原作設定short

□If you play with fire you get burned.2
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「おっかしーなーとは思ったんだよ、リヴァイから私の報告書を確認したいって言ってきたの!大方、同じ案件の報告書の作成を私が書く報告書にまとめて、自分の仕事を少しでも減らそうって魂胆でしょう?あっもしかしてあわよくば書類の提出もまかせようと思ってる!?あー誘いに乗るんじゃなかった。自分の部屋で蒸かしたイモでも食べながら書いとくんだった。どうせあなたの事だから書類も随分溜め込んでるんだろう?最近は飼い犬の世話に夢中だったようだし」
「心外だな、そこまでわかってんならこっちはてっきり了承したと思っていたんだが。お前の考えた巨人捕獲作戦案件に今度の会議で賛成票を入れるという条件じゃ不服だったか?…こっちは別に今から帰ってもらってもかまわねぇぞ」
「まぁたまたー、そんな事言って。帰る訳無いじゃないか、せっかく巨人捕獲作戦案が最高会議で通りそうなのにその勢いを消すようなこと…。悲しい事にあの作戦にはね、あなたの高い戦闘技術が必要不可欠なんだ。それを踏まえこんなとこで君の機嫌を損ねるようなこと、わざわざ私がすると思うのか?」
「懸命な判断だ。意図はどうであれな」
「それを見越しての要請だったくせに」
「軽いもんだろう、机上の労働と俺の命じゃ割に合わん」
「むしろ巨人の方があなたに殺されないか心配なぐらいだよ」
「どうでもいいが、捕まえた巨人の世話はてめぇでしろよ。脱走でもされちゃシャレになんねぇぞ」
「それは心得てる。十分な設備と警備に監視、そしてたっぷりの愛情を注いで接していくつもりだよ?…あなたに習ってね」
「は、せいぜい食われんようにな」
「お互いにね…さて、ちゃっちゃと始めますか」
「ああ」

談笑を追え意味ありげな笑みを湛えたハンジが書類の山に手を伸ばした。それを見てリヴァイもハンジが持ってきたのであろう筆記具を手にハンジと同じく紙に何やら字を書いていく。先ほどと打って変わって二人とも無言で、静かな室内に羽ペンで文字を書くカリカリとした音と、遠く外で点呼している訓練生の声が小さく響いた。

腹に一物抱えた二人のやり取りを理解出来ないエレンにはよくわからないが、どうやら二人は仕事をしているらしい。地下街で生きてきたエレンにとってこの世に肉体労働以外の仕事が存在するのは驚きだが接触する気力も無いので黙って口を閉ざす。

「…」

カリカリカリ…パサ。
二人とも真剣な表情で紙に何か書いている。だがリヴァイの方がそのペースは速い。永遠書き続けているハンジとは対象にリヴァイはしばらく紙面を見つめ、読み終わると右下の隅にさらさらと何か一文を書いてそれをテーブルの右側に置きまた違う紙に目を通していく。書かれた紙は積み重ねられそれらはすでに小さい山になっている。

二人の仕事にさして興味も無いエレンだが疲労に微睡んだ瞳でそれを見ていた。これで仕事をしていると言うのだから笑える。地下街では体で稼いでやっと糧を得られると言うのにやはり地上は地下とは違う仕組みで世が回ってるのだろう。労力の伴わない内職以下のこんな仕事で惜しげなく金貨を人に恵んでやるだけの給金が貰えるのだからどうかしてる。血豆を潰して働くより洒落た羽ペンで紙に書くこの作業の何がそんなに偉いのか。仕事とは言えないこんな仕事、誰でも出来そうじゃないか。

ふとエレンは左手でリヴァイが重ねていく紙の山に手を伸ばした。一番上の一枚を取り横になる体を反転し仰向けに紙を顔の上に掲げる。それを見て
「あ、ちょっと」
ハンジが慌てたように声を上げた。
「…」

一面びっしり書かれた文字は手書きだと言うのに規則正しく並んでいてそれだけでどこか重厚さを感じさせる。左下に押された鮮やかな赤い判なんか、いかにも「重要書類です」と見せつけているようではないか。何とも気に入らない。いかにもクソ偉そうなお偉い人間が好みそうなデザインだとエレンは思った。
「何してる」
リヴァイが慌てる事無くエレンの手からその紙を奪い返す。

「お前が読むものじゃねぇ」
「…」

「ねぇ前から言おうと思ってたんだけど、エレンの行動監視しなくて大丈夫なの?」

「…」

「…何がだハンジ」
「あなたがエレンをどう躾けようがそこに私は一切発言しないけどさ。あなた、エレンを日中放ったらかしにしてるんでしょう?それってちょっとまずいんじゃない?正直兵士でもない人間が本部内で自由にされるのは困るよ。守秘義務に背く。これだって一応機密書類なんだからエレンに内容が知られるのはマズイ」
「心配いらん、こいつに字は読めん」
「へ?」
上ずった間抜けな声を上げハンジがエレンを見る。驚いたその目が腹立たしくて眉間にシワを寄せエレンは睨み返した。だがハンジは気分を害する事は無い。
「…地下街育ちって皆そうなの?」
「大抵はな。金の要らねぇ地区学校に通えるのも国民権の与えられた地上の人間だけだからな」
「へーそうなんだ、知らなかったよ。あなたが普通に読んでたものだからてっきり皆読めるものだと思っていたよ。苦労するねぇエレン…でもその方が安心だ。これでいつエレンが脱走しても兵団内部の情報が外に漏えいする心配は無い」

「…」

礼儀も悪気も無い口調にエレンの目は鋭くなるばかり。共にリヴァイの目も。

「…エレン。紅茶を淹れて来い」
「…は?」
リヴァイの急な命令に対応できずエレンの素の声が出てしまった。咄嗟の返事だとは言えこういう時こそ育ちの悪さが窺える。
「給湯室は向かいの部屋だ。汲み置きの水は使うな、奥に手動ポンプの蛇口がある。その水を使え。食器棚の引き出しにオレンジの缶に入った茶葉がある」
「…」

さっさと行けグズ。
目も合わさず冷たく言い放つリヴァイに殺意を覚えたエレンだったがこの男の機嫌を損ねるとどうなるかは身に持ってよく知っている。反抗する勇気はない。しても偉そうな物言いに腹が立つ。何様のつもりだ、自分をペットか何かと勘違いしているんじゃないのか。
わざと聞こえるように大きく舌打ちをしエレンはゆっくり体を起こし立ち上がった。これで少しでもリヴァイがイラついてくれでもしたらまだ気が晴れるのだがリヴァイは表情を崩すことなくまた書類に何かを書いている。それがまたエレンの感情を逆なでした。そんなちっぽけな反抗に何躍起になってるんだ、と言われてるようで。
「〜〜〜…」
だるい体に鞭を打ちカツカツと歩きを早めエレンは執務室から出ていく。バタン!と乱暴に扉を閉めるのは忘れない。
二人きりになった部屋で口を開いたのはリヴァイからだった。

「…ハンジ」
「おっと、失敬。気を悪くしたかな。正直すぎるのが私の悪い癖でね、後でエレンには謝っとくから」
「は、それであいつが泣きべそかく玉だと思うか?」
「え?違うの?…あ、脱走の話?勘違いしないでおくれよ、脱走を担ぐ気は毛頭無いから。まぁ、妨げる気も無いんだけどね」
「違ぇよ。エレンの事はあいつに話したのか」
「あいつ?って…エルヴィンの事?」
「…」
「まさか。話す訳ないじゃん、これ以上あなたとエルヴィンのトラブルに巻き込まれるのはごめんだもの。身がもたない。でも」
「でも何だ」
「報告はすでにされてると思うよ。エルヴィン直属の部下は何も私達だけじゃない。あなたがエレンを捕まえに地下街へ行ったあの夜勝手に立体機動装備一式を勝手に持ち出した事はさすがにエルヴィンの耳にも入ってる。いずれエレンの存在も知られることになると思う」
「…」
「その心配も考慮して、エレンを飼い始めたんだと思ってたけど?」
クスリと意味ありげに笑まれ鬱陶しそうにリヴァイが目を逸らした。よほどエルヴィンという人物にエレンを知られたくないのか、関わりが面倒なのか。深いシワを眉間に湛えながら仕事を終わらせるため手早く報告書に署名していく。書く人物の心情を映すのか心なしか書く文字が荒れて見える。
「にしても。もうちょっとエレンに優しくしたら?あれじゃ愛玩物というより家畜の扱いだよ、ただでさえあなたは誤解されやすいんだから」
「てめぇに言われる筋合いはねぇ」
「はいはい、そうだったね。じゃあまあ…エレンのお茶が運ばれてくるのを待ちますか。ちょうど私も喉が渇いていたんだ」
そう言ってハンジは笑ったまま自分の仕事を再開した。何もかも見透かしてそうでいて核心に触れて来ない物言いが妙に引っかかるが詮索してこない以上リヴァイも彼女を窺ったりはしない。ハンジが口を閉ざした今リヴァイからも話すことも無いのでそこで会話は止み、二人は作業を続ける事にする。
一線を越えそうな危うさを保ちながら行われるくせ者の大人たちの腹の探り合い。そんな事日常茶飯事で、なかなか一筋縄ではいかない大人たちの寄せ集めの場所がここ、調査本部なのだが。それも周知の事実だ。
いつだってそれに気付かないのは子供だけなのである。



「くっそ、あのチビ。人を使用人みてぇに扱いやがって。そのうちぶっ殺してやる」
若干の幼さの残る顔を歪ませながらエレンは給湯室でケトルの湯を沸かしていた。
「何が紅茶淹れろだクソッ…んなに飲みてぇなら手前ぇで淹れろってんだ…頭割って死にやがれ」
聞くに堪えない罵りの言葉を吐きながら今度は食器棚の引き出しを引きオレンジの紅茶缶を取り出す。悪態をつきながらも憎む相手の命令に忠実に従っているのはよほど躾けられたからなのだろう。口ばかりで逆らえもしない、そんな自分自身にもエレンは嫌気がさしていた。以前は散々他人を見下げ踏み台にして生きてきた自分が、まさか今人の言いなりになって生きているとは。それも目的のために利用していたはずのカモ相手に。惨めで情けない事この上ない。
「…」

シュンシュンとケトルが蒸気を吹き沸騰したことを知らせる。エレンは手にしたオレンジの紅茶缶を手に取り不機嫌そうに唇を尖らしそれを見ていた。サビ一つない綺麗な紅茶缶の表面には紅茶を注ぐティーポットの絵と、大きく商品名が書かれている。だがその文字をエレンが読み取る事は出来ない。
「…」

(地上に出れば何か変わると思っていた)
地下街で生活するにあたって読力はさほど必要としない。紙切れ一枚、言葉一言が通用する法律も存在しない無法地帯では学力よりも争奪に勝つ身体力が物を言うからだ。金は土から湧いて出てくるものではないのは皆が知っている事だ。地下街では持っている人間からどれだけ『奪う』かで糧の成り立ちが出来ている、そこでエレンは生きてきたのだ。人を欺く知力と度胸を携え情け容赦ない劣悪な環境の中、まっとうな仕事に就き人権を与えられ法に守られる地上の世界に、いつか自分も住めることを夢見ながら必死に仲間と生きてきた。だが現実その夢は。単なるエレンの妄想だったと今のエレンは気付いている。地上に出れたからと言ってなにも地上で生きてきた人間と同じになれるわけではない。
文字が読めなければ何一つそれが何なのかもわからないし。咄嗟の時にでる言葉もつい粗悪な口調になってしまう。常識や要式も地下とは違っていて戸惑う事も多い、しかしそこで戸惑いを見せると周りから浮いてしまい白い目で見られてしまう。些細な事で、ちょっとした状況で。いかに自分が地上の人間とは違うのかを、見せつけられているような気になるのだ。現にさっきだって

『苦労するねぇエレン…』

「…」
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