公安課

□ALL I ASK OF YOU
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小さな悲鳴にも似た様な、微かな声。

何が、起きた?
息を殺して辺りを確認する。勿論、不測の事態ではないのだが・・・

微かな衣擦れ。

横で眠っている透を起こさぬようにと、まるで夜の中に沈み込む様にそっと身を起こした綾は、暫くそのまま動く事ができずにいた。

そして・・・

何事かと透が声をかけようとした刹那

すぅっと・・・闇に呑まれてしまったかのようにそこから綾の姿が消えた。

「・・・・・・?」

思わず身体を起こし、辺りを窺がう。
ベッドを背に、綾は両の手で口を押えたまま、何かをじっと堪えているようだった。
両膝を立て身体を丸めて、窓から差し込んだ月明かりに照らされた表情はとても苦しく辛そうで・・・今まで見せた事がない、哀しみの色が深い表情をしていた。


透はその傍らに腰を下ろすと、小刻みに震えている肩を抱き寄せた。
一瞬驚いて身体を強張らせた綾は、それが透だと気が付き、ふっと息を吐いた。
「…ごめんなさい」
「何がですか?」
酷く掠れた呟きに、透は静かに問いかけた。
「起こしちゃいました…」
申し訳なさそうに項垂れた綾の頭を優しく撫でながら、大丈夫ですよ。と答え、そして「怖い夢でも見ちゃいました?」と言葉を続けた。いつものように明るい声で。
綾は無言で頭を振った。

確かに悪夢には違いなかった。

透が公安に異動になる前、即ち自分のSPをしていた頃の事だ。
当時は透の主治医と信じて疑わなかった皆川から、透の余命は幾何もない、いや、いつ死んでも不思議ではないと告げられた事。
その病気は皆川の所為だった…それどころか、透の父も同じ方法で皆川に殺された事。

その時の出来事が鮮明に甦ったのだ。これ以上の悪夢があるだろうか?あの時はその事が受け入れられず、ともすると頭がおかしくなってしまうのではないかと思うこともあった。

勿論、透は無事で、こうして今も自分の傍にいる。

だから、大丈夫…私は大丈夫…。
そう言い聞かせても、何かが自分の底でのた打ち回っている。


あの時からずっと。



「ねぇ、綾さん…」

綾を腕の中に抱き寄せて「これは皆にはナイショなんですが」と、言葉を続けた。

「実は俺、前世はバクだったんですよ」

突然何を言い出すかと思えば…
予想も出来る訳のない透の言葉に綾は思わず顔をあげた。
「だから、悪い夢とか大好物なんです。ちょうど小腹が空いて夜食食べたいと思っていたんですよ」
透の言葉に、少しだけ微笑んだ綾は、ひとつ大きく呼吸して、小さく呟くようにその夢の内容を話し始めた。
涙を堪えているのか時折声を詰まらせ、その度にゆっくりと息を吐く。その度に透は大丈夫と言う代わりに、抱きしめる腕に力を入れる。


―今は泣く時じゃない…泣いちゃダメ―



一通り話し終えた後声を震わせながら、
「…一番辛くて苦しい思いをしたのは透さんなのに、蒸し返してしまって…ごめんなさい」
抱かれている腕から少し身体を離して、綾は頭を下げた。透はもう一度綾を引き寄せて、胸を指して「綾さんのここだって…」
「・・・・・・」
「ずっと、苦しんでいたんじゃないですか?辛かったでしょ…お願いだからもう、一人で抱え込まないでください…ね…?」
その腕の中で、俯いたままの綾の双眸から幾つもの大粒の涙がぼたぼたと落ち、低く、獣のような唸り声が喉の奥から漏れ、やがてそれは嗚咽へと変わった。



「これを口にするのが怖かった。また、大切な人を失ってしまうのではないか」と、子供のように手放しで泣きながら、透にやっとの思いで告げた。
透は何も言わず綾の髪を撫で、幼子をあやすように背中をぽんぽんと叩き、それが収まるまでずっと抱いていた。





暫くして透に抱かれていた綾が、二度三度自らを落ち着かせるように大きく息を吐いた。


「…あ、あのっ」


「はい?」
「すみません…ティッシュを…出来ればボックスで」
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込もうとする透に、綾は頑なに顔を上げようとしなかった。
「ごめんなさい、あの、鼻水が…」
耳まで真っ赤にして俯いている彼女に、透は少し微笑んでベッドサイドに置かれているティッシュボックスに手を伸ばし、綾に手渡した。
「…ごめんなさい、パジャマ…」
「ははっ、俺の方は大丈夫ですよ。それよりもチーンしてあげましょうか?」
からかう様に覗き込もうとする透に「大丈夫ですっ!」と、綾は俯いたままクルリと背を向け、意を決したように鼻をかんだ。


かなり豪快に。


声を上げて笑う透に、今度は背を向けたまま「もう、笑わないでくださいっ!」と、言いながらもう一度鼻をかんだ。
そして、やっと顔を上げて透の方へ向き直ると、上半身裸だった。まぁ、綾の涙と鼻水でパジャマがびしょ濡れ状態になってしまったのだから、仕方ないのだが。綾は「あ」と、小さく声を上げて、目のやり場に困った様子で目線を下げた。

「やだなぁ、今更じゃないですか」
言いながら透は両の手で綾の頬に触れ、優しく綾の瞳を覗き込んだ。
「俺、綾さんを悲しませるような事はしませんから…絶対に。だから、一人で悲しい事や辛い事を抱え込まないで下さい。ね?」
「……」
「ただ…仕事で淋しい思いはさせてしまってますが…」
又、口を開くを泣いてしまいそうなのか、綾はふるふると首を振り、透に抱きついた。
息が止まりそうになる位強く抱き締めると、透は綾を抱き上げた。そして柔らかく抱き締めたまま、再びベッドに横になった。



「おやすみなさい…いい夢を…」


                                                                  
 

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