原作設定short

□If the sky falls we shallcatch larks.2
1ページ/1ページ

「君が何のために調査兵団を希望し入団したのかは聞くよりも明らかだ。××商会の差し金として入団し親の影働きで兵長に異例の昇格、手にしたその権力でさらに××商会の富を増やそうと企んでいた。そうだろう、エレン」

天から降り注ぐよう声のようにその髭を蓄えた男は少し高い位置から床に膝間付くエレンにそう言い放った。男の背後にある大きなステンドグラスから注がれる光が外の世界は今日も晴天なんだと告げる。エレンはここしばらく調査兵団の地下室に身柄を拘束されていたので外の世界を見ていない。降り注がれた淡い光、それを全身に受けると裁判所だというのに笑みがこぼれた。その表情を、少し高い位置に座る男はさっき言った言葉をエレンが"了承した"ものと受け取ったらしい。
「人類の希望を背負うこの調査兵団までも私利私欲に自分の富を増やそうとするだけの低俗な志で入団し、利用するとは許しがたいことだ、例え今、この罪を認め後悔し懺悔しても、お前に下される判決を覆す事は出来ん、エレン・イエーガー…いや、エレン・××。君を調査兵団から除名する」
自分の世界の終わりを告げられるその瞬間、エレンは確かに幸福に満たされていた。今まで自分が背負っていたこのくだらない重いものを今やっと下ろすことが出来るのだ。これから先この世界は、自分を失くしても今まで通りの美しさに満ちている。淡い光を受けエレンは静かに目を閉じた。



「よぉ聞いたぜリヴァイ!お前兵長に昇格するんだってなぁ!」
今日の任務を終え食堂で質素な夕食をとっているリヴァイの周りに小さな人だかりが出来ていた。無表情でパン口にするリヴァイとは対照的に周りの人間は笑顔でリヴァイをおだて上げる。その声にうかがいの色が聞き取れるのは気のせいか。
「やっぱ無理だと思ったんだよ、あんなガキが兵団をまとめきれる訳がねぇもんな!後釜はやっぱリヴァイしかいねーよなー!?エルヴィンさんもしっかり見てるってこったなぁ」
「ねぇリヴァイ、リヴァイ班ができたなら私たちも入れてくれるでしょ?元エレン班の馴染みだし、ほら、意志疎通出来る仲間だし…ね?私リヴァイの下で任務につきたいなーって…リヴァイ?」
「………」


……………。


「あ、えー…いやでも!エレンもなぁ、あいつっ親の力で兵長に抜擢されたのはわかってたけどまさか物資の横流しに荷担してたとはなーっ」
「ほんとよねーそのために調査兵団入ったかもって思うと腹立つよねー…兵長としての仕事も出来てなかったし」
「仕事をしなかったのはお前らのほうだろ」
「―――……いや…それは、」
「………」

―――おい、エレンだ。

誰かが呟いたその言葉で兵士達のお喋りが止み、食堂にいる皆の視線が食堂の扉へ集中する。
扉の先、奥のほうからカップやティーポットが乗ったトレーを手に持ち入ってきたのは制服をぬぎラフな格好をしたエレンだった。翌日の兵長室の明け渡しのために私物の処理や使っていた食器を返しに来たのだろう、扉をくぐり使用後の食器返却口にトレーを置き後ろを振り返ったエレンとエレンを凝視する兵達の視線が合う。

…………。

無言の攻撃的な視線を浴びる中エレンは普段と変わらない気の強そうな表情を崩さない。人混み内からこちらを見つめるリヴァイを見付けたその瞬間まで。
「っ………」
「………」
数秒のにらみ合いが続きエレンが踵を返して食堂から去る。その背中がまだ見えているうちに
「今の見たかよ」
「あぁ」
「見た見た!泣きそうになってたよね」
「兵長降ろされたのがよっぽどショックだったんだぜ」
「ざまぁ、ってやつだな。いくら気が強くてもやっぱただのガキだ、あんなのを兵長って呼べるかっての」
「ちがいねぇ」
と、その場にいた兵士達が笑い声を上げ始める。聞こえているだろうその声を振り切るようにエレンは扉を抜け奥の曲がり角に消えていった。リヴァイはその背中が見えなくなるまで無言でエレンを見つめていた。
「………」
敵意の視線の中、自分を見付けた瞬間のエレンの表情が酷く安堵したように柔らかくなった本当の理由をリヴァイは知っている。
勘違いしたまま笑い飛ばしている同僚を置いてリヴァイは食事が終わった食器を持って返却口へ向かう。兵長室への部屋の移動のため、彼も、今日のうちに荷造りを終わらせなければいけない。大声で話す同僚を避けるようにリヴァイは足早に自室へ向かった。



「はぁ、こんなもんか」
最後の私物を木箱に詰め終えエレンは椅子に腰を下ろした。他の兵士達より一回り広い部屋だというのに思ったより私物が少なく、何だかなぁ、といった表情で木箱1つに収まった自分の私物を見る。考えればエレンは兵長に昇格してからずっと働き詰めで至急された給金も使う暇もなかったのだから少なくて当然。夜中まで雑用に追われ休日は平日の短い睡眠を補うために寝ているか、届いた資料や書類に目を通しているか報告書を書いているかだ。ベッドと物書きに使う机以外この部屋を使ってない事に気付いてエレンは苦笑いを浮かべる。
「もう少し贅沢しとけばよかったなぁ…ま、荷物は少なくて楽だけど」
そう呟いて右手を机に伸ばしたがティーセットを食堂に返却したのを思いだし無償に空を掻くだけになった。よくわからない笑いが込み上げてきてエレンは立ち上がり、部屋の明かりを消し窓を開ける。ヒヤリとした夜風が頬を撫ぜ短髪を揺らす。普段は星ばかりで暗い外が今日は満月に照らされ外の庭と、遠くに広がる草原や森を青白く照らしている。窓の枠に寄りかかるようにエレンはその光景に魅入る。遠くの馬小屋から馬の嘶きが聞こえた気がした。
「………」
(こんな穏やかな光景、いつぶりだろう)
12歳まで暮らした実家を思い出す。父は医者で家を空ける事は多かったが両親は不仲ではなく、わずかにあった畑を耕しながら訳あって一緒に暮らしていた同い年の少女と一緒に平和に暮らしていた。それが、外部の驚異である巨人が壁内に侵入し目の前で母親は巨人に食われ、父は行方不明、一緒に暮らしていた少女とははぐれてしまった。逃げ回る人々の中、一人途方に暮れていたらあの××商会の会長が声をかけてきた。
隠しきれない下卑た気品は滲み出ていたが、自分には跡継ぎがいない、養子になるならはぐれてしまった少女を探してやるから、の言葉に幼かったエレンは首を縦に降りその男の養子になった。それからエレンの囚われの生活が始まる。

「………」

豪華な食事、服、家、教育。実家以上の豊かな生活は送れたがいつ頃からか養父の男の目が、手が、息子に対しての愛情以外の卑しいものを含んだものになってきたか。それを避けるのに必死で逃げる術を探してきたが見付からず、はめ殺しの窓からいつも外を見ていた。子供の無力な自分には大人の薄汚い欲望に対抗出来る訳がなく、限界を感じたある夜エレンは養父の家から脱け出し外の世界に出た。自由というのがこれほど爽快なものか、自分の道を自分で選べるのはこれほど幸福なものなのかと心底痛感し、好きなだけ巨人を殺せると聞き訓練生を経て調査兵団に入団した。その矢先、調査兵団兵長昇格の話をされ、初めは断ろうかと思ってたが、団長の後押しもありエレンはその話を受ける事にした。何を評価されたかはわからないが自分が人類の未来に求められているならば無理をしてでも受けるべきだと思ったし、何より純心に団長に求められた事が嬉しかった。やっと自分の居場所を得られたのだ。汚い欲望も裏事情も関係ない、そう思った。だが、実際は違った。結局、必死にし
がみ付いていたここもエレンを囲う籠でしかない。そして明日、エレンはここから放り出される。
聞いたところ××商会は潰れてしまったらしいから、明日のエレンの行き先はどこにもない。スラム街である地下街に行くか、そのままのたれ死ぬか。何も決めないままエレンは黙ってただ外の景色を眺める。明日の不安よりもエレンの心は穏やかな幸福に満ちていた。
「………」
ひゅう、
(あ。いい風)
部屋に流れる風を体で受けエレンは目を細める。青白い満月の光には明るく部屋の隅々まで輪郭を浮かび上がらせている。
下の階からドッと笑い声が聞こえてきた。談笑室で他の同僚が酒でも飲みながら騒いでいるのだろう、2階のここまでその楽しげな声が聞こえてきた。自分が兵長に就いていた時は隠れて街へ繰り出すぐらいだったのに、こうも手のひらを反されるとは。つくづく自分は滑稽だと思えてエレンがふと、部屋に設置されている大きな置時計に目をやる。時刻は、夜の10時。あと1時間で就寝時間になるが、下の連中はまだばか騒ぎを続けるだろう。エレンの目が部屋の扉に向けられる。
「………」

―――滑稽すぎんだろ、エレン。

(まだ、早いか…)
ポケットに手を入れ、中に入れていたこの部屋の鍵をエレンは手に乗せて眺める。明日からこの部屋を使う事になるリヴァイにこの鍵を渡してエレンは兵長の仕事を終える。手に持つには軽く、それを背負うにはとても重いそれを最後にリヴァイに渡さなければならないのはさっき食堂にいるリヴァイを見てから思っていた。だが、声をかけられなかった。

他の兵士に慕われているリヴァイなら何も心配はない、食堂で周りに人だかりが出来ているのを見てほっとした。だが、あそこで鍵を渡してしまえば、今日の深夜にリヴァイの部屋に行く理由がなくなる。エレンにはそれが嫌だった。
手にした鍵を机の上に置きエレンは窓の方へ振り返る。
「………」
(…下の連中が寝静まるまでまだまだかかりそうだな)
夕食も湯浴びも済ませ何もすることがないエレンはまた椅子を窓辺に寄せそこに座り黙って窓の外を見る。この景色は見ていて飽きる事がない。様々な思い出を掘り起こすがそれ以上に、高ぶった自分の心を落ち着かせてくれる。目の前にあるだけで救われる気持ちになる。ほんの数分、そうしていたろうか。キィ、と小さく部屋の扉が開かれる音が背後で聞こえてエレンは振り返った。そこにいた人物に驚いて目を見開く。
「…リヴァイ…」
「気分はどうだ」
「………」 
窓からの青白い光に照らされそこに浮かび上がったのは普段通りの表情をしたリヴァイだった。扉を開けたままそこに立つ彼の後ろから1階の笑い声がより鮮明に聞こえくる。
「…どうしたんだよ、まだ皆起きてるぞ」
「勘違いするな、鍵を受け取りに来た。いつまでもお前が女々しく持っていても仕方ないだろ、さっさと寄越せ」
「…ああ…そうだったな。今渡す」
僅かに生まれた胸の痛みを抑えながらエレンは立ち上がり机の上に置いた鍵に手を伸ばしたその時、カチャンと音を立てたのはリヴァイが後ろ手で閉めた部屋の扉の音。彼は部屋内に入ってきていた。
「…おい、失礼しますくらい言えよ」
「自分の私室入るのに言う必要はない」
「部屋の明け渡しは明日からだろ、今は一応まだ俺の部屋だ

カチャン

………」
「ほぅ、今日は満月か」
ズカズカと部屋の奥まで入ってきたリヴァイは窓の前に立ち止まる。彼が後ろ手で部屋の鍵を閉めたのを見てしまったエレンは迷ったように鍵に手を伸ばしたが、小さく息を吐きその手を下した。
苦笑いのような表情を浮かべエレンは窓辺の椅子に腰を下ろす。その横に並ぶようにリヴァイが立つ。
「部屋の整理は済んだのか」
「ああ、もう済んでるよ。リヴァイは?」
「とっくに終わっている」
「そうか、随分早いな」
「お前の裁判が終わる前から整理していたからな」
「ああ、それで」
「この部屋の掃除は済んだのか」
「え。何で俺が」
「てめぇ、お前が汚した部屋を俺に使わせる気か」
「俺だって今日裁判終わってここの整理ついたのがさっきなんだぞ!?今から掃除って俺寝る時間無くなるじゃんかよ」
「だから何だ。俺に我慢しろとでも言ってんのか」
「………」
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ