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□かま騒ぎ
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「テミニ、収録時間に間に合わなくなるぞ?」
枕に顔を押し付けている恋人のしっかりとしたプロダンサーならではの背筋に、一つ触れるだけのキスを落したユノは、銀髪になった髪に指先を滑り込ませる。
「行きたくない」
いつもなら、キスしてくれなきゃ起きないという可愛い我儘を紡ぐ唇が、今日は珍しい駄々を捏ねた。
これにはユノは、おや?と首を傾ける。

一週間前、ユノとテミンは二人で久しぶりのデートを楽しんでいた。
お互いプロのダンサーで、有名なアーティストの振り付けも手がけたりもしているので、なかなか時間が合わず、すれ違いもしょっしゅうで、そんな仕事に追われる日々の中で、久しぶりの貴重なデートだった。
二人で出歩くと、決って声を掛けられる。
それは、スカウントの類もあるし、ナンパの類もある。
けれど、その日はちょっとばかり種類が違っていた。
中年の少し小奇麗な身なりをした男性に声を掛けられたのは、テミンの方だった。
間髪入れずに渡された名刺には、韓国で一番歴史の古いテレビ局員であることが書かれていた。

‘恋のかま騒ぎってご存知ないですか?’
自信に満ちた男の口から出た言葉を、テミンは何だかさっぱり理解できなかったが、隣で見守っていたユノは、ぱっと目を輝かせて、テミニならセンターになれると俺、思ってたんだよ!!なんて興奮気味に語り出した。
疑問符が、顔面と頭上にせり出した形のテミンを置いてきぼりにして、その番組のプロデューサーだと言う男と、ユノは話を順調に進めていく。
「ちょっと待って!!ユノ、意味がわかんない」
嫌な予感がして、ハっとなったテミンが二人の会話に割って入ると、漸く番組プロデューサーが、その概要を説明しだした。
ゲイまたは、バイセクシャル、本当におねぇ要素がある人間が恋愛トークを繰り広げる番組だと。
そこでテミンは、ちらっとユノを見た。
その視線に含まれている意味は、何でユノヒョンが、そんな番組を見ているの?だ。
テミンは、涼しげで中性的な外見とは裏腹に中身は熱く、男の中の男。
束縛こそはしないが、独占欲も、嫉妬欲も強い。
それを知ってるユノは、気まずそうに呟く。
「いや、ちょっとテミンと上手くいってないときに、丁度テレビつけたら、話題が年の差カップルにつきものの問題だったから・・・そこから見るようになって・・・」
長い指で頬をぽりぽりと掻きながら、唇を少しだけ尖らせて呟くユノは、有り余るほど可愛く、テミンは公共の場というのも忘れて、首を伸ばしてユノの頬にキスをした。
「ちょ、っと」
ユノが慌てて視線でプロデューサーがまだいることを咎めるも、テミンの目は綺麗でかっこよくて美しい年上の恋人に一直線だ。
そんなテミンの空気を汲み取ったのか、プロデューサーもこれだけ書いてくださいと一枚の紙を渡してきた。
テミンは、名前と電話番号と住所を素早く書き込むと、ユノの手を引いて、二人っきりになれる場所に急いだわけだったが、後日しっかり仕事の出来るプロデューサーからラブコールがあり、ユノも出なきゃ損だよなんて言い出す始末。
可愛い恋人のお願いを聞けない男なんて居ないわけで、一回だけという約束で収録に行ったわけだが、楽屋で見た絶望的光景を、テミンは今でも忘れていない。
ただのゲイ男子でも、女装してカマ言葉で喋らなければいけないなんて、番組を見ていなかったテミンは、知るよしもなかったんだから。
まぁ、それはなんとか耐えれたわけだが、今は耐えられない原因が根深く横たわっていて、収録なんてテミンは行きたくなかった。



「テミン、虐められてるのか?ヒチョルヌナに」
まだテミンの出た回の放送がないため、何も知らないユノは眉尻を下げて、よしよしとテミンの髪を梳かしている。
「虐められてるっていうか、俺のものを盗もうとしてるんですよ、あの人。怖いです」
「ええっ!?ヒチョルヌナって、あんなに綺麗なのに、荷物盗すむのか?そんな風に見えないけどな、正義感の塊に見える」
その見解は、大いに当たっている。
なかなか自慢の恋人は、テレビ越しに鋭いところを見抜いていると、テミンは感心してしまう。
「法律は守ってますよ、あの人。でも恋の法律は守らないんです」
溜息を吐きながら、手をついて起き上がったテミンは、きょとんとしている恋人の上唇に、あむっと噛み付いた。
くすぐったいと猫のように目を細めながら、ユノも答えるためにテミンの顔を手で包み込む。
「っていうか、一回だけの約束でしたし、俺はもう行かなくていいんです」
ユノがお返しとばかりに、噛み付こうとしたのを避けたテミンは、首筋にきつく吸い付く。
「んっ、ダメだよ、俺がプロデューサーさんに泣きつかれちゃう」
そっとテミンの肩を押して、自分から引き離そうとしたユノだが、それよりも早くテミンが勢いよく顔を上げて、え?と目を大きく見開いて見つめる。
「なんかスタッフの間だけでも、既に視聴率一位が約束されてるって噂で持ちきりらしいんだ。テミニ、綺麗だったし、反響すごく大きいだろうって。それにお前の話で一番スタジオが沸いたんだろ?」
それは、少し違う。
テミンの話というよりも、その恋人であるユノの話だ。
楽屋で、この世界で一番麗しい恋人を見せびらかせたのが運のつきだった。
今、思い出しても忌々しい。
言い出したのは、ヒチョルヌナというより、ヒョンだ。
いや、大魔王だ。


「テミ子の彼氏が本当にかっこいいの〜ホドンさんのタイプかも」
美しすぎると評判の指を組んで、くねくねと身体をくねらせる馬鹿っぽいぶりっ子が、得意芸であるユノの言うヒチョルヌナこと、キムヒチョルがそんなことを唐突に言い出した。
「そうなの?テミ子?」
会った瞬間、美少年好きと名高いホドンが、タチではなくネコだと判断していたテミンは、まぁいいかとにっこりと笑った。
「はい、とっても綺麗です。モデルと言っても過言じゃないです」
この発言をした途端、四方というか後列のゲテモノたちから、自分も綺麗で相手も綺麗とか、好感度なくなっちゃうわよ?てか面白味に欠けるくない?なんていうやっかみが飛んできた。
それにゲラゲラ笑いながら、ホドンが写真とかないの?とテミンに聞いて来る。
テレビに公開する気のなかったテミンは、ないと口を開こうとしたのだが、隣からご機嫌声がありまーすという語尾に、もれなくハートをつけた声を飛ばしてくるではないか。
思わずテミンが、ウィッグが取れそうな勢いで隣を見ると、可憐な悪戯っ子顔のヒチョルが、テミンのスマホを持っていた。
にんまりと悪い顔で笑ったヒチョルの顔が、頭からこびり付いてはなれない。
「・・・思い出したくない、悪夢だ」
はぁと項垂れるテミンに、ユノはますます心配になって、顔を覗き込む。
が、顔を上げたテミンが、ぎゅっと強く肩を掴んで低い声で言い切った。
「ユノヒョン、放送見なくていいからね?」
「う、うん」
「絶対!ぜーたい、ダメだからね!?」
「う、うん」
実は、ユノがブルーレイに録画予約していたことが発覚するのは、また後日の話である。




テミンが、スマホを取り戻そうと、手を伸ばすと同時に、ヒチョルはすくっと立ち上がり、ホドンの元へと駆けて行く。
動揺しっぱなしのテミンも、腰を椅子から浮かせたのだが、隣に座っていたソンミンが、優しく肩を叩いて、首を横に振った。
これは、諦めろということのようだ。
綺麗に化粧を施しているソンミンは、仕草といい、顔つきといい、本物の女性のようなたおやかさがあり、その何もかも包み込んでしまう雰囲気に呑まれて、一旦持ち上げていた尻を、再びテミンも椅子に下ろしていた。
「ヒチョ美は、ホドンさんの助手みたいなものだから、番組のスタッフも甘いのよ」
大人の事情というやつか。
番組を盛り上げるためだから、餌食になれと?
「一回きりの約束で出た俺には、関係ないです」
恋人のことになると、いつもは顔を覗かせない子供っぽさがつい口をつく。
カメラの存在も、設定も忘れたテミンが形のいい眉を、やや吊り上げて反論すれば、ソンミンは困ったなというように微笑んだ。
ヒチョルとイトゥクと一緒に初代からこのかま騒ぎに、出演しているソンミンは、母親やお姉さんを彷彿とさせる安心感があり、マザコンやシスコン気のある男子に絶大な人気を博している。
しかしながら、今現在目の前にいる恋人に一途な美青年には、通じないと分っているのだろう。
ひたすら困り顔ではにかむしかない。
「お、おお!!ちょっとスタッフさん、画面に映せるかな?」
そうこうしているうちに、司会者席にいるホドンから、最大級の感動を表わす声色が聞こえてきた。
続いた不穏な言葉に、テミンは目を見開き、ヒチョルとホドンを条件反射で見やる。
女子高生が二人、雑誌を見ながら、この人かっこいいと言っている光景と酷く酷似したキャピキャピ感だ。
自分の目を擦りたくなるその光景に、テミンの反応が一瞬遅れてしまった。
そうこうしているうちに、その日のトークテーマが映し出される大きなモニターに、ユノの写真が映し出されてしまう。
途端に、今まで芸人の集まりでもここまで五月蝿くならないという表現がぴったりだったスタジオが、水を打ったかのようにシーンと静まり返り、誰彼ともなく息を呑む音がテミンの耳に聞こえてくる。


ああ、もうとテミンは顔を片手で覆い、がっくりと項垂れた。
高視聴率と名高いこの番組をテミンは知らなかったわけだが、ユノが言うには、この時間帯は番組が始まった当初から連続一位記録を樹立しているらしく、他の二局がどれだけ対抗して番組を作っても敵ったことがないらしい。
それだけに韓国民のほとんどにユノという美しい人の存在を、広めてしまうことになった。
モニターに映っているのは、テミンがお気に入りのユノの横顔だ。
横顔の綺麗さでは、常々誰もこの恋人には敵わないとテミンは思っている。
高い鼻梁、赤い唇に、すっと尖った顎と魅惑的な首と顎の境界線。
その全てが美術品と同等の尊い価値ある美しさだ。
「いや〜モデルとしても、俳優としても、いけそうな美形だね?名前は?身長は?」
司会者席のテーブルに肘をついて、身を乗り出す格好で、矢継ぎ早に質問してくるホドンに、何故かテミンではなく、隣に立ったヒチョルが、何処から出してきたのか黒縁メガネを掛けて、指差し棒を持ったちょっとエロい、まんまAVに出てくる女優のような出で立ちで答えていく。
「名前は、チョンユンホ。みんなにユノって呼ばれています。身長は184センチ。スリーサイズはこちら」
ヒチョルが先端に指のついた棒をモニター目掛けて振った途端、ババン!!と分り易い効果音が流れ、全身が分るユノの写真と共に、バスト、ウェスト、ヒップのサイズと体重の数値が書かれたテロップが出る。
これには、怒るよりも呆気に取れて、テミンはどういうことですか?と目だけでソンミンに問うた。
「ヒチョ美の悪戯のモットーは、徹底的に、なの」
いやいや、徹底してしまったら、それはもはや悪戯の域を超えてしまっているんじゃなかろうか。
プロダンサーとして、少しだけ他人の目につく職業をしているユノだが、これでは芸能人レベルの公開の仕方だ。
プライバシーの問題に、引っ掛かるんじゃないか?ユノもだが、テミンも実力ではなく、外見に目をつけてくる人たちがあまり好きではない。
でもこうやって、公開してしまったら自分たちのダンスではなく、ビジュアルが先行して一人歩きしてしまう可能性が十分に出てくる。
それは、プロ意識の塊の二人にとってとてつもなく嫌なことだった。
幸い生ではない、録画だ。
一般人なんだから、いい加減にしろとブチ切れたら、どうにか編集してもらえるかもしれないと、テミンが怒鳴ろうとした時だった。
「いや〜、本当に綺麗だ。男の私でも惚れ惚れするね」
思わず漏れたホドンの感嘆とした本音が、テミンの独占欲に火をつけてしまった。

「残念ながらユノヒョンは、ネコだからアンタが抱かれることは一生ない」
瞬時に、スタジオ全体の温度が10度は急激に下がった。
そう、禁句だったのだ。
ここにいるスタッフを含め、ホドンがネコだなんて事実、誰もが知っている。
いわば、周知の事実だ。
だが、芸能界のドンとして君臨しているホドンのトップシークレットとして、その件に触れないのは暗黙のルールとして重々しく鎮座していた。
これには、下手な芸能人よりも機転が利くとされているかま騒ぎメンバーも、凍りついた。
ヒチョルですら、やべっと日頃見せない男の顔でしかめっ面を刻んでいた。
しかし、そこは芸歴の長さが物を言うのか。
トップに君臨し続けている男の回避術は、伊達ではなかった。


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