雑記棚

□『扉』
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『扉』

扉が開いて、外に出た僕を迎えたのは二人の女性だった。

一人は勝ち気そうな釣り眉に切れ長の目、髪を顎の所で切りそろえた女性。
もう一人は人形のように白い肌、黒く長い髪、やや大きな目をした女性。
狐の形をした者に、この二人が僕の主であること、僕は『刀剣男士』として人の形に顕現され、これから『歴史修正主義者』たちと戦うことになること、『本丸』を拠点に生活する事を告げれてこの本丸に連れてこられた。
その時の『扉』は、どこだったのかは最早わからない。

本丸に来てまず僕達がした事は、城自体の探索だった。
と言っても当時の城は主たちの部屋と僕の部屋、座敷と演習場、厨房と風呂くらいしかなかった。それを、主たちは布団の数だとか、鍋や竈の使い方だとか、井戸を汲み上げる機械の操作方法だとかを楽しそうに確認していた。
そして、薪が無い事に気づいて主たちは、管狐(こんのすけ)が住んでいる通信箱に薪を要請したら、山のように届いたので二人で雨の当たらない所に運んで、その日の薪をやはり二人で割っていた。
僕の方は、薪なんて棘が刺さるし斧を振るうなんて雅じゃないから縁側で主たちの様子をぼんやり眺めていた。主たちはそれを咎めなかったし、何より楽しそうだった。
薪を割った後で、今夜の夕食がない事に気づいた主が、本庁に問い合せたら『夕食を買いに現代へ戻っても良し』とお達しが来たので、姉主が現代に買い出しに行った。
その帰りを待つ間、妹主は水を汲んで火をつけて風呂を沸かしていた。
やっぱり僕は、水を汲むなんて力仕事はしたくないし、薪に火をつけるなんて煙たいし煤も出るから雅じゃないと思ってぼんやり見ているだけだった。
姉主は現代から夕食と共に『ちゃつかまん』とマッチと蝋燭を大量に買ってきて、本庁から『受取り箱』に燭台が届いていると告げられた。
その日の夕食は、座敷に蝋燭をたくさん灯して三人で机を囲んだ。
『牛丼』と言うそれは、軽い、カサカサした安物の器に入っていて、白米の上に甘辛く煮た肉が乗っている、雅とは程遠い食べ物だった。
だが主たちが「本庁の近くに牛丼屋があるなんて知らなかった」だの「生姜がもう少し欲しい」だの言いながら楽しそうに食べていた。
その上僕に「歌仙さん、食べれてる?」とか「人の身は食べないと倒れる。多少無理してでも口にした方がいいぞ」と気遣いまで示すので、完食した。
今ならあの量は、僕が『食事をする』ことを学ぶためのものだったと解る。あの量など短刀の子たちですらぺろりと平らげるだろう。
その日は主より先に風呂を使わせてもらい(この時も「のぼせないでね」と気遣われた)部屋に布団を敷いて寝た。
まだ何も無い部屋で布団を延べて、寝る、とはどういう事だろうと思いながら、とりあえず人間の真似をして目を閉じてみた。
気づいたら朝だった。
その日の朝食も、主たちが作った。
僕が起きた時には既に、主たちは竈に火を入れてご飯を炊いていた。きっと朝早く起きて薪を割り、水を汲んで米を研いでいたんだろう。
そして味噌汁と卵焼き、おひたしを作って、主たちですら初めて竈で炊いたという玄米を食べた。
二人とも、上手に炊けたご飯を噛みしめるように食べていた。
僕も、所々いびつな卵焼きを食べながら食事とは楽しくするものなのだと思った。

その日は、初めて鍛刀をする事になった。つまり、僕の他に刀が来る。
僕と共に戦うには、やはり雅な刀がいい。強くて美しい刀が一番だ。
『とりあえず最小単位で』というこんのすけの言う通りの配合で鍛刀されたのは、粟田口派の名刀『五虎退』だった。
中国にて五匹の虎を退け、関東管領上杉謙信に献じられたという立派な来歴を持つその刀は、逸話とは全く逆の五匹の子虎をお供に連れた気弱な少年だった。
だが、妹主は彼が顕現すると非常に喜んでいた。何でも、審神者就任前から噂を聞いて早く来ないかと思っていたらしい。
こうして、この本丸にはふた振りの刀がいる事になった。
そして、僕の初仕事として『刀装』も作った。僕なりに雅な物を作ったつもりだった。
だが、その後の出陣で刀装はあっさり壊れ、おまけに僕も五虎退も傷を負って帰還した。
まあ、戦うんだからしょうがない、そもそも僕達は武器なんだから傷くらいつくさ、衣装が汚れたのが雅じゃないなあ、なんて気持ちで帰ったら、妹主が泣いていた。僕達が傷つくのは、主の力不足でもあるらしい。確かにそうだが、泣くなんて大げさな、と思っていたら姉主に「傷ついた人を見て心を痛めるのが人間だ」と諭された。
今は主たちもだいぶ力を付けたが、誰かが傷ついて帰ってくる度に主たちが心を痛めるのは変わらない。ただ主らしく落ち着いたふりが出来るようになっただけだ。
その日の出陣は、別に骨折り損だった訳じゃない。今剣を見出した。
飛んだり跳ねたりと一時もじっとしていない今剣を連れ帰るのは一苦労だったが、本丸でも主の話をちっとも聞こうとしなかった。
諦めた妹主が「では、蹴鞠でもしましょうか?」と庭に連れ出すと、やっと静かになった。
そろそろ夕食時だと厨房に向かう姉主に、五虎退が「お…お手伝い、します」と申し出た。
こんな小さな子どもが主の手伝いをしてるのに、自分はぼんやり待っているなんて格好がつかないとその晩は僕も手伝う事にした。
料理というものは、出された物を食べるのは簡単だがそれを作り上げるのは時間と手間がかかる。だが、僕は素晴らしいと思った。野菜や肉を切って火を通し、それを食べる。『人』の形を持った今、そこから得られる滋養分が明日の戦いの力となる。料理は雅だ。
その晩の献立は『かれー』であった。
昨日食べた牛丼と同じく、ご飯に掛けて食べるものだが、カレーは良い。
肉も野菜もちゃんと食べられる。今の本丸で野菜嫌いな子もカレーなら食べる。健康な体は『ばらんす』よく食べることから始まるのだ。
夕食の後は風呂だった。昨夜と同じように主の前に風呂を使うことになったのだが、五虎退、今剣も一緒だった。
主から「短刀ちゃんがのぼせたり、事故になったりしないよう気をつけて」と言われたのでゆっくり入っている暇も無かった。あの今剣が、風呂の中ですら落ち着きなくはしゃいでいたからだ。
危ないと注意するのを全く聞かないのに
「主が水を汲んで沸かしてくださった湯を無駄にするな」
と言うと途端に静かになった。
「あるじさまが、くんでくださったのですか?」
「そうだよ。ここは人手が少ない。だから、主たちも働く。今剣は小さいから重たい水桶を持てないだろう、水は大事にしなさい」
「あるじさまがくんだおみず…あるじさまがわかしたおゆ…」
そう言って自分の手の平でお湯を掬って、指の間から零れるのを不思議そうに眺めていたが
「わかりました!あしたからはぼくもみずくみをします!」
と宣言した。
「ああ。それは助かる」
と返事をしたものの、あの水桶を短刀の体で運ぶのは難しいとタカを括っていた。実際は自分の体より重いものすらひょいと運んでいたが。
その夜、僕の部屋で五虎退と今剣も寝た。主は「明日には本庁に増築を頼むから我慢してくれ」と謝っていた。
がらんとした部屋に布団を三組敷くといっぱいになった。
五虎退が
「…歌仙さんと一緒に寝たらダメですか?」
と言いながら僕の布団に潜り込んできた。すると
「あーっ!ぼくもぼくも!」
と今剣まで僕の布団に入ってきたので、部屋いっぱいに敷いた敷布団はあまり意味がなく、三枚の掛布団は隙間ができないようにもさもさと重ねて三人で眠った。
翌朝、また鍛刀をした。もう少し戦力を補充したい。それは誰しも思う事だ。
朝食を食べ終わって迎えに行くと、平野藤四郎が顕現した。
他の藤四郎達より顕現しにくい平野を得たのは良い事だと主たちの前に連れて行くと、何故か妹主が青い顔をしていた。
なんでも、姉主は現世の仕事があるとかでこの本丸を仕切るのは妹主だけになってしまう。しかも、姉主の帰還は未定との事だった。
「いいか、私がいなくてもちゃんと出陣させるんだぞ」
と妹の手を握って姉主は励ますのだが、妹主は真っ青な顔をぶんぶんと振るのみだった。
そんな妹を残し、姉主は「出勤時間だ」と現世に戻ってしまった。
「あの…じゃあ、平野くんも来た事ですし、とりあえず昨日までの戦場のおさらいを…」
と妹主は血の気の失せた顔で、それでも笑顔を作って僕らを見た。僕は
「いえ、新しく開かれた戦場に行きましょう。大丈夫です、この四人なら」
と自信を持って言った。自信過剰では、ない。とにかく自分たちの力を見てもらえば妹主も安心するだろう。それに戦場を平定すればまた刀が増えて戦力も増す。そういう気持ちからだった。
だが、忘れていた。今剣と平野藤四郎は初陣だった。今剣は何時もの身軽さを戦に上手く生かせない事に苛立っていたし、平野は警護ではない実戦に戸惑っていた。
そして僕も、人数が増えた分、意思伝達に気を配らなければいけない事を知らなかった。
結局その戦場に自分たちは全く歯が立たず、全員負傷で途中退却することになった。
僕たちを迎えたのは、目に涙をいっぱい溜めた妹主だった。
この戦場に向かうことを主張したのは僕なのに、妹主は何度も「ごめんなさい」と繰り返していた。
その時僕は、主に対して申し訳ないと初めて思った。僕でも傷ついた五虎退や今剣、平野を見て可哀想に思う。だが、僕は一緒に戦場に出れる。痛みも、退却の悔しさも分かち合える。
でも、主は戦況をただ見守るしかないのだ。ひたすら無事を祈って帰還を待つのみだ。だから、この人はこんなに泣くのだ。
二つしかない手入れ部屋を交代で使って、食堂として使われている座敷に入ると、鉄製の鍋が小さなコンロの上に乗っていた。何でも『すき焼き』と言うものをするらしい。
その料理は肉や葱などを甘辛い汁で雑択に煮る、雅ではない料理だったが、みんなで一つの鍋をつつき合うというのが楽しかった。今では何か良い事があると出てくる定番の、まあ行事みたいな料理だ。
その日から、また僕は一人部屋になった。いつの間にか増築されていた訳だが、短刀の子たちがしょっちゅう襖を開けてこちらを覗き込んでくるから、結局仕切りのある続き部屋みたいなものだった。
そして、翌日は稽古をしてから出陣する事にした。軽く慣らすみたいなものだが、だからかその日の戦闘は上手く行った。その日顕現したのはえっと…誰だったかな…


「歌仙、早くしないと主が帰ってくるよ」
僕の部屋に顔を出したのは、青い髪を一つにくくった、お小夜だった。─ああ、そうだ。あの日顕現したのは僕とも縁の深い彼だ。
「墨を摺るのに時間かけすぎだってみんな待ってる」
ぼそぼそと話す姿は頼りなく見えるが、なかなかに強い刀である。
彼の後には堀川国広が来て、戦い方も幅が広がった。
「こういう事はね、丁寧にした方が良いんだよ」
「でもあるじたち帰ってくる前に飾り付けを終わらせないと」
そう、今日は姉妹主がいない。何でも、報奨が与えられるとかで現世に呼び戻されているのだ。
その隙に、僕たちからの感謝を表す宴会の準備をしていた。
二人の主と僕の三人で始まったこの本丸は、今や六十振りを超える刀剣男士がいる。
最初は城とも呼べぬ小さな家が、二の丸、三の丸と増え、馬という戦力も持ち、兵糧を備える畑も開拓した。
嬉しい時に笑い、悔しい時には泣き、とんでもない悪戯に怒り、怠惰な者を叱咤激励し、時にはくだらない遊びに共に興じた、二人の女城主が僕達の主である。
僕達の始まりと、これからの変わらぬ思いを主たちに伝えるため、横断幕に筆を下ろす。



『祝!審神者就任一周年!』



終。




おまけ。
報奨は『井戸水組み上げモーター』と『手押し耕運機』と『ガス導入』でした。
「今年の冬はガスストーブ(昭和)だぞ!!」だそうです。

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