原作設定short

□Who'll bell the cat?
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『俺、    さんのこと好きです』
『そうか。俺もだエレン』

(あれ、誰だろう?俺、誰に告白してるんだ?)
微睡む意識の中震えた声で想いを告げている自分の声はどこか聞き覚えがあった。だがそれに答える男の声がどうにも思い出せない。霞む光景は次の場面を映す。



『    さん、今日の夜部屋に行ってもいいですか…?』
『お前は名目上、地下室で俺の監視下に置かれていることになっているんだ。お前は来なくていい、俺が行く』
『…!は、はいっ』
(ああ、これは俺の夢だ)
そう気付いて合点がいく。微睡む意識も鉛の様に重い体もすんなりと理解出来て、重力に任せるように体の力を抜く。これが夢ならいづれ覚めるのだろうし翌朝目覚める頃にはもう覚えていないだろう。抗うことなく眠気に誘われるまま身を任せることにする。



『    さん、明日も…来てくれますか?』
『明日は本部で会議に顔を出さねばならん。今日は無理だ』
『そうですか…すみません』
『明後日の夜に行ってやる。そんな顔をするな』
『はい…』
(…俺は何を必死になってるのかなぁ…その人また来てくれるって言ってるのに、何を不安に感じる事があるんだろう…)



『    さん、今日は
『おい。お前少ししつこいぞ。昨日部屋に行ったばかりじゃねぇか、毎日行ってやらねぇと気が済まねぇか』
『いえ!そんな事は…すみませんでした』
『…今日は行けねぇ、明日だ』
『はい…』
(…)



『言いたい事があるならハッキリ言え、女々しい視線を送りやがって』
『え。あ、いや、そのっ…今日、は、来てくれるの、かなと…すみません…』
『なぁエレンよ、毎日行ってやらねぇと不満か?これでも俺は合間を見つけてはお前と会ってるつもりだ』
『すみません、俺…昔からこうで。聞かないと何だか落ち着かないんです。今感じてるこの幸せが、いつか急に失ってしまうんじゃないかって思って…母さ。母親が死んだときがそうでしたから…すみません、不満は無いんですけど…』
『…』
(ああ…そうだった。母さん死んだのも突然だったな…猫がいなくなるのと同じで)

 
『っ!    さん、来てくれたんですか…明日は、早朝から最終会議だって仰ってたのに』
『エレン、明日は壁外調査だ。勝手な行動で死に急ぐんじゃねぇぞ。食らいついてでも俺の後ろに付いて来い、絶対にはぐれるな』
『はい…!あの、兵長も』
『あ?』
『必ず、帰還してください…生きて帰って来て下さい』
『…ああ、そのつもりだ』
(猫は、いつか自分のもとから離れてくってわかってるからまだ楽なんだ…でも人は、家族は、大切な人は。急にいなくなると、悲しい。あんな思いはもう絶対嫌だ)



 兵長、あっちはもうだめです!
 こっちも巨人が迫って来てます!
 指示を下さい!兵長!  
『っ!』
(あ。嫌だここの思い出。思い出したくない)

『…オルオ!ペトラと共にエレンを護衛しながら馬に乗れ、西にハンジの班がいるはずだそこへ向かえ!グンタとエルドは俺と共にあの巨人をおびき寄せるぞ!』
 はい!
『…!』
(嫌だ。嫌だ、いやだ。いやだ、いやだいやだ見たくない!)


『    さん!俺も一緒に』
『だめだ、お前はオルオと行け』
『嫌です!食らいついてでも来いと仰ったのは兵長じゃないですか!』
『お前がいても足手まといだ』
『兵長!』
『黙って命令を聞け!エレン!手前ぇをここで死なせる訳にはいかねぇ…エルヴィンの命令でもあるからな』
『っ!!』
(兵長…!    さん、    さん、    さん…!    さん…!)


『必ず戻る、心配するな』
『…そんなのわかんないじゃないですか』
『俺の命令がきけねぇか』
『っ…』
『行け』
『…絶対、絶対ですよ、必ず無事で!』
『ああ』
 エレン、急いで!
『…!』
(ダメだ離れちゃ!戻って!戻れ!じゃないと、じゃないと、じゃないと!!    さんが、)


『ハンジさん!兵長、見つかりましたか!?』
『エレン…まだだよ、まだ生存確認はとれてない』
…』
『心配ないよエレン、まだ1日だ。壁外調査を終え帰還に間に合わなかった兵士が3日経って戻ってきた実話もある。    なら大丈夫だよ、きっと巨大樹の上でうまく巨人から逃れながら生き延びてるさ。グンタも、エルドもね。心配する事は無い』
『…そうですよね…そうですよね、兵長に限ってそんな…』
『…』
(覚めて、覚めてくれ頼むからもう、もう…!)


『ハンジさん!生存確認は取れましたか?駐屯兵団から何か情報は』
『…ないよ、まだ』
『兵長…雨も降ってるのに、この寒い中どこに』
『エレン。もうそろそろ、君も覚悟しておいたほうがいい』
『え?覚悟って、何のです』
『君も薄々わかってるだろう!    達とはぐれてもう一週間だ、巨人がうろつく壁外で馬も補充用のガスも無く一週間も生き延びられる可能性は極めて低い。…腹を決めてくれ、エレン』
『…何言ってるんですか、そんな。3日後に帰って来た兵士もいるとハンジさんそう仰ってたじゃないですか!兵長に限ってそんな』
『辛いのは君だけじゃないんだ!エレン!』
『…』
『…彼は人より強いよ。でもそれ以前に彼は人間なんだ。人間が巨人の蔓延る壁外で生き残れる可能性は、限りなく、』
『嘘吐き…』
『え?ちょ、えれ…エレン!!どうしたの!?誰か、誰か来てくれ!エレンが!!』
(いやだいやだやめてやめてくれこんなのもう嫌だ!!こんな記憶、いっそ、いっそ―――!!!)








『…レ、…エレン』
『…ぁ…ハンジ、さん?ここは』
『よかった、目を覚まして…!急に倒れて昏睡状態に陥っちゃってもうどれだけ心配したか!丸一日寝てたんだよ!?何をしても目を覚まさなくてもうホントに…!良かった…    に会わせる前に死んじゃうんじゃないかと思って怖かった、私』
『え…?誰、です?』
『エレンがずっと待っていた人だよ。エレンが倒れた後すぐに連絡が入って3人とも無事に帰還したよ、ほら、    がそこに来てくれてる』
『人…?その猫がですか?』
『え』
ハンジの後ろ、治療室の入口を背にその黒猫はこちらを見つめていた。全身、泥と血だらけで所々包帯を巻かれた体の大きい猫だ。振り返って同じ猫を見たハンジが絶句する。何かとんでもない事を口走ってしまったようでエレンは首を傾げた。
『…猫?冗談でしょエレン。彼が猫に見えるっていうの?』
『彼…オス猫ですか。ハンジさんの猫なんですか?にしても、あいつちょっとデカくないですか。猫の割には…おまけに怪我してるみたいだし』
『ねぇ、帰還が遅すぎて怒ってるのはわかるよ、でも彼も心配して駆けつけてくれたんだから今は冗談言ってないでさ』
『ああ!グンタさんとエルドさん無事なんですね!良かった…』
『…エレン?』

ニャア。

不安げに鳴いた声に呼ばれエレンがそちらを向く。包帯を巻かれた血だらけの猫は目を見開いてこちらを凝視している。人間の様に何かを必死に訴えかける瞳を安心させようとエレンは笑って手を招きあやす様にトゥトゥ、と口を鳴らした。
『よしよし、おいで…お前も、壁の外から来たのか?そんな血だらけで』
『…』
『ここには巨人もいないから安心しな。怖がってないでこっち来い、な?』
猫はその場から動かなかった。怖い物でも見たかのような見開いた目でこちらを見ていた。
『エレン…    って人、覚えてる?』
ハンジが低い声で確かめる様に聞く。エレンがハンジの言葉の意味を理解するための無言の数秒が過ぎ、エレンは言った。知らない人間の名を初めて口にして。

『リヴァイ…それって、誰ですか?』





「―――!!はぁ、はぁ、」
ニャア!ニャア!
散々な目醒めだ。全身に汗をかいて飛び起きエレンは胸を抑える。バクバクと心臓の音が聞こえ必死に息を吸った。悪夢だった。酷く悲しくて、苦しい、もう二度と見たくない光景だった。
涙が溢れそうになるのを堪え横を見るとベッドに乗り上げたクロが心配そうにこちらを見ていた。どうやら夕食後、地下室で少し眠ってしまったらしい。今は真夜中だろうか。城内は静まり返っている。
「お前が起こしてくれたのか、クロ」
ニャア。
「助かった…変な夢見て早く覚めたかったんだ。ありがとうな」
ニャア。ニャア。
「はは、大丈夫だって。もう平気だよ、それに…どんな夢見てたかもう忘れちまった。クロが起こしてくれて本当に助かった」
…ニャア。
「ん?どうした?何か言いたい事でもあるのか?」
急にしおらしく頭を垂らしてか細く鳴いたクロが可愛くて体をそっと抱き寄せてやる。
倒れたエレンが目を覚ました時、血だらけで包帯を巻いた姿だったクロだが治癒は早かったらしくもう傷跡も目立っていない。あの日からどういった訳かクロはエレンに懐き、何かとエレンの側にいるようになった。日中はどこに行ってるのかわからないが夜は必ず寝床を共にして朝まで離れようとしない。猫の癖に甲斐甲斐しくつくす様は犬の様でこそばく感じながらもエレンもクロを拒みはしなかった。
ニャー。ニャー。
何か訴える様にクロがエレンに向かって泣き声を上げる。
「んー?何だよ。言ってる事わかんねぇぞ〜。腹でも減ったか〜?ん〜?」
ニャア。ニャア。ニャア。
「はは。お前が、人間だったらなぁ…言葉を話せたら、お前の言いたいことがわかるのに」
…ニャア。
「でも、まぁ。いつかはお前も俺から離れていくんだろうし、それなら言葉が理解出来ないままのほうがいいな。あんまり情が移り過ぎるといなくなったとき悲しいしな」
ニャア!ニャア!
「怒るなって、わかってるよ。同じところにずっと留まれねぇって性分なんだろ、猫って。だから俺も怒ったりしねーよ。俺に飽きたら自由に生きろよクロ、お前強そうだから他の猫なんか相手じゃねぇだろ。ひょっとしたらお前、巨人より強いかもしんねぇなぁ、ははは。でもここから出ていくまで、それまではたっぷり撫でさせてくれよ?お前普通の猫と違って大きいから抱きしめ甲斐があるんだよ。こう、ギュー…って。ふくく、可愛いなお前」
…。
何か言いたそうな目を向けるがクロはされるままエレンに黙って撫で続けられた。ふと、クロが人間だったらいいのに。という思いがエレンの胸に浮かんだが、でも猫はいつか自分から離れてしまう。そう思うとその言葉を口にすることは出来なかった。
もちろん中には主人に忠誠を誓う猫もいるだろうが必ずしもクロがそうだとは言い切れない。自分を置いて去ってしまう可能性が少しでもあるなら、それならいっそ、このままがいい。明確な言葉を必要とせず、ただ一方的にクロを愛でていたい。そのほうが安心して側にいられるとエレンは思っていた。

いつか失う絶望感に怯えるより、安い観賞の愛を注いで日々の寂しさを埋めることをエレンは選んだ。満たされた想いが唐突に引きちぎられる痛みをもう味わいたくないと心に決めたからだ。だからエレンはちゃんとクロを飼おうとしない。首輪もせずクロの望むまましたいようにしてただ可愛がり、自分のモノにしようとしない。クロが猫だと知っているから、いつか当然来るであろう唐突の別れに備えるために。
だからいつまで経っても、エレンは現実に気付こうとしないのだ。



ニャア。

すすり泣くようなか細い声でクロが鳴いた。届かない何かを手繰り寄せようとする様な切ない声色だが、クロが何を言いたいのか、エレンは考えようとしない。「猫だから何を言ってるのか分かるはずがない」と断定し、クロに手を伸ばす。エレンがクロの頬に触れながら顔を近づける。

「…キレイな灰色なのに。お前の目は何だか、悲しそうな目をしているな」

そう言ってクロを抱き寄せ額をくっつけ合ってクスリとエレンは笑った。猫なのに虎ほどの大きさのあるクロが灰色の目を細め次の瞬間強い力でエレンの体にすり寄る。その姿がまるで子供が泣きべそをかきながら抱きついてくるようなのでエレンは笑ってしまったが、あんまりにも寂しそうに体を寄せるので、腕を目いっぱい広げきつく抱きしめてやる。僅かにクロの体が震えている事に気が付いて
「…泣いてるのか?クロ」

「人間みたいな猫だなお前は…ここでゆっくりお休み。夜が明けるまでずっと撫でてやるから」
そう言ってどちらかが眠るまで、エレンはクロを撫でてやる。それがいつもの事だ。昨日も今日も、明日もきっとこれが続いていく。エレンが現実に目を覚ますまで。




エレンの猫は、本当は猫じゃない。彼は人間で、名をリヴァイと言った。



2014/10/9
*あとがき→
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