2

□Is this Love A
4ページ/5ページ


中央軍事委員会首席が自殺!銃密売に関与か?というニュースを、映すパソコンのモニター画面を消すと、身体に纏わりつくように抱きついているカイの手をテミンは軽く叩いた。
「仕事だよ」
テミンの弾んだ声に、カイは順調に仕事が進んでいるのだなと、寝惚けた頭でぼんやり思う。
仕事人間の主は、声だけで機嫌の判別がつく。
仕事が上手く行っているときは、分りやすくポップコーンのように弾んだ声を出す。
「何人?」
テミンの背中にへばりついたまま、問い掛けるカイは、さっき起きてきたばかりで、まだ目が開ききっていない。
「ざっと十人?」
簡潔な言葉だったが、カイの眠気を覚ますには、十分だった。
そっと身体をテミンから離す。
くるりと、椅子を回転させたテミンが、にっこりと笑う。
やはりご機嫌だ。
「セフンとタオも連れて行けばいい」
そこら辺のコンビニにでも、買い物を頼むかのような言い方だが、紛れもなく仕事とは、人を殺す仕事だ。
「寒いから温かくして行きなよ?」
くしゃりと、カイの頭を一撫して、微笑むテミンは、まるで優しい母親のような慈愛の雰囲気を漂わせているが、その命令は残酷だ。
こういうテミンだからこそ、自分もそこまで罪悪感というものを感じなくて済むのだと、カイは思う。
カイに、写真付きの書類を渡したテミンは、自分も上着を着ると、出かける準備をする。
その様子を眺めていたカイは、テミンの手を煩わせないためにも、できる質問は手早く今しておく。

「期限は?」
「今日中」
「全員?」
「全員」
顔を覚えるために、紙を捲っていたカイの手が止まる。
戸惑うカイの様子に気付いたテミンは、しょうがないのだと苦笑を漏らす。
「相手に気付かれたら終りだからね」
「アポストロデディーオ?」
カイは、人を殺す仕事しかしないので、組織が具体的にしょうとしている仕事の内容は知らないが、今敵対している組織がそこしか残っていないとあっては、必然的にその名前が口から出てくる。
「そう、怖い組織だから油断できないんだよ」
そう零すテミンだが、恐怖という感情は欠片もないように、カイには映る。
というより、テミンが恐怖というものを感じているのかすら、怪しい話だ。
「分った。全員、同じタトゥーが入ってるんだな?身体のどっかに」
「そう、それが目印だから。で、これ」
カイの元まで近付いてくると、テミンは最後までページを捲り、一人の人物を指差す。
殺す命令は十人のはずだが、この写真の人物は十一人目ということになる。
ちらっと視線を寄越してくるカイに、一番重要なのはこの人物であるとばかりに、いつもよりもゆっくりとした口調で、慎重にテミンは話し始める。
「こいつは、生かす。だけど、仲間が殺される所は見せといて」
後は、まかせたと手をヒラヒラ振って、テミンは外に出て行った。








「犯人の目星はついたか?」
険しい表情で新聞に目を落としていたユノに、ミノは首を横に振った。
事実に呼応するように、新聞を握るユノの手にも力が込めらる。
「公安に潜らせているモグラも、この件は自殺で片付けられそうだと。しかし、一人の刑事が、軍事委員会首席宅で不審な少年らを見かけたという情報を入手していたらしいです」
「特徴は?」
「どう見てもチンピラにしか見えない柄の悪い少年たちだそうで、首筋にタトゥーが入っていたとか」
首筋のタトゥーと聞いて、ユノは引っ掛かり覚える。
印象が残っているということは、何処かしらで目にしている証拠だ。
ネジを巻くイメージを起して、時間を遡る。
一つ一つ順序良く組み立てていけば、断片的にだが、視界から取り入れた記憶が蘇った。
鈍く光る刃物の背後に、ちらつくタトゥー。
「ミノ!!携帯!携帯持ってきてくれ!」
思い出した途端、条件反射で大声を張り上げたユノは、しかめっ面になる。
おもいっきり傷口に響いたのだ。
そんなユノを心配しながら、ミノはデスクの方に置いていたユノの携帯を取ると、ベッドに座っているユノに手渡した。
すぐに電話を掛け出すユノをミノが見つめていると、昼食を部屋に運んできたシウォンも何事かとミノの顔を見つめる。
「ドンヘか?!お前のシマに度々面倒を起す、シントゥアンの系列を気取った少年たちのグループがあるって言っていただろ?どこにアジトがあるのか知ってるのか?分るなら、ウニョクと一緒に至急向かってくれ!!で、見つけ次第保護してくれ」
通話を切る間際、くれぐれも気をつけろよと釘を刺すユノは、何かしらの不安要素があるのか、携帯をぎゅっと両手で握り締め、眉間に皺を寄せ、近寄り難い神経質なオーラが出ている。
シウォンもバシバシとミノ同様に感じ取ったのか、一旦出直そうかとミノと顔を見合わせると、昼食を乗せたワゴンを押して、部屋を出た。
二時間後、ユノの元に届いた報告は手がかりだと思った少年グループの首謀者の全員の死亡と、生存者一人の抵抗により、ウニョクとドンヘの負傷。
そして、抵抗した少年をやむを得ず射殺したというこの先、事実を掴む手立てがなくなったという最悪なものだった。
「約束が違う。アポストロデディーオが仲間を殺したんだと叫んでいたらしいです」
窓の景色を眺めるユノの横顔を見つめながら、ミノは文字通りの報告をする。
本当に景色を見ているのか、定かではないユノの美しい横顔は、静かな湖畔のような穏やかさと静謐さに満ちていた。
しかし、表面上はという言葉が、これほどしっくり来る人間がいないことを、ミノは知っている。
感情を露にしないユノほど、怖いものはない。
こういう時ほど、自身の主であるジョンヒョンがいないというのが、悔やまれる。
一人の世界に溶け込んでいってしまうユノを、連れ戻せる唯一の人間は、肉親であるジョンヒョンしかいない。
溜息を零したくなるのを堪えて、一礼するとミノは部屋から出た。
するとドアを出てすぐの場所に立ち尽くすシウォンがいた。
同じ気持ちなのが苦笑だけで、はっきりと汲み取れてしまうシウォンと、苦笑を交し合い、見張りを頼みますとだけ、ミノは告げて立ち去った。
部屋に一人きりになったユノは、刺された場所を寝巻きの上からそっと擦りながら、雲の流れを見つめる。
冬の重たい雲は、今にでも雪雲に変わりそうな気配を呈していた。

「サンタクロースを利用する・・・確かにいい子ではないな」
ふっと吐息なのか、笑みなのか分らないものがユノの口元を緩める。
だんだんと空の雲行きは怪しくなり、次第には粉雪がぱらつき出した。
チラチラと舞い始めた粉雪が風に煽られ、地面に落ちるまでもなく、ビル群にぶつかり溶けて消えていく。
最初の形は一瞬にして消え失せ、水滴という違う形に変化するその様子は、今自分が相手をしょうとしている恩人に似ていると、ユノは思った。
自分が目にして知ったはずの姿が、次には見知らぬ姿に様変わりしてしまう。
シントゥアンとは、中国語で星屑という意味だ。
星を眺めていたら、いつの間にかその星の屑として生きる羽目になっていたと、組織を呑み込まれていった人間は、口々に言った。
星は眺めれるが、自分では決して掴むことはできない。
だからこそシントゥアンには、道を譲り渡すしか方法がないんだとも。
手で探っても探っても、その本体には辿り着けずに、気付けば星の中に身を置く。
その言葉が、今まさにユノに降りかかってこようとしている。
けれど、納得がいかない。
ユノがアポストロデディーオの元トップということを知って、利用した人間は自分を助けた青年である彼しかいない。
しかし、普通に考えれば、あの場で自分を見殺しにするか、止めを刺すのが、妥当であったろうに。
彼は、自分を助けるという選択をした。
一番しなくていい選択をした事実が、ユノの思考を引っ掻き、考えを曖昧にしていく。
だが、そんなことよりも、これからのことを考えるべき時だった。
それなのに、風に煽られ続ける雪を見ていたら、無意識に言葉は零れていた。
「名前でも知れば、少しは本当の姿に近づけるんだろうか?」













→あとがき
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ