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□Is this Love A
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メインストリートに面しているホテルを出ると、暫くそのまま通り沿いに歩き、人ごみから逸れるように路地へと入っていく。
大規模な商業施設が立ち並んでいたストリートの裏手の通りを更に奥へと進んでいくと、飲食店が軒を連ね、一気に庶民の憩いの場といった猥雑な空間に、雰囲気がガラリと変わる。
この辺一帯は、アポストロデディーオのシマだ。
と言っても、テミンは頻繁にこの一帯に訪れている。
というのも、お気に入りの味が沢山あるのだ。
やはり人間は、食欲というものには、どうやっても抗えない。
フライドチキンだけでは、何だか物足りないので、入り浸っているなじみの韓国料理屋に行こうとしていたテミンの足が、ピタリと止まった。
テミンのお気に入りの店には、外にも簡易の屋台のスペースとテイクアウト専用の注文スペースが、隣接する形で設けられているのだが、そこに自分の頭の可笑しくした原因の男が座っていたのだ。
そうとくれば、テミンの足が急に止まってしまうのも頷ける。

アポストロデディーオのシマなのだし、彼が食べようとしていたチキンを、自分が取り上げた形になったのだから、食事をしていても、何ら不思議ではない。
美味しい自国の料理店に、舌鼓を打つために足を運ぶのだって、変ではない。
どれ一つ取ってもユノの行動には、川を流れる水のように違和感はない。
淡々とした流れだ。
その中にあって、唯一可笑しいのは、テミンの中に生まれている戸惑いだけだ。
まるで川の流れに逆らって、歩いているかのような不自然な感覚。
初めて味わう居心地の悪さに、ただただ自分にイライラしてしまう。
素知らぬ振りで、店に入ってしまえばいいのに、そんなテミンの心とは裏腹のように足は、全く動かない。
地面に針金で縫い付けられてしまったようだ。
彼と同じ空間を共有することに、酷く落ち着かない気持ちになっている。
という事実は認めるにしても、何故なのか?
彼が敵対する組織の人間と知ってしまったから?
違う、そんなことで動揺する自分ではないことをテミンはよく知っている。
過信でも何でもなく、自分という人間はそういう奴なのだ。
しかし、突き詰めて考えるよりも先に馬鹿らしいという思いが、口から出かかる寸前のとこまでせり上がってきた。
そんなことで、息が詰まりそうになっている自分にも、ぐだぐだと理由を考え続ける自分にも、嫌気を差して日を改めようとテミンが踵を返そうとした時だった。



「ホジュニヒョン!!」
いきなり席を立ったホジュンが、テミンの方に向かって走り出したのだ。
しかし、タイミングが悪かったのか、駆け出した途端、店に入ろうとしていた三人組みの一人の男と肩がぶつり、失速してしまう。
それでもユノから逃げようと駆け出すホジュンを、肩をぶつけられた男が、待てよと腕を掴んで引き止めた。
「謝罪もなしかよ?おっさん。肩がいてぇんだけど」
いつの時代の脅し方だと、見ているこっちが恥かしくなる言葉を吐く男は、よく見なくてもまだまだ若い。
まだギリギリ十代と言えるぐらいか。
ヒョッコと称せられる彼らは、現代の発育の良さが仇となった形だ。
立派な体格を持ち合わせただけあって、言動と行動に慎重さというものを欠如させてしまっている。
あ〜あ、アポストロデディーオの元ボスの連れだよ?お前らが言うそのおっさんはと、この何分後かには、確実に若気の至りになるだろう行動を、傍観していたテミンは、心の声以上にげんなりしていた。
その三人組が、シントゥアンの系列を勝手に気取るチンピラグループのメンバーだと、気付いたからだ。
首と手の甲に、三人組のうち二人には、目のつく場所に、同じ模様のタトゥーを見つけたからだ。
シントゥアンとは何の関係も事実上はないとは言え、自分がここに居て後々いらぬ誤解を招ぬく要因にはならぬためにもテミンは、早々に店の前を通りすぎて行こうとした。

「ごめんな?この人も悪気があったわけじゃないんだ」
ホジュンの胸倉を緩く掴む少年の手を、やんわりユノが解いた途端、少年はにやにやと笑いだした。
「いや、アンタは関係ねえだろ?俺はこのおっさんと話をしてんだよ。それとも何?謝るんなら、アンタが代わりに償ってくれんの?別にそれでもいいけど。俺、男もいけっから。アンタ、綺麗だし」
ユノの顎を二本の指で、くいっと持ち上げた少年に、他の二人がマジでお前、好きものの下種だな〜とゲラゲラ笑っている。
目と鼻の先のような距離で、その様子を見ていたテミンは、戦いの火蓋が切られてしまったと普通に思った。
が、意外にもユノはふっと艶やかな笑みを一つ落とした。
その笑みは、挑発した少年は愚か他の二人をも魅了してしまう絶対的な色気が漂っていた。
誰しもが、一瞬にしてユノに心を許し、心を寄せてしまう。
それは、まるで甘い蜜を垂らし込んだ蜘蛛の糸。
けれど、ユノは外見の美しさを見せびらかすだけの蝶ではない、蜘蛛なのだ。
バリバリと捕えた獲物を捕食してしまう、正真正銘の肉食だ。
伊達にマフィアの元ボスという肩書きは、刻んでいない。

「そんな口説き方しかできない男に、抱かれたい男は愚か、女もいないと思うけど?」
あの笑みの後だけに、彼らは一瞬何を言われたか信じられていない様子だった。
場に不自然な静寂が流れている中で、テミンだけは、噴き出して笑ってしまっていた。
テミンの笑い声に、ハッと我に返った少年たちは、ユノの侮辱にわなわなと震えだした。
当然だ、ユノに刹那とは言え、虜になってしまっていた分、一番多感の時期のプライドをズタズタに切り裂かれてしまった彼らの導火線は、ないに等しい短さだったろう。
「てめぇ!!」
「お前も何笑ってやがんだよ!」
ユノの顎を掴んでいた少年は、そのまま拳を振り上げたが、素早く顎を掴んでいた手首を逆にユノに捻りあげられてしまい、身体を変に捩じったまま、痛てぇ!!と声を上げる羽目になった。
笑ってるテミンに、逆ギレした仲間が手を上げようとしてきたが、リーダー的存在の少年がユノにやられているのを見て、方向転換する。
二人係で、ユノに向かっていくが、捩じりあげていた少年の手首を道路に転がすように離したユノは、二人をひょいひょいとかわして、一人の背後に回ると足を払い、道路に倒れこんだタイミングで、無防備になった鳩尾を掬い上げるように蹴りこんだ。
ゲホっと咳き込んだ少年の口から、泡状になった胃液がボタボタと零れ落ちているのだから、それなりの強さで蹴られたに違いない。

「てめぇ、マジで許さねえ!!!!」
仲間がやられたのを見て、激昂した少年の拳を、余裕すら感じる動きで、交していたユノの動きがいきなり鈍くなったのが傍目にも分った。
一緒になって集中力も途切れていっている。
違和感を感じたテミンが、ユノの視線を追いかければ、転がっていたリーダー的存在の少年がホジュンに向かって胸元から何かを取り出しながら、突進して行こうとしている最中だった。
鈍く光るナイフが、自分に向かって来るというのに、ホジュンは驚きに硬直してしまったのか動けずにいる。
これは間違いなく刺されるなと、テミンが冷静に眺めていると、目の端から物凄い速さで飛び込んでくる人影の気配を感じた。
そしてそれが、ユノだとテミンの目が認識した時には、既にホジュンの代わりに、ユノが背中を刺されていた。
映画のワンシーンですら、ここまで鮮烈にテミンの目に焼きついたことはなかった。
唖然としてしまう自分にも驚く。
「分った?ヒョン、俺がヒョンと家族になりたいって言ったのが、嘘じゃないってことが」
ナイフの柄がだまし絵のように映るくらい、ホジュンの身体に縋り付いているユノは、穏やかな笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
その美しさに、見惚れる反面、ぎゅっと息苦しい感覚が、テミンの胸にぶわっ!!と広がっていく。
事態の衝撃に未だ占拠されっぱなしのホジュンは、ただただ目を大きく見開いたまま、微動だにできず、ユノの身体を手で支えるのが精一杯のようだ。
けれど次第に、ナイフの柄が生えている箇所から、ユノのグレーのコートがじわりじわりと濡れて色が変色していく。
その変化に伴って次第に、ユノの眉間に深い皺が刻まれ、呼吸が荒くなり、徐々に瞼が閉じられていく。
「バカ!!お前、何やってんだよ!!」
そこでやっと事の重大さに気付いたのか、ユノを刺してしまった少年を、無傷な少年が責め立てるが、この場所から一秒でも早く去りたい気持ちしかない彼には、何も聞こえていないのか、薄暗い路地の方へと身を隠すように駆け込んでいった。
その後を追うように、残された少年も道路に転がっている少年の手を引いて、逃げ去っていく。
テミンは、素早くダウンジャケットを脱ぐと、ナイフの柄を隠すように、ユノの背中に掛けた。
自分の理解を超えた感情に、違和感はまだあったが、勝手に身体が動いてたのだ仕方ない。
「いくよ」
素っ気無く言い放ち、歩き出したテミンだが、一向に背後から人がついてくる気配がしないので、振り返った。
テミンの読み通りそこには、さっきと全く同じ体勢で立ち尽くす顔面蒼白のホジュンがいた。
人が刺される所を、初めて目の当たりにしたのだから、ショックなのは分るが、そろそろ現実に戻ってきて欲しい。
いや、現実を見ているからこその怯えなのか。
テミンにとっては、刃傷沙汰など日常茶飯事すぎて、一般人の動揺する気持ちが理解できない。
チっと一つ舌打ちをしたテミンは、顎をしゃくり、ユノの状態に違和感を感じた人間の目が集まりつつあることを、ホジュンに分りやすく教えた。
「アンタ、この人が誰か知ってんだろ?病院なんて行けない。で、死なせていいの?家族にしてくれるような人を」
その言葉に漸く我に返ったのか、ホジュンは上手いことテミンのダウンジャケットが柄を隠したまま、ずり落ちないようにユノの腕を自分の肩に掛けて、歩き出した。




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