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□River flows in You
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初めてユノヒョンを見たとき、純粋に美形だなと思った。
俺はもともと男女ともに濃い顔が好きじゃない。
絶対的に切れ長の瞳に、弱くて。
あと、キベム母さんに言わすと、モデル体型にも弱いらしい。
そこは、意識していなかったんだけど、言われてみれば、目で追う人はだいたい手足が長くて、小顔のモデル比率だ。
よくよく考えてみれば、ユノヒョンって俺の好みのドストライクの人なんだと、デビューしたての時に、何気なく思っていた気がする。



そして、時間が経ち、今現在自分はやっと恋を覚えようとしているのかもしれない。
ハイハイをしていた赤ん坊が、拙い立ち歩きに変わったぐらいの、おぼつかない感じだけど。
いい匂いがすると思って、目を開けた。
焦点が定まると、視界を埋める可憐な寝顔。
ちょっと半開きになった口が可愛くて、思わず手を伸ばしそうになって、慌てて引っ込めた。
事務所総出のライブイベントのために、ロスまで俺らは来ていた。
ミノヒョンは、いつものギュラインと観光に行き、キボミヒョンは自身の財布(ジョンヒョニヒョン)を伴って買い物へ、ジンギヒョンは行方知らず。
どのヒョンのコースにも魅力を感じず、尚且つ明日の公演を考えると、疲れることをしたくなかったので、朝食を食べた後ぼんやりしていた。
不意に、ユノヒョンは何をしてるんだろう?と思って、連絡もせずに部屋に押し掛けると、見るからに部屋着の恰好のヒョンは、お、テミニだとにっこりと笑って、部屋に入れてくれた。
二人して英語がさっぱりなので、テレビをつけても意味がなくて、結局言葉が分からなくても見れる野球に落ち着いた。
空港で買っていたらしいお菓子を開けながら、俺が座ってるベッドの隣に座ったユノヒョンは、悪戯っ子みたいな表情で笑う。
「チャンミニが居たら、こんなことできないんだ。ベッドの上で物を食べるなって言わないけど、目が怖くて」
そう言いながら、チャンミニヒョンの心底嫌そうな視線の真似をするヒョンが、あんまりにも可愛くて俺は笑った。
「キボミヒョンが、ミノヒョンにいらっとしたときにも、よくしてる目にも似てます」
「そうなのか?なら俺は、もう二人の物真似ができるってことだな?」
下らない話をしながら、お菓子を食べて、時々野球を見てとしていたら、寝てたんだろうな。
ベッドの上っていう場所も悪い。
どっちが先に寝ちゃったのかな?と思い出しながら、ヒョンの長い睫毛や綺麗すぎる鼻筋を観察していると、やっぱりいい匂いがする。
シャンプーの匂い?それとも香水?
ヒョンの髪に鼻先を近づけて、スンっと匂いを嗅ぐ。
確かにシャンプーのいい香りはするけど、さっきから部屋を満たしている甘酸っぱい香りとは違う。
外出もしないのに、香水なんてつけるかな?と疑問に思いつつ、首筋の匂いを嗅ぐと俺が感じていた甘い香りそのものが、ぶわっと襲い掛かってくるように強烈に香った。
香水をぶちまけてしまったときのように、強いそれは明らかに、香水とは違う。
それに匂いを直に嗅いだ時から、ヒョンがいつも以上に艶やかに見えてしまい、違和感に拍車を掛けた。
すると突然、ゾクっと背筋から腰に掛けて、身に覚えのある感覚が走り、抗いがたい衝動がせり上がる。
なぜ今?
こんなに穏やかな雰囲気の中に居て、そぐわない劣情を感じているんだと、自分に嫌悪してしまいそうになったとき、一つの可能性に気付く。
ユノヒョンは、もしかしてΩ?
考えたそばから否定する。
まさか、こんなにカリスマ性溢れる人が、Ωなわけがないと。
ユノヒョンは、αに決まってる。
そう言い聞かせるも、甘い香りが体を纏わりつき、息を吸うたびに体が熱くなっていく。
しまいには反応しだした下半身は、現実はこうだと嘲笑っているかのようだった。
取り合えず俺は、ヒョンと距離を取ってみることにした。
ベッドを降りて、テレビの近くに置かれた一人掛けのソファに座る。
そこでも甘い匂いという名のヒョンのフェロモンは漂ってきたが、さっきよりも随分マシで、俺の意思とは関係なしに、反応していた下半身も静まった。
それでも体はまだ熱く、気を抜けば無条件にヒョンに触れてしまいそうになる。
困ったな。
何も言わずに部屋から出ていこうか?
それが一番いいかもしれない。
というより、フェロモンに当てられすぎて思考が纏まらなくて、それぐらいしか考えが浮かばなかった。
ソファから腰を持ち上げたとき、丁度ユノヒョンが目を覚ました。
ん〜っと呻いて、寝転んだまま両腕をぐっと伸ばしている。
そしてきょろきょろした後、起き上がって座り、俺を見つけてにっこり。
見慣れたはずの可愛い笑顔も、今は劇薬の毒でしかない。
「起こしてくれれば良かったのに」
咄嗟にヒョンの顔から目を逸らすと懇願した。
「それよりもヒョン、薬飲んで」
「え?」
柔らかかった声が、いきなり固くなる。
その気配を敏感に感じ取った俺は、手のひらで鼻を覆いながら、ユノヒョンの顔を見た。
キラキラと輝きを放つ黒い瞳には、見たこともない絶望が滲んでいて、俺も驚きから目を見開く。
「薬、飲んでるのに」
不安げなヒョンが発した呟きに、また俺は目を見張った。
発情抑制の薬を服用している間、フェロモンは出ないはず。
なのに、俺の体は反応してしまっている。
どういうことだ?
ユノヒョンも混乱しているのだろうけど、俺も混乱してしまっていた。
何の言葉も発さないまま二人して固まっていると、ドアが開く音がした。
「あれ?テミン、来てたの?」
チャンミニヒョンが帰ってきたのだ。
にこにことリュックをベッドに下したヒョンは、すぐにゲーム機を持ち、ごゆっくりとだけ言い残して、部屋を出て行ってしまった。
ギュラインでこれからゲーム大会なのだろう。
にしても、ユノヒョンのフェロモンに、何の反応も示していないチャンミニヒョンが不思議でしょうがない。
どうして?と自然と目でユノヒョンに問いかけてしまう。
ユノヒョンも分からないとばかりに、首を緩く横に振った。



部屋の隅と隅で会話をする自分たちを、他の人間が見たら、どう思うんだろう。
「テミニってαなんだな?アイツとヒチョリヒョン以外αなんかいないって思ってたけど、意外に近くにいたんだ」
‘アイツ’が誰だか気になったけど、敢えて聞かないでおいてた。
それは、出会った頃のヒョンを考えれば、あれだけ通常時でもフェロモンを垂れ流しにしていたのに、何も感じなかったのは、きっとつがいがいたからだと思ったから。
でも今、抑制剤を飲んでいるということは、つがいを解消されたことを意味しているので、突っ込んで聞いてはいけない気がした。
「ジョンヒョニヒョンも、αですよ」
「そうなのか?」
心底驚いた表情をしたヒョンは、睫毛を伏せた。
儚げな表情の裏側には、羨ましいなと言う文字が透けて見えて、胸が締め付けられる。
ユノヒョンのことをαだと思い込んでいるのは、俺だけじゃないと思う。
きっと事務所の人間は、みんなヒョンがαだと思っているはずだ。
それこそ地球にいるαの人間の全てが、そう思っているに違いない。
容姿にして、才能にしても、性格にしても、どこを切り取って、細かくちぎり取ったとしても、こんなにαよりもαらしい人はいないと思うからだ。
そんな俺の予想を肯定するように、ヒョンは話し出した。
「チャンドラも知らないんだ。きっと俺がΩなんて知ったら、がっかりすると思う。だから」
「言いません」
最後まで言わさずに、力強く断言する。
「誰にも言いません」
すると、ほっとしたようにヒョンは笑った。
「ありがとう、テミニ」
無性にその言葉が嬉しくて、俺も笑っていた。
「でも、同じαのヒチョリヒョンやジョンヒョンにはバレてないのに、なんでテミンにだけばれたんだろう」
「ヒチョリヒョンには、いい匂いがするって言われたことないですか?」
「言われたことないかな。でも気付いたとしても、言わないような人だから」
それでもこのフェロモンの匂いをもろに食らって、欲望を制御するのは簡単ではないと思う。
だってやっぱり距離を取っても、俺の視線はヒョンの細く繊細な飴細工みたいな首筋に、釘づけで噛みつきたい衝動を必死に堪えてる。
たぶん、恋愛感情がなければ、抱きたいっていう欲望だけのはず。
こんな本能染みた欲求で自覚はしたくなかったけど、俺はユノヒョンのことが尊敬する先輩としてではなく、恋愛感情の好きなんだ。
つがいになりたいくらい。



「僕が、こんなこと言うのおこがましいかもしれませんが、ユノヒョンは普段からでも、男の人にナンパされたりしちゃうんですから、このままだと危ないですよ?」
オーストラリアで、ヒョンがナンパされた話を引き合いに出せば、苦笑が広がる。
「優しいな?テミンは。でももう番はいいんだ。薬さえあれば、発情期の心配もないし」
本当にありがとうというヒョンに、それ以上深く口は挟めなかった。
薬を飲めば、確かに辛い発情期を乗り越えることはできるが、妊娠の危険性がなくなったわけではない。
でもそれを一番理解しているのは、Ωのヒョン自身だ。
所詮、後輩すぎない俺がこれ以上出しゃばって、口を挟むことではない。
なら、自分で環境を変えるしかないんだ。
「ユノヒョン」
「ん?」
「もし考えが変わるようなことがあれば、僕に言ってください」
きょとんとするヒョンに、さっき自覚したばかりの想いを告白する。
「俺があなたのつがいになりたいから」
切れ長の目が、真ん丸く形を変えた。
でもそれは一瞬のことで、すぐにステージで見せるような余裕めいた笑みを浮かべるヒョンは、フェロモンで当てられてる俺を挑発しているのかもしれない。
「残念ながら年中発情期じゃないからな?テミンの恋も後二週間の命だよ」
手厳しい言葉だなと、内心苦笑が漏れた。
要するに、フェロモンに当てられたαの言葉は、信用に値しない。
発情しているΩを欲しているだけだろ?
チョンユンホが欲しいわけじゃない。
勘違いの恋はやめておけという。
先輩の立場として諭すような物言いも感じられて、そう思われても仕方ないとは言え、かなり胸が痛んだ。
でもその言葉が有効なら、こっちだって言わせてほしい。
「俺の恋が二週間なら、もう今ヒョンを抱いてますよ」
薬で制御していても、発情期の触れ合ってしまえば、Ωはなし崩されてしまうのは、目に見えてる。
つい感情の赴くまま発してしまった言葉に、酷く後悔した。
ユノヒョンが、確かにそうだな?とどうにも出来ない現実の遣る瀬無さを嘆くように、諦めを含んだ儚げな笑みを浮かべたからだ。
「ごめんなさい」
自分の言葉がどれだけ今、いつだって強くあろうとしているこの人の心を切り刻んでしまったのか。
一番言ってはいけないことを言った。
「テミンがそんな顔しなくていいんだよ?俺が先に悪いこと言ったから、ごめんな?仲直りさせて」
そう言って、ヒョンは俺に近づいてくる。
またフェロモンに当てられるかもしれないと、息を止めた。
ユノヒョンはそんな俺に気付いたのか、優しく微笑んだ。
その笑みすらも、危険に思えて、今度は目を瞑る。
αって、どうしてこうなんだ。
だだの俗物じゃないか。
「テミンは本当にいい子だな?」
くすりっと艶やかな大人の含み笑いが、耳を擽った。
そんなヒョンの表情を見たかったなっと思っていると、頭に何か触れる感触がした。
手のひらではないような気がする。
すると、今度は額に柔らかい感触がそっと落とされて、やっとヒョンにキスをされているのだと分かった。
次の瞬間には抱き締められて、試されているのかな?という疑念すら湧き上がる。
けれど、匂いを感じられなくても、目を閉じる寸前に見た笑みと、今感じる体温に、恐ろしいくらい心臓は激しく脈打っていて。
やっぱり好きなんだなって痛いくらい実感した。
例えユノヒョンがΩじゃなくても、俺は恋をしていたと思う。
後だしみたいだけど、そんな予感はずっと前からあった。




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