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□U Know I Know
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誰にでも秘密はある。
しかし、どれだけの人間が、その秘め事を秘め事で在り続けれるのだろうか?
ずっと、他人に知られずにいられるほど甘くはない。
その事を、ユノも十分に理解していた。
大人の常識と言う、いかにも硬化していそうな言葉で。
しかし、硬化した言葉通り、大人には色々な誤算もついて回った。


そして、今まさにその誤算とユノは対峙していた。


兵役を終えて帰ってきた後輩が、突然家に押しかけてきたのは数分前。

「ユノヒョン、どうしてチャンミニヒョンと、今でも寝てるんですか?」
門戸を開いてやり、無礼を注意することなく、コーヒーをだしてやったのが、三十秒前。
わざわざ淹れてやったコーヒーを啜る後輩は、その昔自分が可愛がっていたときと、変わらず庇護欲を掻き立てるというのに、その唇が躊躇いなく吐き出した事実の重みは、隠していた月日以上に、音になることによって、ユノの心に強烈なパンチをめり込ませた。

自分が一番と言っていいほど可愛がっていた後輩が、墓場まで持ってゆきたいと願い、強く思い続けた自分の秘密を知っていたのだ。
それだけで、ユノの視界はぐらりと揺らいだ。
だが、そんな素振りを一切見せずに、ユノは微笑んだ。
とびっきりの笑みだ。
ファンに見せる優しい優しい蜜よりも甘い笑み。

「気持ちいいから?」

こういう時、七つ差という物理的で顕著な歳の差があるというのは、大人たちにとっては只管便利だ。
それだけで、優位的に何事も丸く収められるからだ。
この後輩も、この言葉ひとつで引き下がるだろう。
そんなユノの算段は、二年ぶりに再会した後輩には残念ながら、通用しなかった。


口元にマグを宛がったまま、ユノを上目がちに見つめていた後輩の目から、愛玩的な柔らかい灯火が消え、一瞬にして侮蔑の色を滲ませた冷たい視線へと様変わりした。
「あの人、下手そうですけど?自分だけ気持ちよかったらいい感じがする」
途端に、この後輩がどれだけ積もりに積もってしまった自分たちの歪で汚い関係を熟知しているのかが、何となくであるが感じ取れ、ユノは心理的な意味で距離をとらなければいけないと、彼の表情の意味に気付いてないとばかりに、笑みを深めた。


「気になるんなら、抱いてもらえば?」
揶揄をふんだんに含ませた大人の返し。
「そんなことしなくても、ここでユノヒョンを抱くのが、手っ取り早いでしょう?ヒョンが比べてくれたらいいじゃないですか?」
だが、この後輩もまたユノと同じく大人なのだ。
ユノにとっては、可愛い後輩という認識がまだまだ強くとも。
意趣返しに、自分の耳を疑うユノは、彼がどういう想いを抱えて、ここにやってきたかをよく理解していなかった。
ダイニングテーブルに投げ出されていた自分の手に手を重ね、後輩に微笑み掛けられて、やっと理解したのだ。
「僕と、あの人、どっちが上手いか」


重ねられた手の下から、そっと自分の手を抜きながら、ユノは自分の学習能力の無さを恨んだ。
また、同じ過ちを繰り返すのかと。
いや、同じではない。もっと性質が悪いものになるはずだ。
「老体に鞭打ってまで、することじゃないな。それに抱かれる俺が一番上手いよ?」
ここまで大きくなった想いに、答えられないとはっきり拒絶しても、すぐに受け入れられないことは、数年前で経験済みだ。
それが今、目の前にいる後輩が指摘した秘め事を続ける羽目を招いてしまったんだから。
一口しか、口をつけていないコーヒーの入ったマグと一切口をつけていない自分のマグを、手に持つとユノはそそくさとキッチンへと逃げ込む。


「気持ちいいのが好きなら、別にチャンミニヒョンじゃなくてもいいでしょう?それに彼女に隠してまですることじゃないはずです」
が、拒絶を唱えるユノに、怯むことなく後輩は、流し台の前に立つユノの隣に並んで、理路整然とした質問を口にする。

何もユノが答える気がないことは、横顔の表情で察したのだろう。
次の瞬間には、毅然とした批判に切り替えられた言葉が、可愛い後輩の口から紡がれる。
「まだあの人を希望の光で照らすために、貴方は犠牲になってるの?」
希望の光。
そんな風に自分が見える後輩の盲目さに、ずっと縋りついてくるメンバーの顔が突如浮かび上がり、何故か重なった。
急速に冷えてく心は、何を意味しているのか、ユノは知っていた。
詰まる所、自分に対しての多大な呆れである。
自分が創り上げた偶像に、まんまと乗せられる大衆とまるで同じように、信頼を寄せ、ひたすら縋るメンバーとその瞬間、この後輩が重なったというわけだ。


自分が創り上げたものに、矜持を感じていたのは、いつまでだったろうか。
今では、ただ愚かな傀儡のように感じてならない。
自分をあたかも崇高な美しいものに、置き換えてしまう周囲の人間に、どうしょうもなくうんざりしてしまう時間と、喜びを感じる時間は絶妙なバランスで均一を保っている。
時に自分自身がやけに面倒な人間に感じられ、思考が停止する。
けれど結局は、同じことを繰り返す。

しかし、ユノのそんな予想を嘲笑うかのように、後輩はユノの心情を見事に言い当てたのだった。
「一番性質が悪いのって、何か知ってますか?自分の犠牲を受け入れて、ただひたすら戦わず逃げる人」
ガチャンと、盛大な音が部屋に響く。
ユノが今しがた洗っていたマグが、大理石で加工された流し台に落下したせいだ。
持ち手の部分が綺麗に、カップと分離するように割れているのが、この後輩が自分とメンバーを引き離す存在になるだろうと予言しているように思えた。
現に、彼は、自分を雁字搦めに縛りつけるメンバーと全く正反対のことを言ってくる。
そこまで考えて、ユノはありないと自分自身をせせら笑う。
こんな七つも年下の後輩の一言で、そんな現実味のない未来を想像してしまう自分が、どうしょうもなく滑稽で、愚かで。


出しっぱなしになっていた水を止めると、ユノは、すっと視線をマグから後輩に向ける。
カメラマンに、嫌味だとよく言われる綺麗な微笑みを、後輩に向ければ、彼もまたレンズ越しに、ただユノに見惚れるカメラマン同様に見惚れていた。
これが完全な拒絶の微笑みであったとしても。
後輩である青年の恋しさが、ユノを一心不乱に見つめる視線となって、全てを雄弁に語っていた。
どんな表情でもいいから、ただ貴方に会いたかったと。
その昔は、ユノ自身も彼と同じように実直な愛情を誰かに抱き、伝えていたのだ。
しかし懐かしいだけの光りは、今のユノには未熟に映るだけだった。


「お前が俺のことを好きなのは、よーく分かったけど、見ての通り自分とこのマンネの面倒で手一杯なんだ。ごめんな?俺の分までジンギに甘やかせてもらえよ?」
凍てつくソウルの冬のように、底冷えする冷笑を浮かべて言い放ったユノ。
けれど、美しい顔が全力で自分を拒絶するというのに、相対している彼は嬉しそうな表情で笑うのみ。
あまりにもその表情が理解し難く、ユノが深い皺を眉間に刻むと、彼はにこりと在りし日の可愛らしい笑みを浮かべて、宣言する。
「ありがとうございます。そんなのこっちから願い下げです」
不穏な発言に、すかさず距離を取ろうとしたユノの腰を腕で抱き寄せ、すっと疲れが滲む頬を手の甲で後輩はなぞった。

「僕、潰しにきたんですもん。ヒョンの幸せを」

麗しい顔とは裏腹に、尤も男らしい後輩、テミンの強い意思が宿った腕は、彼女の訪れを知らせるインターホンが部屋に響くまで、離れていかなかったのだ。





「どれだけ一緒にいても救われないんですよ?」
ヒョンたちは、と語尾を強調するテミンの口は、しつこいくらいにゆっくりと動いた。
その緩慢さたるや、自分たちの関係以上に粘着質にも感じれ、ユノは辟易としていた。
あの日、彼女がタイミング良く、家に来てくれていなかったら、どうなっていたかと考えてしまうときがある。
いくら考えても、結果は同じだった。
自分が腕を振り解いて、帰れと一言告げている。
なのに、どうしてこうも考えてしまうのか。
答えは簡単だ、ほんの一握りの希望を捨てきれない未練がましい自分がいるということだった。
そんな自分を見て見ぬ振りをしたいのに、頻繁にコンタクトを取ってくるテミンがさせてくれない。
ユノのテミンに対する当たりは、徐々にではあるが、自分に対する嫌悪感が増すたびに厳しくなっていた。


「何にも知らないお前にも分かるんだ?」
なら、近付くなよと目に力を入れて、化粧台の鏡越しに貫禄が出て来たテミンの顔を見据える。
楽屋の入り口横の壁にもたれかかっているテミンは、ユノの心の距離を計ったかのように、実質的な距離も取っていた。
「はい、知らなくてもユノヒョンが幸せじゃないってことくらいは分かってるんで」
だが、彼が紡ぐ言葉は、距離などという概念そのものを覆すかのように遠慮がない。
悪びれもせず、にっこりと天真爛漫な笑みを浮かべるテミンの表情が実は本音なのだ。

「へー・・・俺の幸せを潰すって言った癖に、今の俺が幸せじゃないって?」
「僕から見てたらヒョンは不幸せ。だけど、ヒョンは自分でそう思わない人だから、幸せだと思い込んでる」
二人だけしかいないというのに、部屋の端と端で、話を続けていた二人の距離は、案の定テミンが壁から背を離して、ユノに向かって歩いてくることで、縮まった。
「一回知ってよ、ヒョン。本当の幸せってやつを」
懇願する甘い囁きが鼓膜を震わせ、背筋を嬲るようにずしりと体に絡みつくと、テミンの腕も同様にユノの首に絡みついた。
「傷を舐め合うには長すぎた。一時の支えを、何を勘違いしたのか、生涯の支えにしている。愛してないのに、でも愛してると思って」
次に向けられるのは、甘さを詰め込んだ眼差し。

「けど、ヒョンは違うって分かってる。でもチャンミニヒョンに付き合って、勘違いしてあげてるだけ。」
深みを携えたそれは、ユノの知ってる可愛い後輩の一人であるテミンのものじゃなかった。
あぁ、立派になったな。
純粋にただそうユノが思った瞬間、無意識にテミンに笑いかけていた。
昔のように。
「ユノヒョン?」
ユノの突然浮かべた表情に瞠目したテミンが、慕っていた頃のトーンで、タイムスリップしたように、ユノの名を呼ぶ。
「何だよ?テミナ?」
確認作業のようなそれに、また笑って、ユノが返事をすれば、筆舌し難い表情になったテミンが、首筋に顔を埋めた。
無防備な頭を一回撫でると、遥か昔に舞い戻ったような口調で、テミンは言葉を紡いだ。
「ごめんなさい、自分のエゴを押し付けて。でも大好きな貴方を放って置けないんだ」
愛してるっていう言葉に、何の感動もなくなっていた。
なのに、何故かテミンの言った大好きという言葉は、たまに胸や、頭を過ぎり、ユノの胸に温かさを齎してくれていた。



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