Dream

□Detour
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青葉城西高校男子バレーボール部主将・及川徹。

バレー部での活躍と華やかなルックス、基本誰に対しても人当たりが良く、特に女の子には優しい。

そんな一見完璧な彼の本性を知る人間は多くない。

真っ白なブレザーを王子様の衣装であるかのように着こなして家を出る彼を、2階の窓からあくびをしながら見下ろす。

わたしと及川徹の家は隣同士、いわゆる幼なじみだ。

但し、少女漫画でよくあるような良い関係ではなく。

小学校まではよくいっしょに遊んだりもしたが、中学に入ってから思春期ということもあり、性別を意味も無く気にし始めたわたしたちは、言葉を交わす機会が少なくなっていった。



「徹、いつもこんな時間に家出るのかな…」



彼を窓から見送ったわたしは未だパジャマだ。

寝癖だって直していないし、顔も洗っていない。

だって、時計はまだ6時半を指している。

部活の朝練かな…。

別々の高校に進学し、全く顔を合わせることのない生活をわたしたちは送っていた。






「ねえ、バレー部の試合観に行かない?」

「バレー部?」



6月に入ってすぐの金曜日。

同じクラスのゆきに誘われたのはバレー部の公式戦観戦。



「明日から3日間らしいんだけど。勝ったら次の日も試合〜って感じなんだって」



男子バレー部マネージャーの潔子ちゃんから得たらしい情報をニコニコしながら提供してくるのは、わがクラスのアイドル。

あまりのかわいさについつい承諾してしまう。



「じゃあ、明日現地集合で、そのあと買い物でもしよ!」

「うん。でも、なんで急にバレー部なの?」

「さ…澤村くん、見たくて」

「へえ、ゆきって澤村くんみたいな人がタイプなんだね」



恥ずかしそうに俯くゆき。



「いいんじゃない。誠実そうだし」



バレー部、か。






–土曜日

仙台市体育館

入り口でゆきと合流し、観客席へ。

賑わいを持った体育館の観客席から、コートを見下ろせば選手が良い緊張感とこれからの試合に対する興奮・期待をもってウォーミングアップをとっている。



「あ、烏野入ってきた。」

「わたし、バレーの試合生で観るの初めてなんだよね。なまえは?」

「わたし、何回かあるよ。幼なじみがバレーやってるんだよね」



ゆきはそうなんだ、と相槌を打ち、その『幼なじみ』へと話題を移した。



「なまえに幼なじみがいるなんて、知らなかった」

「あー、言ってなかったかも。今はあんまり話もしないんだけどね」

「どこの学校?」

「青葉城、西…」



あの人気者の通う高校名をゆきに告げた瞬間、目の前を長身の集団が遮った。

制服と同じ色の真っ白なジャージに、水色の文字。

AOBA JOHSAI VBC



「なまえ、青葉城西って…」

「お。みょうじじゃねえか。」



ゆきの声に反応してわたしにいち早く気づいたのは



「岩ちゃん!」

「久しぶりだなあ。元気か?烏野行ってんだっけ?」

「うん。久しぶり」



数年ぶりに見た同級生は、かなり成長していた。

他にも見知った顔がいくつかあったが、お隣のあいつは見当たらない。



「岩ちゃーん!怒んないでー!」



少しして、遠くから調子の良い声。
後ろに黄色い声を引き連れて、こちらに向かってくる。



「うるせえ!毎回呼びに行く俺の気持ちを考えろ。このグズ川!」

「ひどい!…あ、あれ?」

「徹、相変わらずだね。」

「なまえじゃん、何してんの?」



ようやくわたしに気づいた徹。

挨拶を交わすのも久々だ。



「うちのバレー部の応援」

「ああ、なんだ。俺の応援じゃないのか」

「なんであんたなんか」

「中学の頃は毎回来てくれたじゃん」

「徹の応援じゃなくて、北一の応援だから」



こんなに言葉を交わすのはいつ以来だろう。

空いた時間を感じさせることなく、話をする。

しかし久々の会話だというのに、徹の意識はわたしの隣りにいるゆきに移っている。



「こんにちは。」



この胡散臭い笑顔にみんななんで騙されるのかな。



「こ、こんにちは。」

「なまえのお友達?」

「うん。」

「俺の応援も…」

「徹。ゆきはあんたみたいな軽いやつ相手にしません」



困っている様子のゆきになんとか助け船。



「軽くないよ!」

「ゆきにはもう心に決めた人が」

「なまえ!」



久々に会った幼なじみの軽さに少々うんざりしながら、岩ちゃんと目を合わせる。

徹の面倒を一人で見ている苦労はとてつもないだろう。

岩ちゃんもヤレヤレといった様子で困ったように笑った。



「じゃあ、俺ら行くわ。」

「うん。今日、試合あるの?」

「前回ベスト4だから、2試合目からだけどねー」

「そうですか。でも、1試合目の開始前に来るんだね。早くない?」

「烏野の偵察だよ」

「え?」

「じゃあね」



意味深な笑みを浮かべて、背中を向ける徹。

わたしは一瞬追いかけようか迷ったが、烏野の選手がコートに並んだためやめた。






「ただいまー」

「おかえり。試合どうだった?」

「勝ったよー。そのあと買い物してきた」

「何か買ったの?」

「スカート。」

「見せて見せ…あ、そういえば徹くん来てるわよ」



徹?



「なまえの部屋に、」

「上げたの!?やめてよー!」



年頃の娘の部屋に男の子を上げるなんてことを平気でやるなんて!

慌てて階段を駆け上がる。



「おかえり」

「なんで来てるの」

「えー別に?」



わたしの部屋のソファにデンと腰掛けて、わたしの買ったファッション雑誌を読んでいた徹。

わたしは荷物をベッドに置いて、そのまま腰掛ける。



「何か用があったんじゃないの?」

「何もないって」

「あ、わかった。ゆきの連絡先、聞きに来たんでしょ」

「違うってば」



パジャマ同然のフラットな恰好の徹。
お風呂上りなのか、髪が少し湿っている。



「最近全然会ってなかったし。」

「明日うちと試合でしょ?」

「まあ、そうだけど」

「余裕綽々だね。岩ちゃんに怒られるよ?」

「久々なのに、つれないな」



そんなこと言われても。

正直、徹と2人きりのこの状況に今さら緊張してるなんて言えない。

高校3年生の徹は、わたしのよく知る中学生の徹とは違う。

体格も、表情も、全部。



「相変わらず、女の子に騒がれてるみたいだね」

「まあね。」

「彼女は?」

「気になる?」

「別に」

「フラれたばっかなんだよねー」



徹がフラれるんだ。



「本性ばれたんじゃないの?」

「本性って何」

「性格悪いって」



ほら、今少し性格悪い顔になった。

徹だって嫌に思うことはもちろんあるし、口が悪くなることもある。

みんな、徹に対して幻想を抱きすぎだ。



「徹、彼女の前で猫被ってたでしょ」

「なんでわかるの」

「わかるよ。ずっと見てきたんだから」



だけど、そんなの本当の恋人だなんて言えないよ。

徹が素でいられる人を、素の徹を認めてくれる人を見つけないと。



「俺もいい加減、疲れたからさ…」



徹は手に持っていた雑誌をテーブルに戻すと、ソファから立ち上がった。



「そろそろ、なまえのところに戻ろうかなって」

「え、なにそれ。」

「俺の彼女になってよ」



あまりにも飛躍しすぎた話にわたしは、徹の冗談だとしか思えなかった。

少しずつベッドに近付いてくる徹の足元を見つめることしかできない。



「と、徹…」

「なまえ、俺と付き合って」

「徹!」

「なに?」

「わたし…。」



わたしだって徹のこと好きだけど、今は幼なじみとしてだし、そんな適当な成り行きみたいな感じで始まるのはイヤだ。



「うん?」

「徹のこと好きだけど、今は付き合うとかそんなんじゃ…」

「俺のこと振るの?」



傷心中の彼に追い打ちをかけるのは気が引ける。



「ていうか、今はって何?」



失言。

子供の頃から、ずっと徹が好きだった。

けれど、気恥ずかしくて気持ちを伝えることはできなかった。

高校に進学して、どんどんなくなっていく接点と共に気持ちも薄れていった。



「…中学の頃、好きだった」

「なんで言ってくれなかったの」

「言えないよ」

「俺も好きだった、のに、全然伝わんないし…挙げ句の果てには岩ちゃんのことが好きなんだって勘違いして」



なにを言い出すのだ。



「高校入ってから、なかなか会わなくなって寂しくて…何度も告白しようって思ったけど…」



そのとき、徹には彼女がいた。



「家に女の子入って行くのよく見てたから…言えなかった」

「昔の話だよ。彼氏いるの?」

「…いない」

「俺のこと、今はなんとも思ってないの?」

「…思ってない、こともない…」

「じゃあ、何も問題ないよ。一緒にいよう」



こんな急展開、誰が予想できただろう。

気がつけば、わたしは徹の腕の中にいて、耳元で好きだよなんて囁かれている。



「やめてよ!なんか、今更過ぎて恥ずかしい!」

「今までずっと我慢してきた分」



何年も遠回りしたけれど、わたしはやっぱり徹が好きだ。

わたしの中の徹を消そうと、別の人と付き合ったこともある。

それでも、消えなかった彼への思いをこれから存分に大切にしようと思った。



「…好き」

「俺も」



(2015.01.17.)

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