原作設定short

□Who'll bell the cat?
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エレンは猫を飼っている。でもその猫はエレン以外の人間には見えない。


今日もいい天気だ。班のみんなの洗濯物を干しながらエレンは気持ちのいい風を受ける。
「エレン、もう体調は大丈夫?」
「あ、ペトラさん。もう平気です、ご迷惑おかけしました」
髪をなびかせ歩み寄るペトラに笑いかけエレンは頭を下げる。ペトラの後ろに広がる草原が風にうねり光沢の波を立たせた。
「辛かったら休んでていいのよ。エレンはまだ療養中の身なんだから」
「大丈夫ですって、ハンジさんも心配性なんですよ。ちょっと倒れただけで今は本当にもう大丈夫です!それにいつまでも寝てたら巨人を駆逐することが出来ません!」
胸を張って言い切るエレンにペトラは「そう」と言ってそれ以上踏み込むことは無かった。何か言いたそうな目をしていたがエレンは気に留める事無くシワが寄らないうちに洗濯物を干してしまおうと手を急ぐ。その時視界の端に1匹の猫が映った。
「あ。クロ」
「え?」
「クロー、どこいくんだ?あんま遠く行くなよー」
ペトラの遥か向こう緑の草原の中に1匹の猫が遠ざかっていくのが見えた。エレンの呼び声に反応して足を止め振り返りこちらを見つめ返す。
その猫は名を「クロ」といい、エレンが名づけてこっそり地下室で飼っている全身真っ黒の猫だ。飼っている、と言っても普段からエレンがクロのエサやトイレの世話を焼いているわけではなく、日中はどこにいるのか姿は見せないが夜になるとエレンのいる地下に撫でにもらいに来る半ノラの猫だ。
彼の行こうとする先は抜けた先に調査兵団本部がある森だ。散歩にでも行くのだろうか。無言でこちらを見つめる目からは何も読み取れない。
「鳥でも捕りに行くのかな。また怪我して帰って来なきゃいいけど」
「ねぇエレン。クロって」
「ああ、いつも俺の部屋に来る猫ですよ。あいつ夜にしか来ねぇくせに俺にすげぇ懐いて…って、あ。ペトラさん、あの猫見えてます?」
「…」
「ですよね…俺があいつの事話すとみんなそんな顔しますよ。気にしないで下さい。はぁ、だから俺いつまでもハンジさんに療養って言われんのかなぁ…でもいつかは、俺の目にも映らなくなりますから」
「え?」
「猫って、ほら。だいたい最後はどっかに行っちゃうじゃないですか。俺、母親死んで家無しで外で仲間と暮らしてる間に、何回か猫飼ってるんですよね。でも最後はみんなどっか消えちまってそのままで…はは、まぁ自分たちの食い物で必死で、美味しい物も食べさせてやれなかったから嫌になって逃げただけかもしんないですけど。今頃どこかで死んでるか、ひょっとしたら誰かに飼われたりしてるのかなぁ…まぁ、そんなだからあいつも、いつかは俺の元から去って行きますって。そうなりゃ俺しか見えない猫の話はもうしなくてすみますし」
「…ねぇ、エレン。その話、兵長は知ってるの?」
「へ?」
驚いた様にエレンはペトラの方を向く。悲しむような、憐れむような。普段ペトラが見せる事のない複雑そうな表情でこちらを見ていた。エレンが不思議そうに見返す。
「あ…ううん。何でもない」
「…」
「私、あの猫はいなくならないと思うわ」
「ペトラさん、クロが見えてるんですか?」
ペトラは振り返り眩しい日差しに目を細めながら、エレンの言うクロがいる草原を見つめる。
「…猫は、見えないわ」
そう言ったペトラはどこか悲しげだった。



今日の夕食は特別だ。オルオが川で釣ってきた魚がついていた。今日の雑務を終え手を洗って食堂に入ってきたエレンは声を上げる。
「わぁ!いい匂いですねっ魚ですか」
「おお、エレンお前もういいのか?」
「っエルドさん!グンタさん!お二人とももう体はよろしいんですか!?」
先に食卓についていたエルドとグンタの姿を見てエレンは二人に駆け寄った。二人とも穏やかに笑っているが着ているジャケットの裾から除く首や手首など肌の部分に包帯が巻かれている。グンタにいたっては頭にも巻かれていて普段の二人には見られない痛々しい姿だ。それを目にしたエレンの表情がみるみる曇っていく。
「…すみません、俺のせいで」
「何気にしてんだよ。お前を無事に帰還させることが俺達の任務だったんだから感謝される覚えはねーよ」
「そうだぞエレン、これは任務だ。だからお前が気にすることは無い」
「…」
「そんな顔するなって!確かにヤバい状況だったが、ちゃんと戻って来ただろう!こんな怪我もじき治る。だから葬式に出るような顔すんな、な?」
「ああ、野宿も悪くなかったぞ。壁外で数日寝泊まりしたのも今じゃいい土産話だ。それにほどよく痩せたしな。あんまり気に病む事はねぇ」
「…はい…すみません」
「謝るのももういいって。まぁ、オルオが釣ってきた魚を食おうぜ。俺達しばらく何も食ってなかったから、今日はペトラのどんな料理も美味く食えそうだ」
「はは、まったく」
「…」

ちょっとー、聞こえてるよ!?

「ははは、聞かれてるぞグンタ」
「ははは」
「…本当に、お二人とも無事で良かった…」
「…」
「…エレン」
「え?」
グンタの声色が変わりエレンは顔を上げた。グンタは眉を上げエレンを睨むように見つめている。
「お前、」
「おい、よせグンタ」
「だがなエルド」
「どうしたの?何エレンの前でケンカしてるのよ、みっともない」
テーブルに料理を運びにペトラが二人の間に割って入ってきた。それでもグンタはエレンから視線を逸らさない。
「…お前、ホントに    兵長の事思い出せないのか」
「…」
「っ!?グンタ!!」
「エレンはまだ療養中なんだ、少しは休ませてやれよ」
「…」
「あの、」
空気が重みを増していく中、場違いなエレンの声が響く。
「    兵長って、誰ですか?」
「「「…」」」
「何でみなさんそんな顔されるんですか」
グンタの目が、怒りから憐れむような悲しむようなそれに変わった。グンタだけじゃない、エルドも、ペトラも。理解出来ないでエレンが周りを見渡すとそこにいる全員がエレンにそんな目を向けている。
「    兵長って、誰なんですか?そんな、何か…有名な方だったんですか?」
「…」
「…なぁ、エレン」
「はい?」
痛さを我慢するような顔で口を開いたのはエルドだ。いつになく静かな声でエレンに言った。
「なら、お前の後ろに立っているのは誰なんだ?」
「…」


エレン。


誰かに名を呼ばれエレンはゆっくり振り返る。いつからそこにいたのだろう、食堂の出口の扉前、オルオと、隣にハンジが立ってこちらを見ている。二人ともエルド達と同じ複雑そうな目をしていた。その後ろ―――

「…あれ?クロ?」
ニャア。
猫の割には体の大きい黒猫が。か細く一鳴きしてそこにいた。
「どうしたんだよ珍しいな。この時間に姿現すなんて。魚の臭いに釣られたか?」
「「「…」」」
「…って、みんなには見えないんだったな…あ。オルオさん、ハンジさん。もう夕食の準備出来てま
「君はやっぱり、まだ療養が必要みたいだね」
遮る様に言い切られエレンの言葉が止まる。ハンジの憐れむような悲しむような目の色が深くなった気がしたが言葉の意味も重みを増していく空気も理解出来ずエレンは困った顔をするしかない。
ハンジも、オルオも、エルドも、グンタも、ペトラも。何か自分の核心に触れるのをためらう様なそんな態度で接してくるが、エレン自身もそこに触れるのをためらわれて深く考えないように目を逸らした。その視線の先に
「…」
クロが、いた。クロも、みんなと同じような目でエレンを見ていた。
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