話を焼かされているようで、きっとわたしとのことも徹本人から聞いているのだろう。



「みょうじ、俺の言うことじゃねえんだけど」



そんな岩泉くんに真っ直ぐに目を見つめられ、少したじろぐ。



「自分のこと、ちゃんと考えた方がいい。あいつに合わせてやる必要ねえよ」



いつもは触れない話題。
岩泉くんもいい加減異常だと、どうかしてると思ってるよね。



「…そ、だね」
「おまえは自分を一番に考えるべきだ。及川といるのが、おまえにとってベストなら仕方ねえけど…」
「…ありがとう」



暗に、徹はわたしのもとに来ることはないと言われているようだった。
そんなことはとっくの昔にわかってる。
徹の彼女はとてもいい人だ。
本人にそんな風に言われてしまえば、勝ち目なんかないに決まっている。
こうしてダラダラと曖昧な関係を続けていても、何も得るものはないのだ。



「なまえー、お待たせー。あれ、岩ちゃんまだいたの?」
「うるせー。じゃあな」
「バイバイ」



彼女に見つかる前に、何とかしたほうがいい。
そろそろ決着をつけなければ。
そう頭ではわかっているのに、差し出された手を拒むことはできなかった。



「なまえの手、熱いね」
「そ?徹のも熱いよ」



(2014.12.11.)

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