雑記棚

□でんきがほしい!
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電気がほしい!

「「主さまー!!」」
主は、部屋の中の書物を長谷部と燭台切に手伝わせて整理している所だった。
そこへ平野と秋田の二人が飛び込んでくる。
他の本丸に手合わせに行ってきた二人は、戦装束も解いてない。
「主さま、『でんき』が欲しいです!」
「『でんき』があると便利だと言っていました!」
あー、と主は天を仰いで額に手を当てる。そのままショートボブの髪をわしゃわしゃとかき回した。
『時間遡行装置』は便利だ。思った時代にいける。
妹主が陸奥守と2016年に買い出しに行き、小さな東京タワーのボトルをツリーに見立てて光るコースターで下からライトアップ、 はなかなか良いアイデアだったが、『電気』という物の存在を知る危険も孕んでいた。
随分早くバレたなと思うが少なくとも21世紀初等に飛んでくれたのは妹に感謝する所だろう。バブルまっさかりの20世紀後半に飛ばれたら目も当てられない。
「電気は一瞬で明かりがつくし、消し忘れても危なくないそうです」
「厨の仕事も楽になるそうです!」
「お掃除も!」
「お洗濯も!」
あー、と言う溜め息とも苦悩の声とも言えるものが思わずもれる。
「平野、秋田!主を煩わせるとは何事だ!」
長谷部が二人を一喝した。
「待って。平野くん、秋田くんその話、どこで聞いたの?」
燭台切が膝を折って二人の顔を覗き込む。
「さっきの演練です」
「とうきょうたわーが光るのが綺麗だとお話したら、ウチの本丸はどこでも明るいと言われました」
「お洗濯も手で洗わなくていいと言ってました」
「くっきんぐひーたもあると言っていました」
「お掃除も、ろぼっとがやるそうです。他の本丸はくりすますつりーもあるそうです」
「どこの本丸だ、そこは」
主は今度は呆れて溜め息が出た。
まず、平野と秋田が他の本丸の刀剣達との会話で東京タワーボトルをライトアップすると綺麗だ、と話したのだろう。
それに対し、オール電化した城の刀剣男士がそのハイテクさを自慢したに違いない。
可愛らしくても負けん気は強い平野と秋田がウチの本丸も!と帰着早々やってきたのだろう。
随分性格のひん曲がった男士がいたものだ、どこをどう間違うとそんな風に育つ、そこの主叩き切ってやろうかと思うがさすがにご法度である。
「そんなもの、主から頂いた二つの手でできるじゃないか!」
「押さえて、長谷部君。平野くんと秋田くんはそういう『電気』が欲しいの?それとも、悔しいの?」
燭台切の質問に、平野と秋田は顔を見合せる。
上手いものだ、と主は思う。
長谷部と燭台切、硬軟取り添えだなと心の中で笑った。
「悔しい…です」
平野が手を握り締める。
「『東京たわーぼとる』本当に綺麗ですよね!僕たちそれを言いたかったのに、自慢されて…」
怒りから悲しみ、落胆へと秋田の表情が変わる。
「平野、秋田こちらへ」
二人を自分の文机の前に呼んだ。そのまま座らせる。
「秋田、平野。お前たちはいつも良くやっている。感謝しているぞ」
向こうで長谷部が「わたくしにもその言葉をー!」と言っているが、それは燭台切に任せた。
「出来たての本丸に、主が二人もいるのに何とか切り盛りしてる不甲斐ない城だ。どうか許してほしい」
そう言って頭を下げた。
「そんなこと、ないです!」
「こちらこそ、出過ぎたことを申し上げました。どうかお許しくだい」
主が頭を下げたことに二人はうろたえる。
「この城は出来たてで、装備も心許ない」
そうなのだ。歴史を改竄しようという輩に対抗するため、戦力増強として新たな城が次々と造られている。ここはその一部だ。
「だが、歴史遡行軍の討伐に精を出せば色々と褒美を取らせてくれるらしい。お前たち期待しているぞ」
「「はい!」」
平野と秋田、元気に返事をする。
長谷部の「その言葉をわたくしにも〜」というのを無視して二人を下がらせた。
「はぁ…電気、か…」
思わず机に突っ伏してしまう。
「主もでんき、とやらが欲しいのですか?」
いつのまにか燭台切が茶を入れてきた。
「欲しいと言うか、まあ現世では普通にあったものだから、あれば便利だな」
「便利、と言いますと」
「茶を台所まで取りに行かなくてもいいとか」
「火鉢がありますよ?」
「夏も火鉢と言うわけに行くまい。あと保存食をそれ程作らなくてよくなるとか」
「あれはあれで楽しいですが」
「お前はな。この本丸を養うには保存食作りも総出の一日がかりだ。演練にも出せん。この本丸で唯一政府に掛け合って認めてもらったのは井戸ポンプだからな」
そう、政府に本丸の主に姉妹揃って抜擢されたはいいが、水道なし、トイレ旧式、食糧自給自足というないない尽くしだったのだ。
それを何とか政府の担当者とやり合って(脅しとも言う)作らせたのがポンプ式井戸だった。
あの「ゥヴォーター」な井戸である。
水さえあれば、水洗トイレに改造するのも訳はない。
「…『でんき』があればアイスクリームも買い置きできますか?」
ふと燭台切が興味を示したように尋ねる。
「買い置きどころか、自作もできるぞ。現世から材料を買ってくれば」
「本当ですか!じゃあ本当に美味しいアイスクリームの作り方を覚えておきますね!」
料理が大好きな燭台切が俄然張り切る。
「ちょっと待て、燭台切。あいすくりーむ、とは何だ?」
「あれ?長谷部くん知らない?万屋に売ってるよ。主のお供や、他の子たちと行った時に時々食べるけど」
「知らん!というか何で勝手に他の刀と出かけてるんだ!?」
「えっ?荷物持ちとかいるでしょ?」
万屋、と聞いて主の口から
「というか、あの万屋は何なのだ?サングラスだのフラワ○ロックなど売ってるくせに、トイレットペーパーや化粧品がないとか…」
思わず愚痴が出る。
「ではあの万屋を成敗して」
「やったところでどうにもならん。次の日に別の万屋ができてる」
「しかし、燭台切を惑わす甘味があるとは…」
そろそろ違う斜め上に話題がずれてきた長谷部に小粒銀を渡した。
「主さま、いったい…?」
「燭台切と二人でアイスを食べてこい」
「しかしまだ書類が…」
「電気で頭を悩ませたら疲れた。休憩だ。長谷部と燭台切、お前たちも飽きるまで休んできていいぞ」
いそいそと長谷部が燭台切を伴なって出ていく。
それを見届けてから、思い切り畳の上に寝転がった。

人心掌握、飴と鞭、メンタリズム、どう言っても面倒ばかりだが、城の経営自体がこんなに難しいとは。
当面の問題は電気か。

「…ファンヒーター欲しいな…」
思わず本音が口に出た。


終。

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