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□Is this Love @
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煌びやかな夜景が窓を彩り、夜の始まりを告げている。
誰しもが手に入れれるわけではないその夜景を、男はじっと眺めていた。
世間からすれば、十分に自分の行動に責任を持てる自立した歳になる。
28歳の男盛り。
しかし、男が身を置く業界的には、引退するには早すぎる歳で、彼はその世界を去った。
脂も乗り切っていないまま引退するのかと、世間には笑われてしまうだろう。
だからこその引退だと、男は思っている。
けれど、それに伴って可愛い弟に全ての皺寄せがくるのかと思えば、彼の心は簡単に痛んだ。


「ユノヒョンの趣味は、いつからペットを飼うことになったんだよ?」
豪奢なホテルの部屋には、似つかわしくないジーンズとパーカー姿の男、ユノに背後から声を掛けたのは、ユノが一番身を案じて可愛がっている実の弟の、ジョンヒョンである。
ユノは、韓国男児の平均身長よりも高く、細身でバリバリのモデル体型だが、弟のジョンヒョンの背は平均身長よりも低い。
全部身長をヒョンに持っていかれたというのが、専ら彼の口癖であったりする。
茶目っ気のある減らず口とは裏腹なまでの、繊細な神経を持ち合わせているのが、ユノの自慢の弟であるジョンヒョンという青年の持ち味だ。
今日もいつまで経っても代わらない、弟の細い細い神経からは、自分を心配する気持ちが感じられて、愛おしさが溢れ出る。
「ペットって?」
思わず緩んだ赤い唇を開けば、甘いバリトンが零れ落ちた。
喉の病気を患ったせいか、ユノの声は男だという主張をしていながらも、鼻にかかった女性のような秘めた甘さが含まれている。
そんな元から独特の甘い声の持ち主が、わざわざ意識して甘い声を出すときは、面白がって惚けている時なのだと、ジョンヒョンは知っていた。
こちらに振り返る気配のない兄に向かって、ジョンヒョンは歩いて行くと隣に並ぶ。

「ペットの名前はホジュンだったけ?」
「流石、アポストロデディーオのボスだな?情報が早い」
クスクスと楽しげに笑ったユノは、やっとジョンヒョンに視線を向けた。
「からかうなよ、ヒョン。まだまだみんなボスはヒョンしかいないって思ってる。俺がヒョンの血縁じゃなかったら、きっと従ってくれてねえし」
「そんなことはないぞ?お前の頭の良さには、みんなも舌を巻いてる」
身内の欲目でも何でもなく、本心からの言葉でユノは最愛の弟を労うも、ジョンヒョンは寂しげに呟く。
「持って生まれたカリスマ性が、まず桁で違いすぎんだって」
ユノが、すかさずジョンヒョンの頭を撫でて、そんなことはないと否定しょうとするも、自分に足りないものを嘆いても仕方ないんだと言わんばかりに、さっとスイッチを切り替えたジョンヒョンは、ユノを見上げて、しかめっ面で話を戻した。
「ペットにまた手を噛まれたいのかよ?ヒョン」
ユノとしても、苦い過去を思い出させるジョンヒョンの指摘に、すっと視線をまた窓の向こうに広がる夜景に戻す。
艶やかな漆黒の髪を手でかき上げ、節くれだった長い指で唇の上にある自身の黒子を爪でひっ掻いた。
いつからかよく見かけるようになったユノのこの癖を見てしまうたびに、ジョンヒョンは苦い思いで締め付けられる。
ユノが誰を思っているときに、この癖が出るのかをジョンヒョンは知っているから。
それだけで忌々しさが込上げて、残忍な気持ちだけで胸を一杯に覆わされてしまう。
兄の心を独占して離れて行ったあの男が、ジョンヒョンは心底憎い。

「歯がない犬は、飼い主に噛みつけないよ」
そんなジョンヒョンの気持ちを知ってか知らずか、ユノは上海の夜景にも、負けない美しい美貌を見せ付けるかのように、ゆったりと穏やかに微笑んだ。
美しすぎるのは、罪とよく言ったものだ。
昔から美しい人は、良くも悪くも作用してきた。
傾国という言葉だって、未だに根付いている。
そして、この兄の美しさもまた、その傾国を再現してしまう魅力があると、ジョンヒョンは常々思っている。
確かに、自分でもブラコンだという自覚はあるが、決してブラコンだからそう思うのではない。
確固とした理由に基づいての認識だ。
現に、一人の人間がこの美しい兄欲しさに、組織を簡単に裏切った。

「シムチャンミンみたいには、ならないと?」
容赦ないジョンヒョンの問いかけにも、ユノは感情を露にすることなく、悠然と微笑む。
「あの人、俺がいないと生きていけないから」
「それなら、シムチャンミンと一緒じゃないか」
「全然違うよ。ホジュニヒョンは、エサを与えられなくても、じっと待つ。俺がもし居なくなったら、そのまま死んじゃう。でもチャンドラは」
「奪うタイプです」
ユノの言葉尻を奪ったのは、ユノよりも少しだけ背が低いが、これまたモデルと間違われてもしょうがない小顔に長い手足を持った青年。
「ミノ」
ジョンヒョンにミノと呼ばれた青年は、シムチャンミンの実弟で、ジョンヒョンの片腕として今も組織に残っている。
「手を噛み千切ってでも。すみません、お話中」
ジョンヒョンとユノのカジュアルな出で立ちと、かけ離れたかっちりとしたスーツに身を包んだミノは、一見すると大手企業に勤めるサラリーマンに見えなくもないが、実年齢以上の風格がかすかに滲み出ている様は、堅気の人間には、まず見えない。
「ヒョンの趣味が高じて、お前にこんな素敵な相棒を残せてやってんだから、もっと感謝してもいいと思うんだけどな?」
ミノを自分の目に留めながらユノが言えば、ジョンヒョンはお前は、何てタイミングで部屋に入ってくるんだよと、ミノの頭を背伸びして軽く小突いた。
「恩人が血の通った唯一の家族に、虐められてるのをただぼんやり眺めているだなんて、人間失格じゃないですか」
「虐めてねぇっつーの!!心配だ、し ん ぱ い!!」
「でもそれ世間では何て言うか知ってます?」
「なんだよ?家族愛しかないだろうが」
「余計なお節介の方が正しいです」
「なっっ!!おまえ、身長が縮まるように頭叩いてやるから、屈め!」
凸凹コンビの漫才のような微笑ましいじゃれ合う光景を、ユノが笑みを浮かべながら見守っていると、ミノが突然ユノの方を見た。
「そろそろお時間じゃないんですか?」
手に嵌めていた腕時計に視線を落としたユノは、そうだったと笑ってジョンヒョンを頼むなと目配せをミノに送ると、部屋から出て行く。
閉じた扉に視線を送るジョンヒョンの物言いたげな、それでいて置いてきぼりを食らったような視線を見ていたミノは、ジョンヒョンの肩をポンっと軽く叩いて、微笑んだ。
「寂しいんですよ、ユノヒョンは」
「んなこと分かってるよ。でもさ・・・」
「はい」
「俺がいるじゃんって・・・俺だけじゃ満足できないのかよって」
思っちまうんだと、か細い声で呟いたジョンヒョンは、壁全体に埋め込まれた窓に近付くと、手をついて眩い光に目を向ける。
「ブラコンですね〜いつまでも経っても」
「ブラコン仲間のお前には、労われても呆れられたくはない。お前だって、チャンミニヒョンがいなくなったときは、泣いてたくせに」
言ってすぐ後悔したジョンヒョンだったが、窓に映るミノは、むっとした様子もなく、いつも通りの顔でジョンヒョンの顔を窓越しに見つめている。
「家族とは別の愛が欲しくなるのは、生きていくための本能なんだから仕方ないんですよ」
「お前に言われなくても分かってるよ、そんなこと」
「そうでしたね?ジョンヒョニヒョンも、ユノヒョンと血が繋がってるだけあって、寂しがり屋ですもんね?」
「お前のその一言余計なところも、まんまチャンミニヒョンに似てきたよ。いらねえスペック携えやがって」
十年前の可愛いミノが恋しいな〜とジョンヒョンが言えば、背後から歩み寄ったミノが、ジョンヒョンの肩を両手で掴み、そっと身を寄せた。
「でも俺は、チャンミニヒョンみたいに、主に孤独を味合わせたりしませんよ?」
窓に映るミノの目が、嘘偽りのない心情を雄弁と語り、ジョンヒョンに据えられている。
そんな瞳を見つめながらジョンヒョンは、にかっと快活に笑い、ミノの手に手を重ねた。
「当然だ。その見込みがなかったら、お前を片腕になんて俺がしてるわけないだろ?」
重ねられた手以上の熱い言葉を掛けられ、ミノの顔は無条件に綻んだ。
しかし、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、真剣な表情へと変わってゆく。
そのミノの表情の変化を読み取ったジョンヒョンの顔つきも、忽ち真剣なものへと変化する。



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