雑記棚

□DKくりんばを書こう!
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そいつと会ったのは、入学式の翌日の昼だった。
正確には入学式の日に会っているのだが、あれは見ただけなので会った部類に入らない。
とにかく、会ったのは新生活2日目で、昼休みだった。
だれも来ない所で昼飯が食べれる、となればやはり屋上である。
鍵なんて関係ない。引き戸を外してしまえば簡単に開くのだ。
4月にしては意外に暑い日、日陰を求めて機械室の裏に回る。
だが、既に先客がいた。弁当を脚に乗せマイボトルで水分を補給してる男─大倶利伽羅だった。
学ランをボタン全開にし、目つきのキツイ男だ。
「失礼した」
「いや」
意外にきちんと返答が返ってきた。
では、どこか他に場所を探そうか、と見回した所で出入口から死角になるのはやはりこの機械室の裏しかない。
仕方ないので日向側の壁にもたれてコンビニおにぎりのラップを開けた。
ちょうど一つ目のおにぎりを食べ終わった後で
「おい」
と大倶利伽羅から声をかけられた。
「喉渇かないのか」
確かに、水分がほしい。だが今日は急いでいて、飲み物を買うのを忘れていたのだ。
「飲め」
建物の角からにゅっと腕が出てきて、マイボトルを渡される。
「だが、しかし」
「遠慮するな。兄貴が余分に入れている」
確かに、登山をするのか?というくらいの容量はある。
「潔癖症か?」
「そんなことはない」
「では飲め」
すまん、と一言謝って一口飲んだ。

なんだ、これは!今まで飲んだ冷茶は何だったんだ!こんな美味い茶が存在するのか!?
「悪いが…茶の銘柄を聞いていいか?」
「知らん。兄貴が適当に買って、適当に入れている」
「適当でこんな味が出る訳がない。素人が冷茶を作るとこんな旨味のあるお茶にはならない。もっと渋い茶になるんだぞ」
「そういうもんか。あれは料理全般が趣味の男だから何かしているんだろう」
自分の兄弟なのに、随分そっけない話し方だ。
もしかしたら、良く出来た兄、というものが嫌いなのかもしれない。
とりあえずもう一口飲んで相手に返した。
二個目のおにぎりを食べ終わる頃にはまた茶を進められたので、大倶利伽羅という男は見かけは怖いが、悪い男ではないんだろう。
昼飯を食べ終わり、特にお互い何もしゃべらず予鈴が鳴るまでそこで過ごした。
屋上を出たあと、大倶利伽羅が外した引き戸を嵌め直して更に体当たりで鍵をかけたのを見て、今度俺もそうしようと思った。

そんなこんなで、屋上で昼飯を食べるようになって1ヶ月。
大倶利伽羅と並んで昼飯を食うようになった。大倶利伽羅の弁当は本当に美味そうで、いったいどんな母親かと思ったが、作っているのは件の兄だそうだ。
ちなみに、初日に弁当を屋上で食べていたのは兄が作った弁当がデコ弁だったから、らしい。
「大倶利伽羅、明後日のテストどうだ?」
「基本憶えたからいい。あとはヤマ勘が当たる兄貴に聞いとく」
「ヤマ勘って…」
「あれのカンは外れない。入試もそっくりそのまま出た」
「すごいお兄さんだな、料理が出来て勉強もできる」
「それは別の兄貴だ」
「お兄さん二人もいるのか」
「あと弟」
なるほど。あまり末っ子らしくないのはそういうことか。
そんな大倶利伽羅はなにやら頭を抱えている。
どうした、と問う前に大倶利伽羅が
「山姥切、家で勉強しないか」
「え?」
「もうテスト勉強は必要ないならいいが」
「いや、そんなことはない。テスト前に勉強時間をたくさん確保できるにこしたことはない」
「助かる。あの兄貴と二人切りは…」
つまり、そういうことになった。


大倶利伽羅の家は、駅前の通りを一つ入った住宅街だった。
家の前に『Cafe Torch』と書かれた看板が出ている。
あ、と大倶利伽羅が呟いて一歩足を引いた。
「伽羅ちゃんお帰り〜〜〜!」
カフェの内側からドアが開く。
「伽羅ちゃんお帰り!今日はどうだった?お弁当美味しかった?残してない?炒飯にピーマン混ぜたの気づいた?」
長身で黒のギャルソンの格好をし、右目を髪で隠した男が大倶利伽羅を抱きしめんばかりに出迎える。
「あっ!もしかして伽羅ちゃんのお友達?」
こちらを見てそのギャルソンが言った。
「友達っていうか何て言うか」
「あ、僕は燭台切光忠。いつも伽羅ちゃんがお世話になってます」
ぺこり、と丁寧な挨拶に
「山姥切国広です」
つい普通に返してしまった。
「光忠、いい加減中に入らせろ」
大倶利伽羅が痺れを切らしたように言う。
「あっ!ゴメンね。さあどうぞ、入って!コーヒーは何がいい?あっ!これは僕からご馳走!」
「別に、勉強しに来ただけだ」
「今日は鶴さん早いもんね。伽羅ちゃんの部屋に行く?何か食べる?」
「ホットサンド」
「オーケィ。山姥切君は?ホットサンドはタマゴかハムチーズだけど、パスタもパンケーキもワッフルもあるよ」
「…ハムチーズのサンドで」
「オッケー」
楽しくて仕方ない、と言うように光忠という男はカウンターに入っていく。客席から「燭台切は相変わらずだねぇ」という声が聞こえた。
大倶利伽羅の方は、店と家を区切る上がり口に立って手招きしている。
そこで靴を脱いで大倶利伽羅の後ろから階段を上がる。
部屋は結構片付いていた。広くはないが、機能重視のレイアウトになっている。
ベッドとクロゼットの間に折り畳みテーブルを出して大倶利伽羅がかばんの中身を出す。
「びっくりしただろ」
「ああ、うん。明るいお兄さんだね」
「そっちじゃなくて」
大倶利伽羅の言葉に首を傾げると
「苗字、違っただろ」
指摘されてようやく気づいた。あまりの燭台切さんのブラコンっぷりに全て吹っ飛んでしまったけど。
「…そういう家もあるんじゃないか?」
「そうか…」
少し重くなった雰囲気を吹き飛ばすように
「コーヒーとホットサンドお待たせー!」
と燭台切さんが入ってきた。
「コーヒーはブレンドにしたけどいいかな?」
さっさっさっとテーブルの上におしぼりにコーヒーカップとソーサー、ミルクとシュガーポットにホットサンドの皿を並べる。
「はい、どうぞ召し上がれ」
ウキウキとした燭台切さんの雰囲気に流されホットサンドにかじりついた。
「…美味しい」
パンとハムとチーズ、たったそれだけなのに、なぜこんなに美味しいのか。
「本当!?よかったぁ。あのね、これは…」
「光忠」
長々と語り出しそうな燭台切さんを追いだし、大倶利伽羅がコーヒーをがぶりと飲んでサンドにかじりつく。
「大倶利伽羅の中身は何だ?」
「試作品。この前自家製ツナを作ってたから」
食うか?とこちらに差し出す。
熱々のツナマヨ、というのに少し戸惑ったが、一口頂戴することにした。
「…美味い」
「そうか」
「何が入ってるんだ?普通のツナマヨじゃないだろ?」
「普通だよ。普通にあれが作ったツナマヨ」
「ツナは手製じゃない!普通はツナ缶買ってきてマヨ混ぜるだけだ」
そういうものか、と大倶利伽羅は呟いて残りのツナマヨサンドを食べた。
自分もハムチーズサンドを食べコーヒーを飲み干した。
もう一杯コーヒーが、というタイミングでドアが開く。
「伽羅坊お帰り!やあ君が伽羅坊のお友達だね!もう一杯コーヒーはどうだい?」
今度は白くきめ細やかな肌に輝く銀髪の人が入ってきた。この家の住人のタイミングは、いったいどういう仕掛けなのだろう。
「あっ、伽羅坊もお友達もカップが空じゃないか。さあどうぞ。ミルクも砂糖も遠慮なく入れていいよ」
サーバーを高い位置のままカップにコーヒーを注ぐ。いったいどこの黒○事だ。
「そうそう!僕の名前は鶴丸国永。光坊と伽羅坊と、もう一人貞坊のお兄さんさ。よろしく!」
「え!?鶴丸国永さんって『糖質と抑鬱状態における思考』を書いた人じゃないですか!?」
「あれー。知ってるのー?」
「知ってるも何も!ベストセラーですよ!」
「あっはっはっ!あれは『優良企業』に対する皮肉のつもりが、何だか色んな産業医に睨まれちゃってね。まあ産業医だって月イチで回ってやってるのに誰も相談に来ない何て愚痴ってるくらいなら、最初っからその企業の体質を暴けって話何だけど、そういうやつほど一定金額もらえる産業医になりたがったりするんだな、これが。さて、雑談はここまで!さあ、国・数・英・社・理、後はなに?保健体育?バンバン先生がテストに出したくて仕方ない所をビシビシ突いていくよ!」
どうやら、鶴丸国永という人は人の癖を読み解く事に長けているらしい。
二人でさてと教科書を開いた瞬間
「やっほー!伽羅ちゃんの友達来てるんだって!?」
と超有名私立小の制服を着た子供が飛び込んできた。
「貞宗!何しにきた!?」
「伽羅ちゃんの友達に会いに」
「出てけ!」
「まぁまぁ、伽羅坊。貞坊の宿題も見てあげるから。さあ!みんなで一緒に勉強しよう!」


鶴丸さんの顔に似合わぬスパルタぶりに、自分も大倶利伽羅も貞宗君もヘロヘロになりながら勉強し、途中夕食を挟んでできる限りのテスト対策をした。
おまけに普段のノートの取り方まで教えてもらえて中々有意義だったと思う。
「じゃあ伽羅坊、山姥切君を駅まで送ってあげて」
「そんな距離じゃないので」
と辞退すると
「送ってあげるよ、伽羅坊が」
有無を言わさぬ笑顔で鶴丸さんが言う。
若き助教授ともなるとプレッシャーの掛け方も違うのか。
「では、お言葉に甘えて…」
「おう」
鶴丸さんには大倶利伽羅も逆らいづらいらしい。
階段を降り、店の中を通る。
夕食にはもうだいぶ遅い時間だが、まだテーブルには客がいた。
「お、君が噂の大倶利伽羅の友達か」
カウンターの、燭台切さんの向かいでコーヒーを飲んでいた客が言った。
「いや、そんなものじゃ」
「昼飯一緒に食ってるだけだ」
仕立ての良さそうなスーツを着た、鈍色の髪の客が笑う。
「そういうのを友達って言うんだろ」
「もう、長谷部くん。あんまりからかわないであげて」
燭台切さんがやんわりと窘めた。
「山姥切送ってくる」
「うん、気をつけて。山姥切君、また来てね。もっと他の物をご馳走するから」
「味見係を増やすつもりか」
長谷部さん、という人の言葉を背に店を出る。
「あの人、常連か」
「ああ、開店からの客だ」
「仲良さそうだな」
「長谷部は光忠のケツ狙ってるからな」
「はぁ!?」
「刑事だから滅多なことはしないだろうけど」
驚きな単語が立て続けに並ぶ。
「刑事の…友達?」
「良くは知らん。店を開く前の話だし、俺は施設にいた」
「もしかして…」
口に上りかけた言葉を飲み込む。
「お前の察した通りだ、山姥切。俺たちは全員養護施設育ちだ。鶴丸があの家を買い取って、光忠が店を開いた時に俺と貞宗が一緒に住むようになった」
「…そうか、悪い事を聞いたな」
「いや、俺は何とも思っちゃいない」
「そうか」
駅が目の前に迫ってきた。スマホで時刻表を見ると、10分程で電車が着くらしい。
スマホを出した時に確認したが、メッセージも着信もなかった。
俺がどこで夕飯を食おうが、全く気にしてないのだ。いるのか、いらないのかさえ。
電子定期のアプリを呼びだし改札に向かう。
「今日は助かった。夕飯までご馳走になって。燭台切さんにお礼を伝えてくれ」
「…伝えたくない」
「何で」
「あいつが舞い上がる様子が目に浮かぶ」
「そうか」
多分、あの人なら大倶利伽羅の様子から察してくれそうだ。
改札に入ろうとして、ふと足を止めた。振り返ると大倶利伽羅はもう出口に向かっている。
「大倶利伽羅」
思わず呼び止めて、戸惑った。─これ以上何を言う気だ?
大倶利伽羅の方も怪訝そうに首を傾げている。
ああ!なんて馬鹿げた真似を!
とりあえず、何か言うしかあるまい。
「また、明日」
やや投げやりな言葉に、大倶利伽羅はびっくりして
そして
手を軽く上げた。
今度こそ改札に向かう。
ホームに出てから振り返ると、大倶利伽羅が、もう一度手を上げて、駅を出て行った。

終。

’16.11.09

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