Dream

□change
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(徹お兄ちゃん!)
(んー?)
(だいすき!)



失うことを知らない数年前のわたしはもういない。
思ったことをそのまま口に出すようなことはもちろん、無邪気に触れることも叶わない。



「徹お兄ちゃん」
「なまえ、制服似合うね」



隣りの家から、同じタイミングで現れた幼なじみのお兄ちゃん。
お揃いの真っ白なブレザーを身にまとい隣りに立つ。
今日から、わたしも徹お兄ちゃんと同じ青葉城西高校の生徒。



「徹お兄ちゃんって、なんか俺ヘンタイみたいじゃない?」
「どうして?」
「だって、なまえは本当の妹じゃないし。妹みたいには思ってはいるけど…」



徹お兄ちゃんは徹お兄ちゃんだ。
今更呼び名を変えるなど、わたしは違和感しかない。



「徹くん、とかにしない?せめて、学校だけでも」



徹くん。
それは、今までより距離が少し近づいたかのように錯覚させる。
隣りに住む2つ上の男の子を、徹お兄ちゃんと呼び始めて早15年。
片思いをし続けて早15年。
妹と認識され続けて早15年。
もはや、不毛としか言いようのないものだったけれど、それに気づいても気持ちを消すことはできなかった。



「と、徹…くん」
「うん、そっちの方がいいね」



頭にポンと乗せられた手に、いつかドキドキしない日がくるのだろうか。
今までは、そんな全く想像のつかない未来に真剣に向き合うことはしなかった。
今までは。



「徹ー、おはー」
「雪、おはよ」



徹お兄ちゃんと並んで登校する途中、一人の女子生徒が合流する。
『徹』
徹お兄ちゃんを当然のように呼び捨てにするその人を、素直に受け入れることができなかった。



「その子がなまえちゃん?」
「そ。仲良くしてねー」
「よろしくね」



綺麗で優しい笑顔を浮かべる彼女に、悪い人ではなさそうだと思いつつも嫌悪感を抱く。
わたしにとって初めての感情だった。
純粋に徹お兄ちゃんを想ってきた気持ちが、どんどん汚れていく気がした。
これが高校生というものなのかと、妙な納得までして。



「なまえ?」
「え、あ…」
「人見知りしてたっけ?」
「…うん」



その人は、徹お兄ちゃんの何?



「この人は俺の」



怖い。



「クラスメイトの美好 雪」
「彼女って紹介してもいいんだよ?」
「岩ちゃんに殺されるよ」



いつの間にか息を止めてしまっていたようで、安心すると同時に深く空気を吸い込んだ。
4月とはいえ、朝はまだ少し冷える。
冷たい空気を思い切り吸い込んだわたしは、目が覚める思いだった。



「は、はじめくんの彼女さんですか?」
「そ。じゃ、わたし一と約束してるから。後でね」
「バイバーイ」



徹お兄ちゃんには彼女はいるのだろうか。
それらしい噂は今までいくつも聞いてきたけれど、はじめくんに尋ねるとすべて否定された。



「ねえ、徹お兄ちゃん」
「徹くん、でしょ?」
「と、徹くん…」



わたしが呼び方を訂正すると、満足気に笑う徹お兄ちゃん。



「雪が彼女じゃなくて、安心した?」



すべてを見透かされているかのような言葉に、わたしは足を止める。



「そ、そんなこと!」
「あるでしょ。俺のこと大好きだもんね、昔から」
「ち、ちが…!」



急激に顔が熱を持つのが、自分でもわかった。
絶対、顔赤くなってる…!



「違わないよ」



突如、徹お兄ちゃんに手を引かれ、やって来たのは大通りから1本外れた細い路地。
大通りを行きかう青城の生徒の姿がまばらに見える。
手を握られたまま、向かい合うわたしたちの間の沈黙を破ったのは徹お兄ちゃんだった。



「やっと、言える…」



そう小さ呟くと、深呼吸をひとつ。



「…好きだよ」



本当は放課後まで我慢しようと想ってたのに、そんな独り言を漏らす徹お兄ちゃんを余所に、わたしの頭上にはクエスチョンマークが複数浮かぶ。



「告白するのはなまえが高校生になってからって決めてた」
「なんで…?」
「だって、俺ヘンタイみたいじゃない?」



なにを今更言っているのだ。



「なまえ、俺と付き合ってくれるよね?」
「…ッ」
「返事は?」
「…う…ン」



わたしの返事が終わらないうちに、唇に何かが触れる。
柔らかくて、温かなそれが、徹お兄ちゃんの唇だと気づいたときには、すでに離れていた。



「なまえのお兄ちゃんでいるのはもう終わりだから、覚悟してね」
「!」
「俺の彼女のポジションは、ずっとなまえのために空けてたんだから」
「徹お兄ちゃん…」
「だーかーらー!徹、くんっ!」
「だ、大好き…!」



抱きしめて、白いブレザーをギュッと握れば変わらない徹お兄ちゃんの匂いがした。
徹お兄ちゃんがいつからわたしのことを想ってくれていたのかとか、本当にわたしでいいのかとか、聞きたいことはたくさんあったけれど、今はこの人とずっと一緒にいられるという事実に浸っていたかった。
いつも、わたしの心を軽くしてくれるのはこの人。



「…好き」
「知ってたよ」



(2014.12.11.)

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