原作設定short

□Every jack has his jill.
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*名前は出ませんがオリキャラちゃん出てきます。
*兵長とエレン君は付き合う前設定です。



人を妬む姿ほど醜いものはないとわかっていながらもエレンは心の中で呪いの言葉を吐いた。引き攣る顔を見られないよう背中を向け棚を整理しているフリをするが同じ部屋にいれば二人の会話は嫌でも耳に入ってしまう。全く持って聞きたくもない、実に不快だ。まぁ聞こえないなら聞こえないで自分の知らない所で楽しそうに話す二人を想像したりしてそれもまたエレンのとって不愉快になのだが。
「リヴァイ兵長、私が淹れた紅茶いかがでしょうか」
「ああ。悪くない」
「良かった。初めてだったもので少し緊張しました。お口に合って何よりです」
ふふふ。
と、まぁ何とも女子らしい可愛い声で笑う、外見もまんま可愛い彼女が心底憎くてエレンはギリリと唇を噛んだ。

(兵長に声色なんか使って!兵長は絶対に渡さないぞ!…まだ兵長と俺、付き合ってないけど…でも渡すもんか!)

それを知らずかリヴァイが
「最近飲む紅茶は泥の味がするからな」
と言い放った。いつも兵長の紅茶番をしていたエレンはここでちょっと心折れた。



「初めまして、☓☓です。今日からしばらくの間リヴァイ班に期限付きで配属となりました。至らない事が多いかと思いますが、皆さんのお力になれるよう努力いたしますのでどうかご指南のほどよろしくお願いいたします」

コロコロと鈴が鳴るような愛らしい声に、大きい瞳と可愛いベビーフェイス。肩まで伸ばされた髪はよくすかされていて風になびく度ほのかに甘い香りが香った。皆と同じ制服を着ているがどこか清潔感と隠しきれない上品さを漂わせて、まさにThe・女の子!を絵に描いた人物だ。漫画になったら何の苦労もせずにヒロインの座を射止めてコマに初登場するときは彼女の周りには沢山の花が描かれることだろう、そのぐらい可愛かった。諸々の事情で派遣される班が決まるまでの間リヴァイ班に加わる事になった彼女を班全員の前で兵長に紹介された時、単純にエレンは「うっわ、すげー可愛い人だな」と思った。見とれていた訳じゃなく外見がこんなにいい女性がわざわざ兵士にならなくても街で働き口を探せば職は色々あるだろうに、と思ったのだ。
花が咲いた笑顔で笑う彼女をエレンは笑顔で歓迎した。だが他のメンバーはそうでもないようで

(こんななよなよした女、戦場で役に立つのかよ)
(自分の身も守るので精一杯なんだ、足手まといにならなきゃいいが)
(無駄に品のある物言いで兵長に取り繕うって魂胆だろうが、俺がいる間はそうはいかねぇ…)
(そんな小奇麗にしたってそのうちその制服も泥で汚れるのよ…リヴァイ班の掃除の徹底さを甘く見てるわね)

とそれぞれが不信感と威嚇を腹に含ませて彼女を見ていた。人間、誰しも自分より優れた他人を初めから受け入れる事は出来ないのだ。その完璧な容姿と振る舞いをもつ彼女よりも年下で入兵も遅かったエレンは先輩たちが巻き起こす波乱の嵐をただ見ているしかない。どうか☓☓さんが泣いてこの班嫌です実家に帰りますなんて言いませんように、と心底祈った。それが3日前のことである。

「え?☓☓?ああ、あいつ、初めて見た時はリヴァイ班なんかに馴染める訳ねーって思ったよ、でも今は違うな。あいつよくやってくれてるよ、訓練から雑用までそれも完璧に!」
「人柄が滲み出てんだよな。何言っても嫌な顔しないでアドバイスも聞くし、仕事は細かいし、何より自分の欠点をちゃんと理解してそれを改善しようと努力してる。組手の姿勢一つ、スープの味付け一つ一度言ったらしっかり直してくれる。なかなかいないよなぁあんな出来た人間も」
「ふん、実力はまだまだだが…目上の相手に対しての態度は悪くない。常識も礼儀もしっかりわきまえてはいる…同僚として好感を抱く相手ではあるな」
「一緒に仕事してこっちが教えられる事も多いのよ、洗濯、掃除、買い出し…それに、ほら。男性には言えない悩みでも相談のってくれるし…場の空気も乱さない、媚も売らない、気さくで明るい!同じ女性でも好感持てるのよね。ね、ハンジさん」
「うん、そうそう!私が金欠のとき彼女何も言わずにお金貸してくれたり食べ物恵んでくれたり服のほつれたとこ直してくれたりさぁーもう神だよ!将来結婚するならああいうお嫁さんとがいいなー」
「…まぁハンジさんは特殊な意見だけど…でも皆から好かれてる事には変わりないわね!今やリヴァイ班にはなくてはならない仲間って感じ。エレンもそう思うでしょ?」
ここで思考は今現在の冒頭の文に戻る。



(皆、寝返りすぎだろう!)

☓☓は皆から好かれているとペトラは言ったがそれは間違いだ。リヴァイ班の中でただ一人、エレンだけは彼女を快く思っていない。現に今もぷんぷんと頭から湯気を立たせるほどエレンは機嫌が悪い。

(なんだよ皆☓☓さんの事好きになっちゃって!少しは危機感持てよそのうち☓☓さんにこの班乗っ取られるぞ!)

彼女が来てからというものリヴァイ班の団欒の中央にはいつもにこやかに笑う彼女がいて何事も仕事を完璧にこなす彼女に仕事を奪われいまやエレンの居場所が段々と狭まってきている。もちろん彼女が悪意を持ってエレンを追い詰めているわけはなく彼女を視界に入れない様避けていたエレンが袋小路にはまってしまっただけだが、だとしてもこの人気ぶりはおかしい。いつもへらへら笑っているくせに仕事も雑用もミスが無いなんてそんなの人間じゃない。こうも完璧な人間いるものか。完璧なのはこの世でリヴァイ兵長ただお一人なのだ。エレンはフンッと鼻を鳴らす。

(まったく見ていて、いや聞いていて気分が悪い。せっかく兵長と二人きりになるチャンスだったのに何が悲しくて☓☓さんと3人同じ部屋にいなきゃならないんだ。しかもいつの間にか紅茶まで淹れてきて…それは俺の仕事なんだぞ!兵長の紅茶番は俺の唯一の楽しみなんだ!それなのに自分は気が利くアピールなんかに、それを利用して、ちょっと美味しい紅茶淹れたからって!…ちょ、ちょっと、可愛くて仕事が出来るからって!何だよ皆騙されてんのに気が付いてねぇだけじゃん!)

「はぁ、泥…ですか?何か特別な茶葉でもお使いなのでしょうか」
「さぁな…」

(〜〜…泥臭い、泥臭い…俺の淹れる紅茶ってそんなに不味いのか…?いつも兵長何も言わずに飲んでたけど、そんなに不味いのか俺の紅茶ぁ…!)

「あ、よければエレンさんもいかがですか?一緒にお茶にしましょう、今日、休息時間にお菓子焼いてみたんです」
「え…い、いや、俺はい
「上官の善意は受けとけクソガキ」
「はい…」
「ふふ…今エレンさんのお茶淹れますね」
兵長に言われたら断れる訳がない。渋々エレンは棚から離れローテーブルを挟み向き合って置かれたソファーに歩み寄る。深々と腰を下ろしこちらをガン見するリヴァイの後ろで☓☓は背中を向けエレンの為の茶を淹れていた。

(む〜…休憩時間に菓子焼きました、なんていかにもな女子アピール兵長になんか通用しねぇんだよ!ふんっ…っあ、俺っ兵長の前…?やった!へいちょ、の前座れる!顔見れる!ラッキー、へへっホントは横座りたいけど、ま、まだ俺には早いもんな。前に座れるだけで俺、満足だし…それにそこ、飲みかけのカップ置いてあるし…あ、これ☓☓さんのカップか。マイカップまでピンクの花柄かぁ女子らしいなー可愛い人って何かと小物もかわい
ってことはさっきまで☓☓さん兵長の隣に座ってたってこと!?え、前のソファー空いてんのにわざわざ隣に座ってたってこと!?はぁああ!?なんだぁこの女ぁ!兵長の隣は、んな気軽に座っていい席じゃないんだぞ!)

「お待たせしました、エレンさん」
カチャリ。湯気の立つティーカップをローテーブルに置かれ自動的にエレンの座る位置は決まった。リヴァイの隣でも前でもない、☓☓のティーカップが置かれたその前。つまりは☓☓の座る正面の位置。
「どうされました?さ、お座りになって」
「…」
そう言って自分はさっさと兵長の隣に座る☓☓が憎い。唇を尖らせエレンは指定された位置に腰を下ろし出された紅茶に口を付ける。
(…確かに、味と香りは、俺が淹れる紅茶より美味しい。っていうかうまっ!紅茶ってこんな飲みやすかったっけ?苦味が全然ない、同じ茶葉のはずなのにどういうことだ…)
「☓☓、部下にさん付けと敬語はやめろ。コイツの事はエレンと呼べ」
「あ、はい…でも私はまだリヴァイ班に配属されたばかりなので」
「かまわん、お前はエレンの上官なんだ。コイツに気を遣う必要は無い」
「わかりました、リヴァイ兵長がそう仰るのなら」

(さっきから聞いてりゃ『リヴァイ兵長』って…!『兵長』だけでいいじゃん何で何度も気安く名前呼んじゃってるんだよ!俺だって『兵長』としか呼んでねぇのに)

「あら、リヴァイ兵長。失礼します」
「ん」
「まぁ…髪の毛に糸くずが、ふふ。よっぽどお掃除に集中されてたんですね」

(か、〜〜何、か、勝手に、兵長の髪、触って!俺だって、俺だって兵長のサラサラな髪に触れた事ないのに!)

見せつけるように目の前に座る二人のやり取りを「あ〜〜!」とか、「むぅーー!」と言う顔でエレンは見ていた。仲睦まじそうに並んで茶を飲む二人はまるで親しい友人同士に見える。たっぱの違いはあるがこれでリヴァイが☓☓の肩に手をまわしたりなんかすればまるっきり恋人同士に見えるだろう。どちらも美男美女、もし二人が付き合っても誰も意義はないお似合いすぎ言わずもながらのベストカップル誕生。ああ羨ましい妬ましい!ヒヨっ子新兵の自分が二人の間に割り込む隙など微塵もない。腹立たしい思いで呪いを込めてエレンは二人を黙って見つめる。

「エレン、私が淹れた紅茶どうかしら?」
「え…あぁ、まぁまぁ、ですね」
ガン!
「ぎゃん!」
「上官に注がせといて文句があんのか」
ローテーブルの下からエレンはリヴァイに足を蹴られた。常のリヴァイ班ではよくある光景だが初めてリヴァイの『躾』なるこれを目の当たりにした☓☓が焦った様子で止めに入る。
「り、リヴァイ兵長!どどどうか怒らないであげてください!」
「躾だ、お前は口を挟むな。何が気に入らねぇのか知らねぇがさっきからふて腐れたツラ見せやがって、当り散らしてんじゃねぇ」
「私の紅茶がエレンの口に合わなかっただけですっ感想を求めたのは私からなんですし、どうかこれ以上はエレンに手はあげないでください、お願いします…」
「…ちっ…」
「う、うう…すみません、美味しいです…」
半泣きになりながら謝りエレンは☓☓に頭を下げた。リヴァイは眉間にシワを寄せ足を組みカップに口を付ける。まだ問い詰め足りない様子だが取りあえずは二人を黙って見る事にしたらしい。
ホッとしたのかエレンの言葉に☓☓が手を合わせて喜ぶ。
「本当?嬉しい!よかったらこっちも食べて、違う茶葉を使ったシフォンケーキなんだけどエレンの口に合うかしら…美味しくなかったらごめんなさい」
「…頂きます…あむん…うまっ!ぁ、いや、そこそこおい、いや、まぁ、…美味しいです。すごく…ほんとに…」
「あぁ、よかった!茶葉の量が不安だったから心配だったの!まだあるからよかったら食べてね♪」
「…」

(可愛くて性格もよくて仕事もできて紅茶も美味しく淹れられて、こんなケーキも作れて…そりゃあ、みんなこの人の事好きになるよなぁ。好きになるなって言う方がおかしいよ…)

手に取ったカップの中の紅茶に映る自分を見つめエレンは小さく溜息を吐く。
何をとっても彼女に勝てる気がしない。初めは敵視していた班のメンバーとも簡単に打ち解けて言いつけられた仕事もそつなくこなしてしまう事もそうだが何より、自分が踏み込めない兵長の領域にここに来てたった3日の彼女がすんなりと入れてしまっている事が悔しくて、妬ましくて堪らない。もしリヴァイが、彼女が、どちらかがどちらかを好きにでもなってしまったらどうしよう。どうしようもない、自分は愚図で、仕事も出来ない、紅茶も満足に入れる事が出来ない、ダメな人間だ。誰だってエレンなんかより彼女を選ぶだろう、もちろん兵長だって…
白い布が端に浸した墨汁を吸い黒が広がる様にエレンの心の中の一点の陰りが、じわじわと感情も思考も浸食していく。彼女のする事やる事何もかもが完璧すぎでエレンの癇に障るが、その苛立たしい気持ちは。自分が彼女に劣っていると自覚しているから湧いてくるもので。紅茶の表面に映る自分が、随分と卑しい人間に見える。両目に熱が集まりエレンは堪えるように唇を噛む。

「リヴァイ兵長もシフォンケーキいかがですか?切り分けますわ」
「いや、俺はいい。もう一杯紅茶をくれ」
「…はい。わかりました、すぐに」
「エレン」
名を呼ばれ思考の渦から戻り、ハッと顔を上げれば無表情でこっちを見つめるリヴァイと目が合う。さっきの自分の顔を見られただろうか。すぐに作り笑いを浮かべエレンはリヴァイに応える。
「な、何でしょう兵長」
「…」
「…?」
「お待たせしました、リヴァイ兵長」
カチャリ。☓☓が淹れたての紅茶をリヴァイの前に置いた。そのまま当たり前のようにリヴァイの隣に座る彼女をエレンは横目でちらりと見る。柔らかい微笑みを常に湛えるその上品な顔、ホントは俺をバカにしてんじゃないのか。と、脳内で暴言を吐いた自分が気持ち悪い。

「ねぇエレン」
「っ。はい」
ぱちりとした大きな瞳と笑みを向け☓☓がエレンを見上げた。
「私がリヴァイ兵長のおかわりを淹れてる間、二人で何のお話をしてたの?…あ〜、さては内緒話かしら?ねぇ教えて」
「え…いや、何でもないです」
「いやだわ、私だけのけもの?」
「…そんなつもりは…」
「ふふ、あ。真に受けないでっ冗談よ?殿方同士のお話もあるものね」
「…」
「…あ、ええと…いやだごめんなさい私、冗談下手で。…何かエレンの癇に障った事言ったかしら」
「…」
「気にするな。コイツは今機嫌が悪いだけだ」
「っ。」
ぐぅ、と。リヴァイの言葉が半泣きのエレンの心に突き刺さる。
「そうなんですか…?」
「ああ」
「…」
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