パラレル short

□おいで、罰をあげる。
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―――そして魔女は言いました。
『あなたに呪いをかけてあげたわ。これであなたは私と同じ痛みを感じるはずよ』
生意気な王子は答えました。
『どんな呪いをかけられようが俺はどうとも思わない。俺にフラれたのが相当悔しいようだがこの呪いを受けて俺が困る事は何もない』
魔女は笑って答えます。
『今はそうでしょうけど、あなたは必ず私に謝る事になる。これ以上の仕打ちはあんまりだからこの呪いで今までの行いはチャラってことにしてあげる、それが私からの最後の愛よ。では、ごきげんよう、王子様』
そう言って魔女が去ってからその王国は間もなく滅んでしまったそうです。それからだそうです。北の野原に魔法の羊が姿を現すようになったのは。


『おいで、罰をあげる』


知ってる?北の野原にいつも1匹でいる王冠を被った羊がいるのを。あれはこの絵本に出てくる遠い国の王子様で、魔女の魔法で羊にされたんだって。ここいらの猟師の間じゃ有名な話だよ。嘘?嘘だと思うなら見に行ってみなよ。12時の鐘が鳴る間だけ、その羊は人間に戻るというから。

「火の無い所に何とやら、か…信じられねぇが信じるしかねぇな」
「あの…見世物じゃないんでじろじろ見ないでくれますか」
満月の冴えわたった夜だった。夜目が利くリヴァイは目の前で起こった事に若干疑いながらも自分の目を信じる事に決めた。どう仮説を立てようがどれも自分を納得させるだけの根拠が無い以上目の前で起こった事が真実だと諦める他はない。遠く真夜中の鐘を打つ音が聞こえる町から離れた寂しげな野原。通称「北の野原」の中央に立つ煌びやかな服を身に纏う青年は、確かに先ほどまで草を食む羊の姿をしていた。時計職人のハンジの話通り、この羊は人間に戻った。証拠に自分は確かに変わる様をこの目で見たし、羊が被っていた重そうな王冠と同じ物を青年も被っている。
「…魔女の仕返しで羊になったってのはお前か」
「それが何か」
「名前は何と言う」
「あなたに教える必要はありません」
「随分生意気な口を利くな。その王冠目当てに今撃ち殺してもいいんだぞ、羊の姿なら俺の間違いだった、で済まされる」
「…」
「言えよ、王子様」
青い月光の光の中睨むようにこちらを見る青年に向けリヴァイは肩に担いだライフルの銃口を向けた。しばらくそうして睨み合っていた二人だったが、不意に青年がニッと笑って得意げに
「…知りたいんですか?いいですよ、教えます」
「案外、素直だな。だがその顔を見るとそうは思えねぇが」
「俺の名前は、…」
「!」
突然、青年の身が金色に光り始めた。鐘の音が12回目を鳴らし終えた瞬間だった、強い光にリヴァイは目を閉じ、次に開けた瞬間青年はおらず代わりに目の前に王冠を被った羊が1頭こちらを見ていた。人間と違い顔の表情は読み取れないが目を細め「メェ」と鳴いた態度は人をバカにするようなそれだ。リヴァイは諦めたように大きく息を吐いた。
「そうか。鐘の音が鳴る間だけ人間に戻るんだったな…なるほどな…」
「メェ」
「…俺の名はリヴァイだ」
「?」
向けた銃口を下げリヴァイは羊に己の名を名乗った。羊はちょっと首を傾げ背を向け立ち去ろうとするリヴァイの背を見つめる。
「挨拶までに寄っただけだ。俺はあの町に来たばかりで猟を生業としている。そのうち近くの森でお前とかち合う事もあるだろう」
「…」
「またな」
そう言い残しリヴァイは北の野原を後にした。羊は不思議な者を見たような目でリヴァイが去った方向を見ていたが飽きてきてその場に横になり目を閉じた。羊の姿になれば皆こんなものだ。むしろずっと羊のままの方が野次馬に囲われることも無く静かに暮らせるのに…。
そう思いながら、羊は眠りについた。



「聞いたよリヴァイー、あの羊と仲良いんだって?最近青菜を持ってよく出かけるなーとは思ってたけどその羊にあげてたんでしょう?まさか手なずける気?凄腕ハンターのあなたが猟犬以外を手なずけるなんて、珍しい」
昼食がてら寄ったハンジの家で出された紅茶を飲みながらリヴァイは返事をする。
「ああ…エレンの事か。鐘が鳴っている間にしか人間に戻れねぇから羊の姿の間に食事をとる事にしてるらしい。だが、野原の草は口に合わんそうでな」
「へー、名前も聞いたんだ。そんなに通いつめてるの?ふーんますます珍しいねぇ、一体あの羊の何にそんなに惚れ込んだのか…でも、この町にはライバルが多いから気を付けた方がいいよ」
「ライバル?」
「ほら、あれ」
目で外を見るようハンジに促されリヴァイはカップを置いて窓から外を見る。昼の12時前、若い村人や身なりの良い観光客数人が同じ方角を向いて歩いている。
「あれがどうした」
「知らない?あの羊はこの町の名物にもなってるんだよ。たまに遠くの町からもああやってあの羊が人間に変わる様を見に訪れる。でも中にはあの羊に変えられてしまった哀れな王子様に恋心を抱いてしまう人間もいてね、12時の鐘が鳴る時間になっては貢物を持って甲斐甲斐しく会いに行く者も少なくは無い。まぁいずれ、実らぬ恋だと気付いて嘆きながら諦める輩が多いんだけどさ。あなたもああならないよう気を付けなよ?どんな美貌を持とうと1日2回1分づつしか会えない人間に夢見ても結ばれる訳ないんだからね」
「…」
リーンゴーン…町の鐘が大きく鳴り響いた。と、同時にハンジの部屋に掛けられた時計たちも狂ったように音を響かせる。さすが時計屋、耳鳴りが残るほどの騒音にリヴァイは眉を寄せた。
「ま、まだ外を見てなよ。じきにエレンが羊に戻るのを見て沈んだ顔したさっきの男たちがまたここを通るから」
「俺にはよくわからんがな、ハンジ」
「ん?」
12時1分になったと同時に。ハンジの家に掛けられたあらゆる時計が数秒の狂いもなく同時に午後を告げる音を止める。辺りは静寂が訪れ、聞こえるのはリヴァイが紅茶を啜る小さな音のみになった。リヴァイが口を開く。
「そんなに好いている相手なら何故羊の姿まで愛してやらねぇんだろうな」
「…」
「また寄る」
カランカラン…ドアベルの音を残しリヴァイはハンジの家から出て行った。ハンジはしばらくリヴァイが出て行ったドアを見ていたが
「…我が友人ながら、懐の広さには感銘を受けるよ」
そう笑って。自分のカップに残った紅茶を飲み干した。



「エレン、邪魔だ。もう寝ろ」
「メェ」

あれから数か月後。町に秋風が吹き山の紅葉が燃え上がり、北の野原もすっかり秋めいて羊のエレンが食する草が枯れ始めた頃。リヴァイは羊の姿のエレンに提案をした。雪深い冬の間この野原にいるよりも町に下りて春まで自分の家でに住まないかと。
もちろんそれはエレンにとってありがたい事だったが簡単に首を縦に振る事は出来なかった。今の自分はか弱いただの羊だし捕まって見世物にされるかもしれないし、この男はハンターだしいつ気まぐれに殺されるかもしれない。何より、羊の姿の自分にこうも接してくるこの男の考える事がわからない。人間の姿の自分を可愛がってくれる輩は腐るほどいたがこの男は人間羊関係なしに、時間があれば言葉を交わす為だけに会いに来るおかしな人間だ。見返りも要求も何もしない。たまに美味い青菜を持って来てくれる。そこが理解出来ない。ありがたく自分が男の家で暮らすとしてもこの男は何を求めているのか。
そう思いながらも、この数か月、自分に危害を加えてこないリヴァイの行動を見てきたエレンは「まぁ殺されることはないだろう」と結論付けリヴァイについて行くことにした。数年ぶりに野原から出て町を下り、驚きの声と好奇な目で見てくる人々とすれ違いながら蹄を鳴らし大人しくリヴァイについて行く。途中はぐれそうになるとリヴァイは足を止め手招きしてエレンが追いつくのを待ってくれた。
そして冬。雪に覆われた辺り一帯、人家を避ける様に湖のほとりに建つ家にリヴァイとエレンは身を寄せ合って暮らし始めた。
今は夜、リヴァイは明日の狩りの為に銃の手入れをしている。その背中に伸し掛かる様に羊のエレンはリヴァイにちょっかいを出す。
「おい。暴発したらどうすんだ、どけ」
「メェ」
「重い。暑い。どっか行け」
「メェ」
「あんまりしつこいとラム肉に卸すぞ」
「リヴァイさんが食べてくれるならそれも悪くないですよ」
「…12時か。そろそろ寝るか」
手入れの手を止めリヴァイは窓の外を見た。今日も深々と雪は降り続いている。雪に吸収され聞こえづらいが確かに遠く町の方から12時の鐘の音が聞こえる。そろそろ寝なくては明日の早朝の鴨猟が辛い。
「退けエレン。抱きつかれたままでは片かん」
「ヤです。もうちょっとこうしましょうよ、ね」
「ガキは寝る時間だろうが、さっさと寝床に行け」
「好きですよ、リヴァイさん」
切なそうに呼び。抱きつくエレンの腕がギュッと強くなる。
「…リヴァイさんが、好き…ホントです…」
「そうか」
「俺、リヴァイさんに感謝してるんですよ…一緒にいてくれて嬉しいんです…大好きなんです。ホントに、好きなんです…」
「ああ、俺もだ」
「このままずっとこうしていたい」
「…」
「…ごめんなさい、りヴぁいさ…」
エレンの言葉が遮られたと同時に背後から抱きつかれる重みが無くなる。人の姿でいられる時間が過ぎてしまったのだ。
背に当たる感触が弾力のあるひと肌から柔らかい羊毛に変わる。
「…エレン、先に寝床へ行け」
「…」
背中に感じる温かさが消え、コツコツと蹄の音が遠ざかっていくのが背後から聞こえた。



(俺が、ずっと人間でいられたらいいのに)
そこはリヴァイの寝室。リヴァイが寝るベッド横の床にエレン専用に用意された寝床がある。敷かれたふかふかの毛布に包まってエレンは小さく溜息を吐いた。
(俺が人間でいられたら、きっとリヴァイさんの役に立つ。家事も掃除も手伝ってリヴァイさんが楽になれるように、喜んでくれるように出来る。羊の姿のままじゃ、せいぜい朝起こす事ぐらいしか出来ない…それが辛い。俺はリヴァイさんに何もしてあげられないじゃないか)
エレンはリヴァイの事が好きになっていた。人間の姿をしていなくても人間の時と変わらず接してくれるリヴァイの優しさに魅かれてしまったのだ。気持ちを打ち明けた後、リヴァイも同じ気持ちだと言ってくれた。そして変わらず自分を大切にしてくれる。それがとても嬉しかった。だけど同時にひどく悲しかった。リヴァイに優しくされる度、大切に扱ってくれる度に、羊である自分が情けなく感じてしまうのだ。
今まで自分が誰一人として分け与えて来なかったものを。皆が群がって欲しがったモノを、リヴァイにあげたい。それをリヴァイが望まなくても、己が持つ全てを大好きなリヴァイに、何一つ惜しむことなく全部渡したい。じゃないと、いつかきっとリヴァイさんは俺を、
(あの魔女に、少しでも優しくしてあげればよかった。きっと魔女もこんな気持ちだったんだろう)
胸が苦しくなって、エレンは少し泣いた。人を好きになって初めて自分があの魔女にどんな冷たい行いをしてきたのか気付いた。
(今なら、俺に呪いをかけた魔女の悔しさがよくわかる。好きな人に手酷くフラれる悲しさは、俺も味わいたくない。ワガママなのも、俺が悪かったのもよくわかる。でも許されるなら、お願いだから、謝るから、何だってするから、どうか俺を、あの人に)





「エレン。もう寝たか?」
銃の手入れを終え灯りを消し寝室に入ったリヴァイは床に敷いた毛布に包まるエレンを確認する。ゆっくり上下する体と小さく寝息が聞こえてきて出来るだけ足音を立てずにリヴァイはエレンに近づいた。大きい瞳は閉じられ静かに眠っているようだがよくよく見ると、頬には涙の流れた痕がある。リヴァイがここに来るまで泣いていたんだろう。
膝を折りリヴァイはしゃがみ、そっとエレンの体を撫でた。




おいで、罰をあげる。
(あなたが無償の愛をくれる度)
(僕は首を絞められる!)
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