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□深く色づく青
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そして目の前にしたイテミンの父親は、ミノがしつこく言った通り、まさにユノヒョンと言うべき人で、お父さんではないなと、ジョンヒョンは、心の中だけで口をあんぐりと開けて間抜け面を晒していた。
ミノと今度いつ呑むか決まってはいないが、まず一番最初に報告するのは、きっとこの人のことだ。
絵に描いたような美少年のテミンとは、また一味違った魅力を持つ。
並べる形容も、一番にくるのはかっこいいだ。
すらりとした長身と小顔に長い脚。
これだけの単語を揃えておきながら、ビジネススーツが似合わないわけがない。
けれど、真面目な顔になると、ツンとしたクール雰囲気が漂うあたりは、息子のテミンともよく似ていると思う。
見惚れてしまいそうになるのを堪えて、ジョンヒョンは一通りの挨拶を済ますと、本題に入っていく。
「テミンくんの場合、進路の問題もありませんし、こちらとしては、お父さんとお話することはないのですが。何か気になることとかありますか?」
「テミンの生活態度はどうですか?」
って言っても、あんまり学校に来てないから、あれかな?と声を上げて照れ笑ったユノを見て、ジョンヒョンは笑うと、独身のエリートイケメンから、親しみやすいかっこいい若いお父さんにイメージが随分変わるな〜と思いながら、生活態度は話せるほど登校日が多いわけではないので、先日あった出来事を代わりに話し出した。
「テミンくんって、喋ると面白いですね?」
「え?」
「この間、一応進路の話を聞いてみようと思って、将来はもう決まってるだろうけどって前置きさせてもらってから、行きたい大学とかあれば、一応相談に乗るよって話したら、それよりも結婚の仕方を教えてほしいって言いだして」
ジョンヒョンは一旦笑みを引っ込めた。
笑ってくれてるもんだと思っていたユノが、意外にも神妙な表情で、黙り込んでしまっていたからだ。
そんな表情をされると、さっきまでの親近感がまた遠ざかってしまう。
ジョンヒョンが、この話をしたのは失敗だったかな?と少し後悔し始めた頃、やっと閉ざされていた口が開かれる。
「アイドルとして、そういう軽はずみな発言をするなんて、うちの子はなってないですね?」
どうやらジョンヒョンの懸念は、検討違いだったようだ。
ユノは、いかにも仕事にも礼儀にも厳しい厳格な父親の顔をして、ため息混じりに言葉を紡いだ。
「でも表情からして冗談交じりでしたよ?私もテミンくんの冗談に乗って、どんな子と結婚したいの?って聞いたんですよ」
帰りがけのほんの一瞬のたわいもない会話には勿体無いぐらいの極上のアイドルスマイルを浮かべたテミンを、本当はもっと眺めていたくてジョンヒョンは質問したのだ。
「そしたらテミンくん、面白いこと言ったんですよ?チャーハンにイチゴを入れるような子って。そんな子、流石にいないでしょう?だからお父さんが怒るほどのことじゃなくて、本当に冗談なんでって、あの、・・・ユノさん?」
これには流石の堅物も笑ってくれるもんだと思っていたが、今度は深く何かを考え込む様子のユノに、ジョンヒョンは違和感を感じて、首を傾ける。
ユノは、名前を呼ばれた瞬間に、ハッとしたような表情を見せたかと思うと、苦笑いを刻んだ。
「キム先生の仰る通りです。ちょっと夢見がちなのかな?我が子ながら不思議な子ですね。」
取り繕いましたと言わんばかりのユノの態度に、ジョンヒョンは引っかかりを覚えた。
けれど、俳優みたいに完璧にかっこいい容姿を備えた人間だから、視覚が違和感を持つだけなのかもしれないと思うことにした。




「先生、昨日うちの父さんに何か話しました?」
珍しく授業以外でテミンが話しかけてきたので、ジョンヒョンはおや?と思いながら、昨日の面談の記憶を手繰り寄せる。
「世間話はしたかな?あっ!もしかして怒られたのか?」
うっかり自分が口を滑らせた件で、何も悪くないテミンが怒られていたとしたら、申し訳なさすぎる。
自然と眉尻が下がるジョンヒョンを、テミンは不思議そうな顔で見ていた。
「いや、あれ、言っちゃった」
「あれ?」
「テミンが、結婚の仕方教えてくれって冗談で言ったやつ。ごめん!お前の父さんが、あんな厳しい人だとは知らなくて」
顔の前で手を合わせて頭を下げたジョンヒョンは、ちらっとテミンを窺い見た。
けれど、意味がよく分かっていないようで、きょとんとしている。
「あれ?怒られたんじゃないのか?」
「なんで僕が結婚の仕方を先生に冗談まじりに聞いて、父さんに怒られるんですか?」
「いや、その話をしたら、お前の父ちゃんがアイドルの発言にしては、軽率すぎるってため息まで吐いてたからさ」
「父さん、そんなこと言ってたんですか?」
俺に言ってくれればいいのに、と後に続いた言葉は蚊の鳴き音ぐらい小さな声だった。
何より一人ごちるテミンは、何処か寂しそうにも見えてしまい、ジョンヒョンを落ち着かない気分にさせる。
「それだけですか?」
「え?あ、えっと、あとは、冗談だっていうのをちゃんと伝えるために、チャーハンに苺入れるような子が好きまで言っといたけど」
「だからか」
さっきまで納得いってなかったテミンの表情が、すっきりとした潔い良さすら感じる笑顔が浮ぶ。
こうなると必然的にジョンヒョンが、納得いかない顔になる番だった。
そんなジョンヒョンに、テミンは意味深な笑みを浮かべ、あれは本当ですよと言う。
「へ?」
「チャーハンに苺。冗談じゃなくてマジです」
それだけ言うとスケジュールのために、足早に教室から出ていくテミンの背中を、ええ!?というジョンヒョンの驚きの声が、数秒の時間差を隔て、追いかけるのだった。




「見た見た!!あれは反則。かっこよすぎ。一般人の定義を乱す人だわ、ありゃ」
電話に出るなり、興奮そのままに一気に捲し立てて喋るジョンヒョンをミノは笑った。
そうなる気持ちは十分わかる。
未だにミノの頭の中に鮮やかな残像を残す、あの可愛らしくも愛らしい親子は、園のマスコットキャラみたいな存在だった。
「だろ?てか、ユノヒョンで正解じゃなかった?」
「はい。ぐうの音も出ません。ミノ様、大正解です」
「ほ〜ら、みろ。だいたいすごかったもん。あそこの親子に対する先生たちのバックアップ体制」
「まぁ、あのビジュアルじゃ群がらん方がおかしいべ?俺なんて女じゃないけど、既にお世話したくて、うずうずしてんもん」
得意げに言うジョンヒョンに若干呆れつつも、中学生の自分ですら、可愛いと思ったあの親子にまつわる昔話ができるので、今だけは聞き流すことにした。
「保育所で給食がない日に、たまたま俺テスト期間中で、午前中で学校終わったから少しだけ遊びに行ったんだ。そしたら、テミンくんのお弁当が苺で埋め尽くされてて、ごはんもおかずも入ってなかったんだ」
クマとウサギの可愛い絵がプリントされた小さなお弁当箱に、びっしり詰まっていたのが苺で先生たちもびっくりしていたが、ミノも負けず劣らずびっくりした。
不憫に思った保育士が、テミンにおかずやごはんをわけようとしたけど、イチゴをひたすら食べ続けるテミンは、ニコニコの笑顔で大丈夫、これがあるからと拒否していて、お迎えにきたユノヒョンに見かねた保育士が注意をしたら、実はお弁当は苺でいいって言い出したのは、テミンからだったらしい。
その理由は、自分が料理ができなくて、仕事に行く時間と園に送って行く時間も迫ってて、パニックになっている間に、指を包丁で切ってしまい、心配したテミンがデザート用にとユノが買っていた苺を指さして、これでいいと言ったというわけだ。
「いい話すぎて、泣きそうなんだけど。」
感想とともに鼻水を啜る音が聞こえて、ミノは笑った。
幼馴染は変わらず、感受性豊かな泣き虫のままのようだ。
「でもな、その後が最高に可愛くて。これだけで終わらないのが、あの親子の可愛いとこなんだ」
次のお弁当の時、ちゃんと今度は可愛いウサギとクマのお弁当箱には、チャーハンが詰められていて、保育士たちもホッと胸を撫で下ろしたのだ。
「だたし、そのチャーハンからいちごが出てくるまでは」
笑い声がすぐに耳に飛び込んでくるもんだと、予想していたのに、一向にその気配がない。
寧ろ、キーンと耳鳴りがするぐらいの静寂が漂っている。
電話にあるまじき状況に、ミノが通話が切れてしまったのだろうか?と、もしもし?と声を出してみれば、ジョンヒョンからも聞こえてるよという返答が。
「あれ?面白くなかった?可愛くない?この話」
「めちゃくちゃ可愛いよ?あ、ちょっと電話かかってきたみたいだから、切るわ。またな?」
明らかに電話をかけてきた時とテンションが違ったジョンヒョンに、ミノは違和感を感じていながらも、まぁいいかとスマホをベッドに放り投げて、ゲーム機をセットしだした。





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