原作設定short

□A rose by any other name would smell as sweet.
1ページ/3ページ



誰かが小声で「バケモノが来た」と言った。それが聞こえてしまったんだろう、座り込んで俯くエレンの肩がびくりと震えた。
「生きているか、エレンよ」
「う…大丈夫、です…へいきです…」
酒とタバコと香水と、そして肉料理の油の匂いで充満する、とある貴族が所有する城内はお偉いさん方で埋め尽くされ着飾った紳士淑女の談笑がこだまし合っている。下品なほど豪華に輝くシャンデリアの下、礼装を纏ったリヴァイはこのパーティー会場である舞踏場から抜け出し、人気のない通路にエレンを座らせた。慣れない匂いと人混みに、酷く酔ってしまったのだ。前に立つリヴァイに顔を上げられないほど消耗したエレンは今にも死にそうな声で返事をする。
「おい。本当にあっちで何も飲んでねぇんだろうな?」
「あぃ…料理も、飲み物も…俺…飲んでません…命令、従ってます…ぇう…」
「チッ…水を持ってきてやる。それまでここを動くな」
「…すいません、へいちょー…」
「………」
ピクリとも動かないエレンを置いてリヴァイは早歩きでさっきまで自分たちかいた会場に向かう。
「………」

ハンジめ。いらぬ事を口走りやがって。

リヴァイは心の中で悪態をついた。



「あー…まぁた招待状来てる。毎月の事ながら、貴族主催のくだらない表向き社交パーティーのお誘いが本当にしつこいねぇー、リヴァイこれどうするの?」

「放っておけ。エルヴィンが適当に断る」

「ふーん…あ。やっぱりリヴァイも招待されて…あれ?エレンにも招待状きてるよー人気者だねぇーエレン」
「え?俺にですか?…あ、ほんとだ。何で」
「今街じゃエレンの事を巨人になれる特異な存在としてもっぱら噂してるからね。それに興味を持ったヒマな豪族がエレンを見てみたいんだよ」
「でもこれ、断ること出来ます、よね?」
「うんもちろん。リヴァイなんかしつこいくらい招待されてるのに一回も行った事ないもん!まぁ、行きたくないなら行かなくてもいいんだけどさぁ…大人の事情ってやつで、兵団としてはあんまり権力者達の機嫌を損ないたくないのも本音なんだけどね。まぁでも、エレンは行かなくていいよ!むしろ知らない方がいい」
「え。そ、そうなんですか…でも、う〜ん…でも俺そういうの行った事ないし」

「………」

「服装なら、倉庫に兵士用の礼服があるよ?」
「いや…あ、じゃあ、行きます…」
「え。ホント?えぇ、いいの?そりゃあエレンが行ってくれたら兵団としては助かるけど…行きたくないならエルヴィンさん断ってくれるよ?」
「行きたいとは思いませんけど、俺が少しでも皆さんの役に立つなら行きます」
「あー…、うん。それはありがたいんだけど…まぁ、ちょっと注意事項、があって、あ〜…何て言うか…」
「作法とかですか?」

「………」

「いや、作法ではないんだけど、弱ったなぁ…まぁ、エレンが行くならエルヴィンさんが付いて行ってくれるだろうから心配はないと思うんだけどね。何せ豪遊する事しか知らない大人の集まりだから」
「?」

「ハンジ。それはいつだ」

「え?あぁ主催日は明日の夜だけど…えっリヴァイ行くの?」

「俺が行かねぇと監視になんねぇだろうが」

「なら良かった、これでエレンも安心だ!エレン、明日はリヴァイの言うことちゃんときくんだよ?絶対離れちゃダメだからね!」
「は、あ…ひ。わかりました。じゃあ…すいません。明日、よろしくお願いします。兵長」

「………」



「バカが、のこのこ来やがって。ここはガキの遊び場じゃねぇってのに」

――ねぇ見た?あのエレンとかいう調査兵!
――見た見た!あのバケモノでしょう?案外顔可愛かったわよねぇ

「っ。」
変わらず人がひしめく会場内、山ほど料理が置かれた長いテーブルからグラスを一つ手に掴みリヴァイの動きが止まった。

――身なりは貧相だけどねぇ。いかにも誂えましたーみたいな感じが。でも隣にいたチビがねぇ
――それ私も思った!邪魔よねーおかげであのバケモノに近づけなかったし。でも、そのチビもー、キレイな顔してたけど!私たちより年上かなぁ
――たぶんそうよ。二人いるとちょっと両方欲しくなっちゃうよねぇ。ふふ、若くて可愛いのと妙齢で美しいのと…ねぇ後で声かけてみようか?ちょっと遊んであげてみる?
――えーでも怪物あいてはちょっとー…

後ろの方から聞こえてくる会話が嫌でも耳に入ってくる。
「………」

――エレンか… 恐ろしい……  でも なかな か   バケモノ…    ……いや でも案外…   …怪物  が …後で声…  ……今ど こに………  上に誘  

ひそひそと話す声は老若男女、実に様々。その誰もが今日招待された、今一番噂になっているエレンの話でもちきりにになっている。
それに振り返る事をせずリヴァイはテーブルに手を伸ばし、空に近い酒のボトルが並ぶ中から唯一満杯のままの水差しをとった。手早くグラスに水を注ぎ、汚く臭い欲望が満ちる会場からリヴァイは足早に去る。




――は…お兄さん可愛いね。
「………」
エレンと離れてからものの5分と経っていないだろう。水の入ったグラスを持ってリヴァイはエレンがへたり込む人気の無い廊下に戻ってきた。
「何をしている」
それが第一声。

「っ!?え、えと、僕その」
殺意を前面に出したその声に驚いて彼はエレンから唇を離した。ぴちゃ、という湿った音とエレンが微かに出した「んっ」と言う鼻にかかった声は数メートル離れた所にいるリヴァイにも聞こえている。離れる間際、二人の口に唾液の糸が引いたのも見逃さない。
「え、あの…そう、この人があんまり辛そうだったから、水を飲ませてたんです!ほらこれ!コップ、あるでしょう?一人で飲めないほど具合が悪いみたいだから、今からこの人、上の僕の部屋で休ませようかと」
「消えろ」
「ひッ…っうわぁ!!」
ぱしゃん…!!足早に来たリヴァイが手にしていたグラスの中の水を、言い訳を続ける彼の顔面向かってぶっかけた。よろけた彼が数歩後ろに下がる、彼とエレンの間があきリヴァイは素早く体を割り込ませる。随分低い視点から状況が理解出来ていない顔で見上げてくる彼に向かって
「二度と手を出すんじゃねぇ」
「〜〜く、くそ!!バケモノと一緒に死んじまえ、ジジイ!!」
とびきり低い声で言い放てば彼は泣きながら背中を向け二人の前から逃げ出した。その背中が消えるのを確認したリヴァイは座り込んだままのエレンに視線を向ける。
「……オイ、エレン。お前」
「は…はぁッん…ふ、は…」
「俺がいない間、あいつに何を飲まされた?」
「…は、ぁ…」
虚ろな目で床を見たままエレンはリヴァイの問いに答えない。浅い息を繰り返し頬を赤く染め四肢を投げ出してしまっている。薄く開かれた唇が唾液でぬらぬら光っているのを見てリヴァイの眉間に深いシワが寄った。
「――ここでは何も口にするなとあれほど言っただろうが!!くそガキ!!」
「っ…ぁ、れ…?は、はぁ…へぃ、へい…ちょ…?あ、すゅい、しゅいましぇん…は、あれ…?…すぅぃましぇ、ことぶぁが…はぁ、」
「――………」
呂律が回らず、ゆるゆると重そうに頭を上げてようやっとリヴァイと顔を合わせたエレンの表情。とろけてしまっている瞳を見て数秒、睨むだけだったリヴァイがはぁー、と長いため息を吐いてエレンの前に跪いた。エレンの傍らに置いてある液体の入ったグラスを手に持つ。
「…お前、あのガキに何されたか覚えているか?」
「…が、き…?みじゅ、もって、きてくりぇた、…はぁ、ふッ…子の、ことでひゅか…?」
グラスを傾け中の液体の匂いを嗅ぐ。見た目は透明でただの水に見えるが少しとろりとしていて、ほのかに甘い匂いがした。介抱を装って近づいた12歳ほどの貴族の子供が。酔いつぶれ、子供だと思い油断したエレンに何を飲ませたのか。リヴァイには容易に想像出来た。
「…おるぇ、なにか…しまひた…?」
「…覚えてないなら、いい…」
「…はぁ…はぁ…んぅっ」
グラスを床に置いてリヴァイの指の背が汗ばむエレンの額に触れた。さっきまで持っていたグラスの低温が指に移っていて、その冷たさにエレンの体が跳ね、鼻にかかった甘い声を上げる。時折体を這う何かに耐えるようにふるりと震えじっとしているのも辛そうに目を深く瞑っている。
「エレン」
「は…はぁ…ふ…」
「帰るぞ」
リヴァイが自分の首に巻いていたスカーフをほどきエレンの顔を覆った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ