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□カタルシス
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もはや恒例となった一枚の紙を前にして、迷いなく油性マジックを動かすユノ。
チャンミンも、それは同じだったが、理由があった。
宝石というものに、もともと頓着が無く、ポピュラーで一番華があるダイヤモンドしか浮かばなかったのだ。


今、二人が一生懸命向き合っているのは、ビギストのための教えて、ユンホ&チャンミンというコーナー。
簡単な質問に、毎回二人が短い理由と答えを書く。
シンプルでありながら、二人の些細な日常を知れる、意外に人気があるコーナーだったりする。
ちなみに、今日の質問は、好きな宝石は?だ。


イラストを入れ、最後に名前を書き終えたチャンミンは、何気なしに隣のユノの回答を見た。
ルビーという回答の下には、僕の誕生石だからと、派手すぎなく綺麗だという文字。
同じ誕生日月だが、自身の誕生石というものをきちんと把握していなかったチャンミンは、この瞬間知った自分の誕生石に、へーっと興味を抱き、スホマを手に取ると検索をし始めた。
しかし、紙を回収しにきた女性スタッフが、チャンミンが指先で得ようとした情報よりも早く、ユノの間違いを指摘したのだ。


「あれ?ユノさんの誕生日って、二月じゃありませんでしたか?」
不思議そうな声に、チャンミンも指を止めて、二人のやり取りを注視した。
「はい、そうです」
にこっと、無駄に愛嬌のある笑顔で答えるユノに、またフェロモンのばら撒きだと、チャンミンが若干げんなりしていると、女性スタッフは、手に持っていたユノの紙を再び机に置くと、やけに真剣な顔つきで言った。
「ユノさんの誕生石は、アメジストです。ルビーじゃありません」
女性というものは、こういったことにやけに精通しているのは、何処の国も同じなようだ。
「あれ?そうなんですか!?」
驚くユノに、神妙な顔で頷くと女性スタッフは、書き直しますか?と訊ねた。
ちょっと漢字を間違って書いただけでも、書き直すと言い出すユノだから、チャンミンは待つ羽目になるだろう時間を使って、トイレにでも行こうかと、腰を持ち上げたのだが、意外にもユノは何かを考え込んだ後、爽やかな笑顔でこれでいいですと言った。
「え?」
拍子抜けを食らったのは、チャンミンだけではない。
女性スタッフも素っ頓狂な声をあげ、いいんですね?と念押しする。
「はい」
それに、ユノが白い歯を見せて、にかっと元気よく笑えば、もう誰も何も言い返せれるはずがない。
紙を回収して部屋からでていく、女性スタッフの納得がいかないと言わんばかりの背中を、ちらりと一瞥して見送ったチャンミンは、誰もいなくなって二人きりになった楽屋で、ユノに身体を向き直す。


「ユノがルビーをしているところなんて、一回も見たことない」
率直な感想の腹のうちには、恋人への詮索が一番多く占めているが、一切表情にも、声にも出さずに不思議に思っているとばかりに、チャンミンはじーっとユノを見た。
手にまだ持っていたマジックを回して、唇を尖らして、じっと何かを考えていたユノは、チャンミンを見ると、そうだよなと呟く。
「好きだったんですね?」
「うーん・・・多分そうなのかな?」
要領の得ない回答。
ユノの言い方は、自分もよく分かっていないと言った様子で、チャンミンも首を傾ける。
最初の詮索目的など忘れ、気付けば更に質問を重ねていた。
「東方神起の赤だから?」
「あ、ああ!!そっか、そうなのかもな?」
どうやら腑に落ちたのか、ユノの顔に笑顔が広がった。
あまりに無邪気な笑顔なので、眩しすぎてチャンミンは、目を瞑りたくなる。
「変なヒョンですね」
呆れ顔で言い放ちつつも、チャンミンの大きな目は、笑顔のユノから外されることはない。
寧ろ、写真にでも収めるかのように、じっとその笑顔を凝視していた。








「ヒョン、もう一回カルボナーラの作り方を教えてください」
花よりも麗しいと評判の末っ子の笑顔を目の前にしながら、キボムは眉間に深い皺を刻んだ。
もう一回というフレーズに、引っ掛かりを覚えたのだ。
この自分によく何かを強請る末っ子の忘れっぽさと対極な位置にある、自分の記憶力をキボムは自負しているから、尚更である。
テミンが自分にカルボナーラの作り方を強請ったのは、今が初めてだとはっきり断言できる。
そんなキボムの考えを余所に、早く早くと急かすテミンに、いつお前にカルボナーラ教えたよと、言い返そうしたキボムの言葉を遮ったのは、深夜のラジオの仕事から帰宅したばかりのジョンヒョンだった。
「お前が料理!?また破壊的なもん作る気か?」
その昔、ラーメンを作る過程で、ジャムや牛乳を入れたことをまだ根に持っているらしいジョンヒョンは、いかにも迷惑極まりな感じだ。
「あれは、一人で作ったからだよ〜。俺が一緒に作るんだから大丈夫」
テミンに引っ張られる形で、キッチンに移動しながらキボムが答えるも、信用できないのか、気になるのか、はたまた一人リビングに残されるのが淋しいのか、そのどれかに確実に当て嵌まるだろうジョンヒョンも、トコトコと子犬みたいにキッチンについてきた。
「材料も買ってきてるし」
キッチンに併設されたダイニングテーブルには、ネットで検索したのか、カルボナーラを作るに必要な材料が並べられていた。
テミンの並々ならぬ本気を感じ取り、キボムは瞠目する。
「誰に食わせるつもり?」
これには、ジョンヒョンも驚き、目を瞬かせ、次の瞬間には、楽しそうに目を細めた。
にやり。
猫が企みを実行するときに、目を輝かせるが、正にそんな感じだ。
「ジョンヒョニヒョンじゃないことだけは、確かです」
「んなもん、言葉にされんでもわかっとる!!俺らには、遊び半分で作った料理食わせるだけあるからな」
自分に伸びてくる手を、ひょいっと避けながらテミンはくすくす笑う。
「心配しなくても、ヒョンに監視させるようなことはもうしませんから」
「へ?」
テミンの言葉が理解できず、目を丸くするジョンヒョンは、実年齢よりもずいぶん幼く見える。
材料を物色していたキボムも、何となく聞いていたそのやり取りの噛み合わなさを、不思議に思い、テミンに視線を向けていた。
すると、秀麗な顔に似合いすぎる儚げな笑みを乗せたテミンが、食材に目を落して、自身に言い聞かせるかのような独り言を呟いた。


「自分の妄想なのか、本当だったのか確かめたいだけなんです。それ以上は踏み込まない。今度こそ幸せにしなきゃいけないから」

キボムとジョンヒョンは、大よそ想像のつかない経験を経て、達観しきってしまったような末っ子に、複雑な思いを抱き、互いに見つめ合ってしまう。
何があったのか?そう聞くことも憚られる雰囲気に呑まれ、普段からチーム内でも口数の多い二人ですら、口を噤んでしまった。
そんなヒョンたちの心情を、まるっと無視して早く教えて下さいと、テミンは屈託のない笑顔を浮かべるのだった。




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