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□予期せぬエンドロール
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「演技うますぎ」
シャワーブースから出ると、間違いなく自分をからかうために、待ち構えていたキュヒョンが、にやにやと締まりのない顔つきで、手に持っていた写真をチャンミンに突きつけた。
それは、ついさっき試合終りに優勝の喜びをユノと分かち合って、抱き合うチャンミンの姿が収められた写真だ。
満面の笑みを浮かべる自分は、純粋に優勝を喜ぶ高校二年生で、いつもよりも随分幼く見えてしまう。
無理やり写真を奪い取ったチャンミンは、感心しきった声で言った。
「俳優にでもなるべきかもな」
「ははは、女子がシム君って意外と無邪気な感じだったんだ〜ってよ?バレバレだな?色々と。チョンユンホのオーラは、シムチャンミンをも浄化するのか、すげえよな」
キュヒョンのおちょっくった反応が、気に入らなかったチャンミンはむつりと言い返す。
「は、お前、俺が弱みをまだ握ってないとでも?」
「え?」
にやけていた顔が締まり、キュヒョンの目が意外そうに丸く開かれる。
「イテミンとチョンユンホはあまり仲が良くないのかもしれない。だからこの後、イテミンと話てみる」
一瞬しか見ていないが、イテミンもじっとユノのことを睨みつけていた。
漂う空気も、ピリピリとしていて皮膚が痛みを伴う程度には、険悪だったのが感じ取れた。
あれは、良好な関係が築けていないに違いない。
「でもあの二人が喋ってるとこ、見たことないけど?」
見当違いなことを言うキュヒョンに、チャンミンは鼻で嗤う。
「仲が悪いからこそだろ?」
「品行方正のキラキラな転校生チョンユンホには、裏の顔がってか?そんな旨い話があるのかねぇ〜」
信じがたいと腕を組むキュヒョンに、すぐに結果は分るさと言い、着替え終えたチャンミンはキュヒョンにバレないように、写真をブレザーのポケットにそっと落とした。
その様子をちゃっかり見てしまっていたキュヒョンは、思春期の男子高校生は難しいなとチャンミンに聞こえない声で、呟くのだった。




イテミンの元に行くよりもまず、チャンミンはこの写真をユノにも見せようと思い、ユノを探した。
しかし、そのユノが見当たらない。
教室にも、トイレにもいなかった。
そう言えば、みんなが汗を流すとシャワーブースに向うときは、もういなかった気がする。
何処に行ったんだろうとチャンミンが考えていると、キュヒョンの持っていた写真を撮影した子が、チャンミンの分だと丁寧に渡してきてくれた。
どうやら写真部の子のようだ。
「ユノには?もうあげたの?」
「ユノ君には、まだ渡せてないんだ。」
「なら、俺が渡しとくよ」
チャンミンが手を差し出すと、女の子は少し逡巡したのち、封筒に丁寧に入れられた写真を、お願いと渡した。
察するに、自分で渡したかったのだろう。
チャンミンは、内心で舌打ちをした。
お前程度の顔が、ユノに近付いても相手にされないよという罵倒つきで。
顔には一切出さずに、ちゃんと渡しておくから安心してね?と優しく言い、チャンミンは校内を歩きながら、スマホを触った。
やっぱりユノは、まだ電源を切っているようで、電話が繋がらない。
陽も暮れてきて、校内の人気が限りなく少なくなってきた頃、最後の場所とばかりに図書館に足を踏み入れた。
図書室というより図書館の風格があるここは、体力を使い果たしたチャンミンが歩き回るには広すぎる。
それでも何だか分らない感情が、チャンミンの足を動かす。
原動力は、たった一つの感情から来るものだというのに、チャンミンにはそれを認める度量がなかったのかもしれない。
「やっぱりいないか、こんなとこ」
一通り見て回ったがユノの姿はなかった。
教室に戻ってユノの荷物がなかったら、自分も諦めて帰ろうと足を進めていると、微かに人の話声が聞こえて来た。
「くすぐったいっ、馬鹿」
チャンミンの目で見える場所には、人はいない。
何処か隠れる場所があるのか?不審に思いながら、耳を欹てた時。
「馬鹿って、ユノが言う?」
チャンミンが捜し求めていた人物の名前が聞こえてくるではないか。
咄嗟に、声がする方に近付けば、自由に使えるようにとパソコンが置かれたデスクが並ぶスペースだった。
「怪我してまで、試合に出てさ」
「でも優勝しただろ?てか、なんでテミン見てなかったんだよ?」
「見てらんないよ。速攻止めさせたくなるに決ってんだろ?馬鹿」
「あ、お前も馬鹿って」
声が聞こえやすい場所に来ると、椅子が不自然にそこだけデスクからはみ出していた。
ということは、自分が見ているデスクの下に潜って、二人はいることになる。
どうしてこんな場所で?
そう思うのに、チャンミンは身動きが取れなかった。
椅子をどけ、気安くこんな所で何をしてるんだ?と声を掛けて、中を覗き込めばいいのに。
実際は、指先一つ動かせやしない。
「言う権利あるよ?俺には。こんなに足首腫れて。明日にはもっと腫れるに決ってる。準決勝で止めとけば良かったんだ」
「でも、誰も気付いてなかったってことは、こんなの怪我のうちに入らないってことだろ?」
「誰も気付かなかった?ここに一人いますけど」
「テミンは、別だもっ、んっ、ちょ、」
ユノの声が不自然に途切れた瞬間、ガタリとデスクが動き、濡れた音が微かに聞こえる。
「減らず口は、いらないから心配させんなよ、ばーか」
「あ!!また馬鹿って!!こんなの舐めてたら治る怪我なんだよ!!ばーか!」
初めて聞くユノの年相応の子供らしい言葉遣いと声に、チャンミンが驚いていると、またガタン!とデスクが揺れた。
「っ!!てみっ、やめろ!な、してんっ」
「舐めてたら治るって言ったのは、ユノだ。舐めさせてよ?心配して死にそうな恋人に」
恋人?そのワードを聞いた瞬間、目の前がチャンミンは真っ暗になった。
残っていた気力も体力と共に尽き果ててしまったようだ。
足に一切力が入らない。
よろよろとその場から離れようと足を動かした所で、まだ体操服姿のユノが凄い勢いと速さで、チャンミンの横を駆け抜けて行った。
自分には目もくれずに遠くなる背中を、無意識に見送っていたチャンミンの横を、今度はゆっくりとした足取りで、誰かかが追い越していく。
ちらりと横目にその人物を見遣れば、視線がしっかりとかち合った。
まるでチャンミンと視線が合うことを望んでいたように、バチリと絡んだ視線に相手は満足した様子もなく、無表情で吐き捨てた。
「親友になるのは自由だけど、ユノを傷つけたら許さないから」
エンドロールは突然やってきた。
初めて自らの手で欲しいと感じたものは、切望する前から苦労することも許されず、チャンミンの目の前を、さらさらと流れていく。
チャンミンの手に残ったのは、一枚の写真だけだった。




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