雑多な小話

□色々グレーな海兵さん
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海軍本部黄猿ことボルサリーノは一か月ぶりに本部に帰還した部下の報告書を読みながら、こう切り出した。

「ねぇロック大佐、久々に本部に帰ってきたんだからさ、今日飲みに行かない?」

真面目な部下であるロック大佐は上司の誘いをまず断らない。そして酔っぱらいが管をまいたら黙ってそれを聞いてやり、
能力まで使って暴れだすものがいればいち早くそれを察知して止めに行き、飲みすぎて泥酔してしまったものがいれば本部の寄宿舎まで送るという優しさを持ちあわせている。しかし今回ボルサリーノがロック大佐を飲みに誘う理由は面倒事を押し付けるためではない。
これまた大将である青雉ことクザンと組んで、ロック大佐にお節介を焼こうというのが今回の飲み会の趣旨であった。
ロック大佐は部下のみならず同僚上司にも信頼の厚い、未来の海軍を担う有能な海兵なのだがたった一人、不倶戴天の天敵がいる。
そしてその天敵も少々素行に問題があるとはいえロック大佐と同じく有望な海兵である。どちらかの性格に難があるならまだしも
どちらも能力人格申し分もないとなれば可愛い部下の為、そして将来の海軍のために何とか二人の間に信頼関係を構築させたいと思うのも当然だろう。
そんなわけでボルサリーノとクザンは酒の力で二人の距離を縮めようと考えたのである。ロックもその海兵もどちらも本部にいる時間よりも
海賊の取り締まりのために海に出ている時間のほうが長い。その二人が同時に本部にいる今がその絶好のチャンスなのである。
ロック大佐はボルサリーノの申し出に少し黙りんだもののすぐに出席の意を示した。しめた、とボルサリーノが報告書で顔を隠しながらほくそ笑んだのもつかの間、ロック大佐の口から当然と言えば当然の確認が返ってくる。

「飲み会には大将の他には誰がいらっしゃるんですか?」

「ああ…ええっとねえ〜、ストロベリー中将と…」

ボルサリーノが挙げていく名前にロック大佐はいつものメンツですねと納得の表情を浮かべた。
しかしいつもであれば飲み会など面倒がって参加しない男の名前が挙がった瞬間ロック大佐の目がギラリと光った。

「クザンと…そうそう、モモンガ中将も誘ったねぇ…」

その勘の良さに感心しつつもボルサリーノはこれはまずいと思い、よく飲みの席にてロック大佐の世話になるモモンガ中将の名前を挙げて
ロック大佐の関心をそらそうとするが、ロック大佐の眼差しはどんどん険しいものになっていく。
ボルサリーノはその獲物を狩る猛禽類のような目に負けて、今回の飲み会の本命である男の名を挙げた。

「あとは…スモーカー大佐かな。今ちょうど帰ってきてるんだよぉ」

その名を聞いた瞬間、ロック大佐の眉間に思いきりしわが寄った。ロック大佐が不快感を他人に悟らせるのはとても珍しいことであり、
ボルサリーノはスモーカー大佐関連の話以外でロック大佐がそんな顔をするのは見たことがなかった。
そしてボルサリーノは今回もダメそうだねと心の中で呟くと、ロック大佐が『急な用事』を思い出して飲み会をキャンセルするのを書類を見ながら待つことにした。


そう、海軍本部所属『灰塵のロック』ことロック大佐は入隊当初から同期のスモーカー大佐と折り合いが良くないといわれている。
言われているといったものの、本部ではそれは既に定説であり、そして『折り合いが良くない』程度の仲の悪さではないことも有名である。
いつからそんなに仲が悪くなったのか両者に聞いてもわからないほどロック大佐はスモーカー大佐を嫌っているというのだから救えない。
本当に自分が退役する前になんとかしなくちゃねえ、とボルサリーノは今しがたロックが出て行ったドアを見てひとりごちるのだが、
具体的な方策はなんら浮かんでは来なかった。





一方黄猿の執務室から出たロック大佐は副官に出迎えられていた。二人は何ら言葉を交わすことなく歩き、ロック大佐が指揮権を持つ軍艦まで戻る。
大佐ともなれば本部に部屋の一つもあてがわれるものだが、ロック大佐は一度もそこを物置以外として利用したことはなかった。
それというのも、その部屋は防音対策が甘いからである。ロック大佐の船は見た目からはそうとはわからないが、防音対策が幾重にもかけられている。
ロック大佐は軍艦の自室兼執務室に戻ると、正義と大書されたコートを脱ぎ、フカフカのソファに座り込むと、副官がドアを閉めたのを確認してから叫んだ。




「うわあああああ!飲み会!行きたかったあああぁぁぁぁぁあああ!いつものドキッ☆上官だらけの大宴会も楽しいけど、
スモーカー大佐の出席する飲み会!激レア!行きたかったよぉおおおお!」

壊さない程度にソファをバンバン叩いて悔しがる上官を副官であるナイアス少尉は冷たいまなざしで見つめると行けばよかったのでは?と言うが、
ロック大佐は自分の机を指差した。そこには三センチほどの書類が積み重なっている。

「だって仕事終わってないんだもん…この前の合同作戦の奴とか…」

「いつもならばそんなこと関係ねえとか何とか言って飲みに行くじゃないですか。大体期限はまだ先ですよ」

そう言えばロック大佐は解ってないなといわんばかりに肩をすくめる。
そのしぐさと30超えたおっさんが「もん」などというかわいこぶった言葉を使ったことにナイアス少尉はいらっとした。

「もしだよ?酒飲んで酔っ払って書類ほっぽって来たなんてぽろっと零しちゃったら、スモーカー大佐の耳に入るかもしれないじゃん?
幻滅されたらどーすんのさ!」

お前は乙女か。もう一度言うが目の前の人物は見た目は若いが30越えたおっさんである。ナイアス少尉は素直に引いた。ドン引いた。

「今の姿を見せればそんなことするまでもなくロック大佐の株は大暴落ですが…お呼びしますか?」

「止めてください死んでしまいます」

ナイアス少尉の言葉にロック大佐はソファから立ち上がり、ピカピカに磨かれた床をスライディングしながらナイアス少尉の前に土下座した。
ロック大佐の艦に乗っていない人間が見たら自分の目と頭を疑うだろう光景だが、この艦のなかでは三日に一度は見られる日常風景だ。
ナイアス少尉は冗談ですよと一言告げて、泣きながら書類に目を通し始めた上官を置いて部屋を出た。そして一回、深い深いため息をつく。



そう、ロック大佐は巷の噂とは違い…むしろ正反対で、スモーカー大佐を心から好いている。むしろ愛している。

しかしそれがスモーカー大佐に知られることは決してない。理由は様々ある。ロック自身が自分を変態だと自覚しているから。
そして良識だけは持ちあわせているので『ホモにせまられるなんてスモーカー大佐可哀想』
『ホモに迫られてるなんて知られたらスモーカー大佐の評判に傷がつく』とオープンな変態になりきれないから。
そしてナイアス達部下一同がそれぞれ理由は違えどロック大佐が『スモーカー大佐大好きな変態』だというのを外部に漏らさないように苦心しているからである。
それでもこういった精神的疲労がかさむシーンに出くわすといい加減ばらしてロック大佐がフラれて二つ名のごとく灰になればいいんじゃないのではないか?
とナイアス少尉は思ったりもするのだが、それに踏み切るにはロック大佐はそれ以外の面ではいい人すぎるのだった。
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