原作設定short

□A drop in tha ocean,
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*巨人殲滅後設定。
*エレン君ケガしてます。



海を一言で説明すれば「膨大な量の塩水で満たされた大きな水たまり」としか彼には言えない。想像力も表現力も乏しい彼が15の青年にいくら海を説明しようとしてもそれは美しくない事実ばかりで底の無い魅力を纏わせる真実の海の美しさを教える事が出来なかったのだ。想像と実物では詩と人生ほどの違いがある。彼は自分の伝達能力の非力さに気付き早々に教えるのを諦め次の手段を考えた。教える事が出来なければ海を見せてやればいい、もっと言えば“持って来れれば”いいのだ。景色の一部を切り取る印象派の画家のように自分も海の魅力の一部を切り取って持って帰れば、つたない言葉で表された想像の海よりもいくらかは現実味が増した海になる。青年には、海を手にする権利がある。なので彼は今日も浜辺に立ち青年に送る“海の一部”を物色する。
ずっと見たがっていた海を、青年が一生、見る事は出来なくとも。




巨人を殲滅出来たのが半年前、外地の未開拓地区に向け人類が歩を進めたのが4か月前、団長の指令で兵長がその開拓地に向けて出発したのが、もう3か月前になる。
「エレン、今日もリヴァイから届いてるよ」
数回のノックの後に部屋に入ってきたハンジさんが明るい声で俺に声をかけた。俺は顔を上げハンジさんが持っているであろう小包に向けて両手を差し出す。
「やった!ハンジさんありがとうございますっ」
「ふふ、まるでおやつを待つワンコみたい。はい、これ。開けようか?」
「大丈夫ですっ開けられます!」
「そ。じゃあ私花瓶の花換えてくるね」
「あ、すみません…ありがとうございます…へへ…」
ハンジさんが部屋を出て行って俺は兵長が送ってくれた小包を手探りで開けていく。今日は何だろう、この前は海に住むという魚の鱗、その前は海の中を飛ぶという鳥の剥製だったけど今日の小包は随分小さくて軽い。紙で出来た箱を開いて中に入っている手紙を取り出し最後に中に入っているその“海の一部”を取り出した。それは一つだけじゃなくてそれぞれ片手に持てるほど軽さで、指でつまめるほどの小さい物や楕円形の様な物の表面に細長い棘の様な物がたくさん付いているもの。滑らかな表面で中が空洞になってるのか指がはいってしまうものまである。いくら触ってもそれが何かよくわからなくて俺はハンジさんが戻ってくるのを待つ事にした。
「今戻ったよーエレン」
「あ、ハンジさん。これ、何だかわかりますか?」
「んー待ってねー花瓶窓際に置いて…青いガラスで綺麗だねこの花瓶ー…よし、と。今日届いた物だよね?見せて見せて」
「はい…」
「ああ…これ貝殻だね。海に住んでるカタツムリみたいなものさ、その殻。陸上と違って海に住む貝は種類も多いんだよ?この貝殻の詳しい種類まではわからないけど、小さいのは桜貝かな。綺麗なピンク色だよ、こっちの棘が付いてるのは骨貝、あとの一つは…んー何かなわかんないや…リヴァイの手紙はあった?」
「はい」
「読んでいい?」
「お願いします」
「………」
「………」
「うん、貝の種類までは書かれてないや。でもリヴァイは元気にしてるみたいだよ。相変わらずの癖字で、私の事『クソメガネ』だって〜腹立つ〜」
「そうなんですか…よかった、兵長お元気そうで…」
「人類最強の兵士も巨人がいなくちゃただの現場監督だ。今頃、泥まみれになりながら畑でも耕してるのかなぁ」
「はは、向こうでも潔癖貫いてるんじゃないですかね」
「ふふ…でも、これが“海の一部”かぁ。綺麗な色してるよ?…色、形もそうだけどリヴァイもなかなか、センスがある物を選ぶねぇ」
「え?」
「リヴァイがいる土地ではね、貝殻の穴に耳を付けると海の音が聞こえてくるんだって。手紙に書いてあったよ」
「………」
聞いてごらん?ハンジさんが促すように俺の右手に兵長が送ってくれた貝を一つ握らせてくれた。手探りでその貝の穴を探し、そっとそれを耳に近づけてみる。

……………

「どう?聞こえた?」
「…わかりません…でも、なんだか空気の音は聞こえます」
「そっか。でも迷信でも素敵じゃないか。リヴァイの手紙によると海で育った人間は陸地のどこにいても貝を耳に充てると自分の育った海の音を思い出すらしいよ。きっとエレンに自分がいる外地の海の音を聞いてほしかったんじゃないのかな」
「ハンジさん」
「何?」
「俺、やっぱり行けませんか?外地へ」
「その話は散々したね?」
「………」
「巨人がいなくなったからといって外地はまだ未知の領域だ。野生生物か疫病か、何が蔓延ってるのかわからない地に再生能力と視力を失った今の君を連れて行くことは出来ない。それはリヴァイも望んでいた事だよ?」
「………」
「ね、エレン。リヴァイももう少しで帰ってくるんだから慌てないで。何も連れて行かないとは言ってない、向こうがエレンを受け入れられるくらい開拓できたらリヴァイもエレンを迎えに来るよ、行きたがってる海にもきっと連れてってくれる。それまではリヴァイが送ってくれる“海の一部”で我慢しよう?数年とは言わない、海は逃げないじゃないか」
「………はい…すみません。ワガママを言いました…」
永遠に暗闇に満ちた視界では、今のハンジさんの表情はわからない。声色から怒ってないのは確かだろうけど、宥めるような、何度も子供に言い聞かせるような口気に窺いの色が聞き取れる。
「…さ、もう寝よう、夜も遅い。きっと明日もリヴァイからの“海の一部”が届くよ」
「…はい。そうですね、楽しみです…ハンジさん、この2つの貝、本棚の上に置いてくれませんか?」
「いいよ…って、あー…えれん、本棚の上はもう置き場がないよ。古代魚の骨格標本で埋め尽くされてる」
「じゃあクローゼットの上は」
「そこは海の砂を詰めた瓶にー、でっかいカニの標本にー、流木の置物にー、」
「じゃ、じゃあ、え〜と…て、テーブルの上」
「ここも山ほどのシーグラスにー、海で育つ木の苗木にー、船のミニチュア模型にー」
「………」
「床はヒトデの模様の織物にー、海の生物の剥製にー、」
「ま、窓際でお願いします」
「了解ー、順調に部屋が“海の一部”に埋め尽くされてくねー。花瓶の横に置いとくね、その手に持ってるのはいいの?」
「はい、もうしばらく聞いてます」
「そう。じゃあ明日また起こしに来るから」
「ありがとうございます…いつもすみません」
「いいんだよ、リヴァイにもしっかり頼まれてるからね。じゃあお休み、エレン」
「はい…お休みなさい」
床を歩く音とランプを消す吐息の音。そして閉められた扉の音を最後に部屋に静寂が訪れた。もそもそと体を動かしてベッドと羽毛布団の間に収まる横向きになりながら兵長の送ってくれた滑らかな触り心地の貝殻を耳に充ててそっと目を閉じる。海は「膨大な量の塩水で満たされた大きな水たまり」だと兵長は言っていた。その膨大な量の塩水が寄せては返す波になっているというのだからもっと水のおとがすると思っていたけど案外実物はこんなに渇いた音を鳴らしているのだろうか。やっぱり想像と実物では随分と違う。まるで風が靡いて俺を呼んでるみたいだ。

「………」

兵長が、俺に海の何を伝えたいのかは正直俺にはわからない。宝石のようだという海の青さなのか普通の水とは違う海の塩辛さなのか海の生物の生態なのか。確かに海を見てみたいとはずっと思っていたけど喰われかけた巨人の唾液の感染症で失明した今になって、その願望も薄れてしまった。見る事が出来ないのにどう海を認識すればいいのか俺にはわからない。だけど兵長はほぼ毎日俺に“海の一部”を外地から送り届けてくれる。最初は少し複雑な心境だったけど今は兵長が送ってくれる“海の一部”が楽しみで仕方がない。遠い外地で兵長も同じ音を聞いてるのか、だとしたら俺は今、きっと兵長と同じ海の音を聞いているんだ。同じ海を感じているんだ。俺が海を認識出来なくても確かにここに海はあるんだとそう思うと、さっきまでモヤモヤと胸を渦巻いていた嫌なモノがスッと消えていくような気がした。結局のところ、一人で感じる事が出来ない海は寂しすぎる。兵長が与えてくれる海が俺にとっての海なんだ。
その音に引き込まれるように俺の意識は睡魔の波に攫われる。その先に同じ海に耳を傾けているであろう兵長がいてくれないかな、なんて少し期待しながら。



「……これは、また…」
早朝、毎日見慣れたエレンの部屋だというのに目の前に広がる光景にハンジは息を呑む。昨日の早朝までのエレンの部屋と今のエレンの部屋の違いはたった一つだけ、夜にカーテンを閉め忘れた事だ。それもたった数センチ。中途半端にカーテンを閉め忘れたそれだけの違いでこうも変わってしまった部屋に入る事をハンジは躊躇われた。部屋の扉を開けたまま彼女はしばしその光景に見入る。

そこには“海”が広がっていた。僅かに開かれたカーテンの隙間から差し込む光が窓際に置かれた青いガラスの花瓶を通り抜けエレンの部屋内を淡いブルーの光で満たしていた。しかも中に入っている水が僅かに揺れその光に、水中で屈折する太陽の光がそのままに再現されている。そしてエレンの部屋中に飾られた、骨の標本や剥製の生物たち。青い水の光を帯びた彼らはまるで生きているかのように光差し込む窓に目を向けそこに置かれている。はめ込まれたガラスの目が差し込む光にキラリと光った。
その他にも置かれた流木や海水で育つという苗木、船のミニチュアが揺らめく青い光に水中を漂っているように見え、動かない瓶詰の砂浜の砂、織物のヒトデ、シーグラスはただじっと波の下で息を顰めてそこにいるように思えた。昨日まではただの置物としか見れなかった彼らが青い水の光を受けた今、各々がエレンの部屋を満たす確かな“海の一部”となってそこにいた。初めて調和がとれた音楽のように、それぞれが枯渇していた水の光に満たされ彼らは息を吹き返しそこは完璧な一つの海になる。静寂に包まれ時が止まったかのような錯覚、骨になった古代魚が嬉しそうに泳いでいるかのように見える。
「………」
その光景のあまりの美しさに言葉を忘れハンジはしばし立ち尽くす。
もちろん本物の海とは違うのだろうがハンジも実物の海を見たことがないのでその違いはわからない。広大な領域を誇る海を僅かに切り取り持ち帰ったところでそれは大海のうちのたった一滴の海水に過ぎない。その一滴に何を詰め込んだところで海の神秘の魅力を何一つ語れはしないだろう。
だが確かに、その部屋は海だった。リヴァイがエレンの為に現実の海から切り取った、彼が作り上げた確かな海がそこに満たされていた。その海の中、この光景を見る事ができない青年が一人幸せそうに耳に貝殻を当てて眠っている。


「………」

『あんなに美しいモノをあいつが見られねぇのは何故だ』

………蘇ったのは3か月前のあの日。

『失明したからといって人類のために身を粉にして戦った俺達にあんまりじゃねぇか』

あの時、リヴァイは神様にでも行き場の無いグチを垂れてるのかと思った。だが違った。

『…あいつには海を手にする権利がある』

彼は他でもない自分自身に宣言していたのだ。神に嘆くのではなく、自分の使命を見つけたごとく。





「…立派なもんだねぇ、こりゃあ…」


海で育った人間は陸地のどこにいても貝を耳に充てると自分の育った海の音を思い出すらしい。ならこれからエレンが思い出す海の音は貝から聞こえた「あの空気の音」になるのだろう。世界中探してもそんな波音をたてる海はどこにもない、彼がエレンに送ったあの貝の音がエレンにとって「海の音」であり、そして“海そのもの”であるのだ。遠くにいる友人が切り取り送り続けそして今作り上げた海の美しさに触れ満足そうに彼女は微笑む。その友人が早く帰ってくればいい。この光景をみたら、彼はどんなに喜ぶことか。



それとも恥ずかしがるだろうか。だってこの海は実物と違い随分と








A drop in the ocen.
(海のような彼の深い愛)
(浜辺で見ているこっちが溺れてしまいそう!)





「あなたがエレンに持ち帰る海は、随分優しさに満ちているんだねぇ」
僅かに目を細めハンジは扉をそっと閉め、そのまま自室に帰って行った。エレンの為に創られた海にこれ以上自分が介入するのが忍びなくなったからだ。
例え眠っているエレンがその光景に一生気付くことが出来ないのだとしても、彼は確かに“海”に抱かれていた。それが彼女にはとても嬉しかったのだ。





2014/6/6
*あとがき→
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