Dream
□やさしい手
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親友に連れられて、初めてバレー部の練習を見学した。
体育館の2階には、主将・及川徹のファンがチラホラ。
同じ学年だし、2年以上通っていれば廊下ですれ違うことくらいはある。
ただ、今まで特別、接点を持つことなく3年になった。
「なんで今更、バレー部?」
「1年生にかわいい子がいるんだよね」
急にバレー部に興味を示しだした親友のお目当てはまさかの年下男子。
例の男の子がどの子かを教えてもらい、品定め。
「ふーん、なかなか。あんまやる気なさそうだけど」
「そこがかわいいの!」
そういうものなのかな。
しばらく練習を見ていると、部員はサーブ練習に移った。
バレー部の人気者・及川徹は強烈なジャンプサーブで有名らしいが、ジャンプサーブがいかにすごいものなのかも知らないわたしはボーっと練習を眺める。
ドギャッ!!!
ボールがコートの反対側の床に叩きつけられる。
あまりの迫力に思わず息をのんだ。
「す、ご…」
「及川くんねー。」
練習中にも関わらず、女子の黄色い声援に答えて手を振る彼。
隣りにいる岩泉くんにどつかれている様子を見て、サーブ中とのギャップを感じた。
ポンポンとネットを越えていくボールたち。
すると、サーブレシーブをしているリベロと思われる数人の部員の手にきれいに落ちたかと思われた一つのボールが、突然軌道を変えた。
「なまえ、危ない!!!」
「へ?」
ああ、ボールがこっちに飛んできてるな、なんて呑気に思った。
スローモーションでこちらに飛んでくるボールを避けるという選択肢は頭に浮かばない。
ガスッ!!!
「なまえ!!!」
額に強い衝撃を受けた後の記憶はない。
気が付けば、真っ白な天井が視界に広がっていた。
鼻に衝く消毒液のにおい。
「あ、気が付いた?ここ保健室だよ」
「ん…」
「ごめんね。大丈夫?」
なにが…?
「俺のサーブ、レシーブしきれなくて君のほうに飛んじゃってさ」
この声の主はだれだろう。
鈍い痛みの残る額を手で押さえながら、身体を起こす。
「ああ、まだ寝てたほうがいいよ」
「だいじょ、ぶ…」
手を離して視線を上げれば、そこにいたのは。
「お、いかわくん」
「ん?」
なぜ、及川くんがここに?
わたしの頭がそんな疑問で埋まっている間にも、及川くんは話を続ける。
「お友達は荷物を取りに行ってるよ。先生が車で送ってくれるらしいから、もう少し待っててね」
ああ、バレーボール…顔面で受けちゃったのか。
「ごめんね。」
「ううん、平気…」
「赤くなっちゃってるね。」
わたしの前髪をそっとかきあげる彼の手に戸惑った。
これが、あんなに迫力のあるサーブを打つ手と同じ手なの?
だって、こんなにも優しい。
「名前、なんていうの」
「みょうじ…なまえ…」
「なまえちゃん。3組だよね?」
名前教えた次の瞬間に下の名前で呼んじゃうあたり、遊び人の雰囲気だけど。
でも、この人の手は…好きだ。
「おでこ治らなかったら、お嫁にもらってあげるよ」
「なんか上から目線ー…」
及川くんは小さく笑うと、今度はわたしの後頭部に手を添えた。
「あと気づいてないみたいだけど、後頭部もぶつけてるから。」
「痛い!!」
顔面でボールを受けて、そのまま後ろに倒れたらしい。
恥ずかしいにも程がある。
「ほんとにごめんね」
「及川くんは部活やってただけなんだから。気にしないで」
「なんでバレー部見てたの?」
「友達が、1年生にかわいい子がいるから見たいって。」
なあんだ、そう言いながら天井を仰ぎ見る彼。
「なまえちゃんは俺のこと見に来てくれたのかなって思ったのに」
「女の子がみんな自分のこと好きだと思ってるでしょ?」
「まさか。」
うっすらと笑みを浮かべて、ズイッと顔を近づける及川くん。
ビックリして思わず目を見開いた。
「でも…なまえちゃんに好きになってもらう自信はあるよ」
頬にそっと手を添えられると、そのまま顔が近づいてきた。
なにする気…。
「絶対になんない!」
こんな言葉、ダレが聞いてもただの強がりでしかない。
「じゃあ、勝負しようか」
自信満々の笑みに、不覚にもときめいてしまった。
これがわたしと彼の始まり。
(2014.10.08.)