パラレル short

□君が遺した道しるべ
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『病に焼かれる体を脱ぎ捨てられないから

恋しさに痛む心を捨てられないから

どうか どうか 僕を見つけて

早く 早く 僕を見つけて

歌えない僕は叫び続ける

この指が詩を綴れなくなるまで

この息が止まってしまうまで』





やっとのことで書き終えエレンは机の上に突っ伏す。自分の体がこうも言う事を聞いてくれないものかと憤りを感じながらそれでも鉛筆は離さなかった。破けた様に痛む肺から大量の血が込み上げ喉を詰まらせ気管に逆流し余計に咳き込ませる。悪循環だとは分かっていても物資が乏しい現代で着る服は今着ている血に染まった薄着1枚しかない。深い冬の寒さから逃げるようにエレンは毛布に包まり今日一日を終わらせる事にする。ぜぇぜぇと吸う息に痰が絡みいよいよダメかとエレンは目をつむり覚悟を決めた。この体で彼に会えたところでどうにもならないだろう、だがせめて、一目会いたい。出来る事ならどうか声をかけてほしい。こんなになるまでよく俺を呼んでくれたと、お前はよく頑張ったと、一言褒めてほしい。そしてまた、例え一人でも彼が明日へ歩みを進めるように生きていてほしい。わがままで残酷な言葉だとはわかってはいる、でもそう言うしかない、きっと今の自分は生きている間にはもう彼には会えないのだろうから。
「…ケホッ…へい、ちょう…グス…」
狂いそうな寂しさに耐えかねエレンは静かに泣きじゃくった。「会いたい、会いたい、会いたい」うわ言のように繰り返しても満たされるどころかどんどん枯渇を覚えてゆくばかり。吹雪く外の風の音がエレンの漏らす小さい嗚咽をかき消してゆく。それでもエレンは明日も詩を書く。まだ見ぬ彼へ自分が今叫んでいることに気付いてほしくて。





「今日は、ようこそ文豪達の記念館…へ…」
スタッフカードを胸に下げアルミンは目の前の案内所に立つその男を見た時興奮に胸が高鳴った。小柄で華奢な体、清潔に整えられた服装、鋭い目つきの灰色の瞳。間違いない、エレンがずっと待ち続けていた人物だとすぐにわかった。早足で駆け寄りその人物がこちらに気付くより先に声をかける。
「リヴァイ兵士長っお久しぶりです!!」
「っ…」
「アルミン・アルレルトです!兵長がこちらに来るのを僕達ずっと待ってました!やっとエレンに…」
「―――、―――」
「え」
アルミンを確認したリヴァイの口からは日本語ではなくどこかの外国の言葉だった。あわててアルミンも知っている外国語を一通り話してみるがどうにも伝わらない。アルミンが困り果てていたその時
「アルミン?何をして―――」
「あ、ミカサっよかった!りヴぁい兵士長だよついさっきここに」
「言葉が通じないの?」
「え?あ、そうなんだ英語でもないしドイツ語でもない、何言ってるのかわかんなくて」
「…―――、―――」
「っ。―――、―――!―――」
「…」
(え…ミカサ何でわかるんだろ…)
「アルミン、兵長は私が案内する」
「…あ、うん…じゃあよろしく」
「―――。―――」
「―――、―――」
「…」
アルミンに見送られ二人は館内入り口ではなくスタッフ専用の通路へ向かう。
昼間とは言え電気の切られた人気の無い通路をミカサの後を続くようにリヴァイは歩いた。アルミンもそうだが目の前を歩くミカサも、容姿から身長まで記憶どおりなのだから笑えてくる。なにも生まれ変わりだからと言ってここまで類似する必要もないだろうに。この世界の法則はまだまだ把握できない部分がある。
「いつエレンの詩集を読んだんですか」
話しかけてきたのはミカサからだった。
「2週間ほど前だ」
「随分かかりましたね」
「生前と変わらねぇ暮らしをしてたからな…巡り会うのに時間がかかった」
「留置所内で読んだエレンの詩集に感動しましたか?」
「…」
「よく無駄な回り道に時間を費やしましたね」
「お前はこの自国語をどこで習った」
「ラテン語は1か月ほど前にエレンの詩集を買ったハンジさんに教わりました。団長もハンジさんと同じ国に生れ落ちていると聞いていたのであなたもそうだと賭けて死に物狂いで覚えましたが無駄に終わらなくて良かった。発音やところどころの単語がおかしければ指摘してください」
「いや、今のところは完璧だ」
「そうですか」
「エレンが直筆で書いた詩集がここに展示されてるときいたんだが」
「あんなものただのレプリカにすぎませんよ。あなたにはあなたに用意された物があります」
「…そうか」
「エルヴィンさんから話は聞きました」
ある一室の扉の前でミカサは立ち止まる。それに続きリヴァイも止まり振り返ったミカサとリヴァイの目が合う。
「ご自身を、否定したいそうですね。是非そうしてください、私はもともとエレンはあなたと一緒になるべきではないと思っています。エレンにはもっと相応しい相手がいる」
「それはお前の事を言ってるのか」
「少なくとも貴方ではないと言っているんです」
「…」
「貧しさと理不尽さに疲労困憊しあなた自身を否定したあなたが。病に侵されそれでも貴方を呼び続けたエレンを虚像だと言ってエレンを否定したあなたがどの面さげてここに来るのかとても楽しみにしていました。ここに来たところでパンの一つも何かしらの謝礼も出ませんよ?それでもここに来たのは何故ですか?ホントは優しい言葉をかけてくれるのがエレンでなくても良かったのではないですか?地下街で生きるあなたを愛してくれる人なんていなかったでしょうからね、そこにエレンの詩を読んで何を思いました?散々否定した挙句やっぱり自分はエレンにとって特別な存在だったと確信が持てて嬉しいですか、自分を愛してくれそうな人間にやっとすり寄れて満足ですか?」
「…」
カチャリ、と軽い音を立てミカサは部屋の扉を開ける。手探りで電気のスイッチを押し暗闇に染まった部屋の明かりを付け白い室内の輪郭を浮かび上がらせる。
「今からエレンに会わせてあげます」
感情のこもらないミカサの声にリヴァイの胸がひどく傷んだ。







『忘れられない記憶が僕を呼んでいる

貴方が歩む道に僕が立てなくても

どうかこの歌声が貴方を導いてくれるように

いつだって遺していくことしか出来ない自分が悔しい

途方に暮れる貴方の手も握ることも出来ないのだから

それでもどうか貴方に生きていてほしい

僕がいない世界でも

貴方にはそこに留まっていてほしい

あの日勝ち取ったこのこの世界で

いつかあなたと巡り会うた為に』






「これが、今遺されているエレンの生きた証の全てです」
白い手袋をしたミカサが慎重な手つきで同じサイズのファイルを2冊取り出した。その1冊のファイルを開いたところに白黒の古びた写真が1枚貼り付けられている。
「エレンが死んだのは194☓年の冬です」
「戦時中か」
「ええ。当時の日本で生まれたエレンは14の若さで兵士として敵国に派遣されましたがその地で病にかかり日本に帰ることなく死にました。激戦で物資も乏しく治療も受けられず、遺骨さえ戻っては来なかったそうです」
「…あの詩は、どこで手に入れたんだ」
「エレンの派遣された部隊にエレンの友人がいました。その方が、エレンが後生大事にしていた詩の原稿と唯一残る写真1枚を日本まで持ち帰ってくれたんです」
「…」
「何か形になるものを広めあなたを探そうと思ったのでしょう。後に作曲もし自身で歌うつもりのようでしたが肺の病にそれも叶わず詩を残すことが精いっぱいだったようです。こちらのファイルが、エレン直筆の詩の原稿です。当時の紙が非常に薄いので取扱いには気を付けてください。展示されているのは複写になります。あなたに渡された詩集はエレンの詩を集め去年私たちが自費出版で出した本です。そのうちのネット販売のルートで1か月前にハンジさんから声をかけられ確認後すぐに本を送りました。幸いハンジさんと同じ国に生まれついたエルヴィンさんとも連絡は取れましたが肝心のあなたを探すのに皆さん苦労されたそうです。とくにエルヴィンさんは地下街まであなたを探しに行っていたようですよ、出生届も出されない劣悪な環境の地下街にでも生まれついたんじゃないかと言って。そしてあなたが警官に暴力をふるい留置所に身柄を確保されたと連絡が入ったのが約3週間前」
「…」
「ご自由に見てください。これはエレンがあなたの為に命を削ってまで書いた詩です」
「…手袋はねぇのか、素手で触っていいモノじゃねぇだろう」
「その資料と原稿はあなたに差し上げます」
「…」
「私が持っていても仕方のない物です。あなた以外の人間が持っていても何の意味も無い物ですから」
「正直に言うと、俺はあの詩集を読んで絶望した」
「…」
「俺が望んでいたのは、何回も転生を繰り返し狂いそうな時間を費やしたのは生きてあいつに会うためだ。…こんな詩集を読むために、死に物狂いに生きてきたわけじゃない」
「ならこれを捨てればいいじゃないですか。もっと言えば、あの詩集を読んだ時点で詩集も捨てて新しいあなたをやり直せば良かったんです。読んでないとは言えないですよね?知らなかったとは言わせませんよ、著者の顔写真の下に没年をしっかり書いておきましたから。もうエレンはこの世にはいなくて、あなたの望むような出会いはここにないとわかっていてもそれでもあなたはここまで来たのでしょう?割に合わないと、望む結末がここにはないとわかっていながらも例え本人がいなくてもあなたはエレンが遺した証を欲しがってここまで来てしまったのでしょう?」
「…」
「あまり甘えた事を言わないでもらえませんか。殺意が湧きます」
「…ああ…」
「私はあなたが羨ましいです」
「…羨ましい、か」
「ここに遺されているのは全てあなたへの言葉です。当時のエレンの友人が戦時中エレンの遺品を日本へ持って戻ってくるさなか、詩の多くは紙の劣化や不慮の事故で失くしてしまったそうです。それでも私たちは一つたりとも失わないようにと必死になって探し、かき集められたのがそのファイル2冊分にしかならなかった藁半紙の束です。その中に、薄い詩集1冊分にしかならない詩の中に、あなたと同じようにエレンを待つ私たちに遺された言葉は、ここには一つもない。あなたにはわからないでしょう、言葉すらも遺されもしない私たちの気持ちが。もしかしたら私たちへの、私へのエレンからの言葉が遺されていたかもしれないのにそれを確かめる術も無くきっとあったんだと盲信して、自分を慰めるしかない、私の気持ちを」
「…」
「…長話が、すぎましたね」
踵を返しミカサが部屋に残されるリヴァイに背を向け扉へ向かい歩き出した。そして一度も振り返ることなく
「気が済んだら勝手に帰って下さってかまいません。ここの閉館は7時です」
その言葉を残し、バン!と扉を閉め出て行った。







「…ミカサは?」
「化粧室じゃないか?」
「お前よく平気だなアルミン。泣いてんのかなとか思わねぇのかよ」
「思ったところでどうなるのさ。ジャンが慰めにでも行く?」
「…」
「誰も納得いく結果にはならないと、わかっていたはずだよ。ミカサだってそうさ、羨ましがったって仕方ない事は彼女が一番身に染みてわかってることさ」
「…」
「損な役回りだよ僕らは。それでもエレンの遺した言葉の側にいたいと願うものなんだから全く救われない」
「なぁ。生まれ変わったら違う人間になりてぇと思うか」
「思う事と出来る事は違うと思うよ。新しい人間になりたいと思っても、やっぱり僕は捨てきれないな。辛い思い出も楽しい記憶も、エレンが遺したこの詩も。全部何一つ失いたくない。ジャンはどう?戦時中にエレンと会った後、今こうしてジャンとしてここにいるのは何故なの?」
「…たぶん、見届けてぇから、かな」
「…ジャンも、随分損な役回りだねぇ。ジャンが必死に日本に持ち帰ったあの詩が、ちゃんとエレンに届くかどうか心配になっちゃったの?」
「ば…んなわけねぇだろ!?俺は、あ〜…可愛いミカサちゃんがエレン以外の男と結ばれるのを期待してだな」
「はいはい。こんどこそジャンと結ばれるといいね」
「…う、うるせー…」
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