雑記棚

□年の終わりの
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しゅばっ!と音がしそうな勢いで、長谷部は天井付近についていた埃を拭いた。
主が買ってくれたクイッ○ルワイパーハンディタイプとやらはたいへん素晴らしい。普段は短く収納して、必要な時には柄を伸ばし手の届きにくい所も楽々拭ける。
次の現代への買い出しは、自分を連れていってもらおう、こんな素晴らしい道具がある現代はいったいどんな所なのか……。

今日は年末の大掃除である。
普段ももちろん綺麗にしてるが、やはり年末は煤払いをして締めくくりたい。
長谷部がいるのは普段、主が執務室として使っている部屋だ。長谷部が落とした埃を、鯰尾と骨喰が箒で丁寧に掃いていく。
控えの間はにっかりがやはり同じように埃を払い前田と五虎がそれを集める。
下は短刀と堀川国広、和泉守に任せたがどうなっていることやら…。
「餅は丸じゃ!切っちゃいかん!!」
「え〜、なに?これだけの量丸めるの?それって非効率的じゃない?」
「僕ものし餅だな。京都に行くまでずっとそうだったし」
「昔から餅は丸いと決まっています!」
何やら庭が騒がしい。
何事かと廊下に出てみると、燭台切が障子の桟を拭いていた。
「どうした、燭台切。お前は雑煮の係だろう」
料理の腕が立つ者たちで、数日がかりでお節を作ってきた。あとは餅と雑煮である。その、雑煮係がなぜ掃除をしているのか。
だが、燭台切はちらっと長谷部を見ただけでまた黙々と桟を拭きはじめた。
めずらしく、機嫌が悪いらしい。
燭台切が拭いているのと反対の障子を開け、外の様子を見る。
そこには、餅つきの臼を前に陸奥守、秋田藤四郎、加州、安定がいた。たしか少し前に御手杵と同田貫が餅をついていたはずだ。
「丸餅!」
「切り餅!」
「主さまの口に入るのは丸です!」
「忙しいんだから効率的に!」
どうやら、餅の形について言い争っているらしい。確かに食は郷土の思い入れが強くなる。
「燭台切、あれを収めなくていいのか?」
「収めるも何も、僕のせいだって追い出されたよ」
燭台切の事だ。「お雑煮は切り餅?丸餅も作る?」と気を利かせたのだろう。それがまさか喧嘩の火種になるとは。
「仕方ない、収めてくるか」
「長谷部君が行ったら丸餅派が増えて収集つかなくなるよ」
燭台切の言葉に、うっ、と足が止まる。─確かに、丸餅派だ。そうなると加州が和泉守や堀川を呼んでさらに混乱する。
「はいはい、みなさーん」
ぱんぱんと手を打って妹主が庭に出てきた。
いつもは水干姿に黒く艶やかな髪を背に垂らしているが、今日は流石に襷掛けに、髪を高い位置でまとめている。
「ぱっと半分に分けて切り餅、丸餅を作りましょう。安定さん、加州くん、もし丸餅係より早く終わったら、残ってるお餅全部切り餅にしていいですからね!」
「主〜!」「酷いです〜!」という陸奥守、秋田を無視して妹主が二階を見上げる。
「燭台切さ〜ん、お雑煮、お願いします!おすましタイプと具だくさんタイプで!」
窓の所にいた燭台切にそう呼び掛けた。
「わかりました!」
雑巾を長谷部に渡して燭台切が小走りで階段を下りて行く。
ぽんやりとして見えて、くせ者揃いの本丸を仕切る腕は確かだなと長谷部は思った。


一年の締めくくりの食卓。
年越し蕎麦に年越しうどんをしっかり用意していた料理チームのおかげで、餅のような騒ぎにならず皆が自分が思い入れのある方を選ぶことができた。
天ぷらにお浸し、熱い汁に付け汁。
天かすや葱、油揚げに生姜などのトッピングが用意され思い思いに自分の椀に取る。
そのうち「蕎麦つゆにうどんは合うのか?」だの「きつねうどん天ぷら増し増し」だの「うどんと蕎麦、ハーフで」などとカオス化してきたが、出身の垣根を超えるのはやはり「食」である。
食を楽しんだ後は皆風呂に入り、短刀や打刀の中で夜更かしが苦手なもの、べろんべろんに酔った大太刀はもはや布団に入っている。
残った者は冷えきった縁側に火鉢を出し、除夜の鐘を聞いている。
「この近くに寺があるとは気付かなかったのう」
しみじみと鐘の音に聴き入っているのは山伏国広である。
「多分、政府の人間がテープで流してるんですよ」
鼻で笑うような言い方になってる妹主は、少し酔ってるのかもしれない。
「てー…?」
「あ、なんでもないです」
さっといつもの主に戻る。
「姉上はもうお休みになられたようですね」
火鉢を囲む面々に姿がないのを長谷部が指摘する。
「多分、明日の年頭の挨拶を考えてるんですよ。それと、初売に誰を連れていくかメンバーの絞り込みでしょう」
「初売り?万屋ですか」
「いーえ、現代でーす!」
「現代!それならばこの長谷部をぜひ!」
昼間思っていたことが早速叶うと自分を売り込む。
「現代かぁ…僕たちも行ってみたいよね、兼さん」
「そうだな、江戸はどう変わったのか見てみたいもんだ」
「わしも、もう一度行ってみたいのお」
「できれば沖田君の家の辺りをみたいな」
「無理じゃない?現代はずいぶん変わったって言うし」
「現代か。…その時代にはどんな雅な物があるのかな?」
「カカカカ!除夜の鐘を聞きながら煩悩だらけだのう」
『現代』というものに想いを馳せる皆の言葉に山伏国広が笑う。
「兄さん酷いよ。煩悩じゃなくて希望。妹主さまにもありますよね」
堀川が妹主に振ってくる。
「希望……」
そう考えて
「電気、早く支給してほしい……」
頭を抱えた。
「カカカカカ!主殿も深い煩悩をお持ちであるな!」
山伏の大きな声で笑われて、何だか主は身の置き所がない。
でも、みんな吊られて一緒に笑っている。

まだ、一年足らず。
それでもこんなに笑い合える、冗談が通じる。
この本丸はそれでいいのだろう。
頑張れば電気はいつか支給されるだろうし、地道に出撃や鍛刀していれば新しい刀に巡り会える。
その先のことはわからないが、この本丸に来た刀剣男士は大切にしたいと思う。

「そろそろ日付が変わる頃でしょうか」
もう、いくつ鐘の音を聞いたかわからないがそれくらいはたつだろう。
主はそっと手を合わせる。
「おや、主殿。何か願い事があるのか?」
「ええ、ありますよ。一番大事なお願いが」
「それはまた大仰な」
痛い程冷えた空気を吸い、言葉を発する。

━新しき年に、良きこと数多ありますように!

終。

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