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□Is this Love A
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「ヒョンが動けるようになるまで、シウォンに頼んで来て貰うからな」
拒絶を許さない言い方で、決定事項を告げながら、ジョンヒョンは椅子を持ってきて、ベッドの横にどかりと座った。
「この部屋から出れないんじゃ、ボディーガードなんてそもそもいらないよ。シウォンも忙しいだろうし」
シウォンとは、ユノがこの組織を立ち上げた時からの古株の組員で、旧知の仲とも言えるメンバーの一人だ。
ユノがボスだった時代は、ボディガードを努めてくれていたが、ユノが引退するなり幹部の一人に名を連ねた。
「大丈夫。ユノの看病が出来るならって、寧ろ喜んでたし」
それがイヤなんだけどなと、ユノは複雑な表情になる。
スキンシップが行き過ぎるシウォンに対して、ユノが苦手意識を抱いていることなんて、ジョンヒョンだって、お見通しだ。
それなのに、わざわざユノが嫌がることをしてくるというのは、ジョンヒョンなりのお仕置きだ。
今回の件は、それだけまだ怒り足りないということのようだ。
まだまだご立腹の弟を、どうやって宥めようと、ユノが思案していると、そう言えばと何かを思い出しらしいジョンヒョンが、前傾姿勢で、ユノの顔をじっと見つめて話しかけてきた。
「ヒョンを助けてくれた子って、どういう知り合い?」
「へ?」
「ほら!俺か、ミノと同い年くらいのめっちゃ綺麗な天使みたいな顔したやつ!!」
的を射たジョンヒョンの容姿の描写表現に、誰のことを聞いているのか、ユノにもすぐ分った。
けれど、彼がシントゥアンの幹部クラスの人間で、自分がチキンを譲ってあげたという以外、ユノは名前も知らないという事実に気付き、迂闊なことは言えない現状に、弟に対する気まずさが生まれた。
「でも見た目と性格は、比例してねえっていうのが残念でならない」
しみじみと呟かれた意外な言葉に、え?とユノは目を見開く。
チキンをあげたときに見せてくれた年相応の可愛い笑顔しか思い出せないので、ジョンヒョンが漏らした言葉と、どうにも彼が結びつかない。
「まぁ、ヒョンを助けてくれたってのが大きいから天使は天使なんだけどさ」
「なんか話したのか?」
ユノが問い掛けると、拗ねたような表情をした後、ジョンヒョンはぽつぽつとあの日のことを話し始めた。
ユノの携帯からジョンヒョンの携帯に連絡があり、出てみればホジュンと名乗る男が、ユノが怪我をしたので、迎えに来てくれと朝方電話があったのだと言う。
駆けつけたホテルの一室に、ユノがベッドで眠っていた。
「混乱したけど、取り合えずホジュンの顔を殴って、蹴ろうとした所にミノが、事情を吐かせてから殺してくださいって言ったんだ」
ジョンヒョンはそこで、その行動を咎める視線をユノから感じて、言葉を止めた。
「お前な・・・」
「だって!!ヒョンがっ、死んだみったいに」
あの日のユノを思い出したのか、言い訳がボロボロと頬を落ちる涙に呑まれてしまう。
弟の涙に滅法弱いユノは、ジョンヒョンのぎゅっと握り締められた手を慌てて掴んで、ベッドに引き寄せて、頭を腕に抱き抱えた。
「ヒョンが悪かった。ごめんな?もう泣くな。頼むから」
よしよしと頭を撫でる。
暫くすると、鼻を啜る音と共にジョンヒョンが起き上がり、膨れっ面で椅子に座り直す。
「冷静になれなかった俺は、止めるミノの言うことも聞かずに、ホジュンに馬乗りになって殴ろうとした。そしたら」

‘その人が、悪いわけじゃないよ’
冷静さを失っていたとしても、その人間の存在に気付かなかったことを、ジョンヒョンとミノはおかしく思った。
色白の華奢な黒髪の青年が、二人に向かって声を掛けていたのだ。
雑踏に紛れても、目立つだろう綺麗な顔をした青年だった。
‘あの人、その人と家族になりたいって言ってたけど、それでも殺すの?’
冷静沈着というより、落ち着きすぎた態度と声音は、違和感さえ感じるぐらい余裕に満ちていた。
その青年の雰囲気に流されるままに、ジョンヒョンの頭に上った血も、一気に冷めていった。
「あいつが居なかったら、何も知らずに殺してたよ、俺。ヒョンが一番大事なんだもん。で、あいつ何者?」
話を聞き終えると、ミノに頼んでジョンヒョンが何故ホジュンを連れて行かせたかが、分った。
ユノの傍にずっと居てもいいように、秘書としての教育してくれるという意味合いには、家族になるという意味だって、大きく含まれている。
理解ある弟に、感謝を込めて優く笑みかけると、ユノの笑顔の意味を察して、照れたのか視線をぷいっと逸らされた。
「本人には、聞かなかったのか?」
「だって意味わかんねぇこと言ったんだ」
「何て?」
「子供なら、サンタクロースを助けたくなるのは当然だって」
あいつ、子供じゃないだろ?と眉間に皺を寄せるジョンヒョンを尻目に、ユノはクスクスと笑った。
笑うと、背中が痛んだが、笑いを堪えられなかった。
そんなユノに、ジョンヒョンは首を捻り、何だよ?教えろよ!?と喚いていたが、その通りだとしかユノは言えなかった。




退屈な日々が始まった。
じっとしているのが好きでないユノにしてみれば、拷問のような日々である。
「あんまり立っちゃダメですよ?」
トイレに行くのにも、一人で行かしてくれず、車椅子に乗らすシウォンに、溜息をつく。
「もう一週間も経ったんだから、家の中ぐらい好きに歩かせてくれよ?」
「僕がジョンヒョンに怒られてもいいんですか?」
英国紳士然りの気品溢れる苦笑を浮かべるシウォンを無視して、足を引き摺り気味で歩くユノはしれっとしたもんだ。
「心配無用。ジョンヒョナは、俺に甘いから大丈夫だ」
「痛いんでしょう?ちゃんと歩けないのに、ダメですって。ジョンヒョンが見たら、また泣きますよ?」
すすっと、車椅子を突きながら、ユノの隣を歩くシウォンの言葉は、ユノもまたジョンヒョンに弱く、甘いことを意味している。
昨日、普通に廊下の壁に手をついて歩いているところを、ジョンヒョンに目撃されてしまい、また傷口が開いたらどうするんだ!と涙目で怒られたのだ。
それを思い出させるような言葉に、ピタっと立ち止まったユノは、目を眇めてシウォンを見る。
余計なこと言うなとばかりのユノの視線を、ものともせずに笑みを崩さないシウォンは、車椅子を、ユノに差し向けている。
と、こちらに向かって来る忙しない物音が、僅かに聞こえて、ユノは咄嗟に車椅子に座った。
ユノが車椅子に座るなり、グットタイミングで部屋のドアが開く。
「ヒョン、ちゃんとシウォンの言うこと聞いてるだろうな?」
じとっとした目を据えて、顔だけドアから覗かせたジョンヒョンに、ユノはにっこりと笑う。
「ヒョンのこと信用してないのか?ジョンヒョナを二度と泣かしたりしないぞ?お前のヒョンは」
疑念に満ちた眼差しを変えることなく、ジョンヒョンは今度見つけたら、一ヶ月外出禁止だからな!と厳しい声で言い放つと、ドアを閉めてまた慌しく出て行く。
突然のジョンヒョン危機をやり過ごし、ホッと息をついたユノの頭上から、笑い声が降って来る。
仏頂面で振り返ったユノは、小さく笑みを零すシウォンを一睨みした。
「笑うな」
「すみません。貴方もジョンヒョナに掛かれば、一溜まりもないですね?」
「現行犯がなけりゃここまで締め付けは、厳しくならなかったはずだ」
言外に、シウォンに責任転換してくるユノに、惚けた声を出して茶化す。
「現行犯ってより、今までのツケが回った結果ですよね?そこら辺は、管轄外ですよ」
むっと唇をユノが尖らせると、慣れた仕草で顔を近付けてくるシウォンに、首をさっと曲げて避ける。
「それなら俺は、アメリカナイズされたお前のスキンシップが管轄外だ」
「その言い方だと受けてくれたことあるような言い方ですね」
「お前は、怪我人の世話をしにきたのか?からかいに来たのか?」
ギロっとユノが今度は強いめに睨みつけると、シウォンは、oh!!sorryと本場の発音で答えを返し、車椅子を押し出した。
「そう言えば、中国政府が日本に銃の密売をしているという噂が流れ出しているんですが、聞いてますか?」
「ああ、昨日首席からの手紙をミノが渡してくれた。日本で押収された銃の型といい、製造番号といい全て中国軍部が所持しているものと一致していたらしい。罠だろうな、百発百中」
もともと中国という国は、一般市民が銃の不法所持が見つかれば、死刑になる可能性が高い国なので、そこまでのリスクを犯してまで他国に密売する一般市民はいない。
となると、政府高官が小遣い稼ぎに他国に売るという可能性の方が、どう考えても高いのだが、今回はどうにも一味違う様子だ。
足がつきにくいヤクザではなく、一般市民の素人のガンマニアに売り捌いて居る所を見ると、日本警察に見つけてくださいと言っているようなものだ。
製造番号を消していない時点で、黒だと言い切れる。
弱腰外交というだけあって、日本はそういった面倒ごとを嫌う。
中国という国に対しては、特にそうだ。
今回は、表立っての公開は避けるが、国としての締め付けの強化をしてくれという通達は、受けていた。
その情報すらも、何処からか漏れ出し、中国国内ではにわかに今の首席に対しての批判へと摩り替わる火種になりつつあった。
暴動が年間件数ナンバーワンの国だけのことはあり、小さな火が容易く爆発する。
ここは、そういう国だ。
悪を叩いていると口では言うが、外貨を稼ぐのも忘れていないという揶揄が、既に出回っている有様だ。
「これで、首席側の人間から犯人が出たら、ジエンドだ」
眉間を長い指先で押さえて、目を瞑るユノは渋い表情だ。
「そうですね、本格的にシントゥアンからの挑戦状ということになりますからね」
「それぐらいなら、まだいい」
「え?」
思わずシウォンは、車椅子を止めて、ユノの顔を覗き込む。
一般市民と何ら変わらない反応を示す部下に安堵すると同時に、そんな人間をこんな危険しかない世界に引き摺り込んだことを、ユノは深く神に懺悔する。
「誰かの命がなくならないのが、一番だ」
言葉を聞くなり、目を大きく見開くシウォン。
「もしこれが、本当にシントゥアンからの挑戦状なら、必ず一人は死ぬ。そういう組織だ」
いつになく強張ったユノの声が描いた予想図は、嘲笑うかのようにすぐに現実のものとなった。



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