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□Is this Love @
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オニュが住まいにしているホテルの部屋のインターホンを鳴らせば、すぐに鍵が開けられる音がした。
ドアを開けば、テミンというよりもチキンが来るの待ってたとばかりに、紙袋にオニュの手が伸びてくる。
素直にテミンが手を離せば、うきうきとした様子で備え付きのダイニングテーブルへとチキンを置くオニュ。
どうやら自分ではなく、心底チキンを待ち侘びていたようで、紙袋からチキンの入った箱を取り出し、感無量といったていで見つめている。
「ジンギヒョン、早く食べないと冷めちゃうよ」
「分ってるけど、味わう前のトキメキを満喫するのも大事なんだよ」
なんだそれ、と半ば呆れ返った様子でオニュを眺めていたテミンは、美味しいうちに味わう方がトキメくよと言って、席に着くと勝手に箱の蓋を開けた。
「あー!」
予想通りオニュの悲痛な叫びが部屋に木霊したが、テミンは慣れているので、我関せずだ。
「大袈裟だな、ヒョンは」
チキンに齧り付きながらテミンが言えば、心外だとばかりにオニュが抗議してくる。
「今の僕は、例えるならば遠距離恋愛の彼女との久しぶりの逢瀬を、最愛の弟が彼女を寝盗っていたという事実を知り、失望したというシナリオだ」
そんな大層なと、テミンは思う。
だいたいそんな恋愛に振り回されたこともないくせにとも。
オニュと言えば、恨み言を言ってたとは思えないくらい幸せな顔をして、チキンンを咀嚼している。
まさに至福の一時と顔に書いてある。
目が垂れ下がり、今にも溶けだしそうだ。
そのせいで、オニュの黒目が見えていない。
「ジンギヒョンの彼女って、美味しいんだね〜」
「当然だ、この世界で一番僕の彼女が上手いんだから」
「う〜ん、俺にとってはそうじゃないけど。ビールとは切っても切れない縁だとは思うよ。最高の相性だよね?」
口にチキンを咥えたまま、テミンは冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、オニュの前にも一つ置いた。
「僕は二股なんてしない。世界に彼女だけが残されていなくても、生きてる限り愛し続けるよ」
ただのフライドチキン相手に、ここまでべらべらと臭い台詞を本気で言える人間は、世界中探してもオニュしかいないとテミンは思う。
「フライドチキン屋のオーナーにでもなればいいのに」
いつもは、おっとりしているオニュのテンションが、一度高くなってしまうと、相手をしているのが面倒くさくなるときがある。
今日がその日だったテミンは、適当に選んだ言葉を返した。
意表を突かれたとばかりに、一瞬目を丸くして食べる手を止めたオニュだったが、すぐに新しいチキンを手に取って、にこりと人畜無害な笑みを浮かべた。
「うーん、それは難しいな。食べれる彼女しか愛せないという限定付きの愛だからね〜」
「食べるだけの愛って、なんかマフィア臭がしてるよ、ヒョン。気をつけて」
クンクンと鼻を鳴らして、真顔で自分の服の匂いを嗅ぎまわるオニュ。
もう本当にチキン食べさすと、テンション高くなるんだからと、ビール片手に眺めていたテミンに、オニュの日常の笑みが、いきなり差し向けられる。
「なに?」
あまりに唐突で訝しく感じた笑顔の意味を問うテミンに、美味しそうにチキンを咀嚼しながらオニュは穏やかに話し出した。
「いや〜、テミンも普通の人っぽくなってきて良かったなと。カイのお陰かな?」
嬉しそうなオニュの顔を、ぼんやり眺めながら、果たして本当にそうなのだろうか?とテミンは、考える。そこまで意識していなかったが、一緒にずっと生きてきたオニュが言うのだから、間違いないはずだ。
だいぶ自分はそこら辺にいる同世代と変わらない普通っぽさというものを、自然と身に取り込み、備えられてきているのだろう。

「でも恋愛だけはしてほしくないな」
そんな自分自身の変化を整理していた所に、予期せぬ話が飛び込んできて、テミンはポカーンと口が開いてしまう。
「だって、テミニにはまだ僕の傍に居てほしいし」
寂しそうに笑うオニュをテミンは、何処か他人事のように思えて、俯瞰してしまう。
テミンにとって、恋愛とは未知数の感情すぎて、予想がつかない。
まず、誰かを愛してしまう自分が、想像つかないのだ。
かといって、己に親愛の情と言うものがないわけではないと思う。
オニュに対してだけは、ずっと一緒にいたいと願うくらい大切な人だとテミンは感じている。
カイにしても、それなりの年数を一緒に暮したせいか愛着が湧いた。
あいつが、突然いなくなったら・・・と考えると悲しくもなるし、寂しいと少し感じれる。
そう思うことで、少しは人間らしくなれていると、感じてた瞬間、やはり自分は完璧な人間になりきれていないとも思ってしまう。
そう考えること自体が、人間らしくなろうと意識していることになる。
「恋愛できたら、一人前の人間になったって祝ってよ?ヒョン。でも、ジンギヒョンがフライドチキンを嫌いになる程度くらいには、起らない事象だろうけど」
「え〜、そうかな?」
「うん、それにきっとダメだよ、俺。恋愛したら、好きになった人、殺しちゃうもん。奪わないと気が済まない性分だから、心ぐらいで我慢できないと思うんだよね〜。そんなんだから結局ヒョンと一緒にいるんじゃないかな?誰かを愛しても」
血の繋がりがなくても、ずっと可愛がっていた実弟同然のテミンの口から澱みなく吐き出される言葉を聞いて、安堵したようにオニュはにっこりと微笑んだ。
「なら、恋愛してもいいよ、テミニ」
「普通、こういう話聞いたら世間の人は、恋愛しちゃダメっていうんだよ?ヒョン」
「あっ、そっか。僕はついつい死体の処理ぐらいしてあげるからねって言っちゃいそうになるね」
ダメだな〜と呟くオニュだが、その実は全く悪いと思っていないのが丸分りだ。
何処にでも居そうな青年という言葉に、相応しい容姿をしているオニュ。
ふわりと笑う笑顔と優しい声だけで、誰しもが好感を抱けど、嫌な印象を受けない好青年に見える彼だが、彼こそが巨大組織シントゥアンを率いるボス、イジンギなのだ。
「そうだ。やっぱり協力してるのは、ジンギヒョンが踏んだ通りアポストロデディーオだったよ。」
「本当に?」
大して驚いた様子もなく、ニコニコとした笑みを崩さないオニュからしてみれば、その事実が妥当であり、真実でしかないと最初から見えていたようだ。
「うん。今まで捕まってる人間は、だいたいアポストロデディーオが運営しているクラブの秘密会員だった」
「怖いね?利益よりも正義優先っていうのが、薄ら寒くって気味が悪いよ。一番最初に叩くべきだったね?」
「確かに。全く共感のできない信念を持っている人間ほど、やりづらい相手はないもんね?で、どうすんの?」
首席に不満を抱く人間に、暗殺の依頼を受けていたが、首席と同じ思想を持つ人間が、そんなことをされっぱなしで、黙っているわけがない。
なので、首席自身も利権と汚職に塗れていたというでっち上げを企てる方向で、オニュたちは動こうとしていた。
しかし、アポストロデディーオが首席側についてるとなれば、そのでっち上げが難しくなってくる。
中国政界に、マフィアが絡んでいるのは、昔からの曰く付きの習慣と言っても過言ではない。
アポストロデディーオが絡んでいても、何の違和感もないが、仕事は一段とやりづらいと言うわけだ。
首席を暗殺したとしても、今度はこちら側の黒い繋がりを公にされてしまえば、窮地に立たされるのは、シントゥアンだ。
となれば、するべきことは一つしかない。
「まどろっこしいことはしないよ。先に潰しておかないと、首席への献金問題を偽装工作できないからね」
そう、結局は生き残るためには、道を塞いでるものを撤去しなければいけない。
「今のアポストロデディーオのボスは、チョンジョンヒョンだが、どうやら今回の件に加担しているのは、前代表のジョンヒョンの実の兄であるチョンユンホらしい」
ユノという名詞に、ん?とテミンの目が頭上へと逸れてく。
聞き覚えがあったからだ。それも、ついさっき聞いたような気がする。
「噂では、綺麗な男らしいよ。僕と正反対のね?」
「ヒョンも綺麗だよ?」
本心からテミンがそう言っても、オニュはからかわないでよと笑い、すげなく交わされる。
オニュは、自分の容姿を平凡すぎると思っている節があるようだが、テミンはそう思わない。
現に女性からも、モテている。
よくアプローチをされている所をテミンは、目撃していた。
その度に、得意の笑顔でスマートに断っているのだから、こ慣れたもんだと感心してしまうくらいだ。
にしても、綺麗というワードでテミンは、合致してしまった。
さっき自分にプレゼントをくれたサンタさんが、アポストロデディーオの前代表だということに。
只者じゃないと思ったが、まさか本当に同じ業界の人間とは思いもしなかった。
あれだけ綺麗な容姿があれば、堅気の世界で十分芸能人として生きて行けるだろうに。
「勿体無い」
「へ?彼女たちを残したりしないよ?」
思わずぽろりと零れ落ちたテミンの嘆きを、チキンが残っていて勿体無いと言ったと思ったらしいオニュは、盛大な勘違いのせいで見当違いもいいとこな発言をして、まだまだ僕は食べますと、チキンの箱を腕で取り囲んだ。
「誰の口にも入っていくビッチな彼女をせいぜい楽しく味わってください」
「大切にしたいものに代わりがいることは、大事なことだよ?」
ちょっとした嫌味だったのに、逆に軽くいなされてしまい、何だったら納得してしまう言葉を返されたテミンは面白くなくなり、缶ビールを持つと、テラスに出て行こうとした。
「テミン」
窓に手を掛けた所で、引き止めるように呼ばれて振り向けば、オニュが愛しげに自分を見つめていた。
「テミンの代わりは居ないんだから、裏切らないでね?僕を」
こんなあからさまな言葉を、自身にオニュが向けてくるのは初めてだった。
驚きを隠しもせずに、どうしたの?とテミンは咄嗟に問い掛けていた。
しかし、オニュも分らないと眉尻を下げて、困り顔で笑うだけだ。
「今日、ちょっと変だよ?何かあった?それともナーバスになってるだけ?」
「そうなのかな?」
オニュ自身も自分が、変なことを口走っている自覚はあるのだが、原因がよく分からないと言ったように、うーん、と呻っている。
心底不思議がるオニュの背後に回りこみ、テミンは肩から背中にかけてすっぽりとオニュを覆うように抱き締めた。
「今までは、ヒョンに守られてきたけど、これからは俺がヒョンを守る番なのに、裏切ったりしないよ?するわけないじゃない」
首だけで振り向いたオニュは、テミンの言葉に安心したように微笑んだ。
その微笑に微笑返すと、テミンは再びテラスへと足を向ける。
外に出ると、上着なしでは少しだけ寒いが、耐えられないほどではなかった。
ただ階が高いためか、風が強い。
長居すれば、風邪を引いてしまうのは確実だ。
それでも寒さが好きなテミンは、気にせず手摺に手をかけ、ビールを一口含みながら、一人の男のことを考えていた。
あの子供みたいな愛らしい笑顔が真っ先に浮かんだが、先ほど知ってしまった事実のせいか、知らないでいた頃とは、随分と印象が変わった。
無邪気というより、寂しい笑顔に思えてしまった。
全てを知ったわけじゃないが、欠片だけとは言え、男の置かれている背景を知ってしまえば、あの無邪気さが、一時のまがい物だと言うことだけは、十分に理解できてしまうからだろう。
きっと、あの人はホジュンと呼ばれた男がどういった目的で自分に近付いたかも知っている。
何なら、こちら側にすぐに捨て駒として利用したのち殺されることも予想がついてたはずだ。
もしかすれば、自分が流れ弾に当たる可能性だってあるかもしれないのに、危険を顧みず命を狙われている男と一緒にいる理由は、一つだろう。
助けるためだ。
スナイパーが狙う角度や、場所が長年の勘から見通せるとしても、無謀としか言えない行為をよくやってのけたものだ。
敵ながら称賛に値すると思う。
「やっぱり、俺がサンタになるべきだったなぁ・・・いい子なのは、どっちだっていう話だよね?それとも、何か理由があって、あそこまでしてるのかな?」
いや、理由があったにしろシントゥアンの情報を掴めないのは、彼にもわかっていたはずだ。
大抵が、こういう役目を仰せつかるのは、捕まっても大丈夫なように組織の内情を把握していない奴を選ぶのがセオリーだからだ。
「って、何でこんなこと考えてんのかな?殺さないといけない人間のこと」
誤魔化すように、ビールに口をつけるが、いつの間にか飲み干してしまっていたようだ。
空の缶を潰しながら、部屋に戻ろうと振り返るとオニュが、窓際で風邪を引くよ?と心配げに笑っていた。
「帰るね、ヒョン。カイも待ってるから」
オニュの横を通り抜けながら言えば、気分屋な一面があるテミンだが、にしては少し変だなと思ったオニュは、どうかしたの?と訊ねた。
内心、自分が変なことを言ったせいで、テミンもナーバスにさせてしまったかと、気を揉んだが、返って来た言葉にオニュは思わず噴き出して笑ってしまった。
「頭がおかしくなったから」
「なんだ、それ」
どうやらツボに入ったらしいオニュは、はははと手を叩いて笑い、床に転げ回った。
しかし、そんなオニュを遠慮なく無視をして、テミンは本当に部屋を出て行った。


→あとがき
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