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□彼のためのソナタ
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日本のツアーが無事に終り、母国に久しぶりに戻ってきたユノは、長らく留守にしていた家で、久しぶりにまったりとした時間を過ごせていた。
「ユノ、ストレス発散に買い物でもしたのか?」
ドラマの撮影が一段落したホジュンも、これまた久しぶりにユノに会うために、家に遊びに来ていたのだが、それなりに広い玄関が狭苦しい印象にガラリと変わってしまうほどに、詰まれたダンボールの山を見てしまえば、こんな言葉が出て来るのも当然だ。
ダンボールの中をちらりと覗き見て、中に入っているものが、服や靴や小物類の類だと知ったので、最初はファンからのプレゼントか?とも考えたが、ユノのファンの丁寧さを熟知している身からすると、あんまりにも大雑把な包装に違和感を感じたホジュンは、結局ユノが自分で買い物をしたのか?と検討をつけたわけだが、リビングの奥のキッチンに立って、お茶を入れようとしているユノに視線を向けると、横顔からでも苦い笑いを刻んでいるのが見て取れ、ホジュンは理由を考えるために、思考を巡らせた。

「俺の趣味じゃない服も沢山あると思わない?ヒョン」
今日も何処か乙女ちっくな柄のマグカップに、自身には紅茶を、ホジュンにはコーヒーを淹れてもってきたユノは、日本のお土産だと言って、何個か包装されたままのお菓子をローテーブルに置いた。
「お前が食べたいもん開けたらいいよ」
甘党の可愛い弟が、自ら選んで買ってきたのだ。
絶対自分が食べたいものもあるはずだと踏んだホジュンが促させば、えへへっと年下らしい幼い笑みを浮かべたユノは、早速ピンク色の可愛らしいお菓子を豪快に包装紙を破って、取り出した。
ファンの期待を裏切らないイチゴ味に、ホジュンはこっそり、これもまたいつかテレビで話さないとと思うのだった。
「まぁ、ぱっと見、お前が選ぶよりセンスある感じの服だったけど、別段センスがいいとも言い切れない服って感じだったな」
率直な感想を述べたホジュンに、ユノは冒頭の部分に引っ掛かりを覚えたのか、お菓子を頬張りながらも、むっと眉を寄せる。
「昔から自分でもセンスないって、はっきり言ってただろ?」
何を今さら拗ねるんだと、ユノの散らかしたゴミを片付けながら諭せば、自分で言うのと誰かに言われるんじゃ違うと、最もな反応が返ってくるも、それよりもあの大量の服の意味を知りたいホジュンはさらっと流した。
で?新しい女からのプレゼントか?今度は年上か?と探りを入れれば、ユノの表情が分りやすく曇った。

「なんだ、やっぱりチャンミンか。まだ付き合ってたんだな?」
ユノとチャンミンの付き合いを、メンバー以上のものと知っているホジュンは、幾ばくかの希望を抱いて、いつもこんな意地の悪い質問をする。
勿論、幾ばくかの希望というのは、チャンミンをユノが見離す決断をそろそろ下してくれるのではないか?というものだ。
メンバーとしての付き合いならば、大賛成だが、それ以上となるとあまり良い顔ができないというのが、本音のところだ。
たまに、チャンミンともホジュンはユノを介して会うことがあるが、正直お互いがお互いにいい印象を抱いていない。
それを何となく察しているのか、ユノも最近はチャンミンとホジュンをなるべく会わさないように、気を遣い出した。
長期間、日本で滞在することになると、好きに使って良い代わりに、部屋の様子を見といてと、一人暮らしを始めたばかりの当初、ユノはホジュンによく合鍵を渡してくれていた。
しかし、最近は全くない。
原因は、嫉妬深い恋人が良い顔をしないからだろうと、ホジュンは推測する。
チャンミンが、ユノと別れ、違う女とスキャンダルになっていた頃は、ユノはずっと合鍵を渡してくれていた。
けれど、ある日を境にホジュンは、自らユノに合鍵を返した。
ユノの部屋に、分かりやすくチャンミンの物がまた増えてきたからだ。
始まりは、歯ブラシだったか。
一つのコップにユノが、ヒョンがいつでも泊まれるように歯ブラシ買っておいたよ?と言って、一緒に差してくれていた歯ブラシが、いきなり違う色に変わり、自分のものがゴミ箱に捨てられていたのだ。
それを見た瞬間、弟の苦労をこれ以上増やさないためにも、ホジュンは自ら鍵をユノに返した。
芸能人としてはまだまだ年下のユノに頼っていると言っても、年の功は伊達じゃない。
ユノに負担がかからない配慮ぐらいは、ホジュンも流石にできた。



「それにしても前にも増して、パワーアップしてないか?お前さんの嫉妬王は」
終始苦い笑いを浮かべていたユノは、ヒョンもそう思うんだ?と諦念を滲ませたように吐息を吐いた。
「浮気ぐらいしてやればいいのにって、その昔は思ってたけど、あれを見るとしないに限るな。生き霊にでもなって、相手を呪い殺してしまいそうな勢いだ」
「生き霊って・・・。その前に浮気なんてする甲斐性を俺は持ち合わせてないよ」
「余裕であるだろ?どう考えても、俺の百倍あるぞ。人選もより取り見取りだろうが、ユノの場合。相手が受身じゃなくて、攻めてくれる人間じゃなきゃ無理だっていう条件はついてまわりそうだけど」
そんな人間なかなかいないよな〜と心底残念そうに呟くホジュンが面白くて、思わずユノは笑ってしまっていた。
「笑い事じゃないぞ?俺は本気でそんな人間が現れたら、応援するつもりだ。嫉妬王に対抗できて、尚且つお前の心からあいつへの情を吹き飛ばしてくれるほど魅力に満ちた人間なんて、そうそういないんだろうけど」
「・・・魅力、か」
黒い髪をはらりと額に落して、俯いたユノは何事かを逡巡している。
何処か真剣すぎるくらい真剣で、悲しみを耐えた表情に、ホジュンは言葉を掛けるよりも先に腕を伸ばして、ユノの身体を引き寄せた。
なされるがまま、自然とホジュンに寄り添ったユノは、心配そうに自分を見つめる兄に、最近自分が変なんだと、か細い声で途切れ途切れに話し出す。
「無性に、怖いと思うんだ」
「チャンミンが・・・か?」
自嘲気味に笑ったユノは、可笑しいよね?可愛い弟で家族みたいな、恋人でもあるチャンミンに対して、こんな風に思うのはと言うが、ホジュンは全く可笑しいとは思わないというように、真剣な眼差しを据え、首を横に振った。


ハウスキーパーが受け取ってくれていたのか、ある日自宅に帰ると、そこそこ大きいダンボールが二つ玄関に積み上げられていた。
差出人は、チャンミンでユノは疑問に思いながら、ガムテープを剥がして、中を見た。
すると、靴や服、鞄に帽子が、ぎっしりと二つのダンボールに詰め込まれていて、余計頭が混乱した。
思わず、チャンミンに電話すれば、事も無げにそれは俺からの贈り物ですと、彼は言い放った。
しかも、全部チャンミンとペアと言うから、驚きは何倍にも飛躍していく。
予想だにしない突然の出来事に、唖然としていたユノは、我に返ると茶目っ気たっぷりに言い返した。
『どれだけファンを喜ばすつもりだよ?お前は』
『貴方が大好きなファンも喜ぶし、俺も喜ぶんだから一石二鳥と思って着てください。暫くまともに会えなくなるから、ユノが着ている服を脱がせれるのは、俺だけですよって言う意味が含まれてるんで。だいたいこういうの、恋人にはっきり言わせるアンタの鈍感さ、どうかと思いますが』
けれど、返って来た声は、至極真剣だった。
チャンミンは、どうにか面白おかしくユノに聞こえるように繕っているつもりだろうが、長く生活を共にしてきたユノからしてみれば、全く繕えていなかった。
チャンミンの本気をまざまざと感じ取り、少し怖くなってしまった。
これが、交際当初ならば何も思わなかったのだろう。
だけど、自分の気持ちが薄れてきていることを、チャンミンが感じているのが見て取れるユノからしてみれば、どうしょうもなく恐怖を感じた。
女でもない、自分の身体を守れる一人前の男だというのに、どうしてここまでチャンミンを怖いと感じてしまうのか、理解できなくて、ユノはここ1ヶ月悶々と過ごしていた。
理由付けできない本能が、ただひたすら怖いと叫び出してしまう。
それだけは、他の何を置いてでも、チャンミンには知られ、勘付かれたくないと思いながら、ユノはツアーを最後までやりきった。


「でも一人だけ・・・。一緒にいるとそういうのを全て忘れて傍にいれる奴がいるんだ。それを魅力っていうのかは、分らないんだけど」
思っても見なかったユノの告白に、ホジュンは驚きのあまり瞠目した。
ひたすら、このユノとチャンミンの二人の関係は、均衡が保たれたままなのだろうと深く考えずとも思っていたからだ。
そこに来て、均衡が破られるかもしれないキーパーソンの登場は、無視できないものがある。
「ユノ、逃げ出すことを悪く言う奴がいるとすれば、それはお前という人間をよく知らない奴だけだからな?」
黒く澄んだ瞳が、自分を見据えるなり、ホジュンはただただ可愛い健気な弟の幸せを願うべく、言葉を綴った。
「お前が一緒にいたいと思うやつの傍に、いればいいんだよ?」
世話になった恩義以上に、このチョンユンホという人間は、知れば知った分だけ愛おしいと思う対象だ。
だからこそ、幸せになるべきなのだ。
誰がなんと言おうとも、彼の幸せのために誰かが不幸になろうとも。
チョンユンホだけは幸せでなくてはならい、そんな人間だ。
「ありがとう、ヒョン」
本当に分かっているのか、微妙なところだが、自分の想いだけは確実に伝わったと感じれるユノの擽ったそうな笑顔に、ホジュンはとりあえず今日のところは、この辺で満足しておくことにしたのだった。


「そうだ。ユノ、三日後からドラマ撮影だったっけ?」
「そう、ムソクに」
なるよ、という語尾は、ユノの携帯の着信音によって攫われてしまう。
出ろ出ろ、というように、ホジュンが手をひらひらせるので、ユノはスホマを持った。
着信の名前には、テミンという表示。
噂をすれば何とやらだ。
このタイミングで、気になっている人物から直々の連絡に、ユノの心臓は刹那ドキっと跳ね上がった。

「もしもし」
「突然すみません、テミンです」
「分ってるよ、テミナだって」
聞いてる人間が、照れてしまうくらい甘いユノの声に、ホジュンはさっきユノが言っていた一緒にいると恐怖から逃れられる人物が、何となく誰だか分かってしまった。
「今、ロスで一人なんですよ」
「あ、ソロの振り付け練習で一週間滞在らしいな?ジョンヒョンとミノが誕生日祝えなくて淋しいって、そういえば嘆いてたよ」
そこまで言って、ユノは今日がそのテミンの誕生日だったのだと、思い出した。
「ジョンヒョニヒョンとミノヒョンよりも、ユノヒョンの声が聞きたくて、自分のために電話してしまいました」
すかさずユノが、おめでとうと言おうとするも、テミンが先に、聞いた人間が誰でも勘違いしてしまいそうな口説き文句を、さらりと告げてきたせいで、タイミングを逃してしまった。
「異国の地で一人頑張ってる後輩のお祝いに、俺なんかの声でなるなら光栄だよ?お誕生日おめでとう、テミン」
テミンの大人顔負けの言葉に驚きつつも、望まれるままに、ユノは丁寧に言葉を紡いだ。
テミンのために。
その様子を見ていたホジュンは、声以上にユノの優しい表情を見て、勝手に明確な答えをもらった気分になった。
ユノが気になっている人間は、この後輩だと。
「ありがとうございます」
例えるなら、ポンポンとポップコーンが弾ける様が思い浮かぶぐらいに弾んだテミンの声が、ユノの耳を心地よく通りぬけていく。
その喜びようが、どびっきりの彼の笑顔となって脳裏に自然と浮かび、ユノも白い歯を零すように笑ってしまっていた。
「ユノヒョン?」
突然恋人同士が甘い睦言を囁く時のように甘ったるい声になったテミンに、ユノも釣られる形で、ん?と恋人に甘えるような声を出してしまっていた。
そんな自分の行動に衝撃を受けたユノだったが、続くテミンの声以上に甘い言葉に気を取られ、すぐに自分の失態は忘れてしまうことになる。
「ユノヒョンの声しかお祝いにならないよ」
「え・・・?」
「貴方と同じ時代に生まれ変われたことに、ただただ感謝したい。おやすみなさい」
通話が切られても、ユノは耳にスマホを押し付けたまま、動けずに居た。
テミンの言葉に、えもいわれぬ感情がぼどぼどと零れ落ちいく感覚があるのに、それが何か自分で見つけられないからだ。
胸に空いた大きな穴、その穴に自身の手を突っ込んで引っ掻き回しても、何一つ指先には当たってくれない。
だけど、そこには自分が知りたい事実が、確実に存在しているのだ。
「ユノ?」
心底驚いた顔をしたホジュンが、ユノの顔を覗きこんだ。
「なんで、泣いてるんだ?」
「え?ウソ、あ、れ?気持ち悪い、何だこれ?」
涙腺が崩壊したように、ボロボロと気付けばユノは泣いていた。
信じられず、我武者羅に目を擦って、涙を拭おうとするユノの手をホジュンが制した。
「擦ったら、余計腫れるからダメだ。ただ流しとけ。見られるのが嫌なら帰ってやるから」
「大丈夫、すぐ止まるから」
けれど、ユノの意思に反して、涙は止む気配なく、ボロボロと零れ落ちた。
自身の潜在意識に沈んでいたもどかしさが、涙を流させているのだ。
悔しくって仕方ないと。
涙が流れる理由は、ニアンスだが汲み取れる。
だが、肝心の原因が分らず、ユノは一晩零れ落ち続ける涙を、不思議に思った。
かたやホジュンは、感情とそぐわないアンバランスなユノの涙を、無垢な天使が涙を流しているみたいだと荘厳な光景を目にしているかのような気分で、ずっと見守るのだった。



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