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□ストレンジャー
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「幸せが指の隙間から、さらさらと零れ落ちていくってこんな感じなのかな?」
「ユノのこと・・・か、?」
自分の名前をメンバーが口にする。
日常の中での、些細な一コマに敏感に反応してしまうようになったのは、ここ数カ月のことだ。
「昨日はさ、リハやったら自由だったじゃん?そりゃもう幸せで」
変な笑い方をするユチョンは、昨日の俺の誕生日のことを言ってるんだろう。
ユチョンが用意してくれたケーキをホテルの部屋で食べて、シャンパンもちょっとだけ飲んだ。
いつの間に用意してくれていたのか分からないプレゼントは、腕時計で。
センスのいいユチョンが用意してくれたものに、ハズレなんてない。
その後は、好きなだけ二人でベッドでゴロゴロしてた。
さっきの深刻な雰囲気が嘘のように雲散していき、いつもの五人で話してる和気藹々とした空気に戻ったみたいで、ホッとする。
それでも何となく入りづらい話題なので、俺はタイミングを見計らっていた。
「ま、気効かせて突撃訪問は自粛してやってたわけだけど、それ以上言うな。俺の可愛いユノヤがお前に襲われてる図なんて、想像したくもねえよ」
ジェジュンの言葉に、瞬時にかっと顔が熱くなる。
立ち聞きしてたって、ばれないように手で顔を扇ぎながら、二人のとこへ行こうとした俺の足が動くことはなかった。
「一緒に行けるのかな?向こうに」
細くたなびく雲みたいに、頼りなく吐き出されたユチョンの言葉は、ぐさりと自分の胸に突き刺さる。
俺たち二人が、敢えて未来の話をしないようになったのは、いつからだったか。
今があればいいと問題を先延ばしにして、大事なことは何一つ言葉にできずに、時間の流れに身を任せて。
儚い幸せにしがみつく自分の弱さに、嫌悪感を抱きながら、やめられずにいた。
「男なら、俺について来いってガツンと言えよ」
火のついてない煙草を、指で弄びながらジェジュンが言うなり、一人ふっと薄く笑った。
「言わないよな〜、お前は。空気みたいに寄り添ってやってもんな、ユノに。浮気癖以外は最高の彼氏だわ、うん」
「今日は、チクチク刺してくる日っすか?」
「いや、言う機会が今までなかっただけで、ずっと思ってたことだ。本当なら、毎回殴りたいぐらいだけど、ユノが怒ってねえのに、俺が怒るの可笑しいじゃねえかって思って我慢してただけだよ。その緩い下半身が、いつか腐ったら俺の願いが叶った日だな、その日は記念日だ。めでてえな」
「俺のジュニアが、完全にしょげてる」
「しょげてる方が、平和でいいな」
「ジェジュニヒョンだって、男なら俺の気持ちわかるっしょ?」
「俺は彼女できたら、遊ばねえよ」
「ま、ヒョンの信ぴょう性のない話は置いておいてさ」
「おまえ」
「今が続けばいいと思うし、俺はユノくんとずっと一緒に居たいって、そりゃ思ってるけど、二人の関係を続けて、幸せが持続するのかは、また別問題だし」
「そりゃそうだ」
「ダメになるとしても、ユノくんとは嫌な別れ方がしたくなくて、こんなこと言ってんのかもしれないけどね?時間が経って、また愛し合える日が来てほしくてさ」
「ずるいな、お前。でもその気持ちは分かるよ。俺もそうだ。何だかんだ親友としての関係を壊したくなくて、前は色々言えて、素で喧嘩してたっていうのに、最近はからっきし。あいつと嫌な別れ方をしたくなくて、考えを尊重したようなことばっか言ってる自分に笑えるよ」
「どっちも何て無理なのは分かってるけど、ユノくんに対しては、貪欲になるのは何でかな?ジュンスも無意識だけど、結構ユノヒョンはどうすんのかな?って口癖になってきてるしね」
「簡単だよ、あいつがいい男すぎんだ。でも空港で話した感触だとあと一息って、とこかな?ユノがこっちに来てくれたら、俺も助かるけどな・・。てか、そうしたいし、チャンミンもユノが行くなら、黙ってついてくるだろうよ。こればっかりは、どう転ぶかわかんねえけど。事務所に気付かれたら終わりな気もしなくねえ」
ジェジュンの気持ちは分かってるつりもりだった。
二人で出かけては、事務所を離れるかどうかの話し合いばかりをずっとしていたから。
三人の気持ちが分からなくないから、俺だって突っ撥ねることができずにいた。
殺人的なスケジュールを平気な顔で突き付けてくる事務所と、それに見合った給料を渡さない事務所に、不信感を抱いてしまうのは、当然だ。
アーティストを人形と言い切り、切り捨ててきた会長には、尊敬以上の失望だってみんな抱えてる。
だけど、この事務所を選んだのは、この事務所だからこそできるパフォーマンスに惚れ込んでしまったのと、最大手という事務所の大きさにも起因してた。
やりたいことをやらしてもらえる土俵を、用意できる事務所に越したことはない。
だから、俺は事務所に正攻法で待遇の改善を要求するのも手立てだと思ってた。
けれど、それをするには三人が初めていた化粧品事業等が、足を引っ張る。
どうせ事務所は交換条件として、事業から手を引くことを持ち出すだろう。
それをあの三人が、易々と呑むことがないだろうことも想定できて、俺は一人膠着状態の気持ちで揺れていた。
正直、実力派の三人が抜けて、それでも東方神起というチーム名を名乗れって活動できる自信もなかった。
なら、結局五人で事務所を出るしか選択肢がない。
俺たちの意思は、重視なんてされてないんじゃないかとか、そんな風に考えるようにもなってきた。
暗に、そういう現実を俺に突き付けてるんじゃないかとさえ思って。

「良くも悪くもユノは義理堅い。それに俺も浸けこんでるわけだけど、事務所だって必死にユノのことは引き止めるだろうし」
「俺らがユノヒョンに弱いの知ってるもんね。それでも俺はもう引き下がらないよ」
「俺もそうだけど、でもユノは手離したくねえから、頑張るしかない」
親友と恋人の声が見知らぬ誰かのように響く中、俺だって二人からしてみえば、今は他人のように見えるかもしれないと嘲笑する。
心の中を覗き込まれたら、彼らは今のように俺を必要とするか分からない。
それでも、ユノユノという名前の自分には、まだ必要性を感じてくれるかもしれないけど、苦楽を共にした月日の絆なんて、今となっては足枷でしかなくなった。
堂々巡りの話し合いに、刻一刻と迫り来る決断の日。
そして定まらない自分の考えが、最後の決め手とばかりに、精神をすり減らしていく。
もう今は二人の所へは行ける精神状態じゃないと、踵を返した俺は途端に酷い頭痛に襲われて、頭を片手で覆った。
次の瞬間、目がぐるぐると回る眩暈が襲ってきて、初めてのことにパニックになって、視界が揺れて上手く歩けないので、目をぎゅっと瞑った。
バンコクの熱さにやられてしまったのだろうか?
そんなことを思いながら目を開けた俺は、信じられない光景に、素っ頓狂な声を出していた。
「へ?どこだよ、ここ」
ついさっき。
というか、目を瞑る前まで俺が居たのはSMタウンのバックステージ。
けど、今俺がいるのは見慣れないホテルの部屋。
バンコクで泊まってるホテルの部屋とは、また違う。
何が起こってるのか、わけがわからない俺は、見知らぬホテルの部屋の窓際に近づき、景色を見る。
見たことある景色が広がってる気がしなくもないような。
取り合えず、アジアっぽい。
それしか分からなくて、部屋から出ようとドアに近づくと、同じタイミングでガチャっという音と共に、ドアが開けられた。
そこに入って来たのは、金髪の色白の美青年。
俺を見て、当たり前だけど、彼は驚いた顔をする。
けど、すぐに満面の笑みになって、躊躇うことなく俺に抱きついてきた。
これには俺が驚く番だ。
「ユノヒョンって、昔はこんな細かったんですね?」
見目麗しい彼は、凄くいい匂いもした。
しかも何だか見覚えがあるような気がするなって思っていたら、耳に密着した唇から掠れ気味の声が紡ぐ俺の名前。
知り合い?でも、確かに笑顔もこの声もどっかで見覚えがある気がして、俺はそっと身体を離して、少し低い位置にある顔をじっと凝視した。
その間も彼はニコニコしていて、とてもきれいな顔だなと思わず見惚れてしまいそうになってる俺に、数秒後感嘆とした様子で呟いた彼の言葉に戦慄して、俺は腰を抜かす羽目になる。
「なんで、2008年のヒョンがここにいるんだろう?夢かな?凄いリアルだけど感触。俺の夢、バージョンアップした?」
ユチョンとのそういうことで、足腰が立たなくなったことはあったけど、吃驚しすぎて腰を抜かすなんてことはなかっただけに、上手く身体を動かすことができない。
絨毯が敷き詰められた床に、ヘタっと座り込んだ俺は、誰か分からない美青年をただ見つめて、あんぐりと口を開ける。
「今って」
「2015年の11月。ユノヒョンは兵役に行ってます」
俺と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ彼は、やっぱり2008年のユノヒョンなんだと笑った。
「いや、正確には2009年なんだけど・・・。俺、昨日誕生日で」
「惜しいな。昨日までのヒョンなら、今の俺と同い年じゃないですか」
心底残念そうに言う彼だが、その前に俺と君はそんなに仲が良いのか?
って、あれ?でもやっぱりこの顔は知ってる。
まさか、あの子?
「え、て、てみな?」
すると眩いばかりの笑顔が花が綻ぶが如く浮かんで、強く抱き寄せられる。
「やっと分かったんですか?酷いよ、ヒョン。」



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