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□貴方と彼と僕らの距離
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「なんか予定でもあるんですか?」
空港まで向かう道中のバンの中で、うとうとしていたユノに、隣に座っていたチャンミンが何気なく訊ねてきた。
睡魔に勝てずに、そのまま瞼を降ろして、窓側に凭れかかったユノが、なんで?と質問に質問で返せば、昨日、遅くまで誰かと電話していたでしょう?と、指摘される。
その指摘に間違いはなく、ユノは年下の可愛い恋人へ電話をしていた。
突発的に発生したチャンミンのスケジュール調整のために、一旦韓国へと帰国することになったと告げれば、自身のチームの兄であり、チャンミンの親友ラインに属するミノから情報を入手していたのか、テミンは嬉しそうに勿論、誕生日当日に会えない可哀相な恋人のために、身体は空けてくれているんですよね?と弾んだ声でユノに確認してきた。
明日には会えるのが決っているからと、少しだけのつもりで電話をしたのが、気付けば二時間くらい話してしまっていた。
明日には会えると、二人とも分かっていても、耳に響く愛しい人間の声は、必要以上の離れがたさというものを、二人の胸に据え置いていく。
二人ともそれを自覚しているからこそ、通話よりもカトクでのメッセージのみのやり取りに徹していた。
恋人との連絡を取る方法としては、些か淡白にも思える手法で、満足しなければいけないのが、忙しい二人の恋愛の現状なのだ。
どうしても声を聞けば、無茶をしても会いたくなってしまう。
仕事を一番に考えている考え方は、全く以ってユノとテミンは同じだ。
愛よりも仕事というわけではなく、仕事があればこその愛という考えだ。
明日、仕事があったとして、恋人に会いたいと言われても、テミンは少し待ってといい、ユノはテミンほどストレートな物言いはしないものの、やんわりと遠回しにだが、そういうニアンスで恋人を宥める。
そんな周囲から見れば、仕事人間のような二人だったのだが、付き合い始めた当初は、箍が外れたみたいに、電話をしてしまえば、それが最後とばかりに、会いに行ってしまっていた。
と言っても、だいたいがどちらかが事務所内で仕事をしている所に、時間がある方が事務所に赴き、一目のつかない所で、少しだけ恋人としての時間を過ごすという、第三者からしてみれば、可愛い逢瀬に過ぎないそれが、ストイックな心を持つは二人には、幸福感と等しい大きさで罪悪感が次第に大きく膨れ上がっていった。
それからと言うもの緊急を要する連絡以外は、カトクのメッセージのみという暗黙のルールが二人にはできあがっていた。
「ホジュニヒョンとまたデートですか?」
昨日のテミンの甘い声を思い出していたユノに、せっかちなチャンミンが尖った口調で言葉を重ねてくる。
決め付ける言葉は、何処となく自分を責めている響きがあったが、ユノは気にせず、今日と明日は違うよとだけ返した。
そこでユノの意識は、ぷつりと途切れる。
次に、ユノが目を開けたのは、空港に到着したというチャンミンの声と、自分を揺り動かす振動だった。
開ききらない目で、ぼんやりと出国ゲートを潜り、座りなれたラウンジのソファに腰を落ち着かせると、また再び睡魔が訪れる。
「また寝るんですか?」
うつらうつらするユノに、隣に座ったチャンミンが呆れた様子で言いやってくるも、夢の中へと向かうユノは、マイペースに言葉を返す。
「体力根こそぎ取られそうだから、今寝とかないと」
「ツアーリハでも一人でやるつもりですか?」
「似たようなもんだよ。やっぱり若さには適わない」
「ユノが若い子と遊ぶなんて珍しいですね?」
飛行機への搭乗が済んで、空港から自宅へと向う車の中でも、執拗に何だかんだと質問をぶつけてくるチャンミンに、ユノは自分が仕事をしている時に、遊ばれるのがそんなに嫌なのだろうか?と思いながら、いい加減に返答をしていた。



自宅の地下駐車場に着き、ユノがバンを降りようとした所で、座席に手をついていたユノの手にチャンミンの手が重なってくる。
「ユノ、風邪引かないように気をつけてくださいね?」
振り返れば、心なしか大きな瞳が、心細いとユノに訴えているように映る。
風邪を引きやすいユノを心配しているような口ぶりだが、どちらかというと、自分も心配して下さいとばかりの心情が、チャンミンの表情からだだ漏れている。
多忙を極めている中で、ステージ袖で倒れて動けなくなった彼を、背負ってやった時と同じ顔がそこにあると、ユノは無条件に優しさを与えてやりたくなる。
けれど、昔のように頭を撫でたりすると、心底嫌がるようになった弟は、扱いが難しい。
甘やかすのも、最近では一仕事だ。
そっと重ねられていた手を握り締めてやり、ユノはにっこりと微笑む。
「チャンミナも、怪我しない程度に頑張れよ?」
すると、嬉しそうに笑ったチャンミンにユノが今日はこれで正解だったかと、ほっと息をついた瞬間、握っていた手を逆に引っ張られて、気付けばユノはチャンミンの腕の中にいた。
ユノの体温を味わうように、抱き締めていたチャンミンが身体を離すなり、ユノは言わなくてもいいことを、つい口にしてしまっていた。
「お前、最近欲求不満なの?」
この言葉に、運転手に徹していたマネージャーも、思わずぷ!!っと噴き出して笑っていた。
言われた瞬間は、自分が何を言われたのか理解できずに、目をパチパチと瞬かせていたチャンミンだったが、マネージャーの笑い声で、数秒遅れで言われた言葉を咀嚼するなり、それはそれは鋭くユノを睨みつける。
「他人のこと言えるんですか?アンタもこの前似たようなことをテミンにしてたじゃないですか?これぐらいのスキンシップで、欲求不満扱いされるなら、この前のアンタも欲求不満ですよ、お?」
不満爆発で、反論してくるチャンミンだが、ユノと言えばケロっとしたもので、覚えのない行動に首を傾ける。
「あれ?俺、そんなことしてたか?」
「してましたよ、年末の歌番組で」
鼻息荒く揚げ足取りに勤しむチャンミンを、全く意に介さずに、ユノは内心反省する。
年齢を間違えたあたりから、ポーカーフェイスを繕いながらも、テンパっていたのか、自身の行動が思い出せないからだ。
にしても、男同士の恋愛がなかなかばれないとは言え、人の目につく場所では、なるべく触れ合わないようにしょうと、自分から提案しておいて、こんなことをしでかしていたとはと、羞恥心が当然湧きあがってくる。
テミンは、ユノになんだかんだ優しいので、自分が気をつけてもくれるが、ユノが忘れていたりしても、わざわざ指摘したりはしない。
だからこそ、自分が気をつければいけないというのに。
「だって俺に、キス迫ったりするしさ。ダンサーさんには、しちゃってただろ?お前。」
そんな考えを悶々と抱えながらも、ユノはビジネスパートナーの異変を、明確な言葉にして指摘する。
その昔、ジェジュンにファーストキスを奪われて、それだけで怒り狂っていた時代からすれば、考えられない成長というか、進化だ。
ただ、この部分は繊細なチャンミンのために、ユノは心の中だけで思うに留める。
あまりに全部の図星を刺せば、チャンミンがしゅーっと一気に萎んでいく風船のようになってしまうのを、ユノは知っているからだ。
そうなると、いくら空気を吹き込んでも、なかなか膨らもうとしない。
穴があいてるわけでもないのに、いくら息を吹き込んでも、反応をしょうとしなくなり、手をつけられなくなってしまうので、ロケの間チャンミンの面倒を見るスタッフへのユノなりの配慮である。
「かっこいいチャンミンでも、彼女ができないなら、俺にできなくってもしょうがないって思えるな」
二人の会話を聞いて笑っていたマネージャーが揶揄すれば、ヒョンは俺ら以上に忙しいもんね?とユノが同情めいた視線を投げかけると、ユノは分ってるくれるか?とマネージャーも泣き真似をし出す。
マネージャーをよしよしと、後部座席から宥めるユノに、今まで唇を引き結んで黙りこくっていたチャンミンが、騙されちゃいけませんよ、マネヒョンと口を開いた。
「この人は、俺らと違って引く手数多。より取り見取り。使い捨てしたって、欲求を解消してくれる人間が列を成して今か今かと自分の番を待っているんですから」
「ユノ・・・お前は敵だったのか・・・?なんてこった。お前という人間がいる限り、俺らにはお鉢が回ってこないんだ」
少々芝居がかった言い回しで愕然とするマネージャーに、ユノは困り顔で笑う。
「なんだか一緒にされるのは、微妙に癪ではありますが・・・ユノに掛かれば、俺もマネヒョンと同じ人種ですよね」
はぁと同じタイミングで深い溜息を吐く二人に向って、ユノは心外だとばかりに唇を尖らせる。
「そこまでモテてないし。二人も知ってるくせに。虐めないでよ?それに大事な人がいるチョンユンホは、二人の敵ではもうありませんよ」
ドアを開いて、軽やかに車から降りたユノに、聞いていないとばかりに、マネージャーが声を荒げた。
「お前、恋人はいいけど上手くやれよ!?」
その忠告に勿論だと、自信たっぷりに頷いたユノは、驚きに硬直するチャンミンに、艶やかな笑みを浮かべて、ドアを閉める直前に、自分の唇を指で弾きながら言った。
「だからユノの唇は、狙わないでね?」
テミンに久しぶりに会えるということで、舞い上がっていたユノは、チャンミンの奈落の底に突き落とされたような表情に気付くことはなかったのだった。


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