2

□U Know I Know
2ページ/14ページ


事務所を震撼させる前代未聞の、スキャンダルがかまいたちの如く色んな傷をつけ、吹き抜けたのは、今から六年前。
ユノが兵役から帰って来て、すぐのことだった。
入れ替わりに兵役に行くはずだったチャンミンの入隊の日程が、予定していた日取りを大幅に遅れていた。
そのこと自体には何の疑問もユノは持たなかったのだが、あんまりにも事務所の幹部がばたばたと動き回る様は、どう考えても予期せぬ事態に見舞われた時のそれであった。



誰からも、何の報告もないままに、数日が経ったある日、ユノの家に何故か会長であるイスマンが、訊ねてきた。
突然の訪問に驚きながらも、一連のスタッフたちの慌しさを見ていれば、ただ事ではないことが起こっているのは、火を見るよりも明らかだった。
疲労困憊だと言わんばかりに、深い溜息を吐き出しながら、ソファに腰掛けた会長の第一声は、事態の収拾に駆け回った疲労感よりも、虚無感が色濃く滲んでいた。

「私の判断が間違っていたようだ」
「・・・・え?」
「ユノ・・・お前とチャンミンは一緒に兵役に行かせるべきだった」
会長のそれだけの言葉で、ユノは察してしまう。
今回、事務所をごたごたに巻き込んでいる張本人がチャンミンだということを。


「あいつ、・・・チャンミンは、一体何を仕出かしたんですか?」
ふっと唇に嘲笑を浮かべた会長は、視線をユノに据えて、簡潔に事実だけを述べた。
「女を妊娠させたよ」
「っ、・・・・」
あまりの衝撃に、ユノの目は丸く見開かれ、半開きになった唇からは、息を呑む音が漏れた。
「誰だと思う?お前もよく知ってる人物だ」
自分が予想していた全ての不吉な出来事が、脚本の読みすぎでしかないとさえ、思わされる。
最後のドラマの撮影に挑んでいたチャンミン。
その撮影中にした大きな怪我が原因で、もう踊れないんじゃないかだとか、事故にでも巻き込まれた、もしくは加害者になってしまったんじゃないか、だとか、契約の更新はもうしないと事務所に言ったんじゃないかとか、自分の考えていたことの全てが、陳腐に思えてしまうリアルなスキャンダル。


「共演していた女優さんですか?」
ユノの問いに、ふっと薄ら笑ったスマンの表情は、その方がどれだけ良かったかと語っていた。
「その昔、頭を何度も抱えさせられた相手だ」
「あ・・・・」
ユノの頭に、当事者の顔が浮かび上がる。
憔悴しきった顔色とは裏腹な、明確な憤怒がありありと乗ったスマンの声色が、ユノの頭の中の人物で大当たりだと言っている。
「分別のない人種への契約書には、もう一つ事項を増やしておかないといけないな」
チャンミンを特別視し、可愛がっていたスマンからしてみれば、いくら社内恋愛を推奨していると言っても、交際当初から自分の存在を誇示するサインを世間に送り続ける彼女に良い印象を抱いていなかった。
二人が別れる度に、同じメンバーのユノを差し置いて誰よりも、安堵していたのは何を隠そうスマンであった。
だが、それは誰もが予想していなかったこの事態を予見していたからかもしれない。
「これからは、堕胎の条件も加えておくとしょう」
相手の女性の身が危ぶまれると、ユノが懸念するほど、スマンの言葉には棘しか見当たらなかった。
正に逆鱗に触れたと言える。
事務所としては、結婚を容認せざる得なく、挙式をしてから、チャンミンは兵役に行かせ、二年という空白の期間で、ほとぼりもそれなりに冷めることを見込み、戻ってきてからはアジア、特に日本で東方神起としての活動を活発化させるという意見で、結局は纏まった。
というより、それぐらいしか選択はなかったと、ユノに今後の活動の説明をして、スマンは帰っていった。




ユノの復帰作は、話題性も考え、映画ということになった。
ストーリーのキーマンになる重要な役どころのユノは、主演ではないものの、出演時間が多いので、それなりに撮影も忙しく、日々、忙殺されていた。
だから、チャンミンとの再会も結婚式当日が二年ぶりであり、言葉を混じ合わせるのも、ニ年ぶりだった。
扉を開ければ、一人、壁いっぱいに埋め込まれた窓に寄りかかって、チャペルへと続く芝生の生えた庭を見つめるチャンミンが、純白のタキシードに身を包み、寄りかかっていた。
陽の光を浴び、少し明るめの茶髪がキラキラと艶めき、タキシードの白がレフレクターの役目を必然と果たすためか、天使が地上に舞い降りたように目に映る。
あまりの眩しさに、ユノは目を眇めながら、一歩、一歩チャンミンに近付いていった。


「似合わないとは思ってなかったけど、ここまで王子様になれる奴いないよ」
部屋に満ちる静けさは、永遠の愛を誓い合う健やかな二人の愛を、粛々と包み込むが如く神聖な空気。
けれど、そんな空気を無碍に踏み潰し、葬るのも主役であるチャンミン自身であった。
「ここにもう一人普通に居ますけど」
棘のある声は、何十年と一緒にいただけあって、二年ぶりであってもユノには分かる。
この剣呑な響きは、自分に向けられていると。
分かり易い気質であるチャンミンなので、彼がここまでおおっぴらに感情をぶつけてくるということは、怒りが頂点に達している証拠。
「俺?確かに似合うけど、王子様って感じではないな」
けれど、気付かない振りでユノは誤魔化す。
晴れの日であり、もしかすると再び会うのは、チャンミンが兵役から帰ってくる二年後になるかもしれないのだから、当然だ。
「着てみますか?」
振り返って、自分のジャケットの襟をくいっと指先で引っ張って見せるチャンミンの肩を叩きながら、あはははと豪快に笑い飛ばしたユノ。
「ほら、着てみてくださいよ?貴方なら、似合うから」
「何だよ?そんなに自分がカッコイイのを俺に知らしめたいってか?そんなことしなくても、お前の方がかっこいいよ?今日は、な?」
晴れの日には、相応しくない態度に物言い。
自分の存在がチャンミンの機嫌を損ねるというのならと、軽くいなして、また後でな?とユノが、待機部屋から立ち去ろうとした時だった。


「アンタが代わりに着るべきだって意味で言ったんですよ」
ついに、鋭い言葉の矢が狙いを定めて放たれた。
根本的な意味までは量りかねるが、口調だけでもむき出しの敵意を感じるには、十分すぎ、ユノの眉間にも不快感を露にした皺が寄る。
ユノが振り返り、再び正面からチャンミンを厳しく律するために、見据えようとした時だった。
「アンタが俺を見ようとしなくなったから、こうするしかなかったんだ」
ユノの行動を予測したチャンミンが、鼻先が触れる距離で待ち構え、そのまま目を見張ったユノの足を払うと、肩を押さえつけて、絨毯が敷き詰められた床へと押し倒した。
「やっと、二人だけで会えると思ったら、スケジュールを優先して会いにも来てくれない」
押し倒されたユノは、頭を打ち付けた衝撃で、目が回り、視野が暗くなり、抵抗らしい抵抗はできなかった。
抵抗できない状態のユノに、チャンミンは馬乗りになり、身動きの取れない体勢に持ち込み、そっとユノの頬を撫でた。
「ユノにとっての俺って、その程度の存在なんですね?結局。チャンミナ、チャンミナって甘い声で呼んでくれるのは、ステージの上やファンがいる前だけにどんどんなっていく。どれだけ俺が寂しかったか分かります?」
ふっと諦念を滲ませた笑みを浮かべたチャンミンは、ユノのスーツのジャケットのボタンを外しに掛かった。
「ちゃんみっ、ちがう」
未だ酩酊状態のような頭ながらに、ユノはボタンを外していくチャンミンの手に、手を重ねて動きを止めた。
「何が違うんですか?この期に及んで言い訳?いいですよ、聞いてあげます。だって、大好きな俺のヒョンですもん、ユノは」
「俺じゃ、お前をダメにするって思ったから」
「黙れ!!」
さっきまで穏やかに微笑んでいたチャンミンの顔がユノの言葉で劇的に豹変した。
部屋に満ちたチャンミンの咆哮同様の険しい表情は野生動物が、人に猛威を振るう瞬間のようだ。
「俺を想ってたんなら、俺の傍を離れれるはずがなかったはずだ!」
その言葉は別れを切り出したときのチャンミンを、不意にユノの頭に思い出させた。
「だけど、アンタはそうしょうとしなかった」
ヒョンは、俺に手を伸ばしたけど、手を離すときも同じ理由なんですね?と悲痛な面持ちで呟いていたチャンミンに、ユノは何も言わなかった。
チームを再度形成するために、溢れんばかりの過度な愛情をかけてしまったことは自覚していたが、それはちゃんとチャンミンを愛していたからこそだった。
チームのためだけでは決してなかった。
けれど、チャンミンにはそんなユノの想いは伝わっていなかった。
少し胸は痛んだが、ここで否定したところで、自分の決別の意思は揺るがないなら、そう想わせておいたほうが、チャンミンのためだと思ったのだ。

「そう、俺の事が大切じゃないからですよね?」
嘲笑を浮かべたチャンミンの発した一言が、胸を散り散りに引き裂く程の、悔しさをユノに齎した。
「気付くのに遅すぎたお前が悪いんだろ?」
はっとユノも負けず劣らない嫌味な嘲笑を浮かべた。
「俺の愛情なんてその程度なんだよ。それでもお前は俺が欲しいって言うのか?こんな薄っぺらい愛情を。」
兵役を終えて、幾分痩せて帰ってきたユノの美しい顔が浮かべる嘲笑は、美しすぎた。
小さな口がつらつらと並べる辛辣な言葉でさえも、チャンミンには愛しさしか沸き立たせない。
もうずっと、ユノの存在が足りなくて、息苦しかったのだ。
「欲しい」
だからこそ、チャンミンからしてみれば、ユノの挑発とも取れる問い掛けに答えることは造作もなかった。
「ユノに触れたくて堪らなかった。貴方に触れれるなら、俺は何だってする」
歪な成長を遂げてしまったというのに、自分を求める瞳は、無垢な瞳のままで。
「それだけ、自分のことよりも貴方のことしか考えれなかったんです」
ポロっと一滴の涙が、ユノの下唇に落ちた。
「・・・・結婚は、俺と話すため・・だった?」
コクンとひとつ頷いたチャンミンを、見上げるユノの顔からどんどん血の気が引いていく。
「妊娠させたのも・・・事務所に反対されないため・・・なの、か?」
眉を下げて、微笑んだチャンミンの目からまた一つ涙が零れた。
「だって、他に貴方を縛りつける方法がみつからなかった」
自分に対する果てのない愛情が、生み出してしまった絶望の淵にしかない愛の言葉を、耳にしたユノの目から無数の涙が零れ落ちていった。
「ユノ、泣かないで。今、俺は幸せなんです」
咽び泣いて、息を乱すユノの首筋に顔を埋め唇を這わすチャンミンの表情は、その言葉の通りただ幸せに満ち足りていた。




次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ