パラレル short

□Tha devil is not so black as he is painted.
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「随分と射撃が上手いんだな」
そう声をかけられエレンは振り返った。後ろに立つのは少し背は低いが綺麗な顔立ちをした男性で、歳は20代後半だろうか。黒髪だが、鋭い目つきの瞳に染まるグレーの色が、彼が外国人であるとこを語っている。シンプルだがあまり堅苦しい印象を与えないダークグレーのスーツを着ているその男は、平日の真昼間の騒がしいゲーセン内で浮いた格好をしていた。先ほどまでエレンがプレイしていた射撃ゲームのデカい画面をチラリと見て男は続ける。
「このゲームが好きなのか」
「…ぇ。あ、まぁ…そうですね。…射撃は全般好きです」
「そうか」
「…」
短い言葉を返した男は黙ってエレンを見つめている。言葉は流暢だが何だかよくわからない外人に絡まれてしまった、と、エレンは目を逸らし手に持つ射撃ゲームに備え付けられたプラスチックの銃をゲーム台に戻した。
「もう撃たねぇのか」
「え…は、はい。もう、帰ります」
「何故だ」
「お金無くなったんで」
「そうか。一回いくらだ」
「300円」
値段を聞いた男はおもむろに懐に手を入れ何かに気付いた様な顔をし、「少し待ってろ」と言葉を残しその場所を立ち去った。変な人だな、と思ったエレンはここで待たずに帰ろうかとも思ったがあの男が自分に何をするつもりなのか興味もあった。自慢ではないがエレンはここ一帯のゲーセンではちょっとした有名人だ。数々の射撃ゲームのスコアランキングにはエレンのハンドルネームが常にエントリーされている。顔は知られてはいないもののゲームをプレイしていると後ろにギャラリーが集まるのもしょっちゅうの事で中にはサインをねだる者もいる。外人にも声をかけられるのもある。もしかするとさっきの男も自分のファンか、それとも射撃ゲームマニアの類か。もしそうなら一緒にプレイするの悪くない。自分が負ける事は無いだろうが同じゲーム好きなら相手の手腕は見ておきたい、そうエレンは思っていた。ゲームをしていて途中、名も知らない挑戦者にスコアバトルを申し込まれるのも多々経験があるからだ。もちろん負けた事はないが。
そうこうしているとさっきの男が手にミネラルウォーターを持って戻ってきた。エレンがまだいるのを確認しポケットから小銭を取り出すと投入口に2プレイ分の金額を入れる。
「まだ時間はあるんだろう、もう少し撃っていけ」
「はぁ…いいですけど。お金、いいんですか?」
「かまわん。だがただ撃つだけじゃつまらん、競争しようじゃねぇか。どっちがより多くの敵を打ち殺せるか…点数は出るんだろう?」
なるほど、やはり挑戦者か。ゲーム画面が変わりゲームのナレーターが第一ステージの説明と銃の操作方法の説明を始める。男は2プイヤーの銃を手にしグリップ部を握った。バレルのスライド部を手前に引き銃弾を込め、いやに鋭い目つきが画面に向けられる。故だかわからないがエレンの背筋がぞぞ、と冷たいものが駆け上がった。この男、きっとそこそこ腕のあるプレイヤーだ。エレンは息一つ吐いて画面に目を向け集中する。
「何か賭けようじゃねぇか…お前が勝ったら好きな物何でも買ってやる。だがお前が負けたら、俺の欲しい物を素直に渡す、というのはどうだ」
「欲しい物…?って、何ですか?」
「…」

『are you lady?three…two…one…』

ゲームの開始を告げるカウントダウンが始まってしまった。男はもう集中しているのか画面から視線を離さずこちらの問いにも応えない。エレンもそれ以上は追及することなく己の一戦に全神経を集中する。この男が何を欲しいのか、勝負が終わってから聞けばいいことだ。戦慄を覚えるほどの好敵手の出現にエレンの心臓は早まる。この勝負、絶対勝ってやる、そう心に決めて

『…Go!』

エレンは銃のトリガーを引いた。



「あっははは!り、リヴァイさんホントに面白い!俺があのゲームのネームエントリー埋め尽くしてる☓☓だって、知らないで声かけたんですか?」
「ああ。そもそもあのゲームをやったのも初めてだからな…」
「初めて…!?…それで、それでよく俺に声かけられましたね!しかもあのスコア…もう笑っちゃいますよ!リヴァイさんすごいです、勇者ですね」
「…そんなに笑えることか」
「はい笑えますよ!素人同然の人がいくら俺知らなかったといってもよくあんなカッコいい事言って挑戦してきたなって。しかも敵倒す前にゲームオーバーしちゃってるし!もうお腹痛くて、あははは!」
散々遊びまわった後の夕方5時過ぎ、学生や私服を着た若者達で溢れかえるファーストフード店の隅の席にエレンと男は座っていた。男の名はリヴァイというらしい、ゲームでリヴァイがエレンに負けた後約束通りエレンの欲しがる物を買うため色々な店に回る道中彼が教えてくれた。スーツを着ていたので仕事の休憩時間だろうかとエレンは思っていたがそうではなかったらしい。
新発売のハンバーガーとポテトのセットを頬張りながらエレンはコーヒーしか頼まなかったリヴァイにむけ笑いかけながら話を続ける。
「リヴァイさん自信満々に勝負仕掛けてきて、さも上級者ですって雰囲気出すんですもんっ俺真剣にやんなきゃ負けるって思ってプレイしてたのに…いつの間にか隣であっさり負けてるし!何を根拠に俺に勝てるって思ったんですか、俺が1人でプレイしてるとこ見てたんでしょう?」
「そこそこいけると思ったんだがな。やはり、現実通りにはいかねぇか」
「想像と、現実が、ですか?はー、面白い…!」
「…」
「でもホントによかったんですか?俺けっこうお金使わせちゃったでしょう?」
「かまわん、言い出したのは俺だ。それに欲しい物っつっても、駄菓子ばかりで何も高い物もなかったがこれでよかったのか」
「もちろんです!安い駄菓子を大人買いするの夢だったんですよ!」
「そうか…随分安い夢だな」
「あ、日本の駄菓子バカにしてますね?なかなか美味しいですよ、1個食べます?」
「いらん、それよりさっさと食え。…もう一軒ゲーセン寄るぞ」
「そんなに悔しがっても射撃ゲームで俺に勝てないですよ?…あは、でも、こんなに笑ったの久しぶりです、ふくく…!」
「学校には行ってねぇのか。お前まだ学生だろう」
「…」
「どうした。気に障る事でも言ったか」
「いえ、そういう訳じゃ…あ〜…」
口に含んだコーラをゆっくり飲み干しながらエレンは迷ったように口をつぐんだ。が、すぐに笑って
「…俺いじめられちゃってるんですよね」
と言い放つ。その言い方は笑いを誘おうとしているようだが表情はどこか辛そうだ。
「いじめ…お前がか」
「はい。なんか俺、あそこの学校にどうしても馴染めなくて、いつの間にかクラス全員から嫌われたみたいで。いつもはしょうもない事ばかり仕掛けてくんですけどこの前裏庭呼び出されて数人に殴られて」
「それで登校拒否か」
「いえ頭にきて殴り返したら打ち所が悪かったみたいで相手が病院送りになっちゃって1週間の自宅謹慎食らわされました。だからやることなくて、あそこでずっとゲームしてたんです…はは…」
「親は何も言わねぇのか」
「あ〜…親、つっても…俺、両親いないんです…12の時交通事故で二人とも亡くなって」
「交通事故…?」
「はい。…今は、父の友人であるおじさんと一緒に暮らしてるんですけど、なんか…その人ともうまくいかなくて。いい人なんですよ、俺を引き取ってくれてあんないい学校にも通わせてくれるし。でも、俺はあの学校馴どうしても染めなくて…それで、ちゃんと学校行っていい仕事に就けって言うおじさんとよくケンカになるんです。今日も朝から言い争ってしまって…」
「…」
「あ、すいません。初対面の人に何言ってるんでしょうね俺…」
「…ハンネスと上手くいってねぇんだな」
「、もう、その話は終わりましょう…ハンネスさんは良い人です。俺が、学校に…慣れないってだけで」
「…食い終わったか」
「ん、はい」
「じゃあ行くか。門限はあるか」
「一応、7時まで…」
「なら付き合え、もう一勝負だ」
空になったトレーと紙コップを持ちリヴァイが席を立つ。自分の事情を知っても憐れみも慰めもかけずただ時間を共に過ごしてくれるこの男にエレンは少なからず好感を抱いた。料金は全てこの男持ちというのもあるが好きなだけゲームで時間を潰せるのは嬉しい。今帰ってもハンネスにお説教の続きをされるだけだろうから。エレンも笑って立ち上がりリヴァイの後を追って店を出る。若者で賑わう街を歩きながら
「…あれ?」
「どうした」
「俺、ハンネスさんの名前出しましたっけ?」
「あ?」
「いや…最初にハンネスさんの話した時俺、名前伏せて話した気がして」
「…お前が先に名前を出したろうが。お前の保護者の名前なんぞ俺が知るか」
「ですよね…」
小さな違和感を覚えたが気にすることなくエレンはリヴァイの後について行った。



リヴァイは海外の企業から日本へ出張にきた外国人とのことだ。早朝で終わる仕事の帰りに色々日本の街並みを見て行こうと散策していた所、俺を見つけたらしい。こっちでは部下を連れてきてはいるらしいが慣れない環境ではやはり心細いらしく現地の人間とも繋がりを持ちたかったらしい。「らしい」というのは上記は全てエレンがリヴァイから聞いた事で真実かはわからないからだ。この数日、エレンはリヴァイとゲーセンで遊び歩いるがリヴァイの話だけではどうにも腑に落ちない点が多々ある。彼は現金を持ち歩かない主義らしく(ちなみに初対面の時、「少し待ってろ」と言って店を出てすぐに戻ってきたのは現金をおろすためだったらしく小銭をつくるためわざわざミネラルウォーターを買ったらしい)常に支払いはカードで済ませているのだが、一度だけちらりと見た彼が手にしていたカードの色が黒だったり。ハンネスの名を出した時のあの会話の違和感が他の会話の時にもちょくちょくあったり。いくら心細いからと言ってこうも自分に貢いでくれたり(主にゲームのプレイ料金とファーストフード店の夕食代だが、それでも日数分重なるとかなりの金額だろう)。そもそもほぼ毎日、日中からゲーセンで遊びまわれる会社員がいるのだろうか?夜勤専門の仕事なのか、なら彼は一体いつ眠るのだろう。どう考えたって、例え特殊な職業だとしてもまともな仕事には就いていないように思われる。
だがエレンも彼もお互いそれ以上は探ろうともせずただ「今日一日好きな物をおごってもらう」と「何が欲しいのかわからないがとにかく彼が欲しがる物」を賭けて毎日射撃ゲームをするだけだった。リヴァイにとってはエレンは日本での仕事が終わるまでの現地の遊び相手なのだろうし、エレンにとってリヴァイは自分の謹慎が解くまでの間の退屈な時間つぶし。時期がくればお互い離れるのだから深く慣れ合う必要は無い。そうエレンが思っていたからだ。リヴァイが会社人であろうとなかろうと、エレンにとってそれはどうでもいい事なのだ。楽しい時間が理不尽さに苛立つ心を癒してくれたらそれでいい。ちなみに、今だリヴァイはエレンとの賭けで一度も勝ててはいない。

エレンとリヴァイが知り合って4日というところ。いつもはリヴァイからエレンのケータイに遊びのお誘いコールがあり、エレンがそれを受け遊びに出るのだが今日は初めてエレンから電話がかかってきた。それも夕方に。昼間にいくらリヴァイが電話してもエレンは出なかったというのに。
リヴァイは足早にエレンの待ついつものファーストフード店へ向かう、店に入り注文もせず1階の端っこの席に縮こまる様にエレンは座っていた。エレンの姿を確認したリヴァイはすぐに駆け寄る。
「エレン、どうした」
「り、ばいさ」
「何があった、その顔」
パーカーのフードを深くかぶり人目を避けるように俯いていたエレンだったがリヴァイの姿を確認するため顔を上げてしまい、結果頬に残る殴られた痕を見せつけてしまった。心なしかエレンの瞳もいつもより水分を含んでいるようにも見える。エレンは泣きそうに顔を歪ませしゃくり上げる声で
「たいし、大した事っなぃんですけど…!あの、俺っおれ」
「落ち着け、混乱してんならまだ話さなくていい」
「〜〜〜…ぅ、ヒック…」
「まずは何か飲め。コーラでいいか」
「す、みませ…はぁ、ズッ…」
上着を椅子にかけリヴァイは受付へ注文をつけ、すぐに紙コップに注がれた飲み物を手にエレンの待つ席へ戻ってきた。それをエレンに手渡しエレンの呼吸が整うまで静かに待つ。数分といったところだろうか、エレンの肩の震えが治まり長かった息が深呼吸出来る具合になった頃
「…落ち着いたか」
リヴァイは口を開いた。
「、すいません、急に呼び出してしまって」
「それはいい、何があった。その顔、誰に殴られたんだ」
「…」
「学校の奴らか?」
「違います…あの。勘違い、するかもしれませんが。俺が悪いんです…俺が聞き分け良くないから…。…ハンネス、さんに」
「何故」
「明日で俺の自宅謹慎解けるんです。だから俺、明日から学校に行かなきゃなんないんですけど、正直もう学校行きたくなくて。勉強が嫌な訳ではないんです、ただあそこの空間はどうしても苦手なんです…それをハンネスさんに言ったらいつもみたいに『子供はちゃんと学校に行け』って言うだけで話を聞いてくれなくて。それでこっちも腹が立って、つい、しつこく言い返したんです。そしたら…俺…なぐ、られて。よくわかんなくなって家飛び出してきて、それで」
「…」
「…すいません、つい、リヴァイさんに甘えてしまって…でも俺、どこにも行く場所がなくて、それで」
「わかった。もう言うな」
「…」
「何も言わなくていい」
「ふ…スン…」
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