2

□Is this Love A
2ページ/5ページ


異常に重たい瞼を必死に持ち上げると、世界で一番可愛い弟が、涙なのか鼻水なのか分からないが、兎に角ぐしゃぐしゃに濡れた顔を綻ばせた。
「良かった」
その言葉を吐き出すなり、ダムが決壊したように、嗚咽を漏らして泣き出したジョンヒョンが、ユノに折り重なった。
感受性豊かな弟が、号泣している。
理由は映画か?それともドラマか?はたまた小説か?いや、歌を聴いただけですら泣く子だから、歌かな?そんな風に、漠然とジョンヒョンが泣いてる理由を考えながら、よしよしと背中を擦ってやろうと腕を動かそうとして、やっとユノはジョンヒョンを泣かせてしまった原因は、自分だったということに気付いた。
こういう瞬間だけは、周りの人間が言うように、自分は鈍感かもしれないとユノは思う。
点滴の管で繋がれた腕が、邪魔だという感覚は、ずいぶん久しぶりに味わう気がする。
「ヒョンがぁっ、死んだら・・俺っ、おれぇ、初めてヒョンをきっ、嫌いになんだからなぁっ!!うっ、ふぅっんっ」
声を上げて、更に泣き出したジョンヒョンを宥めるために、ユノは口を開いた。
「っ、」
けれど、開いた唇から出るのは、声ではなく掠れた息だけ。
あれ?と目を丸くするユノの目に、今度は自分のたれ目の目よりも、眉をタレ下げた心配顔のミノが映った。
「絶対安静です。二週間は、ベッドから降りれませんから、そのつもりで居て下さいね?」
改めてどれだけ無茶をしたのかを分らせるように、身体の状態を説明してくるミノに、ユノが視線に謝罪を乗せようとするも、すいっと視線を避けられてしまう。
自分に謝るのは、筋違い。
自分が危険に身を置くことで、呼吸困難に陥いるくらい号泣してしまっている人間に、先に謝って下さいと、ジョンヒョンに視線を置くミノの横顔が語っていた。
出ない声の変わりにと、ユノはジョンヒョンを安心させるために、笑顔を浮かべようと思った。
けれど、25歳になろうとしている弟は、シーツに突っ伏したまま顔を埋めて、泣き崩れていて顔を見せようとしてくれない。
しょうがないので、ジョンヒョンの頭を撫でて、落ち着かせようとした。
「・・・ユノ」
その時、片頬に痣を作ったホジュンが、戸惑い気味に顔を見せた。
内出血が黒くなっている所を見ると、殴られてからニ、三日時間が経過しているはず。
声が、すぐに出ないのは当然だなと、自分がニ、三日眠ったままだったのだと、冷静にユノは理解した。
「ごめん、俺・・・」
もういいよ、ヒョンと、ユノがホジュンに微笑みかけようとするよりも早く、ジョンヒョンがいきなり立ち上がって、胸倉を掴みあげた。
「あやまんなっ!!謝ってもらうために、ヒョンは命張ってアンタを助けたわけじゃねぇんだよ!!」
ジョンヒョンの凄まじい剣幕に、これにはユノも瞠目する。
と、同時に嬉しさもこみ上げてきた。
代弁してくれるジョンヒョンから、自分の意思を押し殺して、ユノの気持ちを尊重してくれている気配が限りなく感じられたからだ。
怒りで震える手をバっと離したジョンヒョンは、気を静めるために出てくるとミノに言い残し、部屋から出て行ってしまった。
「ホジュンさんの顔を見ていると、また殴りたくなってしまうみたいなので」
心配そうに、ジョンヒョンの出て行ったドアをじっと見つめていたユノに、ミノが心配には及ばないと、理由を説明しだす。
ミノの言葉を聞き、今度は咄嗟にホジュンの顔をユノは見た。
乱闘の騒ぎで、怪我をしたのかとユノは勝手に思い込んでいただけに、弟のしたことと知り、申し訳なさから眉尻が下げる。
「いいんだ。一発じゃ足りないくらいだから」
しかし、ホジュンは納得しているのだと微笑んで見せた。
その笑顔が無理をしているように見え、またユノの表情は曇っていく。
静かに二人を見守っていたミノだったが、流石に冴えないユノの表情に耐えかねたようだ。
「本当なら、ホジュンさんは今頃ここにはいらっしゃらないかもしれなかったんですよ?お連れの方がいらして良かったですね?ちょっと失礼します」
ミノの携帯が鳴り、部屋から出て行くなり、連れ?と疑問を顔に貼り付けているユノに向かって、ホジュンが説明しだした。
「お前が、待ち合わせのチキン屋に居たときに、一緒にいた子が助けてくれたんだ。通りがかったみたいで」
ユノは、朦朧としていた意識の中で、そう言えば聞いたことのある声がしたと思い出した。
けれど、今自分がいる場所は病院ではなく、住まいにしているホテルだ。
通りすがりの子が助けるなら、そのまま救急車で病院に担ぎ込まれていそうなものだがと不思議に思っていると、あのクリスマスの夜に青年に感じた親近感の正体を、ユノは知る羽目になった。
「シンティエンディ ブティックホテルってあるだろ?あそこにあの子専用の部屋?があるのかな?ちょっと俺もパニックになってたからよく覚えてないんだけど、そこで専属の医者を呼んでくれたんだ。ホテルの御曹司か何かだったのかな?」
上海の中心地に位置するその五つ星ホテルは、シントゥアンのシマであり、噂ながらにそのホテルには、シントゥアンのボスと幹部クラスの住まいになっているというのを聞いたことがある。
それだけでユノの直感は、ピンと一直線に広がり、答えに向かって走り抜けていった。
判明した答えを合わすために、ユノはベッドサイドに徐に手を伸ばすが、身体が重くて痛みも走るために、思うように動けない。
息苦しく息を吐くユノに、ホジュンがカーテンか?と気遣わしげに問い掛けてくる。
それに頷けば、ユノの代わりにベッドサイドのテーブルに備え付けられているボタンを代わりにホジュンが押してくれた。
自動でカーテンが動き、雲一つない快晴の空と代わり映えしないビル群が、窓の外に広がっている。
けれど、忙しなく動くユノの双眸が見つめているのは、見慣れた景色ではなく、ここ数週間ずっとホジュンとユノに張り付いていた人影だった。
その姿が見当たらないことを確認すると、ストンと答えは、ユノの中に綺麗に収まった。
次には、青年の言葉が不意打ちで、蘇ってきた。
‘別にいい子でも何でもないのに、僕’
独りでに唇が動いてた。
「いい子だよ」
あっと喉を抑えて声が出た喜びを味わうユノに、緊張を滲ませた真剣な声音が飛んでくる。
「ユノ」
ベッドにいるユノにも見えるようにと、少しベッドから離れた床に、ホジュンは正座していた。
ユノが静止する前に、床に額を擦りつけて頭を下げたホジュンは、何も言わない。
ただただ頭を下げる。
それしか、今の自分にはできないとばかりに。
「ホジュニヒョン、ジョンヒョンが言ったように」
「違う!!」
悲痛な叫びが、ユノの優しい言葉を遮り、奪っていく。
感情を露にするホジュンを、初めて目にしたユノは、驚きに身体をびくりと震わせた。
縫合されたばかりの傷口に響き、眉間に皺を寄せれば、傷に触ったことに気付いたホジュンがすまないと今にも泣き出しそうな顔で、謝罪してくる。
ゆっくりと息を吐き出したユノは、もう大丈夫だとばかりに、微笑んでみせた。
痛みを感じて、漸く自分が怪我人であるという意識も芽生えたというものだ。
「それだけじゃない、本当はお前に殺されても文句が言えない立場なんだ・・・俺は」
ユノの痛みが引いたのを確認し、安心した所でホジュンは再び話出した。
「俺は・・・金欲しさにお前に近付いた」
自分の髪を苛立ちを紛らすために、ぐしゃりと手でかき回して、目を伏せるホジュンの顔は、愛する人を今この手で殺したような悲壮感すら漂っていた。
自分が優しくしてしまったことで、こうやってまた一人の人間に、深い後悔を与えてしまっている。
ここまで苦しんで欲しかったわけではないのに、結果的に自分の優しさのせいで、ボロボロになってしまう。
愛しいあまり、ついつい水を与えすぎて枯れさせてしまう花を見ているような心境だった。
買ってきた鉢植えの花を、いつもユノは枯らしてしまう。
大事に大事に、毎日話しかけては、陽の当たる所に置いていても、一週間もせぬ間に花は枯れてしまうのだ。
ジョンヒョンから言わせると、ヒョンは栄養も水もあげすぎなんだと、注意されてしまう。
少しは厳しい環境に置かないと、生命力が備わらず、寿命すら全うできないのにと、呆れながら言われても、度々ユノは同じ事を繰り返し、一人しょんぼりとしてしまう。
萎れた花の姿に、今目の前にいる男が無性に重なってしまう。
「そんなの・・・俺も悪いから。知ってたんだよ、ヒョンが情報を狙ってるって。ごめんね?俺も騙してて。それなのに、家族になりたいとか言っててさ。嫌いになった?」
花に枯らさせてしまった懺悔を述べるように、ユノはホジュンにも、同じように懺悔する。
ユノが自分の狙いを知っていた事実に、一瞬だけホジュンは驚くも、すぐに納得した表情に変わった。
思い当たる節があったのだ。
「黙っていれば言いようなことも言うお前が、何だかほっとけないよ・・・って、俺が言う台詞じゃないのは、分かってるんだけど、今日だけは言わせてくれ」
「・・・・ヒョン」
演技でも何でもない、親愛の情を感じさせるホジュンの表情は、心底ユノの心配をしていることを物語っていた。
たまに、物言いたげな目でじっと自分を見据えるジョンヒョンの視線にも含まれているその感情が、詰まる所自分の不安定さを憂いてのものだと、ユノだって自覚はある。
渡らなくていい橋だって、わざわざ渡ってしまいたくなるのが、自分だ。
それが今にも崩落を迎える寸前だと、分っていながらも、身に及ぶ危険にすら安堵して、歩くいてしまう。
極度の状態に身を置いておかないと、逆に不安になってしまう。
そんな自分を知っているからこそ、ジョンヒョンとの代替を希望したのは、ユノ自身だ。
この病が治らない限り、組織にいる人間を真っ先に考えていながら、危険に巻き込むのは自分だと、目に見えていたから。
「ユノが、少しでも幸せになってくれるなら、家族になりたいな」
ホジュンの言葉に、ユノがにこりと笑うと、バタン!!と豪快にドアを開けて、ずかずかとジョンヒョンが眉を吊り上げた不機嫌顔で入ってくる。
後ろに控えてついて来ていたミノに、目で合図して憮然と言い放った。
「ミノ、秘書としてのいろはを教えてやれ」
「はい」
軽く頭を下げたミノは、ホジュンに向かってこちらへと静かに部屋から退室することを促す。
え?え?と目をパチパチと瞬かせて、状況を飲み込めていないユノに、小さく笑いかけてからホジュンは、ミノの後ろについて、部屋から出て行った。


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ