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□Is this Love @
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近年急激に発展してきたここ、上海は夜であろうと昼であろうと、変わりなく明るい街である。
だが、今日はまた一味違う。
いつも以上に飾り付けられた街は、まるで自分が宝石箱の中に身を置いたように、何処を見ても、キラキラと輝きに満ち溢れていた。
年に一回の特別な日。
聖なる夜は、その日付だけで人々をふわふわとさせてしまう魔力を秘めているのか、それとも資本経済が導いたただの戦略なのかは分らないが、行き交う人たちの表情がこの日ばかりは簡単に幸せというものを物語り、パッケージ化されてしまったクリスマス行事というものを、存分に楽しんでいる。
「はい、お待ちどうさん」
そんな順応能力の高い人々の幸せそうな笑顔を見つめていたユノの意識を引き戻す、テイクアウト専門のフライドチキン屋の店主の女将。
「ありがとう。今日は忙しいでしょう?」
韓国人夫婦で営むこのチキン屋は、ユノだけじゃなく、ジョンヒョンやミノもお気に入りの店で、フライドチキンを食べたいときは、絶対に皆、この店で買っている。
目尻の笑い皺が魅力的な店主の笑顔に、ユノの顔にも自然と笑顔が広がった。
手を伸ばして、紙袋を受け取りながら訊ねれば、困ったとばかりに女将さんが眉尻を下げた。
「それがね、ユノくんので最後よ。売れ残りなし。鳥の仕入れ数は去年より多めにしたはずだったのに」
「中国の人にもバレちゃったかな?ここのフライドチキンが美味しいってこと。でもその分、これからゆっくり休んで楽しめるよ?クリスマス」
「もう、クリスマスを楽しめる歳じゃないわよ。寧ろ、稼ぎ時っていう認識しか持たないダメなクリスチャンよ」
ケラケラ笑っていた彼女だったが、すぐにいらっしゃいませ!!と営業用の笑みを浮かべた。
自分を通り越して注がれる視線に、ユノもちらっと目だけでそちら目を向ける。
すると弟のジョンヒョンや、ミノとだいたい同世代と思われる青年が立っていた。
しかし、ただの青年ではなかった。
一瞬見るだけの視線が、思わず釘付けにされてしまうような、美青年だったのだ。
華奢な身体に、白い肌。
一見すると、昔の童話に出てきそうな薄倖の美少年と揶揄できそうな出で立ちだが、彼の目だけは儚さとは無縁の鋭さが際立って、やけに目についた。
そのアンバランスな違和感が、ユノには不思議で仕方なかった。

「ごめんなさいね、今日売り切れちゃったの」
奥さんが韓国語で話しかけている所を見ると、青年もユノと同じ韓国人らしい。
顔立ちからすると、全く韓国人らしくないというのに。
どっちかっていうと、目鼻立ちがはっきりしているので、日本人や中国人っぽい。
「え、そうなんですか?一本も?」
「それが一本もないのよ、本当にごめんなさいね」
口ぶりからして青年も、この店の常連のようだ。
心底申し訳なさそうな奥さんに対して、青年はしょうがないですよと笑って、心底残念そうではあるが、全く未練を感じさせないあっさりとした態度で踵を返した。
クールというのとは、少し違う。
この数秒だけで仕草や、振る舞いに妙な親近感を覚えてしまい、ユノはつい気安く声を掛けていた。
「ねえ」
立ち去ろうとする背中に向かって言った瞬間、自分の行動を可笑しく思って、内心ユノは笑ってしまったが、声を掛けてしまった以上もう引き返せない。
店から一メートルも離れていない所で立ち止まった青年は、ユノの顔を見て不思議そうな顔をしている。
知り合いだったろうか?そんな言葉が聞こえてくる表情。

「良かったら、これ」
ユノは、持っていた紙袋を青年の前に突き出した。
勿論、紙袋の中身はさきほど買ったフライドチキンだ。
しかし、突然の出来事に驚いたのか、青年は目を丸くするだけで手を出してこない。
痺れを切らしたユノは、彼の手を強引に掴むと紙袋の取っ手を握り締めさせた。
そして、じゃあなと手を振ろうとしたユノの手を今度は青年が掴んでいた。
「いえ、頂けませんよ」
見ず知らずの人間に、いきなり優しくされても胡散臭いだけだし、青年の戸惑いは尤もだと思い直したユノは、フライドチキンを譲る気になった理由を口にした。
「何だか、ここのじゃないとダメなのにって顔してたし、それに同じ年頃の弟を見てる気分になってついな?だから気にすんな」
にこっと爽やかに笑いかけるユノに、青年は一瞬ポカンとした顔をしたが、改めてお礼をユノに言った。
「おいくらでしたか?」
すぐにダウンコートのポケットに手を突っ込み、財布を捜す仕草をしながら聞く青年に、ユノは更に笑みを深めて首を横に振った。
「いらないよ」
「いや、譲っていただけたのに、そこまでしてもらえませんよ」
慌てる青年に、ユノは今日は何の日だ?と明るく問い掛ける。
「え?・・・クリスマス?」
「俺、サンタクロースだから」
親指を立て、自分を指し示してそう言ったユノは、だからプレゼントだよと無邪気に笑った。
いかにも自分で降って湧かせたサンタ役を、楽しんでますと言わんばかりの屈託のない笑みを浮かべて。
「自己満足のサンタじゃダメか?嫌?」
きょとんとしていた青年だったが、ぶ!と噴き出すと初めて声を上げて笑った。
美しい青年だが、無表情だと人工的に見え、その美しすぎる顔立ちが魅力を半減させていたが、その大人びた雰囲気とは異なり、笑うと途端に可愛いらしさが前面に出て、青年の魅力を半減させることなく、人の目に映す。
「別にいい子でも何でもないのに、僕」
「え?そうなのか?でも俺がプレゼントあげたからには、来年からいい子でいてもらわないと困るな〜。俺、サンタ界から追放されちゃう」
「分りました。サンタさんのためにも精進してみます」
青年の言葉に満足したユノは、ありがとうと笑った。
その笑顔を改めてまじまじと眺めていた青年は、ボソリと呟いた。
「どっちかっていうと、貴方の方がプレゼントを貰うに相応しい無邪気な子供みたい」
しかし、明らかに自分より年下の青年に、無邪気な子供呼ばわりされてしまった当のユノには、青年の呟きが届くことはなかった。
「ユノー!」
自分を呼ぶ声が、反対側の歩道から聞こえてきたからだ。
しかも、今一番ユノの頭を締めている人物の声とあっては、意識を全部もっていかれてしまっても仕方ない。
青年も手を振り返して答えるユノの姿を見て、視線の先にいる男に目を向けた。
ユノよりも何歳か年上に見える男は、不細工ではないし、一般的に整っていると思われる顔立ちをしていたが、華やかさがなかった。
何だか不釣合いだなと、青年は思った。
ユノと男を今度はじっくりと交互に見て、うん、やっぱり不釣合いだと心の中だけで思う。
自分のサンタになってくれた男は、推定年齢は二十代の後半。
カジュアルな格好をしているが、それは正装をすれば悪目立ちしてしまうからだろう。
誰しもが男から目を背けられないオーラを放ち、一回の微笑だけで男も女も落とし、誘惑を難なく交わせてしまう。
洗練された高貴な空気を、カジュアルな格好をすることによって、わざわざ包み隠しているのだ。
そんな印象を、自分のサンタに青年は受けた。
だけど、連れと思しき男は、それなりに魅力はあるのだろうが、サンタの隣を歩くにしては、あまりにもお粗末だった。
けれど、サンタはそんなことを気にした風もなく、ホジュンニヒョンと満面の笑みで男の名前を呼んで、車の切れ間を見つけると、すいすいと車道を横断していく。
ホジュンと呼ばれた男の隣に立つと、きゃきゃ言いながら肩を抱くユノを見て、青年はボソリと呟いた。
「隣に並ぶとますます以って、階級の差が目についちゃうな〜」
暫く二人の姿をぼんやり眺めていた青年は、二人が楽しそうに歩いて行く方向の人波の中に、一人の人間を見つけ、目を眇めた。
そして、見間違いではないと確信すると携帯を手に取った。
数コール鳴らすと、通話相手の周囲の雑多な音だけが耳に伝わり、通話ができる状態だということだけ分かる。
「狙いは、細身の綺麗な男の連れか?」
無言は肯定だった。
「中止しろ」
青年の命令が下るなり、やっと相手は喋り出した。
「どうして?」
「クリスマスプレゼントだよ、俺からの」
「意味がわかんねぇ」
「生まれて初めてサンタさんにプレゼント貰えたからね、俺からもプレゼント。あ、でもサンタにプレゼントって可笑しいか」
「はぁ?」
いい加減にして欲しいとばかりに、通話口から嘆きが滲む声音が聞こえても、青年は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「お前が言い出したんだろうが!?イテミン!情報が手に入り次第、あいつを殺せって」
テミンと呼ばれた青年は、実はシントゥアンの人間だった。
彼が電話口で相手している人間も、彼の部下で組織のスナイパーであるカイと言う名だ。
どちらも、マフィアの組織に属しているとは思えない若く、美貌を持ち合わせた青年たちだが、間違いなく彼らは冷酷且つ非情と名高い組織、シントゥアンのナンバー2と腕利きのスナイパーだった。

意見しつつも、カイはユノとホジュンの二人からもう背を向けて歩き出している様子が、テミンの目にはっきりと捉えられていた。
自分の命令には、絶対逆らわないカイは宝物だと、いつだってテミンは笑顔を刻む。
「まぁ、そうだけど。別に始末しなくてもあいつからうちの情報は漏れることはないな〜って思いなおしてね。それよりも俺はジョンイン君が銃じゃなくて、至近距離からナイフで獲物をロックオンしていたことに違和感を覚えてるんだけど」
今日のテミンは機嫌がいいのか、感情を荒げることなく、忠告してくるが、カイの勝手な行動と独断を非難していることには変わりない。
テミンの言い分は、十分カイも理解している。
いつものカイなら、命令を受ければ、その日中にはターゲットを始末しているはずだ。
しかし、今回はしくじった。
「一緒に居た男がいただろ?」
「あ〜、俺のサンタさんね?」
「サンタかどうかは知らないけど、あの男がスコープにどうしてか入ってきて、邪魔だった。いつ覗いても、角度を変えて纏わりついてんだ、標的に。これはバレてると思って、しょうがなしにナイフですれ違い様に刺す方法に変更しょうとした」
もう随分遠くなってしまったが、カイの話に耳を傾けながら、テミンの目はユノを追っていた。
ホジュンに向かって何かを話し、嬉しそうに笑う姿は、その辺にいる堅気の人間と変わりない。
ただ、人目を引く美しさと無条件に匂い立つ色香意外は。
でもああいう人間が、実は一番厄介なのだということをテミンは知っている。
俺はマフィアだと言わんばかりの威圧的なオーラを垂れ流している奴ほど、下っ端だ。
いきがっているだけで、自分の技量を知らない。
だが、ユノのような人物は、手のひらでは決して転がせない。
足し算よりも引き算が上手い人間ほど、この業界では恐ろしい。
頭に血が上ることがないので、勝手に暴走してくれないからだ。
「ジョンイン、お前って意外とバカだな」
さっきからコードネームではなく、本名で自分を呼ぶテミンは、電話でなければ顔をぶつくらいのことはされていると、カイは冷静に分析する。
「そんなし慣れてないことして、仕留めるどころか逆に捕まるとか思わないのかよ。サンタさんにお前の存在がもろにバレてるってことだろ?それ」
カイもそこまで馬鹿な男ではない。
テミンに言われるまでもなく、その考えは頭の片隅にあった。
けれど、路地で野垂れ死にしそうになっていた自分を拾って組織に入れてくれた親友の命令に、少しの無茶をしてでも答えたかったのだ。
出来なかったという言葉を告げなければいけないとするなら、命を投げ打ってでもテミンの役に立って、死ぬことがカイにとっての本望なのだから。
それが念頭にあるからこその行動だと言うのは、長い付き合いであるテミンだって、無論知っている。
「別にあんな雑魚の命はいらないよ、それよりお前の腕の方が大事だ。ジンギヒョンもそう言うに決ってる。過小評価するな、自分を。じゃあな」
だからこそ、こうやって機会があれば、その度にテミンはカイに釘を刺してくるのだ。
「テミン!」
「ん?」
「今日、帰ってくんのか?」
「少し遅くなるかもしれないけど」
「分った」
それだけ確認するや否や、通話を切ってしまったカイに、しょうがない奴とテミンは苦笑を漏らす。
クールな容姿からは、予想できない甘えたで、寂しがり屋な一面を持ち合わせているカイに、付き合う形でテミンは同居してやっているのだった。
暫くすれ違いの日々が続いたりしょうもんなら、寝ずにカイはテミンを待っていたりすることもある。
最初は驚いたし、面倒だなと思ったりもしたが、カイが教えてくれるそういった人間らしい感情は、ドラマや映画、マンガなどでどれだけ復習しても理解し難い人間の感受性をテミンが学ぶには適していたし、ためにもなった。
生まれたときから、一緒にいるオニュから、テミンは、もっと普通に生活が出来るように人の感情を勉強しなきゃいけないよ、と常々言われていたのがきっかけとなり、テミンはカイと暮そうと思ったのだ。
「あ、折角のチキンが冷める」
その優しい兄、オニュとの約束のためにテミンは足を速めた。







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