ネタ帳
□未題
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葵ちゃんがお父さんの下へと走っていく。
あの棗も数年ぶりの家族の再会に喜びが隠し切れない。
そんな家族の下に少女が静かに近づく。
涙を流しながら自分の子供たちを抱きしめる男はそれに気づくと目を見開いた。
「み…かんちゃん…?」
自身の父のつぶやきに棗は驚いた。
何故、蜜柑のことを知っているのかと。
しかし、男も少女も棗の反応には目もくれず互いを見合う。
「…お久しぶりです。」
「何故…!何故君がここに!!この学園にいるんだ!!君は…君だけは!ここにいてはいけないのに…っ!!!!」
驚き、焦り、動揺、困惑
さまざまな感情が入り混じり男は声を荒げる。
しかし少女は静かに口を開いた
「するべきことがあるからです。…そのために、自らここに来ました。」
「するべきことって…」
「…今はまだ言えません。でも、私がしなくちゃいけないんです。お母さんのために…馨さんのためにも」
蜜柑の口から出た母の名前に棗は動揺する。
母の名前を教えたことがあっただろうか?
いや…それよりも今の蜜柑は誰だ。
普段の明るくて、無鉄砲で、太陽のような笑顔を咲かす彼女とは対照的に、重く、真剣なまなざしを父に向け、彼女の特徴とも言える関西弁もなりを潜めている。
目の前の少女はいったい誰だと二人の会話に口を挟むことができない棗は一人考える。
「ずっと。私はあなたに謝らなければいけないと思っていました…。」
蜜柑は重くその口を開く。
「馨さんを…っ助けることができず申し訳ありませんでした…っ!」
声を詰まらせながら深々と頭を下げる。
そんな自責の念に駆られた少女に男は慌てふためいた。
「蜜柑ちゃん!!!君が謝ることなんて何もない!!君は何も悪くないんだ!!だから…っ顔を…あげてくれないか…」
男の言葉にゆっくりと少女は顔を上げた
「君が学園にいるだなんて思ってもいなかった。また、君に会えるだなんて思ってもいなかった…っ。生きていてくれただけで…っ!それだけで、僕も、馨さんも、うれしいんだよ。蜜柑ちゃん」
男の言葉に蜜柑は顔を歪ませ目からはこらえ切れなかった涙があふれる
「もっと、近くで顔を見せてくれないかい?蜜柑ちゃん」
蜜柑はゆっくりと棗たちの、男の下へと歩み寄る。
そして触れ合える距離まで近づくと男は涙をこぼし歓喜の声を上げる
「ああ…。ああ。本当に、大きくなったね…っ。よく、今まで無事でいてくれたね…っ。ありがとう…っありがとう」
「っ…お礼を言うのは私の方です!馨さんやあなたがいなければ私もお母さんも死んでました…っ私たちを助けてくれて…私を取り上げてくれて、ありがとうございます…!」
男も少女も溢れる涙を拭うこともなくお互いを見やる
「本当は!馨さんにも会ってちゃんとお礼を言いたかったんです…!でも…っ間に合わなかった…っ!!」
「その言葉だけで十分だ。君は何も悪くない。だから…馨さんのために危ないことをするのは…」
一人危険な道を歩もうとする少女を何とか止めたい一心で言葉をかける
「いいえ。これは私のためでもあります。私はもう、戻ることも止まることもできない。」
真剣な眼差しで先を見据える少女に男はもう何もいえなくなる
そうこうしているうちに面会終了の時間が近づいてくる
「…親子の再会の邪魔をしてごめんなさい。…会えてうれしかったです」
そう言い残し男の元から去ろうとする
そんな少女の背中に男は大きく語りかけた
「蜜柑ちゃん!!学園を出たら家に遊びにおいで!棗と一緒に!!待ってるから…っ!葵と…馨さんと一緒に!」
そんな優しくてあったかい言葉を受け、蜜柑は振り向きいつもとは違う少しぎこちない笑顔を返す
その顔はうれしさが抑え切れていない泣き笑いのような顔だったが、間違いなく、棗が今まで見てきたなかで一番きれいな笑顔だった。
蜜柑は心の中で静かに決意をする。
死ねない理由がまたできた。
必ず、<するべきこと>を遂行しよう、と。