原作設定short

□Who'll bell the cat? 2
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●7777hitを踏んで頂きました朔様へ。




「クロ。クロ、こっち来い」
その猫はエレンに従順だった。人間の言葉を理解しているかのようにエレンに歩み寄り招かれた胸に体を預け楽しそうに笑う青年の好きなように撫でられる。その様は子供におもちゃにされるぬいぐるみの様だ。
「良い匂いすんなぁクロ…昼に誰かに風呂でも入れてもらったのか?良かったな飼ってくれる人が見つかって。なら、もうこれいらないかなぁ。今日は班の買い出しで町に寄ったから良い物買ってきたんだけど、お前、これ好きかと思って」
そう言ってエレンがクロに見せる様に差し出したのは動物用の毛を梳く櫛だ。胸の中でそれを目にしたクロが表情を強張らせたのをエレンは気付かなかった。油断していたのかもしれない、クロが虎ほどの大きさの猫でも自分に対して従順なのをエレンはよく知っていたから。自分がする事をクロが嫌がるはずがないと、思っていたのだ。
「撫でられるの好きだろう?綺麗な黒い毛してんのに俺の手櫛じゃちっとも綺麗になんないしな。これで梳くと綺麗になんぞ」
フー…!!
「何だ、怖いのか?痛くねぇってほら、おいで」
珍しく威嚇の唸りを上げたクロに怖じることなくエレンはクロの頭を引き寄せ手にした櫛で頭部の毛を一撫でした

瞬間、エレンの視界が反転する。
「っ!?い、てぇ!」
ガァウ!!

虎のような雄叫びを聞きそれがクロの唸り声だと判断するのにエレンは時間がかかった。突然牙を見せクロに飛び掛かかられ、仰向けにベットに押さえつけられる。爪を突き立てたクロの手ではじかれた櫛はエレンの手を傷付け宙を舞い乾いた音を鳴らし石造りの床に落下する。自分に覆いかぶさるクロを見上げエレンは息を飲む。
「く、ろ…?」

…。

澄んだ灰色の瞳を向け黒猫は、悔しそうにエレンを睨みつけた。



『Who'll bell the cat? 2』




「痛っ…」
「どうしたエレン」
朝食の食器を洗っている途中藁で編まれたたわしに傷口が触れエレンは声を上げた。手に残る昨日の夜に負った傷は血は止まっているものの赤く腫れ痛々しく存在を主張する。
昨日の夜の事が頭から離れなくてつい意識が散漫していた。思考を振り払うため、唇をきつく結び顔をあげ心配そうにこちらを見つめるグンタに向き直る。
「大丈夫です、ただのかすり傷ですから、

『エレン』

「…」
「…?おい、エレン?」



『や、やめろよクロ!ちょ、クロ!!』
昨日クロに押し倒された時の事をエレンは思い出していた。睨み合っていた緊迫の空気を裂くように先に動いたのはクロの方でクロの顔が近づいたと思ったら。気が付いた時にはエレンはクロに口を食まれていた。咄嗟に押しのけようと腕を伸ばすがしなやかで厚いクロの体はビクともせずされるがままエレンはクロに貪られる他ない。野良猫のクセに獣臭さも口の生臭さも感じない、クロの甘い唾液が。舌と共にエレンの口内に滑り込んでくる。
ん、ん、とくぐもった声を出し息が苦しくなりエレンはクロの胸を叩いた。最後と言わんばかりにきつく舌を吸われ口は離れたが、人間同士で行うキスの愛撫のようなそれにエレンの息は絶え絶えだ。呼吸するのが精いっぱいで首筋に顔を埋めてくるクロを拒むことを忘れぼんやりとした意識で天井を見ていた。温かいクロの息が首にかかり、甘噛みで耳を噛まれゾクリとエレンの背が震える。あ、これ。人として超えちゃいけない線超えようとしてねぇ?そう思ったとき

『エレン』
『…ぇ?何、』
『エレン』
『…!』

ドン!
『あ』
はっと。気付いた時にはもうエレンはクロを突き飛ばしていた。ベット下に尻をつかせ驚いた様にこちらを見るクロとベッドの上のエレンの目が合う。
『…ぁ、ごめ、クロ!悪い、大丈夫だったか!?どっかケガしてねぇか』
慌ててクロに駆け寄りエレンはクロに手を伸ばす。ケガはしてなさそうだが、悲痛を我慢するようなクロの目の色は変わらない。だが、それより。

『なぁ…クロ。お前、クロだよな…人間なんかじゃねぇよな…?』


さっき、囁かれた。あの声は。

『クロはクロだろ?な?…それ以外の何でもねぇはずだろ、クロ』
…!ガァウ!!
『あ!クロ!?』
言い聞かすようなエレンの言葉にクロは歯をむき出し怒りの唸り声を上げた。前足で払いのける様に押され倒れたエレンが起き上がったときにはもうクロは地下室の扉を抜け、地上への階段を上る後ろ姿になっていた。
『クロ、どこ行くんだよ』
エレンの呼び止めにクロは振り向くことなくその場を去って行った。クロがエレンに抵抗したのも牙を剥いたのも初めての事でエレンはしばし呆然とその場に座り込みクロが戻って来るのを待つしかなかった。



結局、昨日の晩にクロはエレンの側に戻ってくることはなく朝を迎えエレンは今班の皆と夕食の後片付けをしていた。手に残る傷は大したことは無いが大きく赤い線の残るそれは見る者の注意を引きそうだったので今は包帯の下に隠されている。
「…」
「おい、エレン。どっか体でも悪いのか」
「え…あ。いえ、違います、すみませんちょっとボーっとして」
「…まだしんどいなら部屋戻っててもいいんだぞ。お前の事はハンジさんによく頼まれてるんだからな」
「大丈夫です…心配かけてすみません…」
エレンに苦笑いの顔でそう言われグンタはこれ以上追及する事は出来ず、「ならいいけどよ」と言葉を濁した。考えても答えのない事を振り払うため洗い終わった皿を躍起になってエレンは食器棚へ片付け始めるが、それでも昨日クロに歯向かわれたというショックは拭いきれない。考えないように装っても、意識はやはりそっちのほうを考えてしまう。
(クロがあんなに怒るなんてなー…そんなにブラッシング嫌だったのか…あいつもう俺ん所来ないかな。風呂に入れてくれる新しい飼い主も見つかったみたいだし、昨日結局戻ってこなかったし…猫って気まぐれだもんな。いなくなったところで不思議はないか…。ま、俺も、クロに依存する前に、気付いて良かった。兵士やってんだかんな。執着持っても最後まで面倒見きれるかわかんねーし、クロもその方が幸せに決まってる)

…あ。兵長、本部の用事はもういいんですか…茶でも入れましょうか。
…ああ。

エレンの背後で、グンタと誰かの話し合っている声が聞こえる。でもエレンは頭を占める考え事で忙しい。
(でも…なんであの時。知らねぇ男の声が聞こえたんだろう。部屋にはクロと俺しかいなかったよな。なのに何で人の声なんか…クロが喋ったのか?確かにあいつ、他の猫と違ってデカいし賢いし変わった猫だとは思ってたけど、でも…いやいやまさか。だってクロは猫だし。きっと俺の聞き間違いだ。聞き間違い…)

…あれ。カップが…あ。おいエレン、そこのカップ取ってくれ、おい。
…。
あ、兵長いいです、俺が取りますから

(…聞き間違いなんかじゃない。俺は聞いたんだ、あの声を。昔にあの声、どこかで)
「邪魔だエレン」

不意に後ろから声がしたかと思うと。エレンの右肩から自分のじゃない手が洗われた。びっくりして僅かにその手から離れたエレンをしり目にその手は先ほどエレンが洗い片づけた食器へ伸びていく。手の先にある物をみるとどうやら少し高い所にある紅茶カップを取ろうとしているらしい。
細身の制服から覗く白い手に「ああペトラさん紅茶でも飲むんだな」と読み取ったエレンはその手より先に紅茶カップへ手を伸ばしそれを取った。女性で自分より幾分背の低いペトラがまだ15歳ながら成長期を迎えているエレンに、高い所にあって自分じゃ手の届かない物を取ってもらうようお願いするのは日常よくある事だ。当たり前のようにエレンはそれを取り、それを下ろし、後ろにいるであろうペトラに
「はい、ペトラさん。紅茶でも飲むんですか?って、あれ?」
と笑顔で首を傾げた。てっきり後ろから手を伸ばしたのはペトラだと思っていたのに振り向くとペトラの影はおろか。人すらいない。そこにいたのは

「…クロ?お前なんでこんなとこに。あれ…ペトラさんは…?」
…。
「エレン、お前。今兵長の言った分かったのか」
「ええ?兵長…?」
少し距離をとってその一部始終を見ていたグンタが慌ててこちらに駆け寄ってきた。エレンは顔を上げて辺りを見回すがやはり近くには目を見開いて驚いた様にこちらを見つめるクロしかいない。
「兵長って、誰です」
「兵長が言ったろう、『邪魔だ』って。お前それ聞いてカップ取ったんじゃねぇのか?」
「いえ、下から手が伸びてきたんでてっきりペトラさんかと思ったんです。カップを取ろうとしてたようですから俺が取ったんですけど…ペトラさんじゃなかったんですか?…あ。そういえば、『邪魔だ』って言ったの、ペトラさんじゃなかったな、男性の声…グンタさん?でもグンタさんさっきむこういましたもんね、じゃ誰だ…」
「おい、それって」
「え?」
ニャア。
「…クロ?」

兵長、俺、ハンジさん呼んできます!
叫ぶように声を上げたグンタが食堂室から出て行き、エレンとクロが残される事になった。グンタが何をそんなに急いでいるのかエレンは理解出来ないが自身も何か違和感を覚え小さく鳴いたクロと向き合い、クロを撫でようと手を伸ばし声をかける。
「…な、訳無いよな…クロが喋る訳…クロはクロだもんな。お前は猫なんだ、そうだろ…?」
フーッ…!!
「っ…クロ、」
まるで言い聞かすようなエレンの言葉に腹が立ったのか。クロは不機嫌そうに唸りを上げ睨むような視線を寄越した。クロに伸ばした手をひっこめる事も出来ずエレンはしばらくただ立っていた。何の事は無い、飼い猫に威嚇されたそれだけなのに。エレンの中で再構築されたはずの何かが崩れていく音が聞こえた気がした。
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