原作設定short

□Every jack has his jill.
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(…そんな、そんな言い方…へい、ちょ。うぅ)


「…あ、あら…エレン、どうしたの…?」
「…」
「〜〜〜…」


いつも通りの短いリヴァイの言葉が今日はどうしてこんなに鋭利に感じるのだろう。今日は兵長に怒られに来た訳ではないのに。むしろ褒めてもらいに来たはずなのに。
最近ほとんどの仕事を彼女が片っ端から済ませていくものだからエレンはやる事がなく、それでも何とか兵長に褒められたい一心でずっと裏庭の草むしりばかりしてきた。今日なんか昼食を抜いてまで徹底して雑草を抜き切り、綺麗になった庭を見てもらおうと兵長を呼びにここに来たのだ。そうしたら彼女に先を越されていて2人で楽しそうなお茶会をしていたのでつい邪魔したくなり棚の整理を自ら申し出た。それがこの結果だ。僻みすぎてドツボにはまっている。

(…仕事も、掃除も、紅茶淹れるのもダメなのに、兵長にも…怒られ、)

ひたすら短い呼吸を繰り返し手に持つカップをエレンは握りしめる。俯いて滲み出る涙がこぼれそうだが、泣くのを我慢した汚い顔をリヴァイに見てほしくなくて、唇を噛んで下を向き続ける。怒られるのはしょっちゅうの事だが、今だけは怒られたくなかった。彼女の目に兵長に怒られてる自分はどう映ったのだろう。さぞ心の中で笑っていることか、それとも相手にならないと思ったか。自分が愚図で鈍くて全然使えない人間なのはわかってはいる、だけど。彼女の前でそれを言ってほしくなかった。心底自分がダメな人間だと見せつけられているようでひどく惨めな気持ちになる。もうこの部屋から出ていきたい、二人の前から消えてしまいたい。そう思えてくる。
「…何か悲しいの?どうして泣いてるの?」
「…」

(あぁ、聞きたくない。☓☓さんの優しそうな声)

「ね、エレン。私まだここに来て日が浅いでしょう…?だから、もしかしたら無意識ににあなたを傷付けてきたかもしれないわ。あまりエレンとは話した事なかったし、あなたの踏み込んでほしくない領域に、私が知らずに踏み込んでるのかもしれない…でも、私エレンと仲良くなりたいわ。だって同じ班の仲間なんですもの。ねぇ、エレン。何か気に障ったなら言ってちょうだい?私、エレンを理解できるよう努力するから、貴方の気持ちを教えて…?私、あなたの力になりたいの」

(そういうところが全部嫌です)

ぱたぱたと水滴が滴る感触がしてエレンが目を開ければやっぱり涙が数滴手に落ちて流れていた。堪えていたがダメだったらしい、一度壊決壊した堤防は容易く水の排出を許してしまう。エレンは嗚咽を漏らして泣き始めた。

ぐるぐるつたない頭が無駄にまわる。☓☓に慰められたって嬉しくなんかない、むしろ悔しい、なんでこうもこの人は完璧なんだろう。すこしくらい欠点があったっていいじゃないか。でも可愛いだけじゃないのだ、仕事が出来るだけでもない。何よりもまず、彼女は性格がいい。エレン自身も本当はわかっている。彼女は優しいし、気が利くし、低姿勢だし。彼女を醜く妬んでいる自分にも何の躊躇いもなく慰めの言葉をかけてくれる。良い人すぎて申し訳なくなる。物質的に同じ素材で出来ている人間だとはとても思えないもどに…まったくもって惨めだ、こんな良い人。聖母のような慈愛に満ち溢れたこの人に悪意を向ける事のほうが初めから愚かというものだ。勝とうとか邪魔してやろうとか、そんな事を考える次元の人じゃない。
この人がこうであることに何の問題もないのに、それにいちゃもん付けてたのは自分が彼女に抱いた醜い嫉妬心からだ。結局は勝手に抱いた妬みと負け惜しみによる悪あがき。ああ、まったく自分は情けない。心の狭さが露呈する。兵長にいい風に思われようとしていた自分が浅ましい。もう死にたくなってくる。

「う、ヒック…グスン」
「…」
「あ、ああぁどうしよう…は、ハンカチ水で濡らしてくるわ!そのままだと目が腫れちゃう…!」
「い、いえ結構です、もう結構ですから!うぅ…!」

(だからもう、優しくなんかしないでください!)

がたん!
唐突にエレンが立ち上がった。

「!エレン!?」
「こうちゃと、けーきごちそさまでした!!俺しごともどりばず!!」
がたんばたんだだだ…!
「あ、ちょ、ちょっと!エレーン!…い、行っちゃいました…ど、どうしましょう、リヴァイ兵長」

はーーー…
カチャン。

だばだばに涙をもらし呂律が回らないまま、部屋を飛び出したエレンの背中を見ていた☓☓が振り返る。これでもかというほど眉間にシワを寄せたリヴァイが盛大な溜息を吐いてカップをソーサーに戻す所だった。



「あの…エレンは大丈夫でしょうか…一体、何があったんでしょう、もしかして私またいらぬ事でも言いましたか?
「…お前が気にする事じゃねぇ…あいつは…色々と、面倒なんだ…」
「…面倒、ですか」
「ああ」
「…」
「…ちっ…クソガキが…」
「…追いかけなくてよろしいんですか?」
「今は放っておけ」
「…リヴァイ兵長がそう仰るのならならそうします」
「…」
「私、今日で最後だからエレンとも色々お話したかったんですけど…何だか傷つけてしまったみたいですね」
「気にする必要は無い」
「今までお世話になりました。今日の夜の内に荷物をまとめますので夕食には出れそうにありません。申し訳ないのですが、リヴァイ兵長から班の皆さんに私の派遣先が決まった事、お伝え願えますか?」
「ああ、わかった。俺から言っておこう」
「ありがとうございます…あら?この音…」
「…」

コツ、コツ、コツ。ガタン。
ザーーー…

「まぁ、ひどい雨」
「…」
「…せっかく花壇の花も咲いたばかりなのに。お洗濯も明日になりそうですね…」
「…」

ザーーー…

「ちっ」
ガタン
「あら、どちらへ?」
「便所だ」
「もう紅茶はよろしいですか?」
「ああ」
「では片づけます…片付け終えましたら、私自室に戻って荷造りしますから、これが、私がリヴァイ兵長と話す最後になりますね…」
「あ?別に班が変わるだけで死に別れる訳でもねぇだろ」
「…はい。そうですね…」
「じゃあな」
「…」

コツ、コツ、コツ

「リヴァイさん」
「何だ」
「どうしても私の告白、受けてもらえませんか?」
「…」
「…」
「…俺は断ったはずだが」
「はい…でも、やっぱり…私…リヴァイさんの事、好きです」
「そうか。だが俺は応えられない」
「…」
「もう行っていいか」
「私の、何がいけないのでしょうか…私、ダメな所、ありますか?」
「ない」
「え」
「気に入らねぇ所は、一つもない」
「…」

ザーーー…

「…そう、ですか。わかりました…引き止めてしまってすみません。聞いて下さってありがとうございました」
「ああ」
「実績と徹底した清掃技術との噂の名高い、リヴァイ班に配属出来た事、誇りに思います」
「いや、お前もよくこの班に尽くしてくれた」
「…ありがとうございます…あ、そうだ。兵長、少しだけお待ちを…うん、これで濡れない。余った分で申し訳ないのですがこのケーキ、持って行って下さい」
「…いいのか?」
「ええ。せっかく焼いたんです、兵長にも食べて欲しいんです。…兵長だって、エレンに食べさせたいんでしょう?」
「…」
「エレンによろしくお伝えください」
「ああ」
「…では」

コツ、コツ、コツ
ガチャ、ギーーー…

バタン
「…」

ザーーー…



(あーぁ。やっぱりフラれちゃった。あーんなに、頑張ったのになぁー。私…)

ぼふん。閉め切られた部屋で☓☓はソファーに身をダイブしてブーツを履いたままの足をローテーブルにドカッと乗せた。まだ片づけられていない空のティーセットが振動によりガチャンと荒々しい音を立てる。
(はぁーダメかぁ…リヴァイ班配属ってチャンスだと思ったのにぃ…でもかなり頑張ったよねぇ、一癖も二癖もある変わり者の集団に囲まれて…休憩時間削って雑用こなしたし、対人関係良好にするためなら多少の出費もいとわなかったし。てかホント、思ってた以上にキツかったー。掃除のやり過ぎで手ボロボロ!細かい指摘に胃ズタズタ!何なんなのこの班…実戦強いかしんないけど何で仕事こんなハードなのよ…甘く見てたわーリヴァイ班…)
がっくしと項垂れて☓☓は目を閉じた。実は彼女、影では色々無理をしていたようでここのところ寝不足なのだ。昨日も夕飯を済ませた後はさっきのシフォンケーキの生地を作るのに忙しかった。焼いたのは休憩時間だが、何事も徹底した段取りを立てなければ何事も上手くいかない。そして段取りをこなすには労力がいる。労力には疲労が伴い、その疲れから、今の彼女はもう体力も精神も限界まですり減らしてしまっている。睡魔の波が襲ってくるが何とか耐え、はー、と深い溜息を吐いて天井を見上げた。その顔に花の咲いた笑顔はない。
(…)
2回も、告白したのに。


気に入らねぇ所は、一つもない



(一つもないかぁ…それってこれ以上ない断りの言葉だよねぇ)
はぁ。

気に入らない所は何一つない…ということは彼女の「いい女アピール」は成功していたことになる。評価に色眼鏡はかけない男だ、掃除も料理も仕事も雑務も自分はリヴァイが求める水準をしっかりと満たのだろう。こちらも彼から「よく尽くしてくれた」とお褒めの言葉をしっかり頂いた。ええ、ええ、尽くしましたとも。彼女は胸を張ってそれを言える。だが、ここまでやっても彼女はリヴァイにあっけなくフラれてしまった。気に入らない所はない、不満はない。ということは、悪くない、むしろいい女と評価されているだろう。だが、裏を返せば、
どんなに頑張ろうと、どんなに魅力的な人間になろうとそれでも彼は自分を好きにはなれない。…そういう意味になる。
随分わかりやすい、これ以上ないお断り文句だ。あまりに清々しくて縋る余地もないほど。致命傷をばっさり切られ即死した気分だった。

(…ま、もとから。私が入れる余地なんてなかったしね…仕方ない、もう好きな人がいるんだったらどうしようもないもの。泣きたいけど泣いたってしかたない、諦めるしかないわ。…にしても。ふふ。兵長のあの健気な表現、あの子に伝わるとは、到底思えないんだけどなー…)

クスリと笑って彼女は溜息を吐く。




最近飲む紅茶は泥の味がするからな

(あれは、私に仕事を奪われたエレンが草むしりばかりやってるのをちゃんと俺は気付いてるぞ、って。エレンにアピールしていたの?)

上官の善意は受けとけクソガキ

(昼食休憩もとらずに仕事なんかしてねぇで、少しはお前も休め!って言いたかったのかしら?)

いや、俺はいい。もう一杯紅茶をくれ

(昼食を食べてないエレンの為に、自分が食べる分のケーキをへらしてエレンに食べさせる為、だったりして)

今は放っておけ

(後で俺が慰めに行くから、ってことでしょう?雨が降ったから心配になって、トイレなんて嘘言っちゃって…トイレに行くだけなら、ここに戻ってくるものねぇ。あーあ、まるで茶番だわ)

あいつは…色々と、面倒なんだ…

(そんな面倒な子でも、兵長は好きなんですね)

「…」
今頃エレンは地下室だろうか?泣きながら私が焼いたシフォンケーキ食べてるのかしら?きっと隣には兵長が座って。呆れながらでも、黙ってエレンを慰めてるんだろう。
「…ふふ。」





(私だったら、そんなに兵長に手かけさせないのに)
(あぁでも好きになってもらえなかったんだから言ったって意味ないか)
(あー、ホントに嫌んなっちゃう!)
(でも)

「例え嫌なところがあっても、それでも好き、か…。私もそんなふうに、愛されてみたいものよ…エレン」

まったくもって、あの子が妬ましい。



しばらく鳴り響いていた雨の音が遠ざかり、やがて雨雲の間から差す光が空にかかる虹を照らし始めた。すんとした胸の痛みを抱えながら彼女は一度空に向かって笑い、テーブルの上のティーセットを片付け始める。


.fin
*あとがき→
2014/07/01
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