原作設定short

□Full of courtesy, full of craft.
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*エル×エレです。



「俺、団長を抱きたいです」

唐突な内容のその言葉に団長室内の時間が止まった。正確に言えば2人を除いた人物の動きがピタリと止まったのだが聞いている人間からすればそう感じてもおかしくはないだろう。ハンジが口に含んだ紅茶をだばだばもらしながら先ほどの言葉を言い放った青年へ顔を向ける。
「いつもそうしてるじゃないか、外でも通路でもこの部屋に入ってきたときだって人目関わらずいつも私は君に問答無用で抱かれている」
「いえ、あの…抱きつきたい、って意味じゃありません、抱きたいんです…“上”に、なりたいんです、セックスのとき」
「ん?体位のことかい?」
「…ちが
「珍しいな、そっちの方面では君からの積極的な姿勢は一切見せなかったのに。それともこの1ヶ月での同性同士の行為に病み付きになってしまったのかな?」
「あーもう!ちがいますっ俺が団長のケツに突っ込みたいって言ってるんです!意味わかってるでしょう!?なんではぐらかすんですか!!」
「はは、すまないついからかいたくなってね」
言ってる内容に反して穏やかに話を進めるこののほほんとした二人にハンジは寒気さえ覚えてくる。ローテーブルを挟んでハンジの正面に座るリヴァイが「汚ねぇ」と顔をしかめた。二人が同じ部屋、しかも話の内容まで完全に耳に入るこの状況でエルヴィンは上品な微笑みを絶やすことなく青年と堂々と会話を続ける。
「しかしとんでもないことを言い出すねエレン。生まれて初めて男にそう言われたよ、こうもまっすぐ言われると驚きと不快を通り越して何だか新鮮に感じるな」
「そりゃあ…立場的にも体格的にも団長を抱く人って限られてくるでしょうからそうでしょうね。それにそんなこともし言ったら、言っちゃった人がただじゃ済まないだろうなって思いますもん」
「よくわかってるじゃないか。で?それを踏まえた上で、私を抱きたいというのは何故かな。理由を教えてくれるかい」
「まず団長だったら、俺が何を言っても許してくれると思ったからです。他の人が言ったら殺されることでも俺だと、取りあえずは怒らずに話を聞いてくれるかなって思いました」
「ほう、あながち間違いではないな。現に今私は君の思惑道理に耳を貸してしまっているのだから。我ながら不甲斐無いよ、他には?」
「不公平です。俺達…いえ、俺と団長がお付き合いさせていただくにあたって『お互い平等の立場で付き合う』と条件を出されたのは貴方です、二人のときは出来るだけ名前を呼び合う、敬語は使わない…団長、新兵の間柄は関係なく個人として平等に付き合っていきたいと…。なのに、セックスのときはいつも俺ばかり突っ込まれて何だか癪(しゃく)です。それって平等じゃないですよね?持ちつ持たれつ、相身互い攻めて攻められお互いの行いを本当に感じ合うのがほんとの平等じゃないんですか?」
「君の言葉はおぞましい物を連想させるが、取りあえずは、私が言った事を心底理解してくれて嬉しい。他にまだあるかい?」
「…童貞、捨てたいです…」
「それが冠たる理由の気がしないでもないがそうだな。男児に生まれたならその願望は大きいだろう。若いなら尚更だ」
「じゃあいいですよね?今夜なんかどうです?俺明日はお休みいただいてるんで朝までご一緒できます」
「まだ承諾もしていないのにまるで既に決定したみたいな言い方だね」
「団長が初めて俺を抱いた時もこんな横暴な感じだったと思いますが?」
「はは、それを言われると耳が痛いなぁ」
「おい、エレン」
「はっはい!なな、何でしょう兵長っ」
ここで二人の聞くに堪えない甘い世界は怒気の含んだリヴァイの声で一時中断する。
「てめぇは明日の朝、旧本部の地下室の掃除だ」
「ええっでも昨日、明日は午後から兵長と買い出しに街へ行くからそれまでは好きにしろって…」
「てめぇ自分の立場わかってんのか。監視役が側にいねぇなら監視の意味がねぇだろう。今日の夜から明日の午後まで俺のいる旧本部の城から出る事は許さん、やる事がねぇなら自分が寝る地下室でも掃除してろ」
「っ夜も監禁詰ですか!?」
「何か文句があるか?」
「…いえ…ありません」
「当然だ」
「…と、いうことで…すみません団長。今夜は団長と会えそうにありません。…この話は次の機会にお願いします」
「そうか、君と夜を過ごせないのは残念ではあるが安心したよ」
「…エルヴィンさんのバカ…」
「…」
ポツリと呟くように言われエルヴィンが顔を上げればさっきまで威勢よく自分の尻を狙っていた青年は唇を尖らしてショゲテしまっている。後ろのソファーに座るハンジと目が合ったが彼女は「あ、ヤバいもの見た」と言わんばかりに目をそらしハンカチで口元を拭った。触らぬ神に何とやらだ。その隣に足を組んで座るリヴァイは“お前らには興味が無い”と言わんばかりに目を伏せる。口に寄せるティーカップに表情は隠されてるが眉の下がり具合から見て内心ほくそ笑んでいるのは明らかだった。(実はエレンの気付かぬ水面下では日々いい年こいた大人によるエレンをかけた攻防が繰り広げられているのだが、内容があまりにも幼稚で卑俗であるためここに書くのは止めておく。)
静かに息を吐き再びエレンへと視線を戻したエルヴィンは頬杖をつき崩さぬ微笑みで彼を見据える。彼はすっかりベソをかいてしまってこちらに視線を合わせようとしない。が、視線を返さない事に気がとがめるのか、しきりにもじもじと手を動かし何ともいじらしい仕草を繰り返している。一回り以上歳の離れる擦れたおっさんの心を揺さぶるのには十分すぎる行為だ。ムクムクと悪戯心が湧きエルヴィンはゆっくり目を閉じる。
「…そんなに私が抱きたいのかい?」
「…はい」
「困ったな、私にはそっちの趣味は持ち合わせていないのだがね」
「俺抱いといて趣味はないって何ですかそれ」
「だがエレンにならいいかもしれないな」
「っ!?え。ほ、ホントですか…嘘じゃ、ないですよね?」
「…ハンジ」
ヒッ!
名を呼ばれハンジは悲鳴の様な声を上げた。
「この前行った君の勝手な実験により割れた本部の窓ガラスは何枚だったか」
「い、いや…でも、勝手な実験って、言うけど誰でも巨人になれる薬が作れれば人類にとって大きな行進になるじゃん!?それにもうエレン一人に負荷をかけなくて済むし、え、エレンのための実験と言っても過言ではないよ!?薬の配合でちょっと爆発起きちゃっただけでさ、ね。未来への投資だと思えば安いものじゃない」
「何枚割ったと聞いている」
「9枚です」
「その爆発により半壊した屋根や貴重な実験機器や巻き込まれたほかの兵士の治療費は未来への投資に繋がると思うのかい?取りあえずは急きょ兵団の資金から支給したが、本来は君の給与から引き落とすべき出費のはずだ。君の給与からだと、兵士の治療費だけで最低何か月君は無一文で過ごさなくてはならないのかな」
「…」
「君の行いに関しては聊か抗言があるが“未来への投資”については私は賛成だ。いい言葉だと思うな、手始めに未来ある若者の手助けになる行動をしてみてはどうだ?例えば地下室の掃除とか…リヴァイ、明日の掃除はハンジ自ら行ってくれるそうだ。ということは、エレンは明日午後まで時間が余るな」
「…」
「え。えっぇ、エルヴィンさ、あのっ」
「あ?勝手に決めるな、俺はこいつの監視を任されてる」
「そう言えばリヴァイ、憲兵団の兵士からお前宛の苦情があったぞ。この前買い出しに行った街では随分と好き勝手してきたそうじゃないか。私もその兵士への見舞いにわざわざ街まで行ってきたが、その兵士が軽口を叩いただけの割にはなかなか惨たらしい有様だったぞ。憲兵とはいえ屈強な兵士をあそこまで打壊するとは不適当だがあっぱれだ。そんなに“彼”をバカにされたのが腹立たしかったのかい?後先考えず怒りをぶちまけられてさぞ清々しかったろう、まぁこの件の中心に立つはずの“彼”にはお前の指示で何も知らされていないようだが」
「…」
眉を顰めて睨むリヴァイと見透かしたように微笑を湛えるエルヴィンの間でエレンは頭にハテナを浮かべ取りあえず落ち込むハンジを介抱する。3日前街でエレンを罵った憲兵の男をリヴァイが半殺しにしたことはエレンには知らされていない。
「まぁ心情は察するが本来の私の仕事以外の雑用をこれ以上増やされるのはほとほと困るな、どうだろう?ここは本人にも事情を話してみるというのは。件の争いに渦中の本人だけが知らされてないのもおかしいと思わないか?もしかすれば本人も自重しお前が神経を尖らす必要もなくなるかもしれないぞ」
「黙れエルヴィン」
「私も口を閉ざして静かな時間を過ごしたいよリヴァイ。だがすでに私は部下が起こした問題の尻拭いの為に走りまわされたんだ、心身ともにクタクタだよ…ここは相互扶助にその問題を起こした部下本人から何かしら見返りを求めてもいい気がするんだがお前はどう思う?貴重な私的時間を削られた分、情人と過ごす憩いのひと時をその部下から提供してくれてもいいとは思わないか?それが出来ないなら再犯防止を願い“彼”に事情を話し自重してもらうしかないがな」
「…」
「と、いうことでエレン。今日の夜から明日の午後にかけて君には休息を与えられている」
「…えっあぁ、はい…えと…あ、ありがとうございます兵長…すみませんハンジさん…」
「…」
「…」
「…あ、あの…ええと」
「エレン」
「はい」
「私は、今夜9時からなら空いているよ」
「…っ!はい!」
何か自分のわからないところで大人の薄暗い取引が行われた気がするが、エルヴィンの言葉にエレンは舞い上がり沈む表情のハンジと盛大に眉間にシワを寄せるリヴァイの事はどうでもよくなった。再び恋人同士の甘い世界が始まり同じ部屋にいようと他人はもう空気と化す。冒頭の会話の流れから上に乗る事を了承してくれたエルヴィンと夜を過ごせる。初めて恋人の上に乗れる、好きな人で童貞捨てれる、例えそれがでかいおじさん相手でもやっほい!と満面の笑みを見せ痛いほど浮かれている。悪意のない純情もここまでくるとまるで狂気である。
「随分嬉しそうだな」
「当たり前ですよ!俺ひょっとしてこのままずっと童貞のままなのかなって思ってたんですっ正直、団長に話しても怒られそうで言えなかったし…もし、嫌われたりしたらどうしようって、それ思うと怖くて…」
「…嫌いはしないが、それ以外は間違いではないな」
「え?…どういう、意味ですか?もも、しかして、おお怒ってます?」
「エレン」
「はい」
「今夜楽しみにしてるよ」
「は、はい!俺もですっ団長…好きっ」
「そうか。私もだ」
「あ、愛してますっ!」
「私もだよエレン」
「〜〜〜っ…優しく、しますね?」
「ぜひそうしてくれ」
「…ふひ、えへへ…」
悪意のない純情も、ここまでくるとまるで狂気である。

顔をほんのり染め照れながら今夜に想いを寄せるエレンを「あー可愛いなーちょろいなー」と内心愛でながら余裕のある微笑でエルヴィンは見つめる。ネタバレをするがこの男、目の前に立つ、自分を抱く事を夢見る純情な可愛らしい恋人にケツを貸す気などもうとうないのである。
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