Dream

□すきなのは
1ページ/1ページ


「研磨、帰るぞ」
「うん」



他の部員が部室から出払ったのを見計らい、スマホに夢中になっていた研磨に声をかける。
画面から目を離すことをせずに、モタモタとリュックを背負う研磨をゆっくり待ってやって、部室に鍵をかけた。



「あー腹減ったなー」
「…クロ、さっきパン食べてたよね」
「なんか食って帰るか」
「いい」



俺の提案は一刀両断され、空腹感を持て余しながら歩く。
研磨は尚もスマホアプリに夢中で、視界の端に入ってくる俺のジャージを頼りに歩みを進めている。
音駒高校バレーボール部の派手な赤いジャージは、知る人が見ればすぐにどこの学校かわかる代物。
例えば、こんな風に。



「鉄朗ー!研磨ー!」



数十メートル後ろから大手を振ってこちらに向かってくるのが、今回の話のメインとなる人物。



「なまえ」



研磨は声のする方向を一瞥すると、すぐさまスマホへと意識を戻してしまった。



「今帰り?」
「おー」



なまえは、俺と研磨の家の間に住む、現在大学3年。
音駒高校のOGだが、俺と入れ違いのため部の連中はなまえのことを知らない。
研磨がついてきているかをたまに確認しながら、なまえと並んで歩く。



「なまえは大学か?」
「土曜は何もないよ。朝からバイト」
「1日中か?」



なまえがまさかと笑って、そして、後ろでひとつにまとめていた髪を解くとフワリと何かが香った。
昔はこんな風に髪を伸ばしたこともなくて、いつも俺らと走り回ってたのに(研磨は動かなかったけど)。
どんどん変わっていくこいつに、置いてけぼりをくらっているかのような感覚。



「お金は貯めたいけど、1日働くのはまだごめんだわー」
「じゃあ、でかけてたんだな」
「そ。バイトの同期の子に誘われてね」



何年も歩き続けている道を、何の意識もせずに進む。
だけど、3人で歩くのは久々だ。



「ね!今日うちでごはん食べない?わたし1人なんだよね」
「おー」
「研磨は?」
「新しいゲームが届くからいい」



相変わらずの様子の研磨を、なまえは笑いながら見送る。
俺は一度荷物を置くため自宅に戻り、そのあとすぐになまえ宅を訪れた。



「パスタでいい?」
「ん」



母親が不在の今日、夕飯にありつけたのはラッキー。
自分で用意するのは面倒だ。
なまえは麺を茹でている間に、手際よくカルボナーラソースとスープを作ってしまった。
バイト先で教えてもらったらしいその味は、やはりお店の味で、お世辞抜きで美味かった。



「腹いっぱい」
「でしょうね」



リビングのソファを独占してテレビを眺めていると、なまえはソファの前に座り込んだ。



「隣り来るか?」
「なんで」



なまえは嘲笑するかのような声で返事をしながら、スマホの画面を眺めている。
研磨もなまえもスマホばっかだな。
ふと視界に入った彼女の携帯画面にはLINEが開かれており、上部には≪たつやくん≫と記されていた。



「…たつやって、ダレ」
「ちょっと!見ないでよ!」



慌てて画面を隠すなまえに少しだけイラついた。



「バイトの同期だよ…今日いっしょにでかけたのもたつやくん」
「彼氏か?」
「違うけど…なんで?」
「別に」



彼氏じゃないなら、別にいい。
なまえが大学に進学してしまい、以前のように頻繁に会うことはなくなっていた。
時が経てば関係が変わってしまうのは当然のことなのかもしれない。
だけど、変わらないものも確かにあった。



「なあ、やっぱ隣り…」
「行かないよ」
「来いよ」
「…」



俺がソファの右半分を開けると、そこになまえはおずおずと座った。
すぐ隣にいるなまえを、ソファの端の肘置きに頬杖をついて眺める。
どうして学生の間はたった数歳の差がこんなにも大きいのだろう。
3歳差なんて社会人カップルではよくいるのに、大学生と高校生となると…。



「…なあ、俺、なまえのこと好きなんだけど」
「え!」
「えって…知ってただろ。知ってて、気づいてないフリしてた」



なまえは少し気まずそうに、手にしていたスマホをテーブルに置く。



「…急に告白しだすから驚いたの」
「そりゃあ、悪かったな」



恥ずかしさからか、隣りで小さくなっているなまえを無性に抱きしめたい衝動にかられたが、なんとかこらえた。
唇をキュッと結んで、何も言おうとしない。



「…好きだ」
「…っ!」
「顔、赤」
「なんで、急に…!」



正直、焦った。
こいつの周りにはいっぱい男がいて、大学内で年の近い男を見つけて、そいつのものになるのかと思うと、居ても立っても居られなかった。



「男はなんとも思ってない女を誘ったりしねえ。」



他の男に取られるなんて、ごめんだ。
年の差なんか気にしている場合ではない。



「俺と付き合えよ」
「!」



口をパクパクさせて、言葉にならない様子のなまえになけなしの理性はあっさりと吹っ飛んだ。
俺はなまえの後頭部を捕まえて引き寄せると、そのままキスをした。
顔の赤さと反比例して、ひんやりとした柔らかな唇。
自分の余裕のなさを自嘲する。
だが、少し苦しそうななまえの表情が、俺を一層駆り立てた。



「て、つ…んっ」



声出すな、クソ!
可愛すぎんだって!



「スト、ップ…!」



胸を強く押され、なまえから離れると、若干息切れしながら声を荒げる。



「バカ!」



その言葉でようやく我に返り、やっちまったと思った。
右手で頭を抱え、なまえと少し距離を取る。



「すんません」
「バカバカ!」



やべー…



「わたし、、21なんだよ?」
「知ってるけど」
「鉄朗17じゃん!おばさんじゃん!」
「年の差なんか、関係ねえよ」



なまえが高校生を彼氏にするのは嫌だと言うのなら仕方がない。
だけど、年の差を理由に俺が諦めるのは絶対になしだ。
両手で顔を覆って表情のわからないなまえ。
一度取った距離を再度埋めるために、身体を右にずらしてなまえの両手をそっと握った。



「なあ」
「…なによ」
「俺じゃダメか?」
「…鉄朗、ずるいよ」



涙目のなまえに懲りずに理性をグラリと揺さぶられながら、次の言葉を待つ。



「…ダメなわけない。わたしもずっと好きだったか…」



が、最後まで聞く余裕はやっぱり無かった。
再び彼女に唇を落とすと、そのままゆっくりと身体を倒す。



「もう我慢できね」
「鉄朗…」



ああ、やっとなまえが俺のものになるんだな。
10年間長かった。



「なまえ…」



–ピーンポーン



「…。」



リビングに響きわたるインターホン。
気にせずつづけたが、二度目のベルでなまえはついにストップをかけた。



「誰だろ…」



通話ボタンを押せば、確認画面に映し出されたのは見慣れたプリン頭。



「研磨…?」
「なまえー、ごはん。お腹空いたー」



扉の向こうで全く悪びれる様子もなく、そうつぶやく研磨になまえはクスリと笑うと、玄関へと駆けて行った。
なまえは昔から研磨のマイペースなところが可愛くて仕方ないのだ。
俺よりも研磨、小学生の頃からそうだった。
リビングに入ってきた研磨に、なまえは今から作るねと笑いかけるとキッチンへと消えてしまう。



「おい、研磨…ゲームはどうした」
「お腹空いたから、こっちでやろうと思って。なまえのごはんおいしいし」
「…いいところだったのに」
「なにが?」
「おまえ、今日という今日は…」



許さねー、なんて研磨に言えるわけがない。
こいつが可愛いのは俺も一緒だ。
一瞬疑問符を浮かべたが、すぐに手元のゲーム機に視線を戻す研磨。



「今、いいところだから邪魔しないで」



邪魔したのはおまえだ!
なんて、やっぱり言えるはずもなく。
キッチンへと向かうと、なまえが鼻歌交じりに料理をしていた。



「ご機嫌ですね」
「研磨が来てくれたから」
「…いいところだったのに」
「焦るな、青年!」



幼なじみと前途多難な関係の始まり。



(2014.12.10.)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ