ばらかもんたんぺん
□東京の住人
1ページ/3ページ
「……」
「おーい」
「…………」
「おーい?」
「………………」
「おいっ! ガン無視か!」
清が怒ったような声を出す。そこに私の裏拳が飛んだ。
「ちょーっと黙っててくれる……?」
冷や汗を大量にかきながら清に吐き捨てた。彼は何かに気づいたかのように少し目を見開く。
「……薬忘れたのか」
なんでこういう時だけ察しがいいのかなこの書道家は!
「そうですよ悪いですかほっといて今なら悟り開けそうだから」
「んなもん開くな」と呆れたようにつぶやいた清はポケットを漁る。そして何かを私に差し出した。
「ほら、酔い止め」
「うわああああああなんで持ってるのサンキュージュノンボーイ!」
「……」
私は急いでその薬を飲む。ああ、やっと落ち着ける……。
何故酔い止めが必要なのかと言えば。私が乗り物に弱いのもあるけど、そもそもの話ーー
現在、大空の上にいるから。
つまりは飛行機です。めっちゃ揺れる。
「ジュノンボーイはともかく、だいぶ前お前が酔い止め忘れた時に散々な目にあっただろ、だから川藤に持っとけって言われてて」
いやあよかったよかったさすが俺、と自惚れに浸っている清をジト目で見つめた。
「……散々な目に、って、私乗り物で吐いたことは一回もないんですけど。少なくともあんたらの前では」
「俺らの前じゃなかったら吐いたことあるのか……。いやほら、この世の終わりを嘆くやつみたいに騒がしかっただろ」
どんな比喩表現だよ。
そうツッコみたい気持ちを抑えて、椅子に深く座り直した。窓の外を見る。いつものありきたりな空だった。でも、綺麗。
酔い止めを清に返し、一息ついた。
「にしてもびっくりしたわ、東京にお呼び出し、しかも許してくれるんだって? あのカンチョー様が」
昨日、突如家に来た清が言った言葉、「東京に帰るぞ」。さすがの私もびっくりした。3回くらい聞き返した。怒られた。
「そのニュアンスだと今度はお前が怒られる番だな」
「……言うなよ?」
「言えるかよ」と清に冷たく返されたが私はめげない。
「……東京、ねえ」
晴れ渡った雲の上、密かな不安を抱えながら、鉄塊は大空を飛んでいく。
……そういえば、お父さんの原稿の締め切り、もうすぐだったな。
思い出したくもないことを思い出し、胃がキリキリと悲鳴をあげた。