原作設定short

□If you play with fire you get burned.
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最初に彼に声をかけたのはエレンからだ。憲兵団、駐屯兵団、調査兵団を合わせての兵団親睦会、それは建前で実際はただの忘年会なのだがそこでエレンが目を付けたのがリヴァイだ。憲兵団と繋がりのあるとある貴族が所有する大きい古城内の大広間、あちこちで弾む談笑を避けるように隅に置かれたソファーに一人座り不機嫌そうに酒を飲んでいる彼を見つけた時、彼に抱いた第一印象は「☓☓だな」だった。エレンはそっと彼の横に立ち微笑を含んだ顔で彼を見下ろした。
「毎年の事ですけど、こういう雰囲気はあんまり好きになれませんねぇ」
親しい間柄のような口調で話しかけ、首を上げてこちらを見上げる彼を真正面で見つめ返した。口角を上げ、クスッと笑いかけるような顔を見せれば相手は少し驚いたように目を見開いた。
「エレンと言います、初めまして」
「……リヴァイだ」
声をかけられた事にそんなに驚いたのか相手は一度視線を離し足元からエレンを舐めるように見つめ、ゆっくりと視線を上げエレンの顔を見、名前を言う。声に抑揚は無く先ほどとは違い鋭い目つきになっており警戒しているのかそれとも緊張か、彼から染み出る空気がこれ近づくなと言っているのをエレンは肌で感じた。しかしエレンも微笑を崩さない。あぁなるほどこうやって人を遠ざけるタイプの人間なのか、と頭の中で計算式を作り上げその答えを出す。この人こそ自分が探していたタイプの人間だ、と。攻撃的な空気を無視しエレンは彼の座るソファーより下の床にしゃがみ自分より少し背の低い相手よりも低い視点から見上げるように話しかける。距離の近さにリヴァイの眉が顰められたがそれもエレンの計算の内だ。こういう孤立した相手には天然を装って近づいたほうが警戒心を解かれやすい。
「年寄りのご機嫌伺いも上官の太鼓持ちも、もううんざりです。リヴァイさんも?」
「…あぁ、まぁな」
「どいつもこいつも他にやる事がないのかっつー話ですよね。何が悲しくて命がけで巨人と戦ってきた俺達が今度は人間相手にくだらねぇ茶会をしなきゃなんねぇの、って。思いますよ」
「…ほぅ…」
リヴァイ!
名を呼ばれたリヴァイが振り返る先、部屋の中央のごった返す人の中メガネを掛けた黒髪の女性が手を振っていた。ねぇ、リヴァイちょっとこっち来てよー…。エレンは立ち上がりもうリヴァイに背を向けて歩き出す。目的はもう果たしたし後は待つだけ。次の接触は相手から寄ってくるのもエレンの計算の内だ。
「エレン」
ほら、もう来た。背を向くエレンはほくそ笑む。
「…何でしょう?」
「お前はどこに所属している?」
「調査兵団です。去年入ったばかりの」
半身振り返りエレンはリヴァイを見る。目を伏せ、何やら口元を緩めさせたリヴァイが次の瞬間、貫くような鋭い目を向け言い放つ。
「…お前とは気が合いそうだ」
それが彼との最初の出会いだった。



「リヴァイさん、今日はありがとうございました」
夕暮れが迫る市場の出口を背にエレンは笑顔でリヴァイに笑いかけた。その両手は食糧やら日用品やらが入れられた大きな木箱を重そうに抱えている。シャツに黒のジャケットというシンプルな私服姿のリヴァイは隣に立ちエレンの持つ木箱に先ほど買ったリンゴを追加している。
「すみません。こんなに買ってもらって」
「ああ…別にかまわん」
「いつもリヴァイさんの優しさに甘えてしまって申し訳ないです」
我ながらよく歯の浮くようなセリフを吐くものだとどこか他人事のように思いながらエレンは伏せ目がちにチラリとリヴァイを見る。目が合い、ほんの少し目を細めたリヴァイはいつもの無表情で「…ああ」と言うだけだ。ちょろい。ちょろすぎて笑いが込み上げてきそうなのを必死で抑えながらエレンは颯爽と走りだし、くるっと振り返り偽りの笑顔でリヴァイに
「――じゃあ、また明日に会いましょう!」
と笑いかけた。



「ただいまー…アルミン、もう帰ってるか?」
「お帰りエレン…。わ、今日はまた随分稼いできたね」
「おぅ、市場に行ってきたんだ。もう色々買い足さなきゃなんねぇ物があったろ」
リヴァイと別れた後、地上の市場から地下に降りてきたエレンは寝床として利用している荒れ果てた一軒家に帰って来た。地上では今は夕方だろうがここではもう日は届かずランプの明かりが薄暗い部屋内を弱く輪郭を照らしている。殺風景で壁のひび割れた部屋の中央、小さいテーブルを囲うように置かれた3脚のイスの一つにアルミンと呼ばれた少年は座っていた。
「やっぱり上に行くと多少なりとも物資が揃ってるね…わぁ。リンゴもあるじゃないか。果物なんて久々だね、ミカサも喜ぶよ」
「そう言えば、あいつまだ帰って来てねーのか?」
「うん、でも。もうそろそろ日が暮れるから帰ってくると思
「ただいま」
「あ。お帰りミカサ」
「お前今日は随分おせぇじゃねーか。何やってたんだよ」
ゴリゴリと砂利を踏むような音を響かせながらミカサと呼ばれた黒髪の少女が部屋に入ってきた。もう冬は終わるというのに首にはマフラーを巻いていている。ランプをテーブルに置いたアルミンがミカサの表情がいつもより硬いのに気付いて声をかける。
「…ミカサ、どうかしたの?」
「………。エレン、これは?」
「あぁ、上の市場に行ってきたんだ。お前のマフラーもうボロボロだろ?新しいの買ってきてやったからさ、いい加減それ捨てろよ」
「エレン、そのお金は…」
「そんなの出させたに決まってるだろ?こんなに買う金が俺にあると思ってんのかよ…ほら、これお前の分」
素の口調でエレンはミカサにリンゴを1つ放り投げる。慌てて手を伸ばしミカサはそれを受け取るが表情は益々暗くなるばかりだ。その理由がわからないエレンとアルミンが顔を見合わせもう一度ミカサに顔を向ける。
「どうしたんだよミカサ。何か問題でもあったのか?憲兵団の奴らに追い回されたか?」
「ちがう、こっちは問題ない…エレン。もうあの男には会わないほうがいい」
「あの男…?リヴァイのこと言ってんのか?」
「………」
神妙な面持ちでエレンを見つめるミカサがコクンと頷く。エレンがはぁ、と溜息を吐きながら首を振るのに対しアルミンは真剣な顔でミカサを見ている。
「お前さぁ、まだそんなこと言ってんのかよ。本気で俺があの男と関係持つと思ってんのか?気持ち悪りぃー…金と兵団内の情報の為に会ってるだけだって何回説明すればわかってくれるんだよ。俺がそんな趣味持ってるように見えんのか!?」
「…そういう、意味じゃない」
「ならどういう意味だよ!俺は俺達に必要な物を調達してるだけだぞ!それ以外何も理由はねぇよ!」
「ねぇミカサ、何か見たの?」
「………」
「…見た、って。何をだよアルミン」
「エレンちょっと落ち着いて。ねぇミカサ、今日地上で何か見たの?あのリヴァイという人、何かあったの?」
「……憲兵団に追われた後、姿をくらます為に一瞬地上に出たけど。市場の出口で、エレンがあのチビと別れた後、そいつが町の路地裏でマントを被った誰かと、何か話しているのを見た」
「………」
「………」
「エレン。あいつからはもう十分収穫は得たはず。もうあいつとは会わないほうがいい、あいつは何か隠してる」
いつになく切羽詰った様子のミカサを見てエレンも表情を変えた。アルミンが腕を組んで考え込む姿勢をとりしばらく沈黙が続く。ゆらゆらと不安定な灯りの中、最初に口を開いたのはエレンだった。
「わかった、ミカサがそう言うなら俺はそうする。俺は頭が良くないからな、二人の意見に従うよ。でも、なぁアルミン」
「うん、まだ最後の重要な事を聞き出せていない。決行をいつにするかだ。…ミカサ、言いたい事はわかってるよ、僕もエレンにこれ以上はこの役目を続けてほしくない。でも、今のとこそれが出来るのはエレンだけだ。エレンには最低あと1回はリヴァイに接触をしてもらわないといけない」
「………。でも」
「まぁ聞けよミカサ。この計画があと少しで実行出来るのはお前も知ってるだろ。仕事も食い物もねぇ地下街で育った俺達がここから抜け出してやっと地上の☓☓区に済めるようになるんだぜ?その為に俺達は今まで死に物狂いでやってきたんじゃねぇかよ。ここからの逃走ルートは憲兵団に追われながらでもお前が調べてくれて、アルミンはこの計画と案と、地上に出た後の生活のツテを持ち前の頭で探してくれた。そんで俺が計画に必要な情報と資金集めをするって事になって今一人やっといいカモにあたってるわけだけどさ、みんなそれぞれ危険やリスクは背負ってるわけだろ?俺一人のためにここまで進めてきたこの計画を止める事は出来ないはずだ。あと一回だけリヴァイに会って地下街の兵団による監視がいつ薄まるか…それだけ聞き出せたら後はもう用済みだ。それが終わったらお前の嫌いなリヴァイともこの地下街ともおさらば出来るんだぜ?」
「私はエレンがいるならどこでもいい」
「その話は何回もしただろ!?俺はこのクソみたいなゴミの掃き溜めで一生生きていくのは死んでもごめんだ。お前とアルミンと3人で地上に出て暮らそうって決めたじゃねぇかよ、そのためなら何だってしてやる。良い顔で大人を騙すのも金出させるのも何も苦じゃねぇよ。だから俺はあと1回だけ奴と会ってくる。お前が止めたって俺は行くからな」
「………」
力強くエレンに言われミカサが押し黙った。目では不満だと訴えるが彼女はいつも最後にエレンに屈してしまうのはエレンもアルミンも知っている。
「大丈夫だって、あのおっさんが俺に何が出来んだよ。根暗で孤立気味の小さい大人一人、俺が負けると思ってんのか?いざとなったら地下街に逃げ込めばいい、複雑に入り組んだこの街じゃ何人追って来ようが俺達には敵わねぇよ。心配すんな」
「………うん…」
「じゃあミカサ。明日エレンがそのリヴァイって人と会う時、離れた場所でミカサが様子を見ていてくれるかな。僕は実際にその人と会ったことがないからこの目で一度見ておきたいんだけど、僕が行けばミカサの足手まといだ。もしエレンの身に何かあればミカサがエレンを助け出してくれ、僕はもしもの時のため逃走ルートを確保しておく。深追いされそうになったらいつでもすぐに計画を実行して地上に逃げよう、憲兵団相手なら二人なら何とか逃げ切れるだろう?」
「おいアルミン。冗談でも笑えねぇぞ、3人で地上に行くって言ったろうが」
「そうよアルミン」
「なら、十分に気を付けてくれエレン」
諭すようなでも強い口調でアルミンがエレンに顔を向ける。赤い光のランプに顔半分照らされた真剣な表情、エレンが目を細めた。
「これが最後の接触になるのは僕たちだけじゃなく向こうも同じだ。向こうが何か仕掛けてくるなら次しかない。エレン、十分に気を付けて。僕も何か嫌な予感がする」
「…わかった…俺の失態で誰かが欠けるのは絶対嫌だからな。3人で地上に行けるように、俺も自分で用心するよ」
外の日が落ち闇に覆われた地下街。これがここで過ごす最後の夜になるのを3人はまだ知らない。
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