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□Curiosity killed the cat.
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Curiosity killed the cat.
(好奇心は猫を殺した)

目の前で夫を巨人に食われた若い女が夫の死体の前で泣き、その横に同じ自分の父親の死体を見ている子供も泣いている。兵士たちにとってそれはよく見る光景ではあったが決して慣れるものではなくましてそれが良く知った同僚ならなおの事。兵団内で二人は出会い結婚し、周りからはおしどり夫婦と呼ばれよくからかわれていたほど仲睦まじい二人だった。子供が生まれてからはなおの事だ、だが。その情景を知っている周りの皆はかける言葉を失くしてただ立ち尽くすしかない。
“これからどうして生きていけばいいの”と女は叫び
“お願いお父さん帰ってきてよ”と子供は泣きじゃくり
冷たく湿った空気は晴れる事はない。それを遠巻きに見ていたエレンがふと顔を上げその場から離れていく。泣いているのかと思って見るとそうではなくあきれたようないかにもつまらない物を見たというようなそんな顔をしていた。立ち去り際、小声でしかしはっきりとエレンが口ずさんだ。

『あんたらは まだ幸せじゃないか』

と。



「どうしたのさリヴァイ」
「何がだ」
「イラついてる」
「別に」
「エレンに何か言われたのかい」
「何故エレンの名前が出る」
「へぇ違うんだ」
「……」
「だからやめとけって言ったのに」
「何の話だハンジ」
「エレンに迫られたのかい?この関係をハッキリさせて下さいって」
「なわけあるか。あいつはしっかり理解した上で俺に応じている」
「そう、なら良かったね。聞き分けの良い子で。それともリヴァイの躾が効いてるのかな。まぁエレンは元々あなたを尊敬してたからあなたの気まぐれな指示にでも簡単に足を開いちゃうんだろうね、まったくもって健気だなぁ。あ、違うよ。嫉妬も妬みも偏見も心配も助言も微塵もしてないよ、勘に障ったなら謝るよ。ただ面白がってるだけだからそんな目で見ないでくれ」
「ああそうか」
「でもさリヴァイ。同僚として警告はさせてもらいたい」
「…聞いてやる」
「あんまり真面目な子に生半可な気持ちで手を出すといつか痛い目にあうよ」
「そうか」
「そうだよ」
「それは見ものだな、俺がガキ相手に何をされるか」
「わかってないなぁ」
「あ?」
「エレンがあの二人から何を見せつけられて悔しがっていたのかを」
「……」
「あなたがそれに気付いたらあなたはきっとダメになる。人類最強と呼ばれるあなたをまだ失いたくないから私はあなたが気付かない事を祈ってるけどもし気付いてしまったなら、リヴァイ。あなたは腑抜けた怯え腰の情けない男になるだろうね。あなたはそこまで人の気持ちを捌けるほどの冷徹な人間ではないのだから。純情なエレンに好奇心任せに手を出した事を散々後悔すればいい。そうなったら私はただ楽しくそれを見学させてもらう、どうせ誰もどうする事も出来ないだろうからね」
「……」
「あなたが何と言おうと彼はまだ15歳だ。理解はしていても納得はしているとは限らない。時として子供は、大人の遥か上行く純粋な思考と解せない行動を起こすものだよリヴァイ。そうなったらあなたは誰を恨むことになるのかな」
「何を言ってるかわかんねぇな」
「リヴァイ。私は、嫉妬も妬みも偏見も心配も助言も、微塵もあなたにしてないよ。勘に障ったなら謝るよ安心してよ。ただ面白がってるだけ。だからそんな目で見ないでくれ…これから憐れみをかけられるのは、あなたのほうなんだから」




「兵長、何かあったんですか?」
「あ?」
「今日、その…いつもより、激しかったんで…何か怒ってらっしゃいます?」
「…お前の気にする事ではない」
「すみません…もう、帰りますか…?」
「ああ、朝から次の遠征の会議だ」
「そうですか…兵長も、遠征行くんですよね」
「当たり前だ」
「……」
「どうした」
「いえ。何でも」
「昼からお前はどこかおかしかったな。巨人に夫と父親を食われたあの親子を見てお前は腹立たしそうな顔をしていたが、何故だ」
「………」
「エレン」
「兵長が、気にすることほどでは、」
「それを判断するのは俺だ。話せ、命令だ」
「………」
「エレン」
「悔し、かった…んです」
「何に」
「あの二人が、絶望してるのが」
「……?」
「…いくら夫が、父親が死んだからって何も残されてないわけじゃない。母親は、成長していく子供の面影に愛した人を見出す事が出来るでしょう?その子供も、幼い記憶から消えていく父親を、母親と一緒に補える事が出来るでしょう?だから、あの二人はまだ幸せだと思うんです。自分が愛した人、自分を愛した人が確かにいたのをその人がいなくなってもお互いに感じることが出来るじゃないですか。だから…ああやって、泣かれると、俺…腹が立つんです。何もかも失った顔して悲劇ぶられると」
「………」
「何も持ってない人間も、ここにいるのに…」
「……ぁ?お前、」
「…あ。いえっその、すみません、俺。最低な、人間で…はは、あ、笑うとこじゃないのに、えと…その…」
「……」
「…ごめんなさい、家族を失ったんですから悲しいのは当たり前ですよね」
「エレン、俺は」
「もう一回して、兵長…」
「……」
「俺何か今、そんな気分なんです。めちゃくちゃにされたい…壊されたい。何も考えられないくらいに」
「……」
「今日は、もうダメですか?」


「兵長…あっ」
コイツは俺がこの関係に何を求め、何を求めていないのかしっかり理解している。俺の望むままの求めに応じているのだ、心底に俺を慕ったままに。
掻き立てられた衝動にベッドの上に身を沈めるエレンを無理矢理起こしきつく抱きしめた。それを先ほどの申し出の了承だと受け取ったエレンが吐息を漏らしながら俺に縋り付いてきたが俺はもうそのつもりは無い。コイツの顔を見る余裕も今の俺には無く、気付いてしまったからだ、コイツが抱くひた隠しにしていた俺への想いを。ハンジが言っていた意味を、ハンジの言葉通りの自分を。今になって気付いてしまったからだ。
今日見た光景、それが頭から離れずずっと脳内にこびり付いている、泣き叫んだあの二人のようにエレンも俺が死ねば俺を想って泣くのだろう。しかしコイツには何もない。俺が生きた証となる子供も俺に愛されていたという記憶も残せない。そもそも俺にはエレンに何かを残す気がないのだから。欲の吐き出し合いの関係だった、それを理解させた上での行為のはずだ。それはコイツの気持ちを気付いた今でも変わらない、だがコイツはそうじゃない。俺からの申し出には首を振らなかったのは納得したからではなかったのだ。
自分とは何が違うのか散々あの二人に見せつけられ思い知らされたのだろう。自分には何一つ残されないのを。もし俺が壁の外から帰って来なくなった時、こいつは何にすがって生きていけるのだろうか。それこそ俺の後を追って死んでしまうのではないか。いやまさか、そんなバカな事、いやきっとそうする、コイツは恐ろしいほどの無垢と無知の持ち主だ。残されないのなら追えばいい、しがらみを持たない人間がどれほど勇敢を貫き恐れを抱かず死んでいけるか俺は知っている。俺がそうだからだ。そうだったからだ、今の今までは。

…へいちょう。

手を出そうとしない俺に焦れたエレンがすがるように俺を呼びその声にドキリとする。甘く切なそうなその声色に初めて恐怖を覚えた。今まで自分の死は覚悟出来ていたはずなのに今になってそれが音を立てて崩れていく。俺が死ぬ事でコイツも死んでしまう事が、どうしようもなく怖くなった。当たり前の戦場に身を寄せるのが、今になって恐ろしくなった。何人の部下が人類の為に命を賭しても俺自身の為に一人の人間が死ぬのは夢見が悪すぎる。それを背負うほどの虚勢も、俺には持ち合わせていない。

ひた隠しにされた恋心に気付かず手を出した事を後悔するほかない。ハンジの言葉が、あの時の憐れみをかけた視線が胸を刺す。好奇心に手を出す相手を間違えたのに気付いても、もう遅い。


.fin
*あとがき→
2014/05/07
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