もっとそばにいて
□もっとそばにいて
1ページ/2ページ
こんなに後味の悪いものになるなんて、思いもしなかった。
重すぎる沈黙。
周りの話し声や、店内で流れているBGMがやけに大きく聞こえてくる。
「失礼」
内ポケから携帯を取り出した石神さんが、すっと席を立った。
すっかり冷めてしまったカプチーノを口にする。
これってケンカなのかな?ちょっと気まずくなってるとか?
どっちが正しいとか、正しくないとか、そういう事でもなかったのだけど・・・
これからどうすれば良いんだろう?
何か、己の恋愛スキルの低さがちょっと憎い・・・
「今すぐに本部へ戻る事になった・・・すまない」
「・・・いえ」
伝票を持って歩き出す彼の後を、私は小走りで追った。
「あ、この後ちょっと買い物をして行くので・・・ここで大丈夫です」
カフェを出てすぐ、送っていくという彼の申し出を可愛げがない位頑なに「大丈夫」と言い、そのまま街の中へ走り始めた。
頭では判っているのにやっていることが矛盾してるよ、自分。
あぁ、ちょっと胃が痛い。
きっかけは、大学の課題でシェイクスピアについてのレポートを出す事になったという話からだった。
4大悲劇の一つ『オセロ』を題材にしようと思うのだけどちょっと重くて・・・まぁ、ちょっと愚痴めいた事だったのだけど・・・
オセロー将軍はイヤーゴーによる巧みな策略によって壊れていく。澄んだ泉に少しずつ、ほんの少しずつ毒を落とし続けたように。
その毒とは言葉。
そして、あんなに愛した妻デズデモーナを不貞と罵り、ついには殺してしまう程。
正直、この話は読み終えた後少しの間引きずってしまう。
その後、人と人はどこまで分り合えるのか、否か。そんな話に発展し、ちょっと気まずくなってしまったのだ。
「それぞれが違う人間ですから」
その呟きが、とても寂しいもので・・・何だかとても哀しい気持ちになってしまった。
それは、誰に向けた言葉なんですか?
それが言えずに重い沈黙が流れたまま、そして別れてしまった。
「はぁ・・・」
PCに向かってレポートを纏めながら、又しても溜息。
だめだめ!
とにかく、これを片付けてからじっくり考えよう。
明け方、レポートを何とか形には出来たのだけど終わった途端、昼間からシクシク痛かった胃が更に痛みを増して、そのまま薬を飲んで眠ってしまった。
そのまま目を覚ますことなく、丸々1日も。
カーテンを開けると、窓に吊るしてあるサン・キャッチャーに朝陽が当たり、部屋の中にキラキラと虹の雫がきらめき始めた。
手を伸ばして、それを揺らすと、虹の雫が部屋の中で弾ける様に揺らめいた。
「欧米ではRainbow Makerとも呼ばれているんですよ」
以前、ここに来た時に石神さんが教えてくれた。綺麗ですね。と、瞳を細めて微笑みながら。
さっき携帯を確認したけれど、メールも電話も来ていなかった。おとといの様子だと、仕方のない事で・・・
「一度捜査に入ってしまうと、長い間連絡を取る事も難しいでしょう。勿論、仕事に関しては貴女にお話し出来ることは無いに等しいと思います。場合によっては、貴女を遠ざけようとする事が起こるかもしれません」
昨日の事の様に耳に残る彼の言葉。彼の声。
「そういう事をいとも容易くする男です。嫌になりませんか?」
そういって唇にうっすらと浮かべた笑みは、少し淋しそうだった。
あぁ、そうだ。
すぐにではなくても、少しずつでもいいから強くなりたい。いや、強くなってみせると、あの時決めたのだった。
彼に寄り添えるように、と。