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□ビタースイート
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テミンも自身の指名客のヘッドスパと、顔の脱毛コースの客を捌いた頃、全身コースのユノの姉のボアの施術を終えたキボムが部屋から出てくるのと鉢合わせた。
「テミン、手空いてるんなら、ローズヒップティーのアイスをレセプションの部屋に15分後持って来てくれない?」
丁度客を見送った後だったテミンは、頷いて了承する。
「じゃ、お願いね?多分、弟さんもそれぐらいに終わりそうだから」
去り際に、キボムがくしゃっと笑い、もしかしたら常連さまになってもらえるかもと、テミンに耳打ちしてきた。
指名客が増えて良かったね的な笑みだけを、キボムに向けつつ、テミンは内心ドキっとする。
姉が通うついでに、ユノまで常連になったりしないだろうなと。
ユノの性格上、こういったことは好きじゃない。
何処までも男らしくありたくて、美容には無頓着。
テミンだって、こういう仕事をしているが、美容には無頓着だ。
皮膚科は社員割引も効くし、エステの施術だって無料だが、してもらったことがない。
時間が勿体なく感じる性質だし、一番は面倒だっていうのがあるが。
たまに休憩室で、肌荒れが酷いと見かねたキボムが、お節介焼きの精神で、高いパックを顔に無理やり貼り付けてきてくれるから、管理をしていると言えば、その時ぐらいか。
そういう美容への関心面も、自分と似たとこがあるユノだから、通わないとは思う。
「それに、俺がいるんだし」
通うはずがないと思いつつも、一抹の不安が過る。
使った部屋のタオルやら、ベッドのブランケットを交換し、掃除を終えれば、丁度キボムがお茶を持って来いと言った時間帯になった。
ローズヒップのアイスティーを淹れ、待合室とレセプションを兼ねた部屋へと持っていく。
するとフェイスラインがスッキリして、浮腫みが取れた姉のボアと、何だか疲れ切った表情のユノが、ソファに座っていた。
お茶をテーブルに置きつつも、テミンは可笑しいなと首を傾ける。
全身コースなら、ユノの顔の浮腫みや肌のくすみも取れていないと可笑しいのに。
キボムは何とも思ってないのだろうか?
ちらっとボアに会員の料金形態を説明しているキボムを見れば、キボムも少し違和感を覚えているのか、テミンの言わんとせんとこを察した様子で、一瞬交わった視線で語ってくる。
でも今は、太い客になるであろうボアへの説明を優先させなければいけないのもあってか、どうにもできないのだろう。
奥に座ってるユノにお茶を出すときに、キボムの方へ一旦周り、正面からテミンはユノにお茶を差し出した。
ありがとうと言いながら、お茶に早速口をつけたユノに、テミンは小声で尋ねた。
「ちゃんと施術してもらえたの?」
心配顔のテミンに、ユノはうん、まぁと濁すようなはっきりしない回答で、テミンは思わず手を伸ばして、ユノの細い顎を掴んだ。
「本当に?施術をちゃんとされてたなら、掴めないくらい小さい顔になってるはずなんだけど」
「どんな顔だよ?それ」
顎を掴まれたまんま、ユノがくしゃっと目尻に皺を刻んで笑う。
そんな顔になれるわけがないと。
「だから、こんなに掴めないくらい、いてっ」
テミンの無礼な手を、隣に居たキボムがペシっと叩き落とした。
ジロリと睨みを利かし、お客様の前で何てことをしてるの?という顔は、自分の母親よりも母親らしい表情だとテミンは思う。
「二人って、知り合いだったの?あっ!まさかテミンくんって、君?!」
テミンの制服のワイシャツの胸元に刺繍された英語表記の名前を目にして、ボアが驚いた顔で叫んだ。
「本当に綺麗な子〜。ユノがテミンが女の子だったならな〜って、高校時代によく言ってた意味が分かるわ〜。」
感嘆と言葉を発するボアに、ユノは何処か苦虫を噛み潰したような顔つきをする。
テミンは、へ〜と冷めきった目でユノを見つめた。
「僕はユノくんが男で良かったですけどね」
視線を思わず逸らして、お茶を飲もうとしていたユノは、テミンの不穏な発言に、噎せてしまう。
「ユノ、大丈夫?」
トントンとボアに背中を優しく叩かれて、大丈夫と言いつつ、ユノは再び視線をテミンに据えれば、ボアが見てないことをいいことに、テミンはべーっと一瞬舌を出していた。
これは本格的に怒らせたとユノが焦りつつも、キボムに視線を向ければ、彼は、はあと呆れかえったため息を一人ついていた。
その態度でレセプションルームで受付を担当した時から、彼には何かしらバレていたのかもしれないと、ユノは思った。
キボムを気にしすぎるあまり、テミンが人差し指で、ユノのニットの胸元を引っ張って、上半身を覗き込んでくるのへの反応が遅れた。
「胸、なんでこんなに真っ赤なの?」
やけに自分のデコルテ辺りをテミンが見ているなと思っていたが、唐突なテミンの行動に、ユノは目を丸くして、身体を仰け反らした。
助けを求めるように、自然とキボムへ視線を投げても、彼は匙を投げたと言わんばかりで、一人勝手に休憩している。
「やだ!!ほんと!ユノ、真っ赤じゃない?!どうしたの?」
隣に座っていたボアが、テミンの言葉に反応して、ユノの上半身をニットの隙間から覗いて声を上げた。
どうしたもこうしたも、ユノだってエステというものが初体験でよく分からないが、担当した髭を蓄えた自分よりも若干背の高い男が、ユノの胸ばかりを集中的に、揉んできたのだ。
ユノが痛いと言っても、痛いのはリンパが詰まってて、身体の不純物が溜っている証拠だと言って止めてくれず、三時間の七割はずっと胸を揉まれ続けたのだ。
「ちょっとヌナ、すみません」
ボアにテミンが声を掛けて、ソファからキボムの隣にある椅子に移動させると、テミンがユノの前にしゃがみ込むと、いきなりガバっとニットを裾から捲り上げた。
ぎゃ!!とカエルが捻りつぶされたような声を出して、咄嗟にユノがニットを戻して、腕をクロスして胸を守るような態勢をとると、テミンは数秒、ん?と不思議そうな顔をしてユノを見上げてきた。
しかし、すぐにニヤニヤと意地の悪い顔つきになると、上体を伸ばしてユノだけに聞こえるように、耳打ちをしてくる。
「この状況で欲情するわけないだろ」
やけに艶っぽい低い声で囁いて、至近距離で挑発的な視線を寄越してきたテミンに、ユノは恥ずかしさと揶揄われた腹立たしさで、顔を朱に染めた。
その素直な反応の方が、よっぽどぐっと来て劣情に駆られてしまうなと、自分から仕掛けといて、テミンは少しばかり後悔した。
もう一度ユノのニットの裾をがばっと勢いよくたくし上げたテミンは、手形がつくユノの胸元を見て、すぐにニットを戻すと、兄の顔を見遣る。
キボムは、こればっかりはしょうがないとばかりに、テミンの行動を肯定して、ドアへと手を向けた。
「ユノ、おいで。俺がちゃんとした施術してあげる」
「え?」
きょとんと切れ長の目を丸くするユノの手を取り、テミンは施術ルームへと向かう。
ドアが閉まる直前に、こちらの施術の不手際をボアにしっかり説明する兄の頼もしい声が聞こえてきた。



「フェイシャルしてもらってないでしょ?多分、足とかもしてもらってなさそうだけど」
再び施術のために着替えたユノが、部屋で待ってると、シャツの腕をまくり上げたテミンが入って来た。
「俺、胸に悪いものが沢山詰まってるらしかったから」
何処かしょんぼりした表情で言うユノは、昔から自分の胸にコンプレックスを抱いていた。
痩せているときはそうでもないが、少し太ったり、標準体型になるだけで、女性のような膨らみが出てしまうと。
「足とか、フェイスラインではよくあるけど、胸ではないよ。」
テミンが優しく言いながら、ユノにベッドに寝るように指示をする。
寝転がりながらも、やはりテミンが気遣って嘘をついていると思っているのか、元気がない。
変に純粋なんだからと、テミンは甘い苦笑いを一人で零した。
「本当は、デコルテもしてあげたいけど、真っ赤だからやめとく。今日はここまで」
そう言って、ユノの顎と首の間をゆるりと撫でれば、あからさまにビクッとされてしまい、テミンは片眉を上げて、目を眇めると、鼻先がひっつくくらいユノの顔に近づけると、綺麗な鼻筋をぎゅっと強く摘まんだ。
「あのね、仕事中に襲うぐらいなら、高校三年間の着替えの間に何回も襲ってる」
「ち、違う!意識したんじゃない!テミンの手が擽ったかっただけで」
いささか乱暴に指を鼻先から離せば、どもりながら声を荒げて否定するユノ。
けど、さっきからやけに過敏な反応なのは明白で、どれだけ言葉で否定されても、信じられない無理な話だ。
昨日の会話が悪かったのだろうか?
「ふ〜ん、ユノって敏感だったんだ?でも、優しくするから大丈夫ですよ」
汚れを落とすために、洗顔の泡を刷毛で泡立てながら少し白々しく言えば、ユノはむっとした様子で言い返してきた。
「俺が敏感なんじゃなくて、イテミンさんの手つきがやらしいんじゃないですか?」
「そんなこと言ったのを後悔させて差し上げますよ?チョンユンホさん」
にっこり笑ったテミンが、黙々と淡々と施術を始めれば、オイルマッサージでリンパを流してもらいだした所で、ユノの意識は途切れた。


一通りの施術が終わり、リラックスしきった子猫が、美味しそうな赤い唇をぽかーんと開けて、スピスピと小さな鼻孔で寝息を立てている姿を、テミンはじっと見つめていた。
「旨そう」
「欲求不満なら、相手紹介してやろうか?」
子猫を救出に来ましたとばかりに、ドアが開いてキボムが入って来た。
「不自由してません」
「けど、初恋相手じゃ理性も持たないだろ?しかも忘れられない初恋」
「ジンギヒョンめ。」
胡散臭い笑顔が頭を過り、テミンがムッとするなりため息をつけば、キボムは忘れられないっていうのもしょうがないわと、ちらっとユノの顔を見た。
「お前の好みドンピシャ。薄い顔で、モデル比率に」
「あ〜、もういいです、言わなくって。後は任します」
そそくさと逃げ出て行くテミンは、もう仕事を上がる時間だ。
その背中に、キボムは優しく問い掛ける。
「付きやってやろうか?」
足を止め、振り返ったテミンは、にっこりといつもの笑顔だ。
「それ、高校の卒業式に言ってもらいたかった言葉なんですよね」
「ドラえもんがいればねぇ」
心底申し訳なさそうに言うキボムに笑って、テミンはお疲れ様の言葉を残して、部屋を出て行った。
「さてと、うちのテミニを捕まえる罪づくりな子猫ちゃんを起こしますか」



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